番外編 『伊豫』の話 後編
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
番外編はこれで終わりになります。少し長い上にギャグ多め注意。
視点はルゥク、コウリン、ゲンセンです。
++++【親があり子があり】++++
【鳳凰宮殿】の奥、王族の皆さんへケイランと一緒に食材を届けに行った時。
母久漣さんは初めて見た道具や昔とは違う食材に興味津々で、アタシたちはそれの使い方や調理の仕方を教えていた。
「ありがとうございます。ケイランさん、コウリンさん。やはり最近の外の食材は種類も扱いも違うから難しくて……」
この人は外の世界には関心があるようなのに、何故か未だに宮殿の奥に住まいを構えている。
現在七十歳だというけど、若い時とかここを飛び出したいなんて思わなかったのかなぁ?
「母久漣さんは洞窟の外へ出ようとは思わなかったのですか?」
「そうですねぇ。若い時は思わなかったと言えば嘘になりますが……歳を取る毎に出たいとは思わなくなりましたね」
ケイランのふとした質問に、母久漣さんは特に深刻にもならずに答えた。
「……俺は思わなかったなぁ」
「私も思いませんでしたね」
「思ったことはあったけど……一瞬だったわ」
そこへ畑仕事や庭仕事から戻った、他の兄弟たちが会話に混ざってくる。
「沙來羅さん以外は、ご兄弟の誰も外に出ていないんですよね?」
「えぇ。ここを出ると元に戻ることはできないでしょう? 全員、ここでの暮らしが良くてとどまりました」
ふんふん、そうなると……この人たちは自由よりも不自由を選んだの?
アタシはおじいちゃんが亡くなって、やりたいことといったら真っ先に浮かんだけどなぁ。
「恋人ほしいとか、結婚したいとかは?」
「思いませんでしたねぇ」
「思わなかったなぁ」
「微塵も考えませんでした」
「えぇー? 本当に?」
「「「本当に」」」
声を揃えて否定された。
「そうか。王族となれば、おいそれと外には出にくいものなのですね?」
なるほど。真面目なケイランから真面目な意見が出たわ。
「そう……なんと言いますか……生まれた当時から最近までは、王族が狙われていたのもありますが……それだけではなくて…………」
歯切れ悪く、母久漣さんは何故か言いにくそうに他の兄弟と目配せをしている。
「…………うちの両親を毎日見ていたので『あ、もう自分の結婚とかどうでもいいな……』と思ってしまって……」
母久漣さんの弟になる年配の男性がポツリと言う。
「父も母も毎日毎日……仲睦まじくするのは良いが、せめて息子娘の前で惚気るのはやめてもらいたかった……」
「毎日見せ付けられていると、お腹いっぱいというか……胸焼けしてくるというか……」
「まぁ……次々に弟妹が産まれるし日々の生活も必死だしで、外の世界に気を向ける暇もなかったもんねぇ」
「「……………………」」
人間、他にポコポコと子ができると『自分も子孫を残さないと!』という気分にはならないらしい。
「彌凪と嵐丸……ところ構わずイチャイチャしてたのねぇ……」
「なんか、聞きたくなかったかも……」
死闘を繰りひろげたケイランたちには、微妙な気分になる話だったみたい。アタシでさえもそうなるもの。
「……ですが、楽しい生活でもあったのですよ?」
「それはわかります。だって皆さん、笑顔ですもん」
もう二人はいない。
それでも、その二人を語る母久漣さんたちは笑顔になっている。そうでなければ、こんな場所に百五十年も大勢が暮らしていくのなんて不可能だ。
「家族かぁ……」
「ん? どうした、コウリン」
「うん、別に……」
いいなぁ、とは言わない。
不死になりたいとも思わない。
でも、ちょっとだけ彌凪と嵐丸、そして母久漣さんたちが羨ましくなった。
+++++【魅力<支配力】+++++
『尋問官』であるハクロが伊豫に到着し、失脚した前の領主に面会するというので、奴を入れている簡易牢まで彼を連れていった。
「……うん。これはどういう状況だ?」
「僕もよくわからないんだよね……」
目の前の牢屋には、これでもかと肥ったあげく頭髪が禿げ散らかった初老の男がいる。そいつは首から下を縄でぐるぐるに巻かれ、猿ぐつわをされた口からは『むぐむぐ』と声にならないうめきが漏れていた。
しばらくこの男の様子を見に来てはいなかったのだが、こんな酷い有り様にした覚えはない。
「――――申し訳ありません!!」
「え? カリュウ?」
カリュウが突然、目に涙を溜め深々と頭をさげた。
「尋問官の方がいらっしゃる前に、少しでも自白を……と『戦歌』を使いました!」
「いや、確かに『戦歌』はそういうことにも使えるけど…………」
だから尋問をカリュウに試させたのは僕だ…………でも、この様子は……?
