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妄想の帝国

妄想の帝国 その3 目指せ、グローバル会社 NIHON社の場合

作者: 天城冴

伝統あるNIHON社の会長に復帰した烏丸氏は、影の採用担当だった向井トメを呼び戻し、新人面接を探るが…


このお話はフィクションです、このような会社はおそらくないかと思われます。

似たような話どこかで聞いたなあと思われるのは読者様のご自由でございます。

有名とはいえないが、それなりに歴史と伝統があり上場企業であるNIHON社の会議室にて、一人の男性が声高に役員たちに向かって話していた。

「グローバル社会に対応するためにグローバル人材をわが社でも採用する、特にわが社では急務なのだ、海外進出がなんでうまくいかないのか、この報告書ではさっぱりわからん」

「は、はい烏丸会長」

白髪交じりの会長の声に緊張する役員の面々。メタボ気味の腹を机に密着させんばかりに身を乗り出すもの、脂汗がてかてかした額ににじみ出るものや小声で話し始めるものも。

「お、おい会長いつのまに返り咲かれたんだ」

「引退後、庭いじりやら学童保育のボランティアをやっていらしたそうだが、例の去年のセクハラ問題で」

「ああ、社員採用の担当者が、応募学生に交際を迫ったとか、バカだよな」

「オマケに“前はよかったのにー”なんて余計なこと言いやがるから」

「で、“オジイチャンの会社ってここ?”ってテレビ見た小学生に聞かれて、”恥ずかしくて情けない。バカ息子にはまかせられん”とおっしゃって」

ひそひそ話をした社員は会長の隣で縮こまっている50半ばの男性を指さす。

「まあ社長もボンボンだからなあ」

「そういや、もう一人重要人物も復帰するっていう話だが」

「そんな偉い人の人事異動あったか?」

「さあ?」

ヒソヒソ越えの役員の会話を烏丸会長はしってかしらずか、演説を続けていた。


「カーさん、カーさんってば」

「おお、トメさん、来てくれたか」

会議後に一人トイレに入った会長は満面の笑みをうかべた。

「まあ、カーさんのたっての頼みだからねえ。ホントはもう便所掃除なんかしたくないよ、あたしだってさ、引退したんだし。今は掃除の会社の顧問ってのと、社交ダンスの講師もやってんだから、暇じゃないんだよねえ」

「そういっても、やはり似合っているよ、その清掃用帽子に専用制服、トメさんの助言で取り入れたんだよな。動きやすくて、シンプルで、しかもどういう体型の人でも似あうのだ、素晴らしいよ。さすがはわが社創立以来の清掃のエキスパート、清掃主任、そして…」

会長はあたりを見回し誰もいないことを確認しながら

「影の採用部長だからな」

「まあねえ、表の顔、裏の顔、すべてみられるからねえ“掃除のオバチャン”は」

「そうれだけじゃない、ワシはトメさんの人間観察眼には常々感心しとるんじゃ。誰が業績をあげそうか、誰がどういう欠点があるか、ほぼ当たっとる」

「まあ、そういわれると照れるねえ。でもさ、あのセクハラ親父あれさあ」

「あれは申し訳なかった、トメさんが“ありゃダメだよ、女で失敗した顔だよ。それにバイトの子の跡つけてたんだよ”って言われていたのに。息子が知り合いだ、信用できるって言い張るものだから」

「カーさんは息子さんには甘いんだよね。あたしゃ、娘さんの方がいいと思うんだけどねえ、しっかりしてるし社長には」

「うう、それはそうかもしれんが、一応男…」

「だから、それだから、ダメったての。ぐろーばるな会社ってのになるんなら、そういう考えしないほうがいいんじゃないかい」

「そうだなあ、トメさんの言うとおりだ。だが、娘は他に職もあるし、しかも育休中でなあ、孫にかかりっきりでワシらの会社なんぞ知らんというし」

トメさんに言い負かされ、シュンとなる会長。

「まあさ、とにかく明日から社員の採用面接ってのが始まるんだろ。それから後で考えてもいいんじゃないかねえ。今社長交代ってのはマズいだろうしさ」

「そうだな、就活面接中に社長が変わったら、イメージが悪くなるかもしれん。トメさん明日からよろしく頼む」

「わかってるって。気になることがあったら、このスマホからカーさんに電話すりゃいいんだろ。さあ、臨時バイトとはいえもう仕事やんないとねえ」

会長はそっとトメさんに頭を下げると足早にトイレから出た。トメさんは一人黙々とモップをかけた。


「カーさん大変、有望な新人さん怒って帰っちゃたよ!」

トメさんからの緊急連絡を受け、急いで面接室にかけつける会長、とそこには

「あ、会長どうなさったんです?」

採用担当者二人の男性が、控室で呑気に座っていた。

「今、面接で帰った学生がいたそうだが」

会長が尋ねると年上の部長が答えた。

「ああ、あれですか、あんなの論外です」

論外?ってトメさんがそんなミスを?不思議に思って会長がさらに尋ねる。

「その、どういう人間だったんだね」

「それがアフリカ系の子でアフロヘアで黄色のパンツスーツだったんですよ!」

(は?なんでそれがダメなんだ、よく似合っていそうだが)

