不死の向こう 二
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二日前。
「ここは……洞窟なのに明るい? 地面にも草が生えているし……」
「上、外に繋がってるね…………あ……誰か来る」
「へ?」
サクサクと草を踏んで大勢の足音が聞こえて、遠くに七人から十人ほどの人影がこちらを伺っているのが見える。
その集団から離れ、三人の人影が近付いてきた。
「あ! はじめて見る人がいる!」
「おねえちゃんたちだれー?」
小さな子供二人に手を引かれ年配の女性もいる。その女性はわたしとルゥクを交互に見詰めた。歳の割にはしっかりとした黒い瞳に、わたしは一瞬ドキリとする。
「封印を解いたのはあなた方ですね?」
「あの…………私たちは…………その……」
「そうです。僕が結界を壊して、嵐丸と彌凪は封印と共に解放されました」
言葉に詰まるわたしの代わりに、ルゥクが婦人の前に進み出た。淡々と言葉を紡ぐその表情からは何も読み取れない。
「そう…………嵐丸と彌凪……私の父と母は逝きましたか……」
『父と母』……まさか、この人たちは……!?
婦人の一言で、わたしだけではなくルゥクにも緊張が走り、見えないところで構えたのがわかる。
『仇討ち』という単語が頭を過った……が、婦人は少し目を伏せた後、わたしたちに向けて柔らかく微笑んだ。
「フウガ様以来、あなた方も伊豫の恩人です。我らの父と母を永きお役目から解放していただき、誠にありがとうございました。これで私たちも安心して、ここから出ることができます……」
「ありがとうございました!」
「っした!」
婦人の優雅な一礼に続いて、子供二人もペコリとお辞儀をする。ルゥクが警戒を解いて婦人に問い掛けた。
「あなた方は『普通の人間』ですか?」
「はい。不死でもなんでもない、ただの人間です」
「王家の?」
「…………はい」
「じゃあ、この土地の気力を管理することは?」
「ルゥク……?」
そういえば前に、伊豫の王家は土地の気力を操作できるとか言っていたような……?
「はい、できます。私の力が必要なのですね?」
婦人ははっきりと答えた。
…………………………
………………
そして現在。トウカを連れて再びこの場所へと来た。
あの時、詳しい経緯を聞くことと、婦人と「事が終わったら、生き残っている王家の人間に会わせてほしい」という約束を交わしたからだ。
「すみません、薬草茶くらいしかお出しできませんで……」
「あ、いえ。お構い無く……」
ふんわりと優しげな雰囲気の中年女性が、湯呑みにお茶を煎れてくれる。この人は兄弟の五女だそうだ。
ここは広間の端にある屋敷の部屋。
あの外のような空間の壁際、洞窟の一角に、なかなかの大きさの屋敷が建っていた。さすがに宮殿の何分の一ほどだが、ちょっと商売で成功した商人が住むくらいの大きさはある。
わたしたちはその屋敷に、客人としてもてなされて茶を出されていた。
本来は広い客間なのだろうが、わたしたち八人に加えて彌凪の子供たち二十人ほどがいるため、部屋の中はぎゅうぎゅうである。
トウカとカリュウは部屋の中央の卓へ座り、その正面にはあの穏やかな老婦人が座って二人を見ていた。
二人以外、わたしたちはその卓の近くの椅子や敷物の上に腰を下ろし、茶を飲みながら他の住民と一緒に三人の会話を聞くことになったのだが…………
「「………………っ……」」
そんな状況の中、何故かスルガとサガミ老は婦人を穴の空くような、驚愕の眼差しで見詰めていた。
ゲンセンとコウリンは、他の兄弟たちに囲まれていることにちょっと落ち着かない様子である。
「では、初めての方もいらっしゃるので、改めて自己紹介をしたしましょう。私の名は『母久漣』と申します。嵐丸と彌凪の長女です」
母久漣さんは見たところ七十代半ばくらい。背が高く痩せていて、歳の割には背筋が伸びて凛とした印象がある。
