不死の向こう 一
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誰もいないはずと思われている【鳳凰宮殿】の奥。
開けた外のような広場に子供が二人現れたことに、わたしとルゥク以外は目を点にして固まった。
子供二人はニコニコと、手を振ってこちらへ近付いてくる。
「え? 何? どういうこと?」
「あの子たちは、誰なのですか?」
「え~と……説明すると長いのだけど…………」
わたしとルゥクはできるだけ解りやすく、封印の部屋の化け物を倒したあとのことを話した。
…………………………
………………
ゴォオオオオオオッ!!
ものすごい風と光で少しの間、全ての視界が奪われる。
直前にはルゥクが化け物の攻撃を『白い札』で受け止めたのが見え、『術喰いの術』で奴の気力を喰うつもりだとわかった。
「………………あ……」
ふと、傍で小さな声がして目を開けた。
風と光は収まり、目の前にはだだっ広い空間がある。巨大な化け物をルゥクが倒したのだが、その巨体が見当たらない。
「…………何も、ない?」
「あの化け物は気力の塊で、もともとは『コレ』みたい」
「え? う、うわっ!?」
どさり! と床に転がったのは、わたしの半分の大きさほどの萎れた『猿』の死骸だった。
「猿……」
「これも、封印のために犠牲になったんだね。君たちと同じように…………」
「「………………」」
広がった部屋を見つめ、彌凪と嵐丸は呆然と立ち尽くしている。
「あの気力を喰ったのか…………ふふ、フウガ殿だけではなく、お主にも敵わぬのぅ……」
「姫様…………」
力無く笑う彌凪の肩を嵐丸が支えていた。二人とも落胆しているようなのに、どこかすっきりした雰囲気が漂う。
「……これで、伊豫を縛る気力の制限はなくなった。僕たちはこれから外へ出て、暴れるであろう余分な気力を削ぎ落としに行かないといけない」
ルゥクの声がいつもより低い。まるで、余計な感情を表に出さないように抑えているみたいに。
「そうか。すまぬな、お前たちに尻拭いをさせてしまう。我らは、もうそろそろ消えてしまうのでな……」
「俺たちも、封印の一部だったから……」
そう言う彌凪と嵐丸の足元がぼんやりと光始めた。
爪先から徐々に上へ足首の辺りまで光る。よく見ると光が通ったところから身体が透けてきていた。
薄々わかってはいたが、百五十年という超越した時間を生きた二人は、普通の人間とは違う最期を迎えるのかもしれない。
…………“不死”の最期……じゃあ、ルゥクは?
考えが過った時、わたしの指先の血の気が引いていく。
「なんじゃ、娘よ。お主の方が死にそうじゃな?」
「あ……」
その時、固まるわたしの顔を彌凪が覗き込んできた。顔の半分を覆っていた仮面を外し、こちらに微笑んでいる。
素の彌凪の顔はトウカによく似ていた。
彌凪の後ろでは、嵐丸も仮面を外してルゥクと話しているのが見える。
「のぅ……一つ、頼まれてもらえまいか?」
「なん……でしょうか……?」
「あそこ、あの壁に目立たないが出入り口がある」
「へ?」
彌凪が指差す先は水晶の壁があったすぐ側。
何もないと思っていた石の壁に、一目では見分けがつかないような扉が存在した。
「あの扉の向こうに居る者たちに、封印が解け我らが逝ったことを伝えてもらいたいのじゃ。その者はお主たちの力になるはず……」
「えっ!? 他にも“不死”が!?」
「いいや。あの扉の向こうには“不死”はおらん……」
え……じゃあ、普通の? どうやって百五十年も?
「頼むぞ。あぁ、あとこれをやろう……」
彌凪は胸元から『櫛』を取り出し、わたしの手を包むようにしてそれを握らせる。
「あ、ありがとう……?」
「お主も女ならば、例え戦場で戦っていても身なりに気をつけよ。常にあの男を繋ぎ止めておくようにな」
え? あの男って…………まさかルゥクのこと?
「わ、私とルゥクは違っ……!」
「わかったわかった、そういうことにしよう」
いや、絶対わかってない!! ニヤニヤしているし!!
彌凪はわたしの頭を、子供にするようになでなでと優しく触った。
この時すでに、彌凪たちは腰の辺りまで透けてきている。
「もう時間じゃな。ケイラン、最後に会ったのがお主たちで良かった。この時代の伊豫の者たちを助けてやってくれ」
「わかった……」
軽く握手を交わすと、彌凪のとなりには嵐丸が立っていた。嵐丸も素顔が出ているが、やはりそれがわたしの知る人物と似ている。
「ねぇ、嵐丸の顔………………あの子とそっくりだよねぇ……」
「え? あ……う、うん」
いつの間にか、わたしのとなりにもルゥクがいた。一瞬、どきりとしたのは何故だろうか。
「では、妾たちは逝こうか。のぅ、嵐丸…………」
「あぁ……………………彌凪」
嵐丸が初めて彌凪を名前で呼び、二人は手を繋いで歩きだした。
そしてそのまま、一度も振り向かずに正面の暗い壁へ向かう。
二人の身体はどんどん透けていき、壁に着いたと同時に一瞬光って消えていった。
「…………逝ったのか?」
「うん、たぶん」
二人が向かった先の壁には、先ほどまではなかった通路が出現している。
「あの通路も、封印が解けると使えるみたいだね。帰りは楽だよ」
あの通路は【鳳凰宮殿】の正面入り口までの近道だと、ルゥクは嵐丸に言われていたそうだ。
「ケイランも彌凪に何か言われていたよね?」
「あぁ、ちょっと頼まれた……」
わたしの手には彌凪に貰った櫛が残る。
材質は柘植だろうか、綺麗な垂れ桜の絵が細かく彫り込まれた上等なものだ。わたしはそれを懐へ大切に仕舞う。
「……ありがとう。大事にする」
改めて彌凪に礼を言い、彼女に言われた扉を開けることにした。
…………………………
………………
「…………で、扉を開けた先にいたのが……この子たちだ」
「はい! あたしは『彌吹』です!」
「ボク『蔦丸』!!」
わたしの紹介に嬉しそうに答えたのは、七才の女の子と五才の男の子。
女の子の彌吹はいかにもお転婆そうで、男の子の蔦丸も負けずヤンチャそうな雰囲気を醸し出している。しかし、みんなの視線は一つに集まっていることだろう。
彌吹の髪は長く蔦丸の髪は短いが、二人ともおそろいの“銀髪”なのだ。
「……つまり……この子たちは……?」
「ここにいた、彌凪と嵐丸の子供…………」
そう。あの二人の間には子供がいたのである。
「まぁ……若い男女がいたら、そうなるわよね……」
「なるのぅ……」
「なるなる」
…………なんか……コウリンをはじめ、みんな納得している。
何故かわたしだけ納得いかない気分でいると、となりでルゥクが苦笑していた。
「たぶん、驚いてるのケイランだけだよ?」
「う……だって、あの二人って仲は良さそうだなぁとは思ったが……まさか、子供までいるなんて…………」
二人きりで百五十年もいたら……やっぱり、そうなるのだろうか?