「女子大生がアフロ!論外です!」

「長い髪を後ろでまとめるか、ショートでさわやか、そしてストレートの黒髪!」

「黒か紺の就活スーツ、下はスカートが基本です」

採用担当部長と課長が女子の就活の基本を並べたてた。

 会長は内心あきれながら

(そんな基本なんぞ、何の根拠があるのだ、就職後の仕事ぶりに関係することなのか?統計データでもあるというのか?ワシは聞いたことないぞ)

と、隣の学生控室のドアをそっとあけた。隣室を覗き見るとずらりと並んだほぼ同じ服装、同じ髪型、同じ体系のアジア系男女が十数人、これまた同じ姿勢で座っている。男性は45度ほど足を開いて、手は膝の上。女性は皆、一様に膝上までのスカートをはき、脚をぴっちり閉じて斜め右にそろえている。

(ああ、見事に黒と紺の集団、髪型も似たり寄ったり。これでよく誰が誰か判別できるな、ワシには無理だ)

素粒子のように区別がつかないほどクリソツの外見の学生ら。唖然とする会長をよそに部長はまくしたてる。

「だいたいアフリカ系留学生なんて無理です!歴史あるうちの会社にそんな人材は!」

(何を言ってるんだ、こいつは。今やアフリカ市場は無視できず、そこに支社をつくるなら現地のことをよく知る人間がいいに決まっている、ネイティブがいればことがうまく進む可能性があるのだぞ)

会長の心情も知らず、課長もつづけた

「それも“気候と経済の関係を研究し、それを企業の活動にどう生かすか”なんてそんなたわごという学生なんていりません!」

(そ、その気候と経済の関係でノーベル賞を受賞した経済学者がいたことを知らんのか)

学生よりお前らのような不勉強な人間のほうが要らんといいたくなるのを抑え、会長はさらに尋ねた。

「き、君らが有望と思うのはどの学生なのだね」

部長と課長は声をそろえ

「それは、あの男子学生です、なにしろT大学、法学部。英語も優です、テニスサークルで部長を務め、弁論も……」

(なんという紋切り型、去年の採用基準とどこが違うんだ。しかも似たような感じの学生ばかりでどれがその学生なんだか)

「で、どの学生なんだね」

「あ、えっと、たぶん三列目の右から二番」

と課長が答えると

「いや、二列目だ。エントリーシートナンバーの順に座らせたはずなので」

(か、顔もロクにおぼえてないのか。シャッフルしたらわかるのか、まったく)

怒鳴りつけようとするのを抑え

「それで、他には、全員日本人のようだが、他の留学生は」

「あ、インドからIT関連の大学を卒業したというの男子学生がいましたが」

(おお、そういうコンピュータに強いやつがわが社に)

「でも、やめました。だって焼き肉が食えないっていうんです、ヒンズー教徒は牛はだめだって、そんなのだめですよ」

(ひょ?や、焼き肉と会社と何の関係が)

「焼き肉で新入社員の歓迎会はわが社の伝統です!高級和牛が食えないなんて!」

(ワシはそんな伝統知らんぞ、おい!)

「マレーシアからきたっていう女子もいましたがダメです、イスラム教徒で変なモノかぶって、それに」

(ぶ、ブルカぐらい覚えろ、お前たち)

「酒が飲めないっていうんですよ!お酌もダメだって、そんな女子ありえないでしょ!」

(へ、そんな習慣まだやっとったのか?トメさんに言われてワシ、改善の通達をだいぶ前に出したはずだ。あれはまだワシが社長だったころなのだが)

「やはり、いろいろな人材をとるとはいえ、わが社にふさわしい人間を選ばなければなりませんから」

とにこやかに部長がいうと課長も相槌をうつ。

「そうです、社風ってのがあるんですから」

(ほえええ、社風の意味間違っとるだろう、お前たちいいいい)

