術師乱戦 三
お読みいただき、ありがとうございます。
ケイラン視点です。
※戦場の表現があります。苦手な方はご注意ください。
ルゥクと【鳳凰宮殿】から外へ出ると、解放された淀んだ気力によって周りを妖獣に囲まれていた。
「うわぁ、予想以上に多いなぁ……相当、気力を溜め込んでいたんだね。さすが師匠の封印」
「感心している場合じゃないだろう! 早く、皆の陣営に……」
【鳳凰宮殿】の三方向には妖獣避けの結界を張ったそうで、奴らの進むのは宮殿の正面である南方のみ。そこにヤマトさんやカリュウが陣を置き、湧き出た妖獣を迎え討つ作戦だったのだが…………いかん、数が多すぎだ。
宮殿前の広場は、南方へ進めないで残っていた妖獣で溢れていた。
『ぎゃああああっ!!』
『がぁあああ!!』
群れた妖獣たちが、わたしとルゥクを見逃すはずはない。皆の所へ行く前に、わたしたちは数十匹……いや、百匹以上の大型の妖獣に囲まれている。
「『炎舞』!」
ゴォオオッ!!
「さて……あっちに行くの、どうしようか?」
「うん……」
咄嗟にルゥクが周りに炎の壁を作って、移動手段を考える時間稼ぎをしてくれた。
――――まずいな……妖獣の層が厚い。突破口が見えない。
妖獣は様子を伺いながら近付く。炎の術が切れた後、下手に仕掛ければ四方から一斉に攻撃を受けるはずだ。
内心焦るわたしの隣、ルゥクが真剣な面持ちで口を開く。
「ケイラン、突破するのに良い手段がある」
「何だ?」
「じゃあ、今すぐ僕に抱き付いてもらえるかな?」
「よし、解った! 今すぐお前の首を霊影で締め付ければいいな!」
ふざけた提案に即座に対応した。
「………………真面目に応えてよ」
「…………お前こそ真面目に言え」
「……はい、術で移動するから僕に掴まっていてくれる?」
「………………仕方ないな……」
わたしは渋々、ルゥクの背中に掴まる。
「『風の術』?」
「いや……ちょっと使ってみたくて……」
「え……?」
ルゥクが白い札を手にしているが、それがみるみる黒く染まっていく。空の器に液体が注がれていくように。
「『晶樹』!!」
叫びと共に、わたしたちの足下の地面が一気に上へ迫り上がり、妖獣たちをかき分けて前へ前へと運ばれていった。
…………………………
………………
ルゥクの術が妖獣たちを弾き飛ばし、わたしたちを運び始めて半刻後。
わたしとルゥクは目的地へ着いたが、そこはまさに危機に見舞われている最中だった。
「っ!! コウリン!! 霊影!!」
足下に待機していた影を伸ばして、コウリンに襲い掛かろうとしていた妖獣を掴んで放り投げる。
「コウリン、怪我はないか!?」
「け……ケイラン! 戻ってきてくれたの!!」
幸いにもコウリンには怪我はなく、周りの妖獣も退いていったようだ。
聞けば、ゲンセンもスルガも気力切れで苦戦し、なかなか危険な戦況だった。トウカも発作で倒れてしまったなんて……。
コウリンはわたしをがっしりと抱き締め、半べそをかきながら周りを見回す。
「ねぇ、ケイラン? この、地面から生えてくる水晶って…………誰の何の術?」
「あぁ、これは…………」
そうだな、訊かれるとは思った。
地面を割って次々と巨大な刺のように生える“水晶の柱”に、妖獣は貫かれたり吹き飛ばされたりして、徐々に数を減らしていく。
「これは『晶樹』という、『土甲』と同じ“土の術”のひとつだそうだ…………そう、ルゥクが言っていた。ほら、あそこ……」
わたしが視線を向けた方をコウリンも向く。
そこではルゥクが、板の札を地面へ何枚も投げ付けていた。
全力で妖獣を倒すのは構わない。だが…………
「あはははははははっ!!」
ルゥクが怖い。めちゃくちゃ笑いながら、札を乱発しまくっている。こんなに間髪入れず札を投げているのも珍しい。
「少々、奴自身に難ありだが……爆発の札を投げるより、味方に被害が出ないから…………」
「うわ、怖っ! 何であんなに楽しそうなのよ? やだっ……よく見たら、鼻血やら吐血やらですごいことに……」
「あれ、気力過多らしい。術をほどほどに使えば治るって……」
どうやら直接術を地面に叩き付けるよりも、札を通して少しずつ使うのがコツらしい。途中から鼻血などが出てきたが、直接使うよりは身体に負担が掛からないという。
…………それでも酷い顔になっている。
ゴウラの時ほど酷くないというが、顔中血塗れで笑っている様は異常としか思えない。
コウリンもその光景に引いてしまったようで、わたしを抱き締める腕に力が入った。
「気力過多……つまり、術を喰ってきたのね?」
「【鳳凰宮殿】の術の封印を解いた時に、そこの化け物を『術喰い』で喰ったら身に付いた……と。宮殿の外に出たら、解放感とうっぷん晴らしに妖獣を蹴散らしているみたいだ……」
最近、自由に思い切り術を使ってなかったから。ほんの少し……本当にほんの少ーしなら気持ちは解らないでもない。
なぜなら、わたし自身も久方ぶりに霊影を使えて気分が良かったからだ。
「試し斬りみたいなものだな……」
「まぁ、解らないでもないわ」
コウリンも同じように思ったらしい。
コウリンに引き留められ、わたしは休憩も兼ねて怪我人を守るために戦闘から離れた場所で見守る。
ズドドドドドドドドドッ!!
