終焉から後日
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ケイラン視点。
兵士が残らず走り去った後。そこにはカリュウがポツンと一人立っていた。
彼はこちらを向くと困ったように笑う。
「はぁ……す、すみません。急で驚かせてしまいました……よね? あはは…………ごほっ!!」
「カリュウ!?」
「ヨシタカ、大丈夫か!?」
カリュウが吐血し地面に倒れそうになるのを、スルガが受け止め静かに座らせる。
この反応は『気力切れ』で間違いない。
「カリュウ……今のは“術”だな?」
「はい……これ……」
口の血を拭い、カリュウが片方の袖を捲ると、腕に赤黒い花のような形の『術師のアザ』が見えた。
「ルゥクさんに貰いました……『戦歌』という術だそうです。ぼくはスルガみたいに気力が多くないので、最後の最後に使えと…………」
『戦歌』は聴かせた者の感情を奮い起たせ、一時的に興奮状態にして士気を上げる。まさに戦場で使う強制力のある術だ。
ついでに魅了させる術でもあるので、トウカとサガミ老が骨抜きにされて感涙している。
「まったく、ルゥクは……そこまでしなくても良いのに…………あいつは敵になると徹底的に潰しにかかるからな」
わたしとルゥクがここに到着してから、戦況は優利になったように思える。わざわざ無理をさせて、戦力を増やさなくても良いだろうに。
いたいけな少年に術を付与し、さらに戦意を喪失している者の戦意を無理やり底上げして突撃させるとか…………奴は鬼か。
「あ……いえ、違うんです」
「え?」
「『伊豫の土地なんだから、仕上げは伊豫の人たちがやるように』とルゥクさんに言われました。誰一人漏れることなく、自分たちの手で変えていけと……」
「自分たちの手で……?」
コウリンから漢方を受け取って飲み下すと、カリュウは苦笑いしながら話を続ける。
「もし、ここでルゥクさんやケイランさんたちだけが問題を解決してしまうと、ぼくたち伊豫人は何もできないと思い込みます。“大陸のような力がないなら、何もしなくても良いだろう”と、卑屈になってはいけないのです」
「卑屈……」
よく考えてみれば、今回の戦いは大陸側であるルゥクのお師匠さまの術封じを破ったためのもの。それを、やはり大陸側のわたしやルゥクが解いてきたのだ。
それまでの過程を辿っても、伊豫の人間からしたら何もしないのに、事が始まって終わっていることになるだろう。
“自分たちの土地を手にした大陸の人間が、伊豫の土地を好き勝手いじって何かやってる”……となり、それを咎めようにも反逆者とされてしまうことを恐れるのだ。
…………反逆者とされれば、自分だけじゃなく家族や大事な人にも危害が及ぶかもしれない。それは確かに「じゃあ何もしない」と選択するだろう。
しかし今回、大陸側の人間が見ている前で最後の勝利を伊豫の人間が納めたならば、彼らの中に少しだけでも自信が生まれるはずだ。
“自分たちも大陸と同じようにやれる”……と。
「これから、ぼくたちも術を使えるようになります。その……大陸の兵士である、ケイランさんに言うのもおかしいのですが…………伊豫が再び国になった時、ちゃんと大陸の人たちに『ぼくたちも同じ人間だ』と思ってもらいたい」
「…………そうか」
カリュウとスルガに初めて会った時、伊豫人を見下すような者どもがいた。わたしはそれを、おかしいと感じたのだ。
言葉が通じる人間同士で、人種に上下などないはずなのだから。
となりでカリュウの言葉をスルガは黙って聞いている。時折、苦いものを噛んだような表情をした。
カリュウをトウカの傍に寝かせ、戦闘は見えている残りの妖獣を倒せば終わりだ。
「…………よし! じゃあ、オレもっかい行ってくる!!」
そう言うと、スルガは勢いよく立ち上がり、片腕に『風刃』を出現させる。
「スルガ! あんた、すぐに気力が失くなるから飛ばす技は使っちゃ駄目よー!!」
「わかってるー!!」
コウリンの忠告に手を振って応え、ものすごい速さで皆の所へ合流しようと走っていった。
「スルガも気力切れかけてるのに…………元気良いな?」
「無茶しなきゃいいけど……」
ずっと前『風刃』はルゥクが使っていたが、あまり得意ではなかったようだった。案外、スルガの方が巧く使えるかもしれない。
走り去るスルガをコウリンと見送りながら、ふとあることを思う。
「ルゥクは……何で今まで伊豫に来なかったのだろう?」
昔、ルゥクのお師匠さまがこの土地に来ていたのは知っていたようだが、その理由も目的もここを訪れるまでは分かっていなかった。
「さぁ? ケイラン、聞いてないの?」
「聞いてない。訊けば教えてくれるだろうか……」
もしも、ルゥクがもっと早く伊豫を訪ねていたら、伊豫は術を使えるようになり、大陸の支配下になどならなかっただろうか? いや……もしかしたら、抵抗することで滅ぼされた可能性もある。
「考え込んでないで訊いてみれば? ケイランになら教えてくれると思うわよ?」