あまりのショックに思わず倒れそうになるのを、鍛えた足腰で会長は踏ん張り、

「ほかのものも、君たちと同じ考えなのかね」

務めて穏やかな声で聞いた。部長は胸を張って堂々と次の台詞を言った。

「もちろんです、わが社は伝統ある日本の会社、NIHON社です。女性は男性を支えてくれるのがいいんです!わが社の男子は営業で活躍し、女子は事務で縁の下の力持ちをやってくれる!これが一番!」

“それ、全然胸の張れることでないんでないの?”って、トメさんならきっというなあと思いながら、会長は別の質問をした。

「わ、わが社の女性幹部はどれぐらいいたかなあ?」

「えっと、あ、三人ぐらい部長がおります。一人はもう辞めるかもしれません」

「な、なぜ?」

「子持ちで幼稚園がみつからないんですよ、しょうがないなあ、もう女性は」

「だ、旦那さんの育児協力はないのかね」

「あ、夫もわが社の社員ですが、でも夫は課長なんですよ、まったく、夫として情けないと思わないんですかね。それに幹部二人が育休なんて、困りますよ」

差別丸出しの発言に会長は耳を塞ぎたくなったが、なんとか言葉をつなげた。

「き、君、育休は権利では」

「権利って、子供なら奥さんにまかせればいいんですよ、僕は独身ですけど」

(ああああ、なんという閉鎖性、多文化に無理解で男尊女卑、こんな酷い会社だったのか、わが社は。これではグローバルエリートになるような人材など採用できるはずもない。できたとしても、上司がこんな奴らばかりでは成長できるかどうか)

さすがによろける会長、なんとかドアまでたどりつき面接室をでた。


「あ、カーさん、どうだった」

会長が力なくVIP専用トイレに入ると、ちょうど掃除中だったトメさんがいた。

「と、トメさん、もうだめだ、わが社はなんでこんなになってしまったのか。ワシはこんな会社にするつもりじゃ」

「まあ、カーさん、しっかりしなよ。でも本当に変わっちまったね。掃除もほとんど、派遣だってねえ。ああ、それと海外勤務のお偉方がいたよ、たしか息子さんと同期のやつ」

「ああ、支社長が帰ったのか、それで」

「やっぱり、ああいう外はカッコつけで大きいこと言うくせに実は内向きって子はだめだね。冒険しようって気がないんだね」

「どういうことだね、トメさん、冒険しないって」

「しゃべってることが、すっと向こうの近所の日本人家族のことばっか。あれじゃ日本にいるのと変わんないよ。あれじゃ出世は無理だね、外国行ったのに現地のことを学んで成長しようって気がないんだね。子供だって現地の学校じゃなくて、日本人ばっかいるとこ」

「治安の関係かな?いや確か、息子と同期と言ったね。その支社長なら東南アジア勤務だが」

「あ、シンガポールとかだよ、確か。違うわ、学校行かないんじゃなくていけないんだとか。なんでも“ぐろーばるなえりいと“養成ってとこは英語できないとだめなんだってね」

「当然だ、だが子供なら最初はともかく覚えは早そうだが」

「あー、親ができないんだって。なんでも奥さんも自分も日本人とばっかり話してて現地の人も他から来た外国の人とも話したことがろくにないってんで。で英語が喋れないんだとさ」

(国外でも日本人としか群れない。噂には聞いていたが、まさかわが社もそうだったとは。こんなことではグローバル人材育成どころか、時代遅れ会社と揶揄され潰れてしまう。なんとかチャレンジ精神にあふれる有能な人材を採用しなければ)

「まあ、日本人としか話さないんじゃ英語も現地の言葉も話せなくなるわな。お偉いさんでも近所のおばちゃん連中と変わんないんだねえ。あたしゃ現地行ったらさ、現地のモノ食べて、現地の人にいろいろ聞いて、珍しい風習とか試してみたいし、ああ社交ダンス教室とか開くってのもおもしろいねえ。現地のダンスとコラボして舞台にたったりさあ…」

喋り続けるトメをみながら、会長はある決意をした。


『先ごろ、役員の大半がハラスメント問題で辞任した、伝統あるNIHON社において、再び驚くべき人事が発表されました。新社長は向井トメ氏、同社で長年清掃主任を務めた人物です。会長の大抜擢で、新たに就任した役員ほぼ全員の同意を得たということです。他にも育児室を新設、育休明けの女性部長を役員に昇進させ、新人の留学生を採用担当にするなど、思い切った人材の交代を行った模様です。次のニュース…』


グローバル人材候補を採用するのが先か、グローバルな社会に対応できる会社に改革するのが先が

どっちがいいんでしょうねえ。

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[一言] グローバル対応のトメさんSUGEEEEE
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