番外編 『宴』の話
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
番外編二話目。
ひたすら平和な話。
視点はコウリン、ゲンセンです。
++++【甘味女子の集い 一】++++
ここは【鳳凰宮殿】から程近くの町。
アタシたちはとある飯処兼甘味屋に来ていた。
履き物を脱いで上がる座敷に通され、広い卓に着いたのは四人。
「ふふふ、今日は今までの労をねぎらう『甘味女子の集い』ですわ! 皆様、思う存分楽しみましょう!」
「あぁ、うん……」
「そうね……」
「はいはい……」
「ケイランもコウリンも、始めくらいはもっと楽しそうにしてくださいませ! 一応、ルゥク様も!」
「あぁ、うん……」
「そうね……」
「はいはい……」
やけに上機嫌なトウカに、アタシとケイランは少し引き気味になり、『女子の集い』に男一人入れられたルゥクはとてもやる気が無さそう。
ついでに言うと、本当ならルゥクは【鳳凰宮殿】での酒宴に呼ばれていた。しかし、トウカに「出資者なんだからこちらに来なさい」と引っ張ってこられたのだ。
その様子を、カリュウとスルガが羨ましそうに見ていたのが印象深い。あの子たちの方がこちらに来たかったのかもね。
「…………というか、僕はただ奢るだけなんだし、こっちに請求だけを回してもらえば良かったのに。何で僕が“女子の集まり”に参加させられているの?」
「お勘定に関しては私も折半いたしますわ。それに、今回は私も貴方の企てに協力したのだから、私のお茶に付き合うくらいはしていただきませんと……面白くありませんもの」
「僕を余興みたいに扱わないでよ……」
そうよね……女に間違われるのを最も嫌うルゥクには、女子の集団の一部にされるのはつらい。しかも、店の人から「あらあら、女の子だけで集まって……微笑ましいわねぇ」という目で見られるのは苦痛でしかないと思う。
女子に混ざってもこいつは違和感ないところが、余計に憐れというかなんというか………………うん、どうせ余興扱いなら、女装させて座らせれば良かったんじゃない?
「良いではありませんか。三人もの綺麗どころに囲まれて、普通の殿方ならば大喜びすることではありませんの?」
「………………………………」
いや、違うわよトウカ。
この男は何人もの女の子に囲まれるよりも、ケイランと二人きりで過ごす方が幸せなのよ。今でもちゃっかり、ケイランの隣の席に座っているんだから。あ、なんか腹立つわ。
「さあさあ。些細なことは気にせず、肝心の甘味を頼みましょうか」
「…………………………」
ルゥクの最大の悩みを些細な事と片付けて、トウカは店のお品書きに目を通す。アタシとケイランもそれを見てみるが…………
「た……高値い……」
「これ、菓子の値段か?」
この店はトウカや一部の貴族の御用達だという。
そのためか、筆で美しく書かれた品には信じられない金額が記されていた。
こ、これが伊豫の甘味だというの!?
「あのトウカ…………この“練りきり”って?」
「それは、これくらいの大きさで……」
“これくらい”が、親指と人差し指で丸を作ったくらいの大きさである。そのお菓子は形が様々で季節でも違うという。
この菓子一つで、アタシが朝食に買う屋台の粥一杯よりはるかに高いわよ!?
「ケイラン、あなたはどれを食べてみたいかしら?」
「いや、その……どれがどれやら……伊豫の甘味はよくわからなくて…………」
「あら、でしたら一つ一つ説明した方がよろしいかも……」
トウカは首を傾げて、何故かルゥクの方を見た。
「ルゥク様、ケイランとコウリンに全部の甘味を説明しても?」
「あぁ、別にいいよ。あ、すみませーん!」
てっきりトウカが説明するのかと思えば、ルゥクが店の人を呼んだ。そっちに説明してもらうのかな?
「はい! お呼びでしょうか、お客様!」
身なりの良い中年の男性が現れ、その男性に向かって……
「ここにある甘味、一通り全種類ください」
「「っっっっっ!!!?」」
とんでもないことを言い放つルゥク。
「あと、お抹茶と箸休めの漬け物もお願いしますわ」
「はいっ! おありがとうございますっ!」
そのルゥクの言葉に何の驚きもないトウカ。そして、ぺこぺこと頭を下げながら奥へ消える中年男性。もしかしたら、ここの店主かもしれない。
「ちょっ……あんたたち! 全種類って……!?」
「え? だって、実物を見なければわかりませんもの。ねぇ、ルゥク様?」
「うん。口だけで全部説明は面倒臭いし、食べながら説明聞けばいいよね」
「いや! だってこんなに沢山!?」
なんという金持ちの発想っ!?
