後任人事と適任者
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
伊豫の土地の気力が解放され、わたしたちが母久漣さんたち兄弟と出会ってからさらに半月ほどが過ぎていた。
伊豫の土地は【鳳凰宮殿】の周辺から妖獣の被害は出たが、その他の地域には目だった犠牲が出たという報告はない。
本隊は正面からぶつかっていたが、脇に漏れた妖獣はタキとホムラが食い止めてくれていたからだ。
まぁ、二人とも戦っている時は姿を見せないから、分隊の兵士たちはやけに妖獣が少ないな……と首を傾げながら戦っていたそうだ。
しかし何百という妖獣を倒し終わった後、その分の死骸を片付けるのに、戦った以上の労力が掛かったのは言うまでもない。
わたしたちは長谷川や小野部の屋敷から、この【鳳凰宮殿】へ滞在先を移していた。ここの片付けが一番酷かったのもあるが、わたし自身の都合で移さざるを得なかったのだ。
「……とりあえず、周辺の片付けだけも済んだから、私がやることはほとんど終わったと言っていい」
「そう、お疲れ様。ここのところアタシも休めなかったけど、あんたたちが働き詰めで心配だったわ」
【鳳凰宮殿】の二階に設けられた休憩所の露台で、コウリンに茶を煎れてもらって一息ついたところだ。
「まぁ、あんたも大変よね。なんてったって『領主代理』なんだから」
「…………それを言わないでほしい」
現在、わたしは表向き“大陸側の監視役”ということで、取って付けたような『領主代理』という役職になっている。王都に伊豫の領主が来るまでの繋ぎだ。
正直、この肩書きは欲しくなかったが仕方ない。
ここで死刑囚人で『影』のルゥクを代表にするわけにもいかないし、実は伊豫人のゲンセンやただの医者であるコウリンの名前も使えないのだから。
「新しい領主が来たら、色々突っ込んで聞かれそうよねぇ」
「うぅ、逃げられるなら逃げたいのが本音だ……」
本当なら今回の騒ぎが収まった時、すぐに旅立てばわたしもルゥクも何も言われなかったのだが、今の伊豫に大陸側の領主がいないのが問題だった。
もし大陸側へ説明できる大陸人がいなければ、この状態を見た大陸側から“伊豫の人間が反乱を起こした”と言われかねないだろう。だから、わたしとルゥクは“伊豫の人たちが反乱などは企てていない”という証人として、しばらく土地に残り次の領主に引き継ぐのが賢明だと判断したのだ。
さらに厄介なのは、今回の“封じられた術が使えるように、伊豫の気力を解放した”という真相。それを馬鹿正直に言ってしまうと術を解放し戦力の強化を謀った……と、やはり反乱の意思ありと判断されてしまう。
こちらが勝手に封印を解いているのだし、何も知らなかった伊豫の人々に迷惑はかけられない。
露台から見えるのは宮殿の南側に広がる風景。
母久蓮さんたちが土地の気力を操作することで、これからもっと術を使える人間が増えていく。
しかしそれは、術や術師による問題も増えるということ。
「伊豫も……大陸みたいに術を使った文化になるのかな?」
「伊豫の人たち、上手く術を覚えてくれればいいわね」
「私たちが伊豫へ来なかったら、術を使わなくても平穏だったんじゃ…………」
ふと、思ったことを口にした時、
「いや~? かなり不安定な平穏だったから、時間の問題だったと思うよ? 彌凪たちも“永遠の不死”じゃなかったんだし」
「うわっ!?」
「きゃあっ!?」
ずるんっ! と露台の屋根から、逆さまになったルゥクがぶら下がってきた。
「ちょっと! し、心臓に悪いわっ!!」
「一瞬、ホムラかと思ったぞ……」
「あー、ごめんごめん。ちょっとそのホムラと屋根の上で話してたから」
屋根の上って……お前らは雀か?
