番外編 『影』の話
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
今回は補足的なお話の番外編その一です。
『影』中心の話。
ギャグ色強めなので注意。
視点はルゥク、タキです。
++++【土下座しますから!】++++
「…………で? ケイランには謝ったの?」
「謝りましたよ。『今まで男だということを黙っていて申し訳ない』…………って」
蛇酊州、小野部邸。
僕は明日、長谷川の屋敷へコウリンと向かうことになったため、簡単に荷造りをしているところだった。
そこへタキがお茶を持って現れ、何となく話をしているうちに、以前ケイランを卒倒させた『仲の良い姉代わりのハナは実は男だった事件』の謝罪の話になったのだ。
「とりあえず土下座は?」
「いや、実は……お嬢様ももう怒ってない……って言ってくださいまして……」
「そう? ケイランがそう言うならいいけど」
普段のタキは、王都にあるハクロの屋敷で使用人として過ごしている。王都で国の命令を受けたり、僕の指示を待つために便利だったからなんだけど……
「女装してまでケイランの世話をしてるなんて…………」
それはちょうど、ケイランがハクロの屋敷に引き取られた頃だ。彼女の前では『ハナ』という名で女装をしている。それも十年間も。
「何を言うんですか。元はと言えば、ルゥク様がオレに『女装して過ごせ』って命令したんですよ! まさか、お忘れじゃありませんよね!?」
「僕は十年も女装してろとは言ってない」
そう。僕はあることで『罰』として、タキに面白半分に女装させてハクロの屋敷へと放り込んだ。しかし、それはだいたい二、三ヶ月くらいのものだったはずだ。
「ハクロ様の屋敷で一ヶ月ほど働いた頃、ケイランお嬢様がいらしたんです。オレの方が先に居ましたから、ネタばらしが難しかったんですよ! それに………………」
口を尖らせて抗議していたタキが、フッと苦しげな表情になる。
「お嬢様、最初の頃は男の使用人を見ると、固まって怯えてしまってたんです。ハクロ様でさえ、ちゃんと話せるようになるのに半年くらい掛かりましたし…………」
「………………」
僕がケイランを見付けた時、彼女は大柄な男たちに囲まれていた。そしてその男たちを、目の前で全員斬り殺したのは僕だ。
七才の女の子には凄惨で、心に深い傷を負ってもおかしくない。その証拠に、今でもケイランは大量の血を見ると顔を蒼くしている。
「ふぅ……理由が理由なら仕方ないけど…………」
「そうですよ。それに、やっぱり女同士の方が悩みもすぐに教えてくれます。お嬢様が初めて月のものになった時だってオレが教えたんですから」
「……………………ん?」
タキ、今何て言った?
「ちょうど、ジュカ奥様がお留守の時で…………初めてのことに戸惑うお嬢様……可愛かったなぁ」
「…………………………」
「あと、その頃には胸も膨らんできたみたいで、子供用の着物が合わなくなったからと、正確な身体の寸法もオレが計りました」
「…………………………」
「成長期の時って色々悩むみたいなので、たまに風呂で背中を流したりする時にじっくり聞いたりもしたものです……」
「…………………………」
懐かしむように、うっとりとするタキ。
幼い頃から、今に至るまでのケイランの思い出が頭を廻っているのだろう。
「あと、そういえば………………はっ!」
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
さっきから僕が何も言わずにいることに、彼はやっと気付いたようだ。
「……………………ルゥク……様?」
「タキ…………まさか女性になりたいとか?」
「え? いえ、そんなことは………………」
「このまま一生涯女性として生きるつもりだったとか?」
「………………いや、それはない……です」
「タキは…………男だよねぇ?」
「……はい」
「僕と同じ、男だよねぇ?」
「…………………………はい」
「ケイランとは違って、男だよねぇ?」
「……………………………………は……」
言わんとしていることが解ったのだろう。
タキが汗を滴しながら僕から目を逸らす。
「さて、と…………」
「え~と……ルゥク様?」
「ねぇ、訓練場に付き合ってくれる?」
「え? あの……今からですか? もう陽も沈んでて……」
「うん。たまにはタキと男同士で語らうのも良いよねぇ」
「いや、でも、もう遅……」
「はい、行くよ~」
「うわっ!! えっ……ルゥク様? 何でオレの首掴んでっ……!?」
「はい、行くよ~」
「ルゥク様っ!? ちょっ、引きずらないでください~!!」
