違う空の下にて
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前半:ルゥク
長谷川の屋敷に仲間全員が到着して翌日。
準備の終わった僕たちは、門をくぐった所で伊豫で世話になった人々から見送りを受けていた。
「長いようで短い間でした……あなた方がいなくなると寂しくなりますわね。絶対にまた伊豫にいらしてね」
「ああ。トウカも元気で。必ずまた伊豫に来るから」
「ちゃんと栄養摂って、次に会う時には丈夫になっていてよ!」
すっかりトウカと友人になった、ケイランとコウリンが彼女との別れを惜しんでいる。
「元気でねー、またねー!」
「またねー!」
ついでに彌吹と蔦丸も、彼女たちの腰に纏わり付きながら挨拶。
少し向こうでは、ゲンセンも長谷川の屋敷で親しくなった武士達と話をしていた。
さらにもう一つ。
「んだば、ルゥク殿にケイラン殿…………うちの愚息のこと、どんぞよろしゅうお願いします」
「愚息ってなんだよ!? 自慢の息子って言え!! っ……痛ぇっ!?」
「お前を自慢できんのは、お前がちゃあんとおつとめができてからだ! 母ちゃんも心配しかないと嘆いとったぞ馬鹿もんが!!」
屋敷の門の前で小野部親子の、げんこつ付きの別れの挨拶が行われている。
明け方近く、スルガを見送るためにヤマト殿と息子たちが、夜中に馬を走らせて見送りに来てくれたのだ。
「本当に大陸の兵士なんて、お前にできんのかなぁ? ちゃんと上官の話は落ち着いて聞けよ、いいな!」
「お前、頼むからこれからは刀折るなよ。伊豫の刀は大陸じゃ直らないんだからな?」
「兄ちゃんたちも小言はいいから、気持ち良く見送ってくれよぉ~!!」
小野部家の武士の長男と、刀鍛冶の次男まで来てスルガを不安な顔で見詰めている。
個々にスルガに対して不安や心配の言葉を放っているが、これが彼らなりの愛情表現だというのはよく分かっていた。
あっさり終わるかと思った別れの挨拶は、なかなか途切れる気配がない。それくらい、ここには長居したからだ。
僕もカリュウとカシ殿に声を掛けられ、滞在中の礼とこれからのことを少しだけ話した。
「ルゥクさんにいただいた術、来年までには自在に使えるようになりたいと思っています!」
「そう、頑張って。気力操作の訓練は基本だからね。誰か教えてくれる人を紹介しようか?」
「あ、いえ。それでしたら、たまにセキト様が教えてくださるそうです。ぼくは時々、領主様の仕事を手伝うことになったので【鳳凰宮殿】に通うついでだとおっしゃっていただきまして……」
「あぁ。セキトなら大丈夫だね。ついでに、ハクロも教えてくれると思うよ」
「はい!」
ハクロもセキトも、カリュウみたいに真面目な子供には協力してくれるだろう。
「ルゥクさん、色々とありがとうございました。スルガのことも、どうかよろしくお願いいたします」
「僕はただ連れて歩くだけだよ」
スルガの兵士としての心得や基礎なんかは、ケイランが張り切って教えると思うし……………………いや、僕も手伝った方がいいな。
「じゃ、ヨシタカも元気でな! あっちでしばらく頑張るから、絶対にオレのこと待ってろよ!」
「うん。スルガが戻るまでには、ぼくもいつでも筆頭になれるように鍛練しておくよ!」
スルガとカリュウの幼馴染みで親友の二人は、悲壮感など全くなく笑顔で言葉を交わす。
…………行く時間だな。
今まで一つの土地に長居して誰かと親しくなったことはなく、見送られるのは少し新鮮なことだ。
僕でもまさか、ここまで伊豫に深入りするとは思わなかったから、ほんの少しだけ名残惜しい気もしている。
それに、この土地は師匠の術があった。
きっと僕一人では見付けられなかっただろうし、もしかしたらまた、旅の間に思わぬところで彼の足跡を追うことになるかもしれない。
そのことを思うと、これからの道中に何か嫌な予感がする。
「行こう、みんな」
「あぁ……」
別れ以外の感情が混じる僕と違って、ケイランは素直に淋しそうにしていた。
…………………………
………………
本当に最後の挨拶をする。
馬車の苦手なゲンセンは馬に乗って、それ以外は荷台に乗り込み出発だ。
「皆様、お元気で!! またお会いしましょう!!」