髪は白いが、若い頃は彌凪のような銀髪だったそうだ。
トウカとカリュウも母久漣さんに自己紹介をする。母久漣さんは二人の顔を見てニッコリと微笑んだ。
「母の彌凪は四十五人の子供を産み…………現在、ここに存命している兄弟は二十二人。下は一昨年産まれた二才、上はこの私になります。父と母は死にませんでしたが、私たちは当たり前に歳を取り、病気や怪我などで普通に死にます。兄弟の半数も死産や若いうちに病で亡くなりました」
外界から離れたこの場所でも、普通の集落のように死や病と戦いながら暮らしていたみたいだ。
「でも……ずいぶんな子沢山だなぁ……人間ってそんなに産めるのか? 俺の知ってる家でも最高は十人兄弟だった」
「う~ん……それは彌凪さんが“不死”の身体だったからでしょ。身体が若い状態が長いうえに、命懸けの出産で死んだりしないならいくらでも産めそうよねぇ」
「確かにすごい数ではある……」
彌凪、美しい容姿とは真逆で、豪快というか何というか…………
「嵐丸もやるよねぇ。あんな冷静で無愛想みたいな雰囲気出してて、こんなに作ってるんだもん」
「………………………………………………」
なるほど、ルゥクの…………男の視点からはそうなるのか。
この事に関しては、もうこれ以上深掘りされたくないので黙ろうと思う。だからニヤニヤとこっち見るな。
「あの……こんな洞窟でその人数が暮らしているのが、正直驚いたというか……」
カリュウが母久漣さんに恐る恐る尋ねる。
それは気になるだろう。百五十年、彌凪と嵐丸以外は普通の人間なのだから最低限の暮らしは必須なのだ。
「屋敷の外を見てもらえばわかりますが、ここは洞窟の一部でありながら外の光と水が入ってきます。ここで田畑を作り、少々の家畜を育てて今まで暮らしておりました」
言われて、窓から屋敷の前を見ると確かに畑があり、外に繋がっているのか小川まで流れてきている。畑で作物を採り、小川で魚を捕り、ついでに家鴨や鶏も育てているという。
「あとねー、みんなで糸つむいで着物もおるんだよー!」
「ボクも竹でかごつくったりするよー!」
彌吹と蔦丸が嬉そうに説明してきた。
そうなると、綿花や麻なんかも育てていると思われる。
家族で協力すれば、なかなか快適な生活ができるようだ。
「家畜って、最初に外から持ち込まないとダメよねぇ?」
「最初は死なない二人しかいなかった割には、生活環境整えてから封印したっぽいな……」
「ルゥクの師匠……人が増えるの想定してたりして?」
「……………………」
冗談のような指摘に、ルゥクが薄く笑みを浮かべて無言になった。
うん…………屋敷の大きさとか考えると、それをルゥクも否定できないようだし……ますます、奴のお師匠さまがどんな人か気になってきた。
そのうち、母久漣さんの話題は生活に関するものから、伊豫のことに移っていく。
「桃花さん。あなたは長谷川の家にいるのですね?」
「はい。長谷川嘉史様を義父に、とてもお世話になっております」
「そうですか……十年前に決着がついた後も、大陸側の者たちに王族が多く捕らえられたと聞いておりました。あなたが生き延びてくれて、とても嬉しく思います」
「聞いていたとは…………母久漣様は外の様子を何故御存じで?」
「はい。ただ一人、結界を出た兄弟が報せにきてくれていましたので……」
「「「えっ!?」」」
みんなが驚きの声をあげるが、わたしとルゥクは何となく、その先の話に気付いてしまっていた。後で確かめてみようと思っていたところだ。
「結界を出た方がいらっしゃるのですか!? でも、どうやって……?」
「普通に。本当に普通に歩いて洞窟から山へ出ただけです。ですが、二度とここには入れなくなりましたが……」
ここに掛けられた封印は“不死”を抑え込んでいた。しかし、二人から産まれた母久漣さんたちは“不死”ではないため、封印から出ることは容易かったのだ。