ズルズルズルズル……
タキの首根っこを掴んで部屋を出る。そこにちょうど、ゲンセンが風呂から戻ってきた。
「あ、ゲンセン。僕、出掛けてくるね」
「え? 風呂は……って、何だ? 今から外?」
「タキと一緒に楽しんでくるから」
「お、おう…………ほどほどに……な?」
顔をひきつらせたゲンセンとすれ違い、僕は再びタキを引きずっていく。
「ルゥク様!! オレ、今からお嬢様に謝ってきます!! 土下座してきますからぁっ!!!!」
「いやぁ、何を謝るの? ケイランも土下座まではいいって言ったんだろ? 無理に行かなくてもいいよ?」
「でもっ!! お嬢様というより……ルゥク様、怒ってませんかっっっ!?」
「はははは、何で僕が怒るのかな?」
「いいやっ!! 怒ってますよねぇぇぇっ!!」
怒ってないよ? ただ、タキが余計な謝罪になんて行ったら、ケイランは『ハナ』に相談したことを思い出してしまう。あの子のことだから、過去の羞恥に耐えかねて気を失うんじゃないかと心配なんだよね。
「じゃあ、男同士で語ろうか………………術は使えないから刀で」
「せ、せめて木刀か拳にしてください!! オレたちが本気で斬り合ったら死にますよ!?」
「いいねぇ。本気で、かかってきなよ……」
「っっっ!?」
タキの悲鳴に近い抗議の声が耳に入るが、僕はまったく歩みを止めるつもりはない。
「おや? 旦那、お出掛けでやすか?」
屋敷の外へ出ると、門の上にホムラがちょこんと座っている。
「うん、タキと訓練♪」
「ほ、ホムラ! ちょっ……助けてくれ!」
「……………………」
ホムラはじぃっとタキを見詰めニンマリする。
「タキ姉、骨は拾いやすんで頑張ってくだせぇ」
「裏切り者ぉぉぉっ!!」
「裏切ってないよ。ホムラは元から僕側だし」
愉しそうにしているホムラに見送られ、僕は張り切ってタキを引きずっていく。
「タキ、今夜は眠らせないからね?」
「わぁあああっ!! 朝まで付き合わせるつもりですかいっ!? ルゥク様、夜明けに長谷川の屋敷へ行かないと……!!」
「僕は大丈夫だよ。タキも初めはツラいと思うけど、だんだん“良くなる”からね?」
「言い方っ!! それって“死にかける”ってことでしょうが!!」
「はいはい、無駄な抵抗はやめようねぇ~」
「ぎゃあああああっ!!」
…………
その後。伊豫にいる間、タキは必要以上にケイランにベタベタとしなくなり、
「最近、ハナ…………いや、タキを見ないな?」
「新しい領主呼びに王都へ戻ったよ」
ちゃんと『影』の仕事に集中していた。
+++++【『影』の素質】+++++
「頼む。私に『影』の戦い方や心得を教えてくれ!」
「お嬢様がなぜ『影』の訓練を?」
長谷川の屋敷の裏にある丘。
長谷川の屋敷へ来たケイランお嬢様は、すぐにオレとホムラを呼んで頭を下げたのだ。
「でも、なぜ急に『影』の戦法など……?」
「…………いつも、私だけ置いてきぼりにあう気がしてな」
聞けば、お嬢様は常にルゥク様やホムラについていけず、さらにゴウラに襲われた時に力の無さを痛感させられたことで、『影』の戦い方などを考えるようになったのだとか。
「頼む! ルゥクが何か作戦を行っている間、屋敷でとじ込もって待つのは嫌なんだ! 少しでも私ができることをしたい!」
「……んー、でも……よりによって、貴女に『影』の技術なんて……」
「別に教えても良いんじゃねぇでやすか?」
今まで黙っていたホムラが、近くの岩の上から会話に割って入ってきた。
「タキ姉が教えねぇんなら、あっしが教えても良いでやすよ。ただし、ルゥクの旦那の準備が終わるまででやすけど」
「本当か!? ありがとう、ホムラ!」
正直、驚くしかなかった。
あのホムラが率先して他人に話し掛けたのだから。いつもなら、オレとお嬢様の会話をただ聞いて、話を振られた時にだけ答えているような奴が。
……………………
夕方近く。
これからの訓練内容を書いてまとめた紙を巻き付けて紐で縛る。
「今日は予定だけですね。くれぐれも、コウリンさんなどに悟られぬよう、感情は出さずに無表情で。ここからが訓練ですからね?」
「解った。頑張ってみる……!」
「では、本日は解散!」
無表情…………というより、どう見ても不機嫌に見える表情に固定したまま、お嬢様は丘を下りて屋敷へ帰っていった。
「よし……明日からか。オレとお前で交代で教えなきゃな」
「嬢ちゃんは真面目でやすから、ちゃんと毎日通うはずでさぁ」
実に愉しそうにホムラが岩の上から話し掛けてくる。こんなに上機嫌な弟も珍しくてちょっと怖い。
人嫌いなはずのホムラが、ルゥク様以外に関心を持つなんて……………………まさか?