「はっはっはっ。ずいぶん面白い芋虫が出来上がったものだ。一気に緊張が取れた……ありがとう」
ハクロはプルプルと震えるカリュウの頭を撫で、牢屋の前へ進み出る。
「まぁ、仕方ない。悪いが、この者の縄を解き外へ。わしが直々に尋ねてみよう」
「「はい」」
「お、お気をつけて! 暴れますので!」
「なに、すぐに取り押さえれば……」
「ぐぁあああっ!! 離せぇっっっ!!」
「「「っ!?」」」
縄を解かれた次の瞬間、元領主は押さえていた衛兵の手を振りほどき、勢いよくカリュウへ向かって飛び掛かった。
「うわぁっ!?」
「ヨシタカっ!?」
カリュウを庇うようにスルガが前に立ったが――――
ぎゅむっ!! べたんっ!!
背中を踏みつけて床に叩き付けてやる。
飛び掛かってもこのジジイ程度じゃ遅いよね。
しかし、押さえ付けられたジジイは、カリュウの方を向いて顔を紅潮させながら、
「あああああっ!! 坊っちゃん!! わたしに会いに来てくれたんですよね!? 坊っちゃぁぁぁぁぁぁん!! 会いたかったですぅぅぅぅっっっ♡♡♡」
あろうことか乙女のように焦がれた声をあげた。
「「「うげっ……」」」
「………………うわ、怖っ!」
その場の全員が顔を顰める。
これは怖い。汚いジジイが少年の虜になっている様はかなりの地獄である。
「…………カリュウ」
「ちょっと術を強めに掛けたら、こうなりまして……うぅ……」
あぁ、どうやら『戦歌』の副産物である“魅了”の方だけが強く効きすぎた感じかな。それはそれで、カリュウの才能ではあるのだけど……。
「…………要、修行だね」
「…………はい」
頑張れば凶悪な人間も支配できる『戦歌』の術。
現在、カリュウが使うと相手を自分の虜にしてしまうという、本来の術とはかけ離れてしまったものになっている。
「むぅ……困った奴よのう。いたいけな少年に邪な視線を向けるとは…………」
「ハクロ、あとは頼んだ……」
「良いだろう。どれ、わしが術が抜けるまで叩き直してやるか……」
面倒なのでハクロに丸々ぶん投げることにしよう。
ただ『尋問』が『拷問』にならないことを祈る。
…………………………
「術って怖いですね……」
「良かったね、最初に怖さが分かって。頑張って術を使えるようになろうね」
「はい!」
怖さの“質”が違う気もするけど、それは黙っておこうと思った。
+++++【本当の名前 二】+++++
「ふむ、コウリンか。ゲンセンはおったか?」
「あ、サガミ様。ちょっと待っててくださいね。ちょっと、ゲンセーン!」
「ん、なんだ?」
俺の伊豫の名前を皆に教えた数日後、珍しくサガミ老に呼ばれた。
「何か、ご用ですか?」
「いやいや、大した用事ではなかったが……おぬし、確か北の技工で栄えた町の出身だと言っておったよな?」
「あぁ……まぁ……」
「実は、おぬしの一族のことがわかってな……」
「え?」
「へぇ、良かったじゃないゲンセン!」
コウリンがお茶を出しながら横で俺たちの会話を聞いている。
「おぬしの名前、黒川といったか。北の領地で黒川家と言えば、この伊豫で鎧を造っておった職人の家系じゃな」
「鎧職人ってこと? そういえば、あんたのその胸当てとかの防具って自分で作ってたでしょ?」
俺の鎧は一度、ゴウラの攻撃でボロボロになったが、ルゥクたちと旅立つ前に予備の部品で同じものを作った。それをコウリンが憶えていたらしい。
「あぁ、まぁ。俺ら傭兵は鎧も自前だ。壊れると修理費用も掛かるし、一々新調するわけにもいかねぇからな……自分で作った方が安く済むし修理も簡単なんだよ」
