番外編 『伊豫』の話 前編
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
番外『伊豫編』です。長くなったので分けました。
視点はルゥク、ゲンセンです。
+++++【似て非なる……】+++++
それは、僕が初めてトウカと会った日。
彼女が人払いをしたので、部屋には僕と彼女だけになった。
「……………………」
最初にこのトウカの顔を見た時は驚愕した。
本当に……顔はまるで瑞熙の生き写しだからだ。
瑞熙は【伊豫の国】の姫だった。
――――つまり、この子は…………
「貴女は『王家』の生き残りですね?」
「…………よくお分かりになりましたね」
「大昔、貴女によく似た『伊豫の王族』に会ったもので。一目でわかりました」
髪の毛の色が違うだけで、顔だけじゃなく声まで似ている。
「なるほど……さすが“不死”のルゥク様ですね。わざわざ大陸からお越しいただき、恐悦至極に存じますわ」
そう言って、かつての【伊豫の国】の王族であるトウカは頭を下げた。
だが頭を上げた彼女はそのまま、じっと僕の顔を見詰めて動かなくなる。
「………………………………………………」
「…………あの?」
「あ、申し訳ありません。でも……はぁ……貴方のお顔、間近で見ると堪らないですわぁ。私、殿方は顔を最初に見てしまいますのよ……」
うっとりと僕の顔を見詰めるトウカ姫。
いつもの僕なら、穴の空くほど見られるのはいい気分ではない。しかし嫌な気分というより、不思議な感じに襲われた。
この子は確かに僕を見ているのだけど、なんか違うと言うか…………何かを“外して見ている”という気がしてならないからだ。
「……………………」
「はぁ……本当に……貴方を見ていると『ヨシタカが大人になったらこんな感じ』……と思わずにはおれませんわ」
「へ……?」
突然出たカリュウの名前に、何かがスコンと落ちた気がする。
どうやら彼女は、僕の顔が気に入ったのではなく、カリュウを想像させられる顔だったから気に入ったのだ。
確かに、カリュウと僕がちょっと似てるってケイランが言ってたもんなぁ。
「私とヨシタカは許嫁でして…………ヨシタカが成人する前なので、私はあの子の姉ということで私の身分を隠していますの」
ホゥ……と熱っぽい吐息。
あー、これあれだ。放っておくと惚気られるやつだ。
「……カリュウのこと好きなんですね?」
「まぁ♡ お恥ずかしいですわ♡ この事は周りには内密にしてくださいませ♡」
『恥ずかしい』とか『内密に』とか言っているけど、本当は周りに言いたくて仕方ないんだろうなぁ。
「ふふふ……」
「……?」
「ルゥク様、私は病弱故に色々な人たちにお世話になっていますわ。その中で身に付いた特技で…………他人の表情から考えを読むのが得意なのです」
いきなり何を言うのかと思ったら、彼女が不敵な笑みを浮かべている。
「私の顔…………似ている方と私、違う処は『髪の毛』かしら?」
「っ……!?」
「貴方の視線で解りました」
「たいしたものですね……」
お見事。『影』である僕から表情を読み取るなんて、なかなかやれることじゃない。これは、この子との会話は気をつけないといけないな。
こっそり警戒して表情に気をつけた直後、彼女は再びにっこりと含みのある笑顔を僕に向けた。
「もう一つ申し上げますと、私と似ている方はルゥク様の『初恋』の女性ではありませんか?」
「…………………………何を……?」
「あら? 気付いてませんでした? ルゥク様、最初に私を見てそういう顔をされていたのですよ」
え…………初恋……瑞熙が……?
「……そんなことは」
思いもよらなかった言葉に、僕は久し振りに動揺してしまった。しかし、彼女の『口撃』はのらりくらりと続く。
「私と初恋の方が似ていても、貴方は私に好意は抱きませんでしたわね? ちょっと残念ですが…………仕方ありません」
「……………………」
「きっと貴方には、もう他に『初恋』に重なった方がいらっしゃると…………そう思っておりますの」
「さぁ……どうでしょう……」
「私に似ているという女性……『銀髪』でしたかしら?」
「……っ………………!?」
………………えっ!?
