術師乱戦 二
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コウリン視点の続き。
「うぅ……本当にまずい……」
ペラペラの紙の札を手にサァッと血の気が引く。
しかも運が悪いことに、混戦の中で鳥の妖獣はすぐにこの中で誰が一番弱いか見定めたようだ。一羽がまっすぐにアタシとトウカさんの方へ飛んでくる。
『ぎゃぎゃっ!!』
「このっ――――」
覚悟を決めて『爆発』の札を構えた。
攻撃の札は『爆発』しか持っていないうえに、アタシの札は紙でできているからルゥクの札のようには投げられない。
充分に引き付けてから、妖獣に貼り付けないと……!!
バサァッ!!
『ぎゃぎゃっ!!』
「ひっ!? ば……『爆』――――」
「――――『土甲“土壁”』!!」
「ふぁっ!?」
ずあああああっ!! ドカッ!!
『ぐぎゃああっ!!』
突如、アタシと妖獣の間に文字通り“壁”ができた。鳥の妖獣はその壁に思い切り激突し、地面に落ちたところをサガミ様や兵士にトドメを刺されている。
「おい、コウリン!! 大丈夫かっ!?」
「……ゲンセンっ!!」
声に遅れて、背後の坂からゲンセンが顔をだした。
「はぁ……すまん、こっちで倒しきれなくて流れてった。こいつらがお前らに気付いて…………ふぅ……」
息を切らして駆け寄ってくる姿に、迂闊にも泣きそうになってしまう。
どうやら、下で戦いながらもアタシたちの方の気を向けていてくれたらしい。数体の妖獣がこちらに飛んで行ったのを見て、真っ先に追い掛けてきたみたいだ。
「悪ぃ。すぐに叩き落したかったんだが、妖獣がお前らの陰にいたから近付かないと落とせなかった」
「ううん、来てくれて助かったわ…………トウカさん、発作が起きちゃって……」
倒れ込むトウカさんを抱き起こすと、まだ呼吸は浅いが少しだけ落ち着いたように見えた。念のため、回復の札を掛けて呼吸だけでも楽にしてみる。
「移動するなら手伝うぞ?」
「うん、ありがとう。でも、あんたも戦っている途中じゃ…………」
ホッとしてでかい図体を見上げた時、ポタポタッと何かが地面に滴り落ちた。ゲンセンの胸元や足元が点々と赤黒く染まる。
「――――って、ちょっとゲンセン!? あんた鼻血!! すごく出てるわよ!!」
「へ? うぇっ!?」
「それ、気力切れじゃない!?」
急に鼻からだらだらと流れ出した血に、アタシも本人も大慌てになった。
“気力切れ”は前兆として頭痛があるが、それを無視して急激に術を使い身体の気力を絞り出してしまうと、貧血や鼻からの出血を引き起こす。
「ぐぁ……嘘だろ。今の『土甲の術』一発で気力切れなんて……」
「使い慣れない“放出系の術”で負担が掛かったのね」
ゲンセンに少し屈んでもらい、だらだらと流れる鼻血を手拭いで押さえ回復の札で止血をしてあげた。
ゲンセンは身体に気力を乗せて術を使う『拳術士』だ。
体内の気力を対象に直接叩き込んで使うので、炎や雷などに具現化する必要がなく、一回に消費する気力は極端に少なくて済んでいた。
しかし今使った『土甲の術』は、土に気力を飛ばして変化させるので体内の気力が思ったよりも消費されてしまう。
何で急にゲンセンが使い慣れない術を使ったか?
