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海の神々へ捧ぐ音(なろう版)  作者: 春風由実
第一章 はじまりの歌

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10.朝の見送り


 シーラがやって来たから、もう五日が過ぎた。レンスター邸宅の朝食時間も、このところ賑やかである。


「シーラちゃん、今日はどうするのかしら?」


「食糧を買って、船に運ぼうと思うんだ」


「そうなのねぇ」


 リタの声には、寂しさが陰った。突然現れた素敵な旅人は、またすぐにどこかへ旅立ってしまうのだろう。


「シーラちゃん、次の行き先は決めているのかな?」


「モンセントに行く予定だよ」


「まぁ、モンセント王国に?」


 モンセント王国は、タークォンからはそれなりの距離がある。北のノーナイト王国ほどではないが、近い国とは言えないだろう。


「南東にある春の国ですね」


「よく知っているね!」


「我が国とも、少しの国交がありますので」


「シーラちゃん、そこも初めて?」


「うぅん。もう何回目かなぁ。片手じゃ足りないくらいは行っているよ!」


 リタとオルヴェの顔付きが明るく変わった。


「あら。新しいところを巡っているわけではないのね」


「知らない国に行くことも多いけど、特に決めていないの」


「じゃあ、そのモンセント王国には、何か用事があって?」


「古い馴染みがいてね。そろそろ行かないと、淋しがる頃だから」


 明らかにイルハの顔が曇った。このように感情を表に出す方ではないはずだが、彼でも家にあると気が緩むのか、それとも素直過ぎるシーラの影響か。

 すぐにリタが彼を助けるように口を開いた。


「その馴染みの方はどんな方なの?」


 シーラは少し言葉を選ぶように間を取ってから、笑顔で言った。


「可愛い女の子だよ。ちょっと元気過ぎるところもあって、大変だけどね」


 使用人夫妻から温かい眼差しを向けられ、イルハは顔を顰めるしかない。

 その間もシーラのおしゃべりが続く。


「今は…、あれ、いくつになったのかな?八つになったときを覚えているから、十くらいかな。いや、もっと上だったかな?」


「それで、子ども向けの本を?」


「そうそう。お土産でご機嫌を取るつもりなの。すぐに泣いちゃう子なんだ」


「あら、シーラちゃん。女の子なら、甘い物とか、お洋服なんかもいいわよ」


「そうかな?じゃあ、それも少し見てみよう」


「ねぇ、一緒に行ってもいいかしら?女の子のためのお買い物だなんて、楽しみだわ。あなた、お留守番していらして?」


「おやおや。私は置いてきぼりかな」


「オルヴェも一緒に行く?」


「この老体で、ご婦人方のお買い物に付き添うのは辛いものだよ。シーラちゃんから貰った大切なブランデーを味わって、待つことにしよう」


「オルヴェ、使用人の務めも果たしてくださいね」


「わはは。坊ちゃまは厳しいですな」


 愉快な朝の時間は短い。

 イルハが名残惜しさを感じながら仕事に向かうとき、玄関には二人の使用人と共に、シーラが立った。


「イルハ、行ってらっしゃい。頑張ってね」


「行って参ります」


 中庭を少し歩いて振り返れば、まだシーラが手を振っていた。しかしイルハはそれに応じることなく、前を向き歩き出す。応じ方が分からなかったのだ。

 使用人以外の者に見送られるのは久しいことで、その時どうしていたか、もはや彼にも思い出せない。

 けれどもイルハは今、悪い気はしていない。それだけは自分でも理解していた。

 いつも見送ってくれていたリタとオルヴェと、何が違うのか。それを認めることだけはしなかったけれど。


 見送る人のいる幸せ。それを思い出させてくれたのは、シーラである。



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