「確か、お仲間にいる『銀髪の女性兵士の方』は今頃、どうしていらっしゃるのかしら? うふふふ…………」
「……………………」
あ、これダメだ。もう全部、彼女の中で話が組み立ててあるやつだ。
「………………内密にしましょうか?」
「…………トウカ姫、望みは?」
「貴方は私の命を狙っていらっしゃる?」
「いいえ。国の命令は聞くつもりはありませんので…………」
「そうですか……では、伊豫にいる間は私の話相手になってください」
「えぇ。解りました」
なるほど、彼女は少しでも僕の弱みを握りたかったのか。
カリュウと生きる未来のために。
――――その後、僕はしばらくカリュウへの惚気話を聞き、ケイランが長谷川の屋敷に来る際には『ヨシタカやケイランにやきもち焼かせてみたい!』という、彼女の娯楽に付き合うことになってしまった。
…………………………
………………
後日。ケイランが首を傾げて僕に言った。
「いくら屋敷の人間を欺くためとはいえ、お前とトウカが仲良くする演技は必要だったのか?」
「…………聞かないで。僕にも無駄だと思う必然があるんだ」
「なんか……深刻そうだな……?」
…………本当のことは言えないなぁ。
ケイランには冗談として瑞熙を『僕の初恋かな?』と言ってみた。だが本当は今も昔も『初恋』の相手が瑞熙だとはまったく思っていない。
思慕と恋慕は違う。
子供の頃を振り返ってみると、瑞熙は大切な身内だと思っていた。今その彼女を想うのは完全に思慕だ。
トウカを見て瑞熙を思い出したけど、僕の頭の中では瑞熙の記憶では止まらずに、さらに向こうへ想いを馳せている。
「まぁ……物事っていうのは、何かしら繋がっているもんだよね……昔のことは今の『土台』にすぎないし……」
「何の話だ……?」
「要は、僕には現在が一番大事……ってこと」
「???」
…………まだ君はわからなくていい。
自覚している僕の『初恋』は、たった今起きていることだと思っているのだから。
+++++【本当の名前 一】+++++
「ねぇ、ゲンセンって伊豫人なのよね?」
「まぁ……そうだけど……」
「『暁 玄泉』は大陸の名前でしょ? あんた、伊豫の名前……ってあるの?」
「へ?」
【鳳凰宮殿】の裏庭で薪割りの手伝いをしていると、休憩がてら横でボーッとそれを見ていたコウリンが聞いてきた。
「あ! それ、オレも気になってた! ゲンセンって本名なのか、それとも偽名なのか?」
コウリンの呟きに近くにいたスルガまで反応してくる。
「どうなの?」
「どうなんだよ?」
「えー……?」
なんか、めんどくせぇことになったなぁ……。
「なぁなぁ! ゲンセンの伊豫の名前ってなに?」
「……いや、その……」
「何よ、別に良いじゃない」
こいつら~、簡単に聞いてくるなよ……。
「ユエにも言ったことねぇのに……」
「………………え…………」
俺がぼやいた時、コウリンが怪訝な顔をした。
「教えてくーれーよー!」
「…………スルガ、もういいわ」
「え? なんで?」
急に話を中断するコウリン。
「やっぱりアタシ、聞かなくていい……」
「……………………」
…………ったく、らしくねぇな。
「さ、アタシはそろそろ薬の調合でも……」
「…………き…………」
「え?」
「伊豫の名前。『黒川 重明』……だ。一回しか言わねぇぞ……」
普段使わない自分の名前を言うのは奇妙な気分だ。
「くろかわ……黒川……重明……」
ぶつぶつと教えた名前を反芻して、コウリンは何故か俺から目を逸らしている。そんなに変な名前だったのか?
「俺の名前……変か?」
「あ、そうじゃなくて…………」
コウリンが何か言いたげに顔を上げた。その時、
「そっか!! なら『シゲさん』じゃんっ!!」
元気なスルガの声が響き渡る。
「「…………シゲさん……?」」
「そうそう! シゲさん!!」
チラリ。コウリンを見るとがっちりと視線が合った。
「……………………ぶふっ!! シゲさん……ふっ……あは、あはははははははははっ!!」
「はははははっ!! シゲさんシゲさん!!」
「お前ら、人の名前っ……!」
その後、二人は何かツボにハマったのか、しばらく笑い転げていた。
…………………………
………………
「おーい、シゲさーん!」
「…………それで呼ぶな、ルゥク」
「あ、いたいた。あっちでヤマトさんが捜していたぞ、ゲン……………………シゲさん」
「ケイラン、お前もか!?」
真面目か!? わざわざ言い直すなよ!!
あれから、俺に対して『シゲさん』と呼ぶのが流行ってしまった。コウリンとスルガが遠慮なく広めたせいである。
「ハイハイ。シゲさん、いいじゃない少しだけなら!」
「コウリン……他人事だと思って……」
「あはははっ!」
まったく、楽しそうにしやがって。
…………でも……気を遣われるよりはいいか。
そのうち飽きることを願い、一応は嫌がる顔だけしておくことにした。
+++++【差別区別】+++++
それは伊豫の土地の封印を解く前。
スルガには『風刃』の付与を。
ゲンセンには『土甲』の強化を施した。
各々、僕の血で身体にアザを書き込んだ。あとは固定させるだけだ。
「じゃあ、術を固定するけど……覚悟はいい?」
「お、おう! いつでもこい!!」
「…………わかった」
僕でも術の固定は少し緊張する。
「さぁ、二人とも…………」
「「………………っ!!」」
パシンッ! 僕は拳を打ち鳴らす。
「歯ぁ食いしばれぇっ!!」
「「えぇえええええっ!?」」
――――――ん?