「それにしても、器用に作ったわねぇ」
薄い金属に漆を塗った木の板を重ね、丈夫に編み込んだ紐で何枚も繋げたものだ。手間は掛かるが、それなりに見栄えはするし安価だ。
「しかも、この造りは大陸の鎧よりも、わしら伊豫の武士のものに近い」
「それは……俺が養父に拾われた時、身に付けていた子供用の鎧を参考にしたんです。作り方や材料はほとんど想像ですが……」
唯一、子供だった俺が持っていたものだから、しばらく捨てずに取っておいたものを真似しただけ。
「いや、そうであっても大したもんじゃ。流石は鎧工の黒川家の者。その器用さは血筋じゃな」
「……………………」
『血筋』という言葉に抵抗を感じた。
「どうじゃ? 黒川の縁の者に会ってみるかの?」
「え…………」
「さすがに直系は絶えてしまったが、遠い親戚なら今も生き残っておるが…………」
「――――いえ、それには及びません」
断ると同時に頭を下げる。
「せっかくのお気遣いですが、俺はもう大陸に住んで三十年近く経っています。名前もほとんど忘れかけているほどですから……」
「ふむ……そうか、残念じゃのぅ」
「申し訳ありません」
「いやいや、お主は気にしなくてもよいぞ」
サガミ様は笑いながら手を振っていた。
…………………………
………………
「…………会ってみても良かったんじゃない?」
「いや、やめといた方がいいんだよ。俺はもう大陸人だ」
サガミ様が帰った後、コウリンに親類に会わないのか尋ねられた。
「もう、俺が伊豫人である痕跡がない。親類に会っても何を懐かしんだらいいのかわからねぇ。親の顔も憶えてねぇんだから。話せるのは拾ってくれた大陸人の養父のことだけだ」
家門が滅ぼされた伊豫の人たちに、大陸の恩人の話はできない。
「それにここだけの話、会うのめんどくせぇし」
俺にとって、もはや伊豫はただ生まれただけの場所。
今はちょっとの煩わしさも抱えたくない。
「…………そうね。解るわ」
呟くように同意してくれる仲間の声に少しホッとした。
+++++【陰ながら……】+++++
それは、明日この伊豫を発つという日、ケイランとルゥクが長谷川の屋敷に到着した直後。
ケイランが夕食前にゆっくりしたいと、庭へふらふらと歩いて行った。しかし、それは一人ではない。
ルゥクの奴がちゃっかり隣に座っただけでなく、そのままケイランの膝を枕にし始めた。
ちょっと目を離すとこれである。
一応あいつも男なんだから、油断したらあの子に何するかわかったもんじゃない。
この私コウリンは親友として、ケイランが嫌がるようなことは断固阻止するつもりなのよ! だからこれは覗き見じゃないわ! 監視よ、監視!
「………………ルゥク、許すまじ……」
「…………放っておいてやれよ」
「……いいなぁ、オレも膝枕してほしい」
「ケイランにお願いすればいいのでは?」
「姉上……それは無理かと……」
アタシがケイランを見守るために茂みに隠れていると、何故か隣にはゲンセン、スルガ、トウカ、カリュウが同じく座っていた。
「何で皆来るのよ。見付かっちゃうじゃない」
「いや、なんかお前が険しい顔で隠れてるから……」
「ケイランがこっち来たから」
「面白そうだからですわ」
「姉上がなんか心配で…………」
…………皆、何となく来たわけね。まったく……危機感のないはずだわ。
はぁ……とため息をついて再び二人の方を向くと、膝枕されているルゥクががっちりとこちらを見ていた。
なっ……気付いている!? こんなに完璧に隠れているのに!!