「ケイラン……顔、赤いわよ? 成人してる娘が何を照れてるのよ?」
「そ、そんなことは……!」
「“自分だったら”って想像してみなさいよ。別におかしいことじゃないでしょ?」
コウリンが呆れたように言う。
自分だったら……?
それは自分が“不死”として、誰かとずっと二人きりだったらということ。そう考えると、たぶんわたしでも子供の一人や二人…………
わたしが放すと、たどたどしく歩く幼子。
子供が行く先には父親がいて――――
「――――で? 想像のお相手は?」
「ひっっっ!?」
「相手は? やっぱりルゥク?」
「そっ……!!」
そんな訳ないだろぉっ!! ……と、言おうとして言葉に詰まる。実はほんの一瞬だけ、ルゥクの顔が浮かんだのは本当なのだから。
だって“不死”って言われたら、思い付くのはルゥクしかいないし!! 不可抗力!!
「やだ、本当にルゥクで想像したの? あらまぁ……」
「はぅっ!? いや、そのっ…………」
ニヤリと笑うコウリンにルゥクが静かに頷く。
「そっかぁ、僕で想像してくれたのかぁ。うん、ありがとう」
「いや、それは…………って、なぜ礼を言う!?」
もう終わり!! この話は終わりっ!!
わたしがくだらない話に気を取られている間、子供たちはトウカの前に来て、彼女の顔をじぃっと見詰めていた。
「あらあら、可愛らしい子たちですわね」
トウカがしゃがんで子供に目線を合わせ、二人はトウカの顔を見てニッコリとする。
「このお姉ちゃん、ははうえに似てる!」
「似てるー!」
「なるほど……彌凪さんは昔の王族、つまり私のご先祖様ですね。ふふ、この子たちも私の血族になるということ」
自分が最後の王族だと思っていたトウカは、他にも王族がいたと知って喜んでいるようだ。
「ふむ。この子供らが“不死”の子供であるならば、その体質は継承されておるのかのぅ……?」
「いえ……この子たち、両親と違って“不死”ではないと思います」
聞けば、産まれてから普通に成長しているという。
“不死”というのはあとから付けられるものであり、例え子供を作っても血筋として受け継がれないものらしい。
「そうか……もう親もおらんし、王族の血を引いておるなら、今後を考えんといかん……」
「ええ。でも今は伊豫の立て直しでバタバタしてるし、落ち着くまではこの【鳳凰宮殿】でそのまま住まわせてあげたいんですが……」
「あ? でも、親無しになった子供だけをこのままにはできねぇだろうよ?」
「…………いや、この子たちだけじゃない」
「「「へ……?」」」
わたしとルゥクの言葉に全員が首を傾げた時、この子たちが来た方向からざわざわと人の話し声が聞こえてくる。
「ケイランさーん、ルゥクさーん!」
「おおっ! 今の人たちが来たぞ!」
「あらあら、皆様。そんなところで立ち話もなんですから、あちらでお茶でもどうぞ」
ぞろぞろと一団がやってきた。
老若男女、ざっと見て二十人くらい。
「「「…………………………」」」
子供たちを見た以上に、みんなが動きを止めている。状況を把握しようと考えているのがわかった。
「今度は…………どちら様じゃろう?」
「なんか、色んな奴がいるけど?」
「ちょっとした集落だな……?」
「彌凪と嵐丸の他に人が住んでいたの?」
「まさか、皆様“不死”ですか!?」
「いや………………この人たちは普通の人間で…………百五十年前にここに閉じ込められたのは、“不死”である彌凪と嵐丸の二人だけで………………」
説明が難しく、わたしは何と言っていいかわからない。
困っているわたしの様子を察してくれたのか、カリュウがルゥクの方に話を振った。
「あの……ルゥクさん、これは……?」
「つまり、二人から増えちゃったってことだよねぇ」
「え…………まさか……」
「ここの人たち全員、彌凪と嵐丸の子供たちなんだよね。あははは」
こういう時、ルゥクの何事も動じない性格が羨ましい。
「「「…………………………」」」
みんなはというと、しぃん……と少しの静寂があり……その後、
「「「えぇええええええっっっ!!!!」」」
空気を揺らすような大絶叫が響き渡った。