トウカは王族だからわかるけど、ルゥクは庶民の感覚じゃなかったの!?
「……そうだな、ちょっと頼みすぎの気がするぞ?」
「そうよね!? こんなには…………」
「…………食べきれるだろうか?」
「量の心配!?」
アタシは値段の心配してるのに!!
「あら、食べきれなかったら、その分を折に詰めてもらえばいいではありませんか」
「うん、そっか。もったいないものな」
「ケイラン、頼みたいのがあるなら遠慮なく言いなよ」
ホッとしたように笑うケイランを見て、アタシはある現実を思い出した。
そうよね……よく考えたら、ケイランも元将軍の娘でお嬢様だったわ。ここで金銭感覚がまともな庶民はアタシだけだね、きっと。
「お待たせいたしました!」
店主らしき男性の他に、店員の女性三人が手に手にお茶や菓子が乗った盆を持って登場する。
…………ちゃんと菓子の味、分かるかしら……?
自分の財布が痛む訳ではないのに冷や汗がとまらない。
卓に次々と並べられる甘味に、アタシの意外な小心者さを認識させられた気分だった。
【つづく。】
+++++【真の恋敵】+++++
今夜は【鳳凰宮殿】で領主の着任と、頑張った武士や兵士への労いのための酒宴が行われるという。
「ゲンセン! 大広間に卓を運ぶの手伝ってってさ!」
「分かった、今行く!」
午前中はスルガとカリュウの『気力操作』の訓練に付き合い、午後はスルガと宴会の準備を手伝っていた。
今日は久し振りにとことん酒が呑めるな!
ついでに安酒の話でも…………って……
「あれ? そういえば、昼前からルゥクの姿を見てねぇな?」
ついでに、コウリンとケイランも見ていない。
「ルゥクなら桃姉ちゃんに連れていかれたぞ。ケイランとコウリンも一緒に、甘味処で『女子の集い』? とか何とか?」
「…………『女子の集い』って…………」
あー……あいつ、女子として連れていかれたのかぁ。気の毒というか、御愁傷様というか…………帰ってきたら黙って受け入れてやろう。
「いいなぁ~、オレもケイランと一緒に甘味食べに行きたかった……」
「…………お前、ケイランに振られたんじゃないのか?」
「いいや! まだ、振られてない! だって、ケイランにはまだ決まった相手はいないだろ!?」
どうやらスルガはケイランに『任務中には結婚などは考えられない』と言われたそうだ。
…………ケイラン、断り方間違えているぞ。ここは『ルゥクがいるから他の男は考えられない』と言えば良いのに。そうしたら、ルゥクと恋仲だと思われてすんなり断れるだろうが。
「諦めろスルガ……お前の恋敵は強いぞ……」
「え? ああ、ルゥクのこと?」
「なんだ、知ってて…………」
「オレの敵はルゥクっていうより、ケイランなんだよな」
「………………は?」
何を言っているんだ?
「ケイランってさ、たぶんルゥクのこと好きなんだろうけど自覚ないんだよな。だから、先にオレのこと好きになってもらって、それを自覚してくれたらオレの勝ち!」
「………………………………」
こ、こいつ……子供なのにずいぶんとこまっしゃくれていやがる。これは『見気の術』のせいなのか?
「あ~あ、ルゥクも油断できねぇな。気の毒に……」
「おう! オレ絶対勝つ!! ゲンセンもさっさと相手見付けろよ!!」
「…………なんで上から目線なんだよ?」
色恋沙汰はやっぱり解んねぇわ…………旅が始まったら賑やかになりそうだが、この件には絶対に首を突っ込まないようにしよう。
俺は無関心を貫くことを堅く心に誓った。
+++++【甘味女子会 二】+++++
「美味しい……」
「うん、幸せ~!」
最初こそ値段に臆していたけど、伊豫の甘味は見た目も味も抜群だった。特に“練りきり”なんて小さな芸術品だわ。
「この椀物も美味しい……」
「アタシはこの餡蜜が……」
「ふふ、伊豫の食べ物を気に入っていただけて嬉しいですわ」
無心で甘味を食べるアタシとケイランに、トウカが誇らしげに微笑んでいる。しかし、その視線がケイランの隣へ移ると、少しだけ眉を潜めた。
ケイランの隣に座るルゥクはあまり甘味には手をつけず、お茶を飲んでいる。
「ルゥク様、もう甘味はよろしいの? もしかして、甘いものはお嫌いでしたかしら?」
「嫌いじゃないけど、甘味はそんなに多く食べられないかな。それに……ちょっとこれをお品書きに見付けちゃって……」
そこへちょうど女性店員が来て、どんぶりを一つルゥクの前に置いていった。
それは、大きな油揚げと葱の乗った温かい蕎麦である。
あー、ルゥクって蕎麦が好きだったもんね。ん…………でも、なんか……?