「……お前、お嬢様のこと好きなのか?」
「まぁ、好きでやすよ」
なんと、あっさりと認めた。
「あのなぁ、お嬢様は…………」
「カガリみたいに『ハツカネズミ』に芸を仕込むようで楽しみでさぁ。ヒヒヒ……」
「……………………………………」
あぁ、小動物扱いか。ホムラは意外とネズミとか、小さいものが好きだもんなぁ。
しかも、お嬢様とカガリが同じ立ち位置。まったく色気のあるものではなかった。
「心配して損した気分…………」
「何がでやす?」
「なんでもない……」
この実の兄から見ても変わり者の弟に、少しくらい人間の男らしい浮いた話でも聞けるかと思った自分がバカだった。
まぁ、お嬢様へ下手に女としての関心を持たれるのも困るけど……。
「いいか、お嬢様の希望でルゥク様には内緒で訓練する。オレたちは単なる小間使いだからな。忘れるなよ?」
「何、念を押してるんでやすか?」
…………一応、念のため。
もやもやするのはルゥク様一人で充分だからだ。
こうして、『影』の特訓は始まった。
………………
…………………………
「…………で? ケイランは頑張ってたの?」
「はい。でも…………」
後日。伊豫での問題があらかた片付いた頃、お嬢様が特訓していたのを聞いていたルゥク様がオレに尋ねてきた。
「でも?」
「正直申し上げると…………お嬢様は『影』には向いてないと思います。技術的な問題ではなく、精神的な問題で」
オレたち『影』は基本的に、相手をどれだけ騙して落とそうかと考えている。決して真っ正面から勝負などをせず、相手の精神を追いやっても尊重などしないことが多い。
しかし、お嬢様はその真逆。
実直、真っ向勝負、精神論、他者への尊重…………これでは一生『影』にはなれない。絶対に。
「ぷっ…………そう、だろうねぇ。僕たちの考えなんて、あの子には分からなくていいよ。『影』になりたい、とは言ってないだろ?」
「そうですね。まぁ、これからも『影』への対抗策として覚えてもらえれば良いです」
相手の出方を頭で覚えればいい。
これも戦法の一つだ。
「また教えてくれって言われたらどうする?」
「教えますけど、オレも本気で『影』を叩き込もうとは思いませんよ。ホムラも面白がって教えそうだし……」
「ホムラが…………?」
ルゥク様の眉がピクリと動く。
「…………これからは、僕が一人で彼女に教える」
「はぁ。そうですね。そうしてもらえると……」
なんとも面白くなさそうに、ルゥク様は明後日の方向を睨み付けている。
…………まさか、ホムラが相手でも警戒するのか? どれだけ嫉妬深いんだこの人。
「ホムラは大丈夫だと思いますけど……」
「……いや…………油断できない……」
思わず呟いたオレの言葉に、ルゥク様はぶつぶつと不満そうに答えた。
…………………………
………………
※おまけ。
「あ、嬢ちゃん」
「ん? ああ、ホムラか。ルゥクを見なかったか?」
「あっちでタキ姉と、何か話してやしたよ。急ぎでやすか?」
「うん。今日中にルゥクを連れて、母久漣さんたちと宮殿を見て回ろうかと………………ん?」
「……………………………………」
「なんだ? 私の顔に何かついているか?」
「……カガリは『ハツカネズミ』なんでやすけど、嬢ちゃんはなんか違ぇんでやすよねぇ……」
「ネズミ……? 何の話だ?」
「いえ……こっちの話でさ。気にしねぇでくだせぇ」
「???」
最後が不穏。ルゥクが落ち着かない。
伊豫編が長いので、次回も番外編です。
どうぞお付き合いください。