拳を振りかぶったところで、二人は驚愕の悲鳴をあげた。
「え? えぇ!? ルゥク、殴るの!? オレたち殴られんの!!!?」
「おい!! 聞いてねぇぞ!?」
「特に言ってなかったけど……何でそんなに驚くの?」
この二人の動揺ぶりが何か変で、思わず尋ねてしまった。
「だって固定するの…………なぁ?」
「さっきケイランから聞いた話では……」
「…………ケイラン?」
近くで様子を見ていたケイランに視線を向けると、
「だって…………お前が私に『霊影』を付与した時は……その……」
ゴニョゴニョと何か言いながらケイランが顔を逸らす。
「あー、ほっぺたにチューね」
「「そう! それ!!」」
「あっさり言うなぁあああっ!!」
声を揃えるスルガとゲンセン、真っ赤になりながら抗議するケイラン。
「固定方法は何種類かあるんだよ」
「「「え?」」」
僕の血と共に、相手の身体に染み込ませた気術を僕の気力で固定する。これが付与や強化の大まかな説明。
「つまり、僕の気力を相手の頭、もしくは顔に叩き付けて埋め込むということ」
そこで気力を『叩き付ける』というのにも強さがあり、一番弱く付けるのが口付け。
「一番強く術を固定するのは拳でぶん殴る方法。二人とも頑丈だし良いかなぁって思って」
「うわ……オレが頑丈でも痛いのは……」
「穏やかじゃねぇなぁ……」
仕方ない。僕が『術喰い』を身に付ける時に、師匠から受け取った秘伝書にはそう書いてあった。
「な、なぁ……私の時は……?」
「ケイランは子供だったし、今でも女の子をぶん殴るわけにはいかないでしょ?」
「そうか………………じゃあ、口…………の次点で殴るより優しいやり方は?」
「僕が試したことあるのは“デコピン”かな? あ……でも、僕がやったら脳挫傷を起こしたからオススメできないかも?」
「「「……………………」」」
拳の方が加減ができるが、痛いのはどうしようもない。
「うん、でも……仕方ないなぁ」
「「………………?」」
これは納得してもらうしかないようだ。
「二人とも痛いのが嫌なら仕方ない。それに、何か期待しちゃっているようだから口づ………………」
「「拳でお願いしまぁぁぁぁぁすっ!!!!」」
そうそう。こう言うと男って、ほとんどの奴は『拳』を希望するんだよね。若い時のハクロもそうだった。
「よーし! 張り切っていくよー!!」
――――こうして、二人の術の付与と強化は無事に終わった。
…………………………
………………
後日。
「………………ということで、オレとゲンセンはルゥクにぶん殴られて、痛みと引き換えに術をもらったんだけど…………」
「え……? 殴る……?」
スルガの話を聞いたカリュウは顔を青くして固まった。
「ヨシタカもぶん殴られたんだよな?」
「いや…………ぼくは…………その…………」
「え? だって、ヨシタカもルゥクから『戦歌』の術を貰ってたんじゃ…………」
「…………………………」
カリュウが遠い目をして黙り込む。その様子に、スルガがチラリと僕の顔を伺うように見てきた。
「おい……ルゥク。まさか、ヨシタカは……?」
「…………ちゅう……」
「あー…………」
「だって、カリュウって殴れない感じだったから……」
「あー…………」
武闘派のスルガやゲンセンと違って、繊細そうなカリュウは殴ったりしたらただじゃ済まない気がしたのだ。
「ヨシタカは痛くない方がいいよ。うん、頑張った……もう気にすんなって……」
「いえ。ぼくは男として情けないというか…………うぅ……」
「……そんなに傷付かれると僕もツラいんだけど?」
「ヨシタカ!」
そこへ、落ち込み始めたカリュウを見かねてか、トウカが駆け寄ってきた。
「ヨシタカ、大丈夫ですわ! 私はあなたの試練の様子を見ておりましたから、あなたが頑張っているのを知っております!」
「姉上…………」
そういえば、トウカはカリュウに術を付与した時に傍にいたからなぁ。
「己が強くなった過程や方法を、情けないなどとは思ってはなりません!」
「姉上、ありがとうございま…………」
「美少年のヨシタカと美形のルゥク様、私は存分に目の保養をさせていただきましたわっ!!」
「は………………?」
あの子、今とんでもないことを言ったぞ?
「ねぇ、トウカ…………カリュウって君の許嫁だよね? 見ていて嫌だったんじゃ…………」
「いいえ、まったく嫌ではありませんわ!! 寧ろ、興奮いたしました!! ありがとうございます!!」
「「「……………………」」」
ええ~……さすがにこれは僕でも引く……。
益々、堂々と言ったトウカに僕らは閉口した。何故か礼まで言われているし。
「……桃姉ちゃん、たまーに変な趣味があるんだよ」
「うん。よくわかった……」
師匠…………付与や強化、他に術を固定する方法は無かったのですか?
むやみに他人に与えるのも考えないと。
僕は自分の行動を少しだけ反省した。
初恋、現在進行形。
トウカのシュミよ……。
ゲンセンの名前は名字と名前を逆にして弄っております。
『黒川』→『玄泉』
『重明』→『暁』