明けぬ迷走 四
お越しいただき、ありがとうございます。
まったり更新ですが、二週間は空けないように努力しております。
ブックマークもいただいたので、より努力したいと思います。
仲間の死体を前に、他の四人は恐怖で立ち尽くしていた。
彼らの目の前であり、私の足元には、先ほどまで勢い良く叫んでいた男が転がっている。
男と一緒に来ていた仲間たちは茫然として、今起きた事態に頭も体もついて行けていないようだった。
「ねぇ、君たちはどうしようか?」
ルゥクが振り向き様に首を傾げて、男たちに薄く笑いながら尋ねている。いや……尋ねているのではない。「お前たちはどうして殺るかな」と、脅しているのだろう。
蛇に睨まれた蛙。ビクリ、と体が揺れて見えた。
もはや、男たちにはルゥクに何かする気も無いだろうが、じわじわと実感していく恐怖で動けないでいるのが分かる。
「え~と……手前の二人は二回目かぁ。あと、そこの君は初めてだね。あぁ…………そこの真ん中の…………君はもう三回目なんだ。へぇ~……じゃあ、次で君とは『終わり』かなぁ? 僕はね、君たちが死ぬまで、君たちの顔は忘れない……絶対に」
「ひぃっっ……!」
三回目、と言われた男は分かりやすいくらいに、顔を蒼くしてガタガタと震えだした。
それから男たちはジャリ、ジャリ……と、少しずつ後退りを始める。
「ば……化けもんだっ!!」
「助けてくれっ!!」
ある程度の距離が取れたところで、男たちはわぁわぁと騒ぎ、もと来た方向へ物凄い勢いで走り去っていく。
きっと、今の奴らはもう来ないだろう。それでいい。
「化け物…………」
逃げて行く男たちの姿を見送りながら、こちらに聞こえるか、聞こえないか、というぐらいの声でルゥクが呟いた。
私は呆然とその光景を眺めて、足元から漂ってくる鉄さびの匂いに体を動かせずにいる。
め……目眩がする…………気持ち悪い…………。
兵士……とは言っても私は新兵で、まだ戦場などの人の死が直接目に入る場所には出たことはない。それに私はどちらかと言うと支援や奇襲に向いている能力だと、あまり肉弾戦の訓練には参加させられたことがなかった。
でも……私は兵士で……術師で……戦わないといけない。
私は自分で生きたいとあの人に言ったのだ。
恩人である『影』に…………。
目眩と共に耳鳴りも襲ってきた。
辺りに漂う血の匂いは、私が恩人と合ったあの日以来の気がする。あの時は……そうだ、目隠しをされてあの場から連れ出された。
大量の人間の死は匂いで覚えている。
だが、それはけして慣れているわけではない。むしろ、その逆だと気付いた。
自分の膝から力が抜けて体がぐらついた。地面に倒れ込む瞬間、私の体をルゥクが受け止め抱える。
「あ……ごめん……」
「大丈夫? 顔、蒼いし……移動しよう」
歩き出す時にルゥクは札を一枚、男の死体に向けて放り投げた。それはまるで墓穴へ葬られる死者へ、花を一輪投げ入れる流れるような動作だった。
ルゥクの肩越しに一瞬だけ閃光が走り、札を投げた一帯が青い炎で覆われているのが見えた。きっと炎が消えれば、あの場所には煤意外何も残らないのだろう。
ぐったりとした私は、ルゥクに抱えられたままそこを離れた。
いつもの私ならこういうことをされるのは、誰であろうと拒否するのだが、拒否するには自分の気力が足りない。
しかし、こいつはけっこう力持ちだな。と、近くにあるルゥクの顔を見ながら、ぼんやりした頭で考えていた。
私は背こそ小さいが、別に痩せっぽちな訳ではない。それなりに鍛えていて、自分なりに筋肉も有ると思う。
それを軽々と腕で抱え、ひょいひょいと下り坂を何事もなく歩いている。普通の男でもこんなに動けるものだろうか…………?
“普通”…………それは、ルゥクに当てはめて考えてはいけないものだ。と、この短い期間で私は学んだ。
初めて会った時には、大人の男を片手でぶん投げていたからな……。ついでに私が持ち上げられるのも二回目だった。
そういえば、さっきの男が言ってこと……。
「…………ルゥク?」
「ん? 何、ケイラン」
「“しなず”ってどういうこと?」
「………………」
そうなのだ。“不死”とは普通とかけ離れた単語だ。
“不死のルゥク”って、こいつのことをあの男は呼んでいなかったか?
