10.朝の見送り
シーラがやって来たから、もう五日が過ぎた。レンスター邸宅の朝食時間も、このところ賑やかである。
「シーラちゃん、今日はどうするのかしら?」
「食糧を買って、船に運ぼうと思うんだ」
「そうなのねぇ」
リタの声には、寂しさが陰った。突然現れた素敵な旅人は、またすぐにどこかへ旅立ってしまうのだろう。
「シーラちゃん、次の行き先は決めているのかな?」
「モンセントに行く予定だよ」
「まぁ、モンセント王国に?」
モンセント王国は、タークォンからはそれなりの距離がある。北のノーナイト王国ほどではないが、近い国とは言えないだろう。
「南東にある春の国ですね」
「よく知っているね!」
「我が国とも、少しの国交がありますので」
「シーラちゃん、そこも初めて?」
「うぅん。もう何回目かなぁ。片手じゃ足りないくらいは行っているよ!」
リタとオルヴェの顔付きが明るく変わった。
「あら。新しいところを巡っているわけではないのね」
「知らない国に行くことも多いけど、特に決めていないの」
「じゃあ、そのモンセント王国には、何か用事があって?」
「古い馴染みがいてね。そろそろ行かないと、淋しがる頃だから」
明らかにイルハの顔が曇った。このように感情を表に出す方ではないはずだが、彼でも家にあると気が緩むのか、それとも素直過ぎるシーラの影響か。
すぐにリタが彼を助けるように口を開いた。
「その馴染みの方はどんな方なの?」
シーラは少し言葉を選ぶように間を取ってから、笑顔で言った。
「可愛い女の子だよ。ちょっと元気過ぎるところもあって、大変だけどね」
使用人夫妻から温かい眼差しを向けられ、イルハは顔を顰めるしかない。
その間もシーラのおしゃべりが続く。
「今は…、あれ、いくつになったのかな?八つになったときを覚えているから、十くらいかな。いや、もっと上だったかな?」
「それで、子ども向けの本を?」
「そうそう。お土産でご機嫌を取るつもりなの。すぐに泣いちゃう子なんだ」
「あら、シーラちゃん。女の子なら、甘い物とか、お洋服なんかもいいわよ」
「そうかな?じゃあ、それも少し見てみよう」
「ねぇ、一緒に行ってもいいかしら?女の子のためのお買い物だなんて、楽しみだわ。あなた、お留守番していらして?」
「おやおや。私は置いてきぼりかな」
「オルヴェも一緒に行く?」
「この老体で、ご婦人方のお買い物に付き添うのは辛いものだよ。シーラちゃんから貰った大切なブランデーを味わって、待つことにしよう」
「オルヴェ、使用人の務めも果たしてくださいね」
「わはは。坊ちゃまは厳しいですな」
愉快な朝の時間は短い。
イルハが名残惜しさを感じながら仕事に向かうとき、玄関には二人の使用人と共に、シーラが立った。
「イルハ、行ってらっしゃい。頑張ってね」
「行って参ります」
中庭を少し歩いて振り返れば、まだシーラが手を振っていた。しかしイルハはそれに応じることなく、前を向き歩き出す。応じ方が分からなかったのだ。
使用人以外の者に見送られるのは久しいことで、その時どうしていたか、もはや彼にも思い出せない。
けれどもイルハは今、悪い気はしていない。それだけは自分でも理解していた。
いつも見送ってくれていたリタとオルヴェと、何が違うのか。それを認めることだけはしなかったけれど。
見送る人のいる幸せ。それを思い出させてくれたのは、シーラである。




