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海の神々へ捧ぐ音(なろう版)  作者: 春風由実
第三章 警鐘

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2.言葉の重さ


「今日は人が多いね、シーラ」


 タークォンが建てた堤防に入ったところから、注目されていることが分かった。ふ頭の守り人が珍しく手を上げていたし、警備兵も同じように船に向かって手を振っていた。こっちに来いというように。


「来いと言われると、行きたくなくなるのは、なんだろうね?」


「え?戻るの?」


 シーラの船がくるくると堤防の内側を旋回する。陸からは、遊んでいるように見えただろう。船の向きに合わせて彼らが走るから、ある意味で海からも彼らが遊んでいるように見えていた。守り人と警備兵は、船を迎える勝負でもしているのか。


「なんだか捕まったらいけない気がしてきたなぁ。もう少し海にいようか?」


「俺、お腹が空いたんだけど」


「それは私もなんだけどね。まだ缶詰はあったよね?」


「ここまで来て、リリーやリタの料理を食べられないのはきついよ」


 白い帆を掲げた船は、くるくると海の上を踊り続けた。シーラの決心がつかない。


「イルハに会いたいんでしょ?」


「そうだけど……なんだかなぁ」


「いつでも逃げられるんだから、気にしなくていいよね?俺、お腹が空いたんだって」


「うーん。仕方ないなぁ。端っこに止めよう」


「あの人たちのところじゃなくていいの?」


「待ち構えられるとねぇ」


 それでシーラはわざとふ頭の一番南側の空いたところに船を泊めた。海上で急旋回して移動した形だ。それがあまりに早い移動だったから、ふ頭の守り人と警備兵たちは急いでふ頭を駆けることになる。彼らは何か急用でもあるのだろうか?船から見ると、あまりに滑稽な姿に見えた。


 船を停泊してから、すぐに陸に上がるわけでもない。二人はのんびりと片づけをしながら、船から持ち出す荷物をまとめていた。守り人も警備兵も船の側に集まろうとしていたが、二人には至極興味がない相手だ。彼らは二人が船から降りるときを待つつもりの様子だが、どうも揉めていて、場所を争っている。何をしようとしているのか?一度テンが船縁からこっそり岸を覗いたが、言い争っていて船を見上げている者もなかった。


「シーラちゃん!テンちゃん!」


 叫び声がして、二人とも手を止めて、甲板に飛び出し、今度は堂々と船縁から身を乗り出した。


「リタ!オルヴェも!」


 船に近付いてきたリタが泣いていることが分かった。シーラとテンは顔を合わせて、それから笑う。


「早く降りよう」


 テンはもう荷物をまとめていた。それより船に残す荷物を隠していたという方が正しい。大きな袋を肩に掛けて、いつでも船を降りられる状態にある。

 それなのに、シーラはまた甲板の上の小屋に戻っていく。


「ごめん、テン。先に行って」


「どうしたの?」


「お土産を持っていきたいから……」


「俺が持つよ?」


「いいから、先に行って。ほら、テンがお酒を持っていたらまずいでしょう?」


「シーラも駄目な国だよね?」


 笑って誤魔化したシーラは、さっきからずっと自室で何かを探していた。


「どこへやったかなぁ」


「探し物?」


「そうなんだ。だから先に降りて、リタたちと話していてよ」


「分かった。見つからなかったら、俺も探すから言ってね」


 振り返りもせず、シーラはガサガサと机の上に並んだ本を手で滑らせていく。余計に部屋が汚くなっているように見えて、テンはちょっと呆れたが、気にせず船を降りることにした。

 テンが船縁に手を置いて、それを支点に、勢い飛び降りたときには、リタとオルヴェは酷く慌てたが、テンは無事に着地して二人から熱い抱擁を受けることになる。


「無事で良かったわ、テンちゃん!」


「どこもなんともないかい?」


「シーラといれば大丈夫だよ」


「もうずっと待っていたのよ。毎日ふ頭に来ていたの」


「毎日!」


「年寄りは暇なのだよ。坊ちゃまは仕事で忙しく、ちょうどいい運動にもなって……」


「先に家に戻ってください」

 

 知った堅い声に、三人は自然と体を離して、顔を見合わせた。

 そんな三人を見ようともせずに、さっと脇を越えて、船に乗り込む男がある。

 その後ろ姿を、リタとオルヴェは幸せな笑みを浮かべ見送った。テンは相変わらずの無表情ではあったが、ほんのりと喜びを滲ませている。誰も気付いていないだろうが、海でタークォンが見えてからのテンは機嫌が良かった。いや、シーラは知っていたかもしれない。


「おかしいなぁ。どこに置いたんだっけ?落としていないと思うんだけど」


 机の前でゴミの山、いや、荷物の山と戦っていたシーラのお腹に手が回された。イルハが後ろから抱き締めたのだ。


「待ちわびましたよ」


 無事を確かめるように、イルハは力強くシーラを抱き締めた。

 知った温もり、知った匂いが、これほど懐かしく、胸を満たすとは。


「イルハ、前から抱き締めて。私もくっつきたいの」


 少し緩んだイルハの腕の中で、シーラはくるりと反転し、イルハの胸に抱き着いた。


「ただいま、イルハ。会いたかったぁ」


 ただいまという言葉に、イルハの胸に温かいものが満ちていく。シーラの温もりがそれをさらに加速させた。


「おかえりなさい。無事で良かったですよ」


「大丈夫。何にもなかったよ」


 シーラが顔を上げれば、自然とイルハの顔も落ちる。会えぬ時を埋めるように、いつも以上に長いキスだった。


 顔を離した二人は、同じような優しい顔で笑っているが、本人たちは気付かない。まるで鏡だ。


「何か探し物ですか?」


「そうなの。どこに置いたか分からなくなっちゃって」


「一緒に探しますよ」


「もういいの」


「大事なものでは?」


「今はイルハの方が大事だもの」


 シーラが胸に顔を摺り寄せるから、イルハはシーラの背中を抱きながら、頭も撫でた。もう絶対に離さないし、離さないでいいようにすると心に決めている。それがどんなに無茶で無謀であろうとも、必ずそうしなければならない。

 頭で考えていただけでは何も出来ないことは、もう嫌というほど知らされてしまったから。


 そんなことだから、二人が船を降りるまでにかなりの時間が経過していた。

 ふ頭にはすでに人気がない。

 守り人や警備兵たちが寄ってこなくなったのも、イルハが現れたからだろう。シーラを妻にしたからと言って、タークォンでのイルハの立場が変わるわけではない。

 そしてもちろん、リタたちは気を使って消えたのだ。レンスター邸宅では、シーラとテンの帰宅を喜び合うために、はりきって準備がなされているところだろう。これにテンも加わっているに違いない。


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