トウカが精一杯の大声で手を振っていた。
僕たちも馬車の中から、遠ざかるみんなに手を振る。
しばらくすると、屋敷も人々も見えなくなった。
「……また会えるよな?」
「君が会いたいなら、また会いに来ればいい」
「いや、私はいいけど……お前は……」
「……………………」
ケイランの言葉に、僕の未来の予測は加えないで押し黙る。
みんなが別れに浸り静かになっている中、
「いやいや。しんみりするのはけっこうじゃが、ここから大陸の境までは長いからの。少し休んでおった方がいいぞ?」
馬車の奥に座っていたサガミ様が、別れの雰囲気を散らしにかかってきた。
「…………何で来るんだよ、じいちゃん……」
「ほっほっほっ。わしの部隊が境まで送るのだから文句を言うな! それにしてものぅ…………もしかしたら、タキちゃんに会えるかと思うたが…………おらんで残念じゃったわい……」
タキ狙いか、このじいさんは。
「サガミ様。残念ですが、タキは新しい領主を国に報告するついでに王都へ戻りましたよ。あいつは国からの命令も無視できないから……」
「えっ!?」
サガミ老に説明すると、隣のケイランの方が驚いた。
「私はてっきり、タキはお前の『影』かと思ったが……違うのか?」
「ちょっと特殊だけど……タキは僕と同じ。国に仕える『影』だよ」
そう。タキは普段はハクロの屋敷に待機している。僕の呼び掛けに応じて、こちらの仕事をするけど、基本的には国に使われている『影』なのだ。
「僕の子飼いの『影』はホムラだけ。タキはいわば“同僚”になるから本当は“部下”じゃない。まぁ、時々手合わせをしているから、タキも弟子みたいになっていたけど……」
「へぇ……」
ついでに言うと、カガリはホムラが面倒を見ているので、僕の『影』としては考えていない。それでも時々、板の札を教えていたから一応は弟子扱いということにしている。
「ふぅむ……この間、軽く挨拶を交わしたのが別れになってしもうたか。もう一度会ったら、言いたかったことがあったんじゃが…………」
サガミ老が気落ちしている。最初は、そんなにタキが好きかぁと呆れそうになったが、どことなく声色にそれだけではない雰囲気を感じた。
「タキなら、だいたいは大陸の王都にいます。僕たちもいずれは王都へ行くので、彼に会うこともありますよ。何なら、言伝てくらい預かりましょうか?」
「ん? あー……いや、何としたもんか…………」
何だ、タキに『言いたいこと』があったんじゃないの?
歯切れの悪いサガミ老に首を傾げると、彼は大きくため息をついた。
「いや……これといって、たいした言葉を掛けようとは思わなんだが…………ちょいと、タキちゃんが心配での」
「心配?」
「あの子は…………いや、彼は何に従って動いているのか…………とな」
サガミ老がすぅっと目を細める。
まるで僕の反応を見ているようだ。
「…………サガミ様が心配することは何もありませんよ。でも、彼に会う時に『また伊豫に寄ることがあったら、サガミ様に会いに行って差しあげろ』と伝えておきます」
「なんじゃあ、わしが寂しがり屋みたいに言いおって。まぁ……それで良い。伝えてくれるか?」
「はい。必ず……」
「ふふん……では、頼むぞ」
なんだかんだ言いながら笑っているサガミ老だが、眼の奥に冷静さが見て取れる。
このおじいさんも、スルガと同じ『見気』を持っているからな。変なところで勘が良い。
「……………………」
馬車の揺れが酷くなったので、みんな舌を噛まないようにおしゃべりをやめている。
……ちょうどいい。今は黙っていたい。
僕は幌の隙間から見える晴れた空に目を向けた。
――――タキはいつも通り、あいつに報告をしているのだろうか?
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「……お嬢様たちはもう、蛇酊州を出発した頃かな?」
暗くて長い廊下。
思わず独り言を言ってしまう。
オレは蛇酊から報告のために王都に戻り、その後はしばらくここから動かないつもりでいる。少し前にハクロ様の後を追って、弟のホムラがルゥク様のところへ戻ったからオレの『影』としての仕事はあまり無いはずだ。
……次に会えるのはいつだろう?