「あら? ルゥク様、蕎麦は一杯だけでよろしいですの?」
「え? うん、これで十分」
いやいや、確かこいつ、蕎麦はいつもどんぶりで五杯は平らげていたような。初めて目の当たりにした時は、普段が小食な分、その食べっぷりが恐ろしいと感じるくらいだったわ。
「ルゥク様が蕎麦をとてもお好きだと聞いてましたのに……」
「いつも沢山食べられる訳じゃないよ」
「まさか、具合悪いとか?」
「ううん、別に何とも」
「でも、あんたが蕎麦を少ししか食べないなんて……」
アタシとトウカがルゥクの体調不良を疑い始めた時、
「…………ルゥクは蕎麦に“山菜”が乗ってないとあんまり食べないぞ?」
――――と、ケイランがボソリと言った。
「「「…………へ?」」」
これには何故かルゥク本人も驚いている。
「山菜……って、え? そうなの?」
「えっと……まぁ、うん。ねぇ、ケイラン。僕、君に言ったことあったっけ?」
「いや。聞いたことはないな」
聞かなくても分かったということは、相手のことをよく見ているということである。
「でも、私にルゥク様の好物を教えてくださった時には、蕎麦だけで山菜なんて聞いてませんでしたわね?」
「…………それは……」
チラリとルゥクの方を見るケイラン。
「ルゥクのことを……私がペラペラと話すのが憚られたというか…………」
「なるほど、普通は自分の男の情報を他の女に知られたくありませんよね?」
「え?」
「なっ!? 違っ……」
ルゥクからすれば、まさかケイランが自分の好みを見抜き、さらにそれを自分の胸の内に留めようとしていたことが驚くべきことのはず。
「よく分かったねぇ?」
「……見てたらなんとなく、分かったというだけで……」
「そっか、見ててくれたんだ?」
「っっっ……」
嬉しさのあまり、ルゥクがほんのり口の端を緩めたのを、アタシとトウカは見逃さない。
「……面白くありませんわね」
「……えぇ、まったく」
「私もヨシタカにあんな顔で見詰められたいですわ」
「あ、そっちなの」
アタシとトウカの冷ややかな視線を完全に無視して、ルゥクは嬉しそうに微笑みながらケイランをじっと見ている。
ケイランはその視線に耐えかねて顔を逸らしていた。頬がじんわりと紅く染まる。その反応にルゥクは目に見えて上機嫌だ。
これは……放っておくと二人でイチャつきかねないわね。話題を振ってしまおう。
「何で山菜蕎麦なのよ?」
「え? う~ん……大した話じゃないけど……」
ここから、ルゥクの昔話になる。
子供の頃。ろくな食べ物も与えられなかったルゥクは、師匠に拾われた後もそんなに食べることができなかった。
無理をして咀嚼しても身体が受け付けず、ずいぶん物を食べるのに苦労したらしい。
しかしその時、師匠が打った蕎麦だけは少しずつ食べられるようになったそうだ。
そこからしばらく、蕎麦で食べるのに慣れていったとか。
そのためか“山菜入りの蕎麦”なら、人並み以上に食べられるみたい。
…………………………
………………
「師匠、蕎麦打ちが名人並みでねぇ。で、必ず温かい蕎麦には塩漬けにした“山菜”が乗ってたんだよね……」
「まぁ……ルゥク様には思い出の品ですのね」
なんか、ちょっといい話だったのだが…………
「つまり、あんたは今でも“お袋の味”ならぬ“師匠の味”にこだわりがある、と…………意外と甘えっ子よねぇ」
「お前、お師匠さまが大好きなんだな……」
「なんだか、可愛いところがありますわねぇ」
「…………やめて。温かい目で見ないでくれる?」
しみじみとルゥクにぬるい視線を送る。それが居たたまれないらしく、蕎麦をすすりながらプイッと顔を背けている。
「もう……みんなだって好物にこだわりくらいあると思うよ? 例えば………………はい、ケイラン……これ」
「あ……これ……」
ルゥクは顔を逸らしながら、ケイランの前に甘味の乗った皿を置いた。そこには『桃色の餅』と『豆が入った餅』がある。
「ケイラン、今日食べた中では、この二つが気に入ったんじゃない?」
「え!? そ、その通りだけど…………」