だが、封印は外からの侵入者を拒むため、外から再び入ることはできないということらしい。
今から五十年ほど前。母久漣さんのすぐ下の妹さんは、外界で起きていることを見てみたいと洞窟から外へ出た。
妹さんはそこから中へ戻ることはできなかったが、外で伴侶を得て家庭を作ったという。
しかしその後も、彼女は山へ登り結界の側まで来ていた。手紙を置いていくことはできたため、結界越しに外界の情報をもらっていたそうだ。
「妹は二、三年に一度、山の入り口へ来ては外の様子を書いた手紙を、結界の中へ投げ込んでいってくれました。ですが、七年ほど前に『歳を取り限界になった。もう来られないだろう』と便りがあり、それ以来音沙汰がありません」
おそらく亡くなったのだろう。代わりに来る者はいなかったので、妹さんはここの存在を誰にも言わず、墓まで持っていったようだ。
「きっと妹は私たちのことを、最後まで想ってくれたことでしょう。あの子は優しい子だったから……」
「あの……母久漣殿、少しよろしいか?」
母久漣さんの話にサガミ老が割って入った。その顔は少し困惑気味だが、母久漣さんを見る目は優しい。
「貴女の妹御は……『沙來羅』という名では?」
「…………沙來羅を御存じでしたか」
「わしの…………妻の名です。婚姻前は『加瀬 沙來羅』といいました」
「……では、貴方様が『小野部 相模』様ですね。沙來羅は今は……?」
「妻は三年ほど前に……」
「そうですか……」
サガミ老と母久漣さんの会話を、みんなは驚きつつも黙って聞いていた。サガミ老とスルガが母久漣さんをじっと見ていたのは、亡くなった沙來羅さんに似ていたからだそうだ。
「ついでに言うと、嵐丸の見た目がスルガとそっくりなんだよね」
「え? そうなの!?」
「うん。君の髪の毛を黒くして十年後にした感じ」
あと強いて言えば、スルガに落ち着きを足せば、見た目だけじゃなく雰囲気も似る。嵐丸の顔を見て『絶対にスルガと血縁だ』と確信したくらい似ていたのだ。
「その嵐丸って人、ルゥクと同じくらい強かったんだよな? へへっ、なんか嬉しいかも」
スルガは嵐丸の血を濃く継いでいるのだろう。スルガの素早さは嵐丸に似たと言われると納得できる。
スルガが笑うと、となりで彌吹と蔦丸が不思議そうに彼の顔を覗き込んでいた。
「おにいちゃん、わらうと、ちちうえに似てるー」
「にてるー」
「そうか? へへへ……」
てっきり無愛想だと思っていた嵐丸が、子供たちの前では笑っていたようだ。
勝手かもしれないが、あの二人にはもう少し生きていてほしかったと考えてしまう。あんなに命掛けで戦った相手だというのに……。
それからしばらく、母久漣さんとトウカ、カリュウは何気ない話題を混ぜながら話し込んでいた。
同じ王族だということもあって、トウカはすぐに母久漣さんと打ち解けたようだった。
…………………………
………………
「では、こちらへご案内致します」
「は、はいっ!」
母久漣さんはトウカを連れて奥へと……宮殿の中枢へと向かうという。そこにはこの土地の気力を操作する仕掛けがあるらしい。
奥へは王家の人間しか入れないというので、わたしたちは『屋敷』で待つことになったのだが…………
「駿河さん、貴方もですよ?」
「へ? あ、そっか! じゃ、いってきまーす!」
「「「……………………」」」
考えたらスルガは彌凪のひ孫で王族だ。
「我が孫が、王族とは…………ふむ、参ったのぅ……」
「……皆さんに、何て言いましょうね」
よもやの展開に、サガミ老もカリュウも途方に暮れているようだ。その様子に、ルゥクは何かを考えている。
「これは……ちょっと手を回しておいた方がいいよねぇ……」
「………………」
すぐ近くで不穏な呟きが聞こえたが?
わたしたちが伊豫にいる間にまだ何かあるのか……と、ルゥクの横顔を見ながら思った。