「どうだろう。あいつ、伊豫のことについて何かありそうだし……私に簡単に話すものかどうか……」
国からの命令も断ると言っていた。それくらい、伊豫の土地は気にしていたはずだから。
「はぁああ……ケイランはわかってないわねぇ」
「な、何が……?」
何故かコウリンは呆れたような目でわたしを見て、思い切り残念なため息をついてくる。
「あんた、もうちょっと自分がルゥクにとっての特別だって自覚しなさいよ」
「特別って…………」
そりゃあ、あいつはわたしがいなければ、旅を続けることも刑場へ入ることもできない。
でも、過去のことや個人の心情など、話したくないことをわたしにわざわざ話すことはしなくてもいい。
『特別』と言っても立場のことだしなぁ……。
「私に話す義務はないだろうし…………」
「…………………………………………」
こちらに向けているコウリンの呆れ顔が、哀愁を漂わせた笑顔になっていく。いや…………口角が上がり眉は下がっているのに、眼だけ何の感情も無い。はっきり言って怖い。
「え…………コウリン……?」
「…………うん、うん……もう、それがケイランよね。大丈夫よ、アタシはそれで良いと思う…………うん」
「…………そう?」
いや絶対に、微塵も良いとは思ってなさそうな…………。
何となく事をうやむやにされた気分だが、この戦いが終わったらルゥクと少し話はしておこうと思う。伊豫に着いて今まで、あいつとゆっくり話してなかったから。
…………ずどぉおおおおおおんっ……!!
遠くで起こった爆発音がこちらまでゆっくりと響いてきた。
「あぁ、そろそろ終わりだな。妖獣がここから見えない」
「……とりあえず、アタシたちがやれることが来るまで、ここに待機していよう。きっとあとで忙しくなるわ」
まずは終わってから……これからが忙しい。
そして、やらなければならないこともある。
「あ、そうだ…………カリュウ、トウカ?」
「ヨシタカは眠ってますわ。なんでしょうか、ケイラン」
カリュウが額に手拭いを乗せられ、起き上がったトウカに膝枕されながら眠っている。
「大事なお話?」
「うん。伊豫にとって……」
今後、伊豫の土地で先頭に立つのは、カリュウとトウカになることだろう。
ならば、先にトウカに話してもいいか……。
「落ち着いたあとでルゥクにも言われると思うが、私たちと一緒に【鳳凰宮殿】の中へ来てほしい」
「宮殿に? 何かありますの?」
「ちょっと話すと長くなる……」
「何です?」
トウカは【鳳凰宮殿】に良い思い出がないからなぁ。
少し警戒気味のトウカに、建物の中は安全であることを保証した。その上で、どうしてもトウカ本人に来てもらいたいと伝える。
「現地へ行って、説明しながらの方がわかるかも。トウカに……王族に関わる事だから」
「わかりました。ルゥク様とケイランが一緒ならば安心でしょう。ヨシタカの回復を待って準備いたします」
「ありがとう。みんなも喜ぶ」
「え……?」
わたしの言葉に、トウカは首を傾げた。
…………………………
…………
見える限り、向かってくる妖獣は全て倒したようだ。
一部は森や谷へ逃げ込んだようだが、人間を襲わない限り害にならない程度に駆除していくこととなった。
終わりを告げてから丸二日。
わたしはトウカとカリュウを連れて、再び【鳳凰宮殿】を訪れていた。
来た面々は、わたしとルゥク、トウカ、カリュウ。
ついでに護衛と興味本意で来た、コウリン、ゲンセン、スルガ、サガミ老という、ちょっとした大人数になってしまった。
「へぇ、オレ【鳳凰宮殿】って初めて来た」
「十年以上、大陸の者が領主代わりにおった。わしらも簡単には近寄らんかったからのぅ」
興奮気味のスルガとは対照的に、サガミ老は少し警戒している。
ここは【鳳凰宮殿】の正面。正門から広場を通って大扉をくぐると中へ入ることができる。
「あれ? あんたたち、宮殿の裏山の入り口から入らなかったっけ?」
「うん。実は宮殿の正面から封印の部屋に繋がるようになってた。どうやら封印が解かれるまでは、簡単に行き来できないように術で塞がられていたみたい」
まったく、ルゥクのお師匠さまは色々考える。
しかし、簡単に入れるようになったはずの通路へ行くのに、宮殿の前までには問題が一つあった。
「これはまた……ずいぶん散らかっておるのぅ」
「ここ、妖獣の発生源だから。僕とケイランが外に出たら凄かったし……」
わたしたちが来るまで、宮殿前の広間や入り口はルゥクと出てきた時のまま。
一応、宮殿には誰も立ち入りしないようにしていたが、それが必要なかったほど妖獣の死骸やら瓦礫やらで埋め尽くされてしまっていた。
「……で、俺が掃除係に呼ばれたわけか」
「さぁ、いくわよ! ゲンセン、やっておしまい!」
「コウリン、なんでお前が命令するんだよ…………一時的に脇へ退けるだけでいいな?」
「あぁ、よろしく頼む」
ゲンセンは関所で道を塞いでいた瓦礫を、術の一撃で飛ばしていたことがある。とりあえず、それで退かして通り道は確保しないと。
「――――“堅狼砕牙”っっっ!!」
ガガガガガガガッ!!