「君の育ての親のジュカは餅菓子が好物だったから。ケイランも好きで食べていただろ?」
「うん。母上が餅菓子が好きで私もよく一緒に茶を飲んでいた。でも……この二つだとよく解ったな?」
確かに。他にも餅菓子はあるのに。
「そりゃあ……君をちゃんと見てたから」
「へぅっ……そ、そ、そうか……」
ルゥクは向きを変え、ケイランを見詰めながらにっこりと笑う。まる口説いているようだ。
対するケイランは、不意を突かれて真っ赤になった顔を必死でルゥクから背けている。
あ~、とうとうイチャイチャし始めた。
菓子のように甘い空気が流れた時、
「店主! よろしいかしら!」
「はい! 御用でしょうか、お客様!!」
突然、場の雰囲気を掻き回すようにトウカが店主を呼びつけ、瞬時に店主が召喚された。
「あの『すあま』と『豆大福』を有るだけ持ってきなさい!」
「はい! おありがとうございます!!」
すぐさま、重箱に納められた『桃色の餅』と『豆の入った餅』が卓に並ぶ。
「さあ、ケイラン。好きなだけお取りなさいな!」
「え? えぇっ!? いや、トウカ……これは……!?」
絶対に食べきれないので、すでに折りに詰められている。
「良いのよ、ケイラン。今日は『甘味女子の集い』なんだから。ねぇ? ルゥク?」
「…………………………」
イチャイチャしたいなら帰ってからにしなさい。まぁ、帰っても酒宴が待っているから、あんたはゆっくりできないだろうけど。
この後はアタシとトウカでケイランを甘やかすだけ甘やかし、ルゥクの入る隙を少しも与えなかった。
アタシたちはそれで満足である。
+++++【みやげ話】+++++
夜。
宮殿の宴会も盛り上がっている時間。
「ただいま! はいゲンセン、皆におみやげよ!」
「ん? 何だ、この重箱?」
「お酒のつまみにでもしてちょうだい♪」
「………………これを?」
コウリンに渡された重箱には、キレイに並べられた“練りきり”と呼ばれる菓子があった。
「もしかして嫌い?」
「いや、嫌いじゃねぇけど……?」
他にも重箱があちこちに配られている。しかも甘味ばっかり。
どうせなら漬け物とかが良かった…………ん?
「…………」
「うぉっ!? いきなり現れるな!」
そして、いつの間にかルゥクが近くに気配もなく座っている。
「はぁあああ~…………」
「なんか疲れてねぇか? 何があったよ?」
「……結局、店の品物をほぼ買い占める形になっちゃって…………」
「何がどうなれば、そうなるんだよ?」
「とにかく、酒呑みたい…………」
敷物にぺたりと座り込み、疲れきった様子のルゥク。
「久々の女の子三人の相手……きっつい……」
「俺は一人でもキツイけどな。なんか知らんが…………まぁ、呑め」
「うん、ありがとう……」
これ以上は何も聞かずに酒を注いでやる。
この後、ルゥクはかなりの酒を呷りながら「何年生きても女の子って解んない……」などと口走っていた。
…………………………
………………
※おまけ。
「あ、母久漣さーん! 彌吹と蔦丸もおいでー!」
「皆様におみやげをお持ちしましたわ」
「まぁ、ケイランさんに桃花さん。何かしら?」
「なにかしらー?」
「なにー?」
「ふふ、これはなんでしょう?(パカッ)」
「まぁ! 綺麗ですね。宝玉みたいです!」
「これは“練りきり”というお菓子ですわ」
「お菓子!? これが!!」
「こっちに“すあま”と“豆大福”もあるぞ」
「すごーい!! たべたーい!!」
「たーい!!」
「え? 菓子って、これが!?」
「すごい! キレイ過ぎて食べるのもったいない!!」
「神の食べ物!?」
「外にはこんな物があるの!?」
「…………皆様、伊豫人なのに、これらの菓子を見たことなかったのかしら? ものすごく驚いてますわ……」
「ずっと隠れて暮らしていたから。うん…………持ってきて良かった……」
「そうですわねぇ……」
「「「きゃあああっ!!(大歓喜)」」」
かなり師匠っ子のルゥク。
甘味だけに、ケイランを甘やかしたいコウリンとトウカ。
スルガが諦めてない。
次回は伊豫の人たち中心の番外編です。