逆さまのまま、ルゥクはキョロキョロと部屋を見回す。
「ねぇ、カリュウに用事があるんだけど、あの子まだ裏庭?」
「あぁ……そういえば、なかなか休憩しに来ないな。あんまり根を詰めないようにとゲンセンが心配していたし……呼びに行こうかな?」
「あ、じゃあアタシも行くー」
コウリンと屋根から降りたルゥクを連れて、宮殿の裏庭へ……カリュウの所へ向かった。
「えっ!? もう、大陸側から新しい領主が到着するのですか!?」
手にした薪割りの鉈を切り株に置き、カリュウは驚きの声をあげる。今、彼は薪割りの最中だ。
何で長谷川家の筆頭になる彼が、裏庭で薪を割っているかというと、気力を増やす基礎体力作りのためである。スルガと比べるとカリュウは若干細めだからだ。
「うん、ホムラが報せに来てくれてね。新領主は明後日の昼頃、少し早めに今日の夕方には国の『尋問官』が【鳳凰宮殿】に着くそうだよ」
「尋問官が来るなら、ちゃんと前領主は罰してもらえるな……」
国が正式な『尋問官』を派遣するとは、本当に前の奴は酷かったらしい。そんな奴をわざと派遣したであろう大陸側も、少しは反省する気があると思いたい。
前領主の悪事は全て調べてあるので、新しい領主が来たら大陸へ連れて行き、正しく罰してもらった方が良いだろう。
「新しい領主は前の奴よりマシなんだろうな?」
「だいぶ良いと思うよ。母久蓮様たちと会った直後に文を出して、王宮の高官が介入する前に急いで見繕ってもらったんだから」
「……着物を選ぶみたいに言うな。でも領主になる人材を見繕ったって………………誰が?」
「ああ、それはお楽しみ♪」
「…………………………」
なんか、嫌な予感がする…………。
背中にちょっと寒気がした。だいたい嫌な予感とは当たるものである。そして、それは予想よりも早い段階で来た。
…………………………
………………
「おーいっ! なんか宮殿前にすっげぇのが来たぞ!!」
「……? 何が来たって?」
夕方、まだ陽が完全に傾く前。
夕飯前にカリュウと剣術の稽古をしていたスルガが、やや興奮した面持ちで、わたしとコウリンが夕飯の準備を手伝っていた台所まで駆け込んできた。
「え? 何が来たって?」
「見ればわかるって! とにかく、ケイランは『領主代理』なんだから来てくれてよ!」
「わかった……」
『領主代理』の仕事がきたか……。
「まぁ、何かしら? 私もご一緒してよろしい?」
「よろしーい!」
「よろし!」
「えぇ。ちょっと様子を見るだけなら……」
ちょうど台所には母久蓮さん、それに彌吹と蔦丸が食材を持って手伝いに来てくれていた。
「夕餉の準備は我々に任せて、ケイラン様たちはどうぞ行ってきてくださいませ」
「あぁ、じゃあ頼んだ」
台所を手伝いの女性たちに任せて、わたしはスルガと正面の広場までを走りきる。コウリンや母久蓮さんたちは後ろから遅れてついて来ていた。
「なんか『尋問官』って人が着いたって、ルゥクが言ってたぞ?」
「そうか、もう着いたのか……」
わたしとスルガが広場へ出ると、すでに五十騎はいるであろう騎馬隊が整然と並んでいた。
「遅れてすまない」
「いや、彼らも今並んだところ」
すでに騎馬隊を出迎えるために、ルゥクとゲンセン、それにカシ殿やヤマトさんまで来ている。カシ殿の隣でカリュウも緊張した顔で立っていた。
「…………………………ん?」
ふと、騎馬隊の旗が目に止まる。
その旗は大陸国軍の旗ではない。
「――――まさか、尋問官って……」
よく見知った旗にげんなりとしながら騎馬隊の目の前まで歩いていく。
先頭にあと十歩ほどの位置にたどり着いた時、隊は真ん中から左右に大きく割れた。そして中央にできた路を、悠然とこちらに向かってくる騎馬が一騎。
明らかに他の騎馬とは違う。騎乗しているのは、立派で大柄な老人である。
「よう! 元気にしてたか? ケイラン、まさかお前が『領主代理』とは驚いたぞ! ははははっ!!」
父上っ! 『尋問官』ってあなたかっ!?
何でこう、仕事中の一番会いたくない時に来るのか! 前もそうだったな!?
「遠路遥々、ようこそお越しくださいました。『李 白鷺』元将軍……」
日焼けした顔がやや不満そうに眉を下げる。
「なんじゃ、堅苦しいぞケイラン。父上と呼べ! 父上と!」
「…………しかし……」
「久し振りの父に素っ気ないとは……とうとう反抗期になってしまったのか…………ううっ……」
「…………わかりました。ち・ち・う・え」
「うむ! よし!」
……元将軍なのだから、拗ねるのやめてください。
仕事中に来られるのはちょっと恥ずかしい。見ろ、後ろの仲間たちを。
ルゥクは知っているからいい。しかし、コウリン、ゲンセン、スルガ……みんな目を丸くして、直立のまま固まってしまっている。
「え? え? ケイランのお父さんって…………武人なのは聞いてたけど…………え? 元将軍って……?」
「引退したけど、王都で国の軍を率いてたんだよ」
「えぇっ!? 李元将軍って……!? 俺みたいな傭兵でも知ってるぞ!! あの“都の大将軍”と言われた『氷槍のハクロ将軍』か!?」
「うんうん。そんな二つ名も有ったねぇ」
「うぉぉぉっ!! ケイランの父ちゃんスゲェ!!」
「うん、すごいすごい」
コウリンは呆然とし、ゲンセンとスルガは目を輝かせていた。
ルゥク、頼むから説明は後で……せめてわたしがいない時にしてくれないか?