まさか、こいつ…………人智を超えた存在だったりしないよな。
お伽噺じゃあるまいし……。
「…………たいした意味は無いよ。何回も死刑を失敗しているから、そう呼ばれているだけ」
「本当……に?」
「うん」
真っ直ぐ私の目を見て言う。
そうか…………そうだな。
他に意味は無さそうだ。我ながらくだらない事を聞いたものだ。
「……もう歩けるから降ろして」
「ダメ。顔がまだ真っ青。もう少し地べたが平たい所に行くまでは降ろさないよ」
「分かった…………」
具体的に断られたので、素直に従うことにした。正直、まだ天地がごっちゃになるくらい目眩がひどい。目を開けているのが辛くて、抱えられている間は目を閉じていることにする。
そういえば、昔もこんなふうに急に倒れて抱き上げられたことがあった。もう十年も前。
もう二度と会えないかもしれないなら、気分だけ昔の再現でもして彼の人を思い出すのもいいかもしれない。
岩山を一時間くらい掛けて下り、平野に着いた時、私たちは再び集団に囲まれた。
ざっと見渡して二十人くらいだろうか。まるで、旅立ったばかりの日に崖の道で囲まれた時のようだ。ついこの間なのに、もう何回も何回も訳がわからない輩に囲まれ過ぎて、一番最初が遠い記憶の彼方になりつつある。
そう……何回も何回も…………。
初めはこんなに別の意味で苦労するとは思わなかった。
ルゥクはいつも大人しくしてないし、ルゥクはいつも大事な事は言わないし、ルゥクがいつも人の気にする事ばかりするし、ルゥクの料理が地獄の産物だったし、ルゥクは…………。
「……………………降ろして……」
「うん、またどこかの奴らだね。今回は新顔ばかりだ。ケイランは下がってな、すぐ終わらせるから」
横抱きしていた私を地面に降ろして立たせ、ルゥクは数歩前に出て札を構える。やはり今回も私は後ろで、見学をしていなければならないようだ。
やはり…………ルゥクは私を戦わせようとはしない。
ぞろり。
私の足元で『何か』が這い出てきた。それは座布団くらいの大きさで、ぺったんこで、真っ黒で、私の動きとは関係なく動いた。
そりゃ……私は女だし、経験も乏しい新兵だ。
頼りないのは仕方ない。仕方ない…………。
ぞぞぞぞぞ………………。
足元の『何か』は私から離れて前へ向かっていく。
だがな、それでも私は兵士だ。
しかも今は任務中だ。
ざぁぁぁ…………。
『何か』は一瞬で膨張して、目の前の男たち全員の足元に広がった。男たちは足元を見てハッとした顔をして、上を見上げ始める。しかし、その『何か』は上にはいない。
「っ! ケイラン!?」
「………………私は下がっている。指一本動かしていない」
ブスッとして、出来る限りの低い声で答えてやった。ルゥクは驚いたように私を見ている。
そうだよ、私は動かない。文句ないだろ?
でもな…………ルゥク、私はお前に言いたい。
「いいかげんに…………兵士の仕事をさせてくれ!!」
この時、私はキレた。
私の言葉と共に地面を覆っていた真っ黒な『何か』が、爆発したように放射線状に上に伸びる。
「うわぁぁぁぁぁっ!!!!」
「なんだ、この黒いのっ!!!?」
「うおっ! イテッ!! ぶつな……痛えっ!!」
ビタンビタンビタンビタン!!