「…………あいつ、こっち見てるわ」
「そりゃ、気付くだろうよ。あいつ『影』だぞ? 俺はともかく、お前ら気配消してねぇもん」
「もうバレてんの? スゲーなルゥク……」
「あら、ではこれ以上はありませんわね」
「姉上……何を期待されていたのですか……」
くっ…………やはり、あいつは油断ならないわ。でも、これで見張ってるのは分かったわね。
お互い引き分けである。ルゥクも寝た振りしてるみたいだし、ケイランに何かすることはないはず。
これ以上、ここにいるとケイランの方に見付かりそう。それは嫌なので、アタシは屋敷の中に戻ろうかと思ったんだけど…………
「……ちょっと、皆どいてくれる?」
「いや……今動くと絶対バレる」
「どこから移動すればいい?」
「ここからは無理ですわね……」
「ぼくも……無理です……」
いゃあああっ!! 集まり過ぎて動けなくなってるじゃないの!!
まさに行き詰まってしまった時、カサ…………と頭上から微かな葉擦れの音が聞こえた。
「あ…………ホムラ?」
近くの木の上にホムラが座っていて、こちらをニヤニヤとしながら見ている。
「……………………」
「…………?」
パタパタと拳を握ったり開いたり。
「…………何?」
「あー……あれはたぶん…………」
“あっしは先に行きやすんで、頑張って抜け出してくだせぇ”
「…………かな?」
ゲンセンがそう訳すと、ホムラのにんまりが濃くなった。すると、音もなくスッと姿が見えなくなる。
「ぐあ……腹立つっ……!!」
「ホムラの兄ちゃんもスゲーよなぁ」
「……やはり、あの方嫌いですわ」
「行ってしまいましたね……」
どうしよう……この状況。
そこからしばらくして、ケイランがうたた寝をしたところを見計らって抜け出すのに成功したはいいけど…………
「……お疲れ様~」
「うるさいっ……!」
ホムラ同様、ニヤニヤとするルゥクに見送られる羽目になった。
+++++【膝からの目線】+++++
――――これもどうかと思う。
長谷川家の庭先。
「ふわぁ……ご褒美、これでいいや。ちょっと『枕』になって。眠い…………」
僕は今、長椅子で横になってケイランに膝枕をしてもらっている。
本当は少し話したら、部屋に一人で戻るつもりだったのだけど……眠いことを理由にしてとどまった。
ちょっと確認する事ができたからだ。
「君、スルガに求婚されたって本当?」
「いや、それは断った」
前にコウリンからそんな話を聞いていた。彼女は案の定、その申し出を断ったみたいだ。
僕はその言葉にちょっと安心して寝た振りをする。
そして、横になった僕は少し向こうの大きな茂みの方へ視線を投げた。
――――まったく、僕が何年『影』をやっていると思っているのだろうか。
一、二、三………………五人か。思ったより来たなぁ。たぶん、コウリン、ゲンセン、スルガ……あとはトウカにカリュウってところかな?
みんな、隠れてはいるけど気配を全然隠しきれていない。唯一、ゲンセンは注意しているけど、あの茂みじゃ体の方がギリギリでたまに一部がはみ出ているのに気付いていないのだ。
ケイランが膝枕に集中していなかったら、彼女もみんなのことすぐに見付けていると思うよ?
あと、気配も姿も完全に消えているけど、庭の中にホムラがいるだろ。絶対に面白がって、みんなや僕らを見ているはずだ。
なんだろうねぇ……僕がこんな誰が来るかわからない所で、不用意に女の子襲うわけないだろう? 娯楽が欲しいなら他に行ってくれないかな。
人のことを何だと思っているんだ……と文句を言ってやりたいが、今の僕は機嫌が良いので放っておこうと思う。
…………昔の僕なら、こんなに近付かれなかった。
近付かれる前に何処かへ行く。もしくは、最初から関わるようなことはしない。
いや……近付いたら殺す……だったかもしれない。
僕も歳を取って気安くなったのかな?
「……………………」
時折、ケイランが僕の髪の毛を撫でるのが気持ち良くて、本当に眠ろうかという気分になった。しかし、あの茂みの向こうの気配が面白すぎて気になる。
ぷぷ……出ようにも出られなくなって焦ってるな。面白いから最後まで見ておこう。
また明日から旅に出るし、こういう時間も仲間への可愛い悪戯である。
――――愉快な仲間を持って幸せだなぁ。
僕は柄にもないことを思いながら、こそこそと退場していくみんなを見送った。
長かった三章終了です。
四章はただいま制作中。
どうか、次回もお付き合いください。