軍隊を広間で待機させたまま、父上は馬から降りて早歩きで宮殿の中へ進む。
「さて……お前には会いたかったのは本音だが……わしは国から依頼されて仕事をしにきた。前の領主に会わせてもらおう」
「はい、すぐに」
長い廊下の先の会議をする部屋へ向かう。ここまで来たのはわたしの他には、ルゥクとカリュウ、スルガ、カシ殿、ヤマトさんだ。トウカや母久蓮さんたちは念のため、宮殿の奥に隠れて出てこないように伝えた。
「ふむ………………やはり戦争が終わってたかだか十年では、大陸人への不信感は解けぬものだな」
「それは…………」
父上は声を落とし、目線を後ろを歩くみんなへ向けた。
特にカシ殿とヤマトさんは、かなり緊張した様子でわたしと父のやり取りを見ている。
大陸が【伊豫の国】と戦い『蛇酊州』としたことは、土地の者たちにとって最近のこと。
元とはいえ大陸国軍の将軍が来たのだから、カシ殿たちにとっては当たり前の反応だ。ただの兵士であったわたしの時とは大違いである。
「でも……みなさん、とてもいい人たちです。ここにいる間、良くしてもらいました」
実際に滞在している時も、小野部でも長谷川でも親切にされた方が多い。
「ふっ……そうみたいだな。お前の様子を見れば分かるさ。後でそこの礼を彼らに言わんといかんな」
「はい、父上」
「そのうち、酒を呑みつつ話をしようと思っている。わしは新しい領主殿が落ち着くまで伊豫にいるつもりだ。二ヶ月くらいか……その間に、少しは土地の者と仲良くならんとな………………あぁ、そういえば…………」
父上は急に足を止め振り向き、わたしやみんなの顔を見渡した。
「王族の生き残りを保護している…………と聞いていたが?」
「「っ……!!」」
「え? あ、いえ……その……」
ピキィイイイイン……! と、わかりやすいくらい後ろから緊張が走る。
すでに王宮に、伊豫の王族の生き残りがいることと、それをかくまっていることが報告されているというのか!?
まずい。大陸側は伊豫の王家の人間を捕らえていたはず。いくら父上でも、命令があれば王族を王都へ連行するだろう。
“生き残りなど知らない”と、しらを切ればなんとかなるものか?
「あの、父上……私は伊豫の王家のことは…………」
「誤魔化さんでも大丈夫だ、連れていったりはせん。王宮の方からも、伊豫の王族を捕らえるのは止めるよう達しがあった。なぁ、そうだろルゥク!」
へ? 何でルゥク?
「ルゥク……お前、何を……」
「うん、僕が陛下に陳情書を出しておいたんだよ。“気力が不安定な『蛇酊州』を平穏に統治するためには、伊豫の王族は必要不可欠である”……ってね」
「それだけ……?」
「それだけだよ」
「本当に?」
…………待て。ルゥクの陳情書一つで、陛下が伊豫の王家を見逃してくれたのか?
思わず父の顔を振り仰ぐと、父上は困ったように微笑む。
「本当だ。ただし、それには条件があるそうだ」
「条件ですか?」
「“伊豫の王族一人を国の兵士として国軍に入隊させ、ルゥクの旅に身分を隠して同行させること”…………だ、そうだ」
「えっ!?」
王族を大陸の兵士に!? しかもルゥクの旅に同行させるって……!!
「……父上、しかしそれは……かなり危険なのでは?」
「確かに……こやつの連れとなると、道中の安全は保証されないだろうな……」
「そんな馬鹿なっ……!」
そうだ。ルゥクは大陸では、国家公認で命を狙われているのだ。そこに同行するとなれば、一緒に狙われて命の危険すらあるのではないか!?
まさかそんな危険な旅に、トウカや母久蓮さんたちの誰かを連れていけなんて……!!
正直、生け贄を捧げる気分である。
「誰を連れていくとか…………」
「あ、ケイラン。そこは心配しなくていいよ」
「だが……!」
「もう、僕は連れていく人間を決めてるから」
にっこりとルゥクの怖いくらいの愛想の良い笑顔。
ぽんっ。肩に手を置かれたのは――――
「じゃあ、よろしくね。――――スルガ!」
「へ? え? えぇえええええええええっ!?」
あ…………確かにスルガも王族だったな。
スルガなら戦えるし術も使えるし、トウカたちよりずっと頑丈だし。
うん、良いじゃないか。
本人は驚いて固まっているけど。
一瞬だけ同情はしたが、わたしはこれ以上ない人選に少しだけ安堵してしまった。