猛烈な勢いの拳圧が、邪魔なものを横へと押しやり大扉の前まで道を作った。
「ひゅーっ!! おっちゃんスゲェ!! オレも『風刃』でやってみるかなぁ!?」
「やめとけ。お前はもっと気力増やさないと、また血を吐いてぶっ倒れるぞ?」
はしゃぐスルガをゲンセンが嗜める。すっかり、この二人は師弟になっているようだ。
大扉を開けて中へ入ると、宮殿は恐ろしいくらいに静まり返っていた。
「なぁ、ルゥク。二日もほったらかしになったが大丈夫だっただろうか?」
「二日くらいどうってことないよ。何十年と耐えてきたんだもん」
「あの……ここに何があるのでしょうか?」
カリュウは珍しげにキョロキョロと辺りを見回している。そんな彼の腕に巻き付くようにくっついているトウカは、先ほどから一言も発せず表情も暗い。
「あの、姉上…………いえ、トウカ?」
「…………へ? は、はひぃ! ななな何かしら!?」
突然、カリュウに名前で呼ばれたトウカは、声が裏返ったりどもったりと忙しい。
「ぼくも皆さんもついております。何があっても大丈夫です」
「ヨシタカ……ありがとうございます」
頬を赤らめてトウカは嬉しそうに頷いた。こうして二人を見ると、以前よりもカリュウが頼もしく思える。今は姉と弟というより、ちゃんと婚約者同士に見えて微笑ましい。
「…………………………」
「…………? ルゥク、どうしたの?」
「いや…………別に」
何故かそのカリュウとトウカの様子を、ルゥクがじっと眺めていた。そういえば、一時はトウカと仲睦まじくする演技をしていたっけ。
「…………お前、まさか本当はトウカに惚れていたとか……?」
「いや、それはない。絶対にない」
「そう?」
キッパリと言い放った割には、どことなく寂しげなのは気のせいだろうか?
宮殿の玄関広間を抜け、大小の廊下を抜けた先、小さな部屋に隠された入り口を開く。
そこの狭い通路と階段を下ると、彌凪と嵐丸がいた『封印の部屋』の広間へたどり着いた。
「ここに、昔の王族の方がいらっしゃったのですね……」
「うん……彼らはもういないけど……」
広間はわたしたちの声が響くほど静かである。
わたしとルゥクが、彌凪と嵐丸を相手に戦ったのがずいぶん昔に思えてしまう。
みんなには彼らの話を聞かせている。
その上で、今日は来てもらわなければならなかった。
「この部屋に何かあるの?」
「いいや、用があるのはさらに奥の部屋だよ」
広間の奥。水晶の壁があったところのやや手前、彌凪に言われるまで気付かなかったのだが、そこに壁と目立たない色で扉があるのだ。
ぎぃいいいい…………。
壁と同じ石の素材で造った扉は、相当力を込めないと開かないほど重い。
そして、さらにゴツゴツした洞窟の通路をくぐると――――
「えっ!? 外!?」
「なんだよ。ここって外から直通だったのか?」
封印の部屋の広間より、高さも広さ倍以上はある空間が現れた。
ここは光も入るし、地面にも草や木が生えている。
「外は見えるけど、洞窟の天井が開けているだけで奥は袋小路なんだ。だから光も雨も入るけど、結界のせいであの穴からの出入りはできない」
「ほう、まさか宮殿の奥にこんな場所があるとはのぅ」
「ねぇ、ここって何なの?」
「ここは――――」
みんなに説明しようとした時、
「あーっ!! お姉ちゃんたち戻ってきたー!!」
「うわっ!! 人がいっぱいいるー!!」
少し離れた場所、わたしたちを見付けて“小さな子供たち”が元気に手を振っていた。