今回、少しの間でもケイランお嬢様に会いに行けたことが嬉しかった。例えルゥク様絡みの仕事でも、彼女の様子を近くで見ることができて幸せだ。
ふふ、やっぱりお嬢様は可愛かったなぁ。でも、オレが男だと分かったから、もう屋敷では姉代わりの『ハナ』としては見てもらえないだろうけど……。
オレはルゥク様に仕えるよりも、お嬢様のお世話をしていた時間の方が長くなっている。だから正直、ルゥク様とお嬢様のどちらが大事かというと………………断然、お嬢様である。
しかし、オレはルゥク様のことも絶対に無視はできない。
王都に戻ってきたらハクロ様の屋敷で『ハナ』に戻って待機するのも悪くなかったが、おそらく今は『タキ』として『影』に徹する方がいいだろう。
コツコツコツコツ…………
永遠に続くかと思えるほど、先が見えなかった廊下の奥にゆらゆらと灯りが見えてきた。
そこにぼんやりと浮かび上がった扉に手を掛け、静かにその中へ足を踏み入れ、
「………………失礼致します」
扉から二十歩ほど中へ進んだところで声を掛ける。
そのままそこで片膝をついて頭を下げて、懐から一本の巻物を出した。
『――――タキか?』
「はい。蛇酊州から帰還し、報告をまとめておりました。これが詳細を記した巻物です……」
『よろしい。そこに置け』
「はい……」
目の前の暗闇から声がする…………いや、よくよく目を凝らすと、暗闇の中に絹で作られた帳が静かに揺れていた。
頭は下げたまま、巻物を前方へ置くと同時に視線も前へ向ける。
声の主はその帳の向こう。
その正体を知っているのは陛下をはじめ、ルゥク様と極一部の『国の裏側の人間』だけだった。
その帳の横から黒い着物を着た者が現れ、巻物を持ってまた闇に消える。すぐ近くまで来たのに、その人物は顔も性別さえも判らず、足音や気配も全く無かった。
この部屋にはオレ以外に何人の『影』が潜んでいるのか?
おそらく、オレと互角かそれ以上の実力の者たち。
下手な動きを見せれば四方から一斉に襲われ、オレの首は胴体の上から引っ越しを余儀なくされるだろう。
『ご苦労だった。して…………ルゥクは息災であったか?』
「はい。順調に旅を進めていたようです」
『ほう。それは…………良くないな。蛇酊を出たら誰かを送ってみようか……ククッ……クハハハッ!!』
声の主は愉しそうに笑う。オレはこの笑い声が癇に触る。
『そうそう。あの轟羅とか名乗る“不死”は見付かったか?』
「いいえ。ルゥクがホムラにも追わせていたようですが、簡単には足跡を残さないでしょう。我々でも難しいかもしれません」
『…………面倒な女だ。ルゥクを餌にもう一度現れないものか』
「おそらく、またルゥクの前に現れるとは思いますが、あからさまに罠を仕掛ければ何年も現れないかもしれませんよ? なにせ、ルゥクもゴウラも時間はありますので……」
そう簡単にあの女がしっぽ掴ませる訳がない。それに、ルゥク様から聞いた話によると、あの女の後ろには別の不死がいるかもしれないのだ。
『仕方ない。お前は引き続きルゥクの手助けをしろ』
「はい」
手助け…………監視と言ってもいいか。
『陛下が“完全な不老不死”を手にするまで、ルゥクには我々の下で動いてもらわねばならないからな……』
「はい……」
適当な刺客を送るのは単なる余興で、死のうと旅をしているルゥク様への妨害。
「では、オレは都で待機致します。御用の際にはお呼びください……」
お呼びください……と言いながら、今すぐ余計なことを命じられる前に退室して建物の外へ足早に向かう。
ほとんどの者が知らない路を通り、新鮮な空気を吸えた時には、王宮の背後の景色は夕陽で赤く染まっていた。
ここは王宮の敷地の外れ。人の滅多に来ない林に囲まれた場所だ。
急に疲労感に襲われ、近くの杉の木の下にズルズルと座り込む。
「くそっ……!!」
苛立ちに胸がムカムカする。
今回のルゥク様の旅は怖いくらいに順調だ。
ゴウラの不死、『上位四宝極意』の術…………ルゥク様の思いとは裏腹に、少しずつ“完全な不老不死”の材料が集まってきているようなのだ。
これからの旅、ルゥク様への攻撃はますます激しくなる。そうなればお嬢様の身も危険に晒されるだろう。
「ケイランお嬢様……なんで護送の兵士になんか……」
お嬢様だけは死なせたくない、最悪なことになる前に旅をやめさせたい。
でも、きっと彼女は簡単には諦めないだろう。
「………………どうすればいい?」
簡単なことだ。
ルゥク様が死ねば、全て終わる。
今回で三章の本編は終了です。
次回は番外編になります。