気晴らしを兼ねたルゥクの術の威力はいつもより鋭い。
人間の雑魚刺客だったら一方的な虐殺にしか見えなかったが、今は何百という妖獣を相手にしているので、わたしも感覚が麻痺してしまったようだ。
ルゥクがいっぺんに妖獣を吹き飛ばしてくれるおかげで、この辺で座り込んでいた兵士たちも少し休めている。
「たぶん、もう少ししたら終わる。これ以上は【鳳凰宮殿】から気力は漏れてこない」
「そういえば、さっきより妖獣が減ってきてるわね……あんなに減らなかったのに……」
「今は気力を抑えてくれている人間が宮殿にいるから」
「へ? 何それ?」
「後で説明する。それより、カリュウは?」
カリュウは全体の指揮を取ってはいるが、ヤマトさんやサガミ老がいるから、そこまで細かく命令は下していないようだ。
怪我を治した兵士たちを拾い、コウリンに治療を頼んでいる。治したら戦線復帰もあるのだが、だいぶ士気も落ちているようで、兵士の中には治療が終わってもなかなか立ち上がれない者もいた。
コウリンが札で治療している中には、怪我こそ無いものの、気力切れで完全に眠ってしまっているスルガもいる。
「あちこちで怪我人拾ってここへ連れてくるの。で、カリュウがどうしたの?」
「いや、ルゥクから言伝てがあって……」
あいつが何だか企んでいそうだが、カリュウが手伝うなら酷いものでもないだろう。
「あ! ケイランさん、お帰りなさい!」
「カリュウ、無事で良かった」
コウリンと話しているうちに目当ての人物が来た。
カリュウが手を振りながら近付いて来るのを見て、ルゥクから言われたことを伝える。
「えっと……ルゥクが『終わりが見えるから、そろそろ始めてほしい』と言っていたが……」
「っ!? は、はい!! わかりました!!」
正直、カリュウへの言葉の意味をわたしは知らない。
どうやら、わたしがタキやホムラに訓練を受けている間に、カリュウに何か教えたみたいなのだ。
カリュウはすぐに、怪我を治して休んでいる兵士たちを集めた。
「みんな聞いてくれ、もうすぐ妖獣たちを制圧できる。ここにいる全員、まだ少しは戦う意志はあるか?」
「若、ご命令なら……振り絞ってでも戦いたいです」
「俺もなんとか…………」
「命令とあれば……」
あぁ、本心は戦意など無さそう。『命令されたら頑張る』と、そう言っている者は自力では立ち上がれそうにないように見えた。こういう人間を再び戦わせる訳にはいかないだろう。
しかしそれも無理もない。普段は田畑を荒らされた時くらいにしか戦わなかったものを、急に国の威信を懸けてこんな数の妖獣と戦えと言われたのだ。
しかも、見たこともなかった『術』を目の前で使われ、自分たちの攻撃の弱さに軽く絶望している。
正直、一般の兵士は訳が解らなかったはずだ。
「――――――わかった……」
やや伏せ気味のカリュウの表情が強張る。
声の調子も暗く、少し思い詰めた感じだった。
「…………みんな、ごめん」
………………へ? カリュウ?
カリュウはほとんど聞こえないくらいの小さな声で呟くと、その場に背筋を伸ばして立ち顔を上げる。
「――――“立て!! 勇敢なる伊豫の武士たちよ!! 今見えている勝機を逃すことはするな!!”」
「「っっっ!?」」
突然、カリュウが兵士たちに向かって叫んだ。
雰囲気が普段の彼とは違う。まるで歴戦の将軍でもその場に降り立ったかのような、重厚かつビリビリとした緊張感を含んだ空気が漂ってくる。
「“己の限界を知り臆する者は残るといい! しかし、己の限界を超え手柄を立てた者は後世に語られることになるだろう!!”」
ビリビリビリビリ…………
何が起きたかわからないが、カリュウが叫ぶ度に背中に何とも言い難い“圧迫感”が引っ付いてくるのだ。
「な、何!? カリュウ、急にどうしちゃったの!?」
「これ…………」
カリュウの変貌ぶりにコウリンが動揺する。わたしもその場から動けずに、ただ事の成り行きを見守るしかない。
たぶん、普通の『口上』などではない。この“圧迫感”が示すものは…………
「“これが最後だ!! 戦っている同志たちに遅れをとるな!! 己一人一人が英雄であると胸に刻め!!”」
「「「うぉおおおおおおおおおっ!!!!」」」
さっきまで、大人しかった負傷兵士たちが一斉に雄叫びを上げて立ち上がった。すぐに武器を手に、あっという間に戦線へ復帰していった。
目の前で起こった出来事に、わたしとコウリンは呆気にとられてしまった。そして、その後ろでは、
「素晴らしいです! 若ぁあああっ!!」
「ヨシタカ素敵ぃぃぃぃぃっ!!」
「あ、トウカさん起きてた」
「大丈夫なのか? あれ……」
サガミ老と気が付いたトウカが、すっかり興奮状態になってボロボロと泣き叫んでいる。絶対、身体には良くない状況だ。
「――――はっ!? え、何? あ、ケイラン! 何、なんかあった!?」
気力切れで寝ていたスルガまでガバッと起きる。目が合って状況を訊かれたがすぐに説明が難しい。
え~と……これは……何となく予想はつくが、説明はカリュウにしてもらった方がいいだろう。
「十中八九、ルゥクのせいだと思う……」
「え? 何で?」
「…………それしか思い付かない」
戦いはもうすぐ終わる。
――――敵は完全に叩き潰す。
ルゥクの性格を忘れた訳ではなかったが、今回は何の企みかなぁと気が遠くなる思いだった。