地面から無数に伸びた黒い帯のような触手のようなものは、男たちにしなりながら、鞭のように全員を叩いていく。
「…………『霊影』の術……」
ルゥクは私の術が何かすぐ分かったようだ。
私は『霊影の術師』だ。
左の頬にあるアザはこの術の印なのだそうだ。
『霊影』とは、簡単に言うと私の気力で自在に動く『影のようなもの』のことだ。別に悪霊や悪鬼などの化け物ではなく、自分の影が気力の貯蔵庫になっていて、それを影を通して出し入れするというものだ。
ただし威力は弱い。まぁ、死なないように手加減をしているためもあるが、私の霊影は面と向かって人を殺すだけの力は無いのだ。
いつもは相手を縛って拘束するとか、奇襲攻撃の合図をするとか、離れている所にある物を引っ張ってくるとか、そんな細々なことの方が得意である。
「痛い痛い痛いっ! やめ……ビンタやめ……痛っ!!」
「うぐっ!! ぐっ!! これ……地味に痛い……!!」
「やだっ、触手こわ……ぐぉっ!!」
今だって、触手二本で人ひとりの胸ぐらを掴んで、両方の頬に往復ビンタをかましている程度だ。威力としては、靴の底で叩くくらいだと思う。
しかし、地味に攻撃を加え続けた結果、相手はバタバタと倒れ始めてきた。
攻撃を始めて十数分、最後のひとりが顔をパンパンに腫らして地面に倒れた。
全てが終わり、『霊影』はぞろぞろと一ヶ所に集まって私の方へ来ると、私の足元の本当の影に溶け込んで静かになった。
ルゥクは複雑な表情で、戻ってくる影を見ていた。
「…………笑うなら笑え……どうせ、私は落ちこぼれ兵だ……。いっつも、戦闘訓練などには参加させてもらえずに伝令や捕獲ばかりだし」
「いや……別に笑わないよ? 平和的だし、凄くほのぼのする光景だと思うよ。ただ……ちょっと時間掛かるけどね……」
偉そうに護送するだの言ったけど、ルゥクから見れば私は弱いよ!! 兵士に向いてないって、同じ隊の奴らに陰口叩かれてるよ!!
「今回……初めて単独で任務を任されて、頑張ろうと思っていたのに…………どうせ私は後方支援もできませんよー……っだ……」
「ケイラン、何も拗ねなくてもいいんだよ? 今の凄かったよ、兵士らしく頑張ってたよ」
「ルゥクも……私がいない方が、旅しやすいだろ?」
自分でも情けないと思う。拗ねてしまった私を、ルゥクが子供をあやすように慰めてくるのでよけいに恥ずかしい。
「…………いや、あの……君がいないと、僕は刑場に入れないし……今後も無理はしなくていいから、大丈夫だから、少しずつ刑場に向かおう? ね?」
「…………うん」
もう、どっちが護送されているのか分からなくなる。
すっかり涙目になった私は、差し出された本日二本目の手拭いで顔をごしごし擦ってから、深呼吸をしてやっと落ち着いた。
「ごめん、もう大丈夫…………行こう」
「あぁ、うん。町も見えてるし……今日は町に着いたら休もうか」
伸びている男たちを跨いで、私たちは遠くに見えている町を目指して歩き出した。
この時、岩山の少し上でひとりの男が私たちを見ていた。ルゥクさえもその男には気付いていない。
「やっぱり、今回も同じだったな……」
男は私たちを見送りながら、口の端を持ち上げた。
着いた町は最初に出発地点にしていた町よりも、活気があってとても大きいと思った。
あちこちに屋台が並び、旅人らしい者がたくさん歩いている。
基本の建物は石の造りが多いが、ちゃんと白の漆喰が塗られていて、屋根の瓦も同じ色で揃っている。大通り沿いは統一感があり、おそらく観光にも多少の力は入れているのだと想像できる町並みだった。
「ここはよく旅人も通るから、宿屋や旅の道具も良いのが揃っているんだよ」
「へぇー……って、この町通過点だったっけ…………」
「うん、よく来てる。護送の時が多いけど…………」
「あー……」
ルゥクがどのくらい刑場への旅に失敗しているのか、少し気にはなったが敢えて詮索しないようにしよう。
護送の失敗は我が兵士の失敗であるのだから。
「…………私は足手まといかもしれないが、この任務は責任を持ってやり遂げるつもりでいる」
「あはは……そうだね。よろしく頼むよ」
「でも…………お前に確認したいことがある」
「何?」
午後の町の中は旅人や商人、町の住民でとても賑やかだった。たまにはこんな場所を歩くのも悪くない。
きっとこの時この場にいる誰もが、私の隣の人物が死刑を望む者だとは分からないだろうな…………。
その時、私はそう思っていた。
しかしそれは完全な油断だったと、自分もルゥクも後悔することになるのだった。