実はこれ、ルゥクから強化されたものなのだ。
…………………………
………………
――――あの日、スルガがルゥクに『風刃の術』を付与された時。
「え~と、スルガに刀をあげるついでに…………せっかくだから、ゲンセンも『土甲の術』を使えるようにしようか?」
「へ? 俺にも術の付与を?」
最初は皆、ルゥクから“付与”されるものだと思った。しかし、ルゥクは苦笑いをしながら「違う」と手を振る。
「君、たぶん『土甲の術』持ってるよ」
「え、いや、使ったことねぇぞ?」
「いやいや。ゲンセンに初めて会った時から、実はちょっと気になってたんだよね……」
ルゥク曰く『意外と自分の能力に気付かない人は多い』とのこと。
ゲンセンと初めて会って戦闘になった時、攻撃する際に地面を打ち付けるような動作を見せた。
本人にとってあれは“『剛拳』や『豪腕』などの、身体強化の術の延長”だと思っていたらしい。
「でもあれ、実は『土甲の術』の一種なんだよね。僕も今回、あちこちで『土甲』を使ったから判ったんだけど……」
今の今まで、ルゥクも忘れていたという。
「でもさすがに君も拳術士だよね。無意識で術の末端を出してたんだから」
「マジかぁ……でも、俺が今さら『土甲の術』がまともに使えるとは思えねぇけど……」
「その頬のアザは『土甲』のだったのかもね」
ゲンセンは少し困ったような顔でポリポリと頬を指で掻く。
確かに術師のアザが、身体強化だけで浮き出たということはあまり聞いたことがなかったかも。
気力量の問題か、ゲンセンが強化をしぶっていたのを見てルゥクがぼそりと呟く。
「…………『土甲の術』って、立派な“四大元素の術”の一つだから王都での兵士の採用に優位なんだよ?」
「………………………………」
この言葉で、ゲンセンには術の強化を断る理由がなくなった。
…………………………
………………
あくまで“付与”ではなく“強化”なのだ。
「……あんた、せっかくの『土甲の術』に気付いてなかったとかって…………考えたら間抜けな話よねぇ」
「仕方ねぇだろ、俺は学問として“術”を習った訳じゃねぇ。それに特別に気力の消費がなかったし、拳から自然と使えていたからわからなかったんだよ」
以前聞いた話だと、ゲンセンは独学で術を覚えた育ての親から修行を受けたと言っていた。
宝の持ち腐れにならなくて良かった……と思うべきかしらね。
やっと落ち着いたトウカさんをゲンセンに抱えてもらい、もう少し安全な窪地を探して移動する。
こちらへ流れてきた妖獣は、駆け付けたゲンセンとサガミ様、そしてその部隊が倒してくれた。
「すぅ……すぅ……」
「いやはや……姫様の発作はワシの心臓にもこたえるわい……」
「寝不足もあったかもしれませんね」
心底心配するサガミ様にトウカさんをお願いして、アタシはゲンセンと一緒に崖下の戦場へ向かう。
「お前も姫さんと一緒に隠れてればいいのに」
「いえ、たぶんそろそろマズイことになるわよ?」
「マズイこと?」
「スルガよ! あのこ術を使いなれてないでしょ!」
熟練者のゲンセンが気力切れを起こしているなら、素人のスルガはもっと危険なことになっているはずなのだ。
「あいつ、けっこう勘が良いから大丈夫だと思うぞ。戦っているのを見る限り、効率良く気力を回していると思う」
「……甘いわね。勘が良いからマズイって言ってんのよ」
そう…………スルガは才能がある。
「確か…………『風刃』って斬るだけじゃなく“風の刃”も撃てるって聞いたわよ」
ルゥクが『風刃』使っていたのを、ケイランが見たことがあったという。
風の刃を撃てば、ただ斬るよりも気力は一気に消費されるはずなのだ。
「……俺もルゥクも、あいつにそれは教えてねぇぞ?」
「スルガ、勘も良くて才能あるんでしょ?」
「「……………………」」
おそらく、ゲンセンも感じているであろう“嫌な予感”がして、アタシたちは全力でスルガの所まで走り始める。
「いや、いくらなんでも……そんな最初からいきなり――――――」
――――ズドドドドドドドッ!!
「きゃあああっ!?」
「うおっ!?」
遥か前方から爆発のような音と共に、強烈な風が吹き付けてきた。
何とか目を開けて向こうを確認すると、地上を走っていた何十という妖獣の群れが、一斉に空中へ飛んで地面に叩き付けられている。
「よっしゃあああああっ!!」
そして、吹き飛ぶ妖獣の群れの前には、嬉しそうに雄叫びをあげるスルガが…………
「オレ、最強ぉおお――――――――がはっ!?」
バッタリと鼻や口から血を吹いて倒れ、刃になっていた腕も元に戻っていく。
「馬鹿ぁあああああっ!!」
「無茶すんなって言っただろぉぉぉっ!!」
アタシとゲンセンは同時に突っ込んだ。
「スルガっ!? どうしたの!?」
「うぅ…………ふっ、ヨシタカ…………皆には、オレはよく戦ったと伝えてくれ…………ぐふぅ」
カリュウに向かって、スルガは吐血しながらいい笑顔で応えている。
あ、大丈夫だ。まだ余裕あるある!
「ハイハイ!! 単なる気力切れだから、あっちいって薬飲んで休憩!! カリュウ、手伝って!!」
「え、あっ、はい……! あ、でも……ぼくがここを離れる訳には…………」
「あ、そっか……」
そういえば、カリュウは一応、今回の『指揮官』だったわ。
「ごめん、スルガはアタシが引きずっていくわ」
「いえ、こちらこそ申し訳ありません。戦いの終わりが見えたら『アレ』を使えと、ルゥクさんから言われてましたので…………」
「戦いの終わり……『アレ』?」
『アレ』って?
カリュウの『アレ』というのが気になったけど、まだまだ前方から妖獣が押し寄せてきていた。
ゲンセンが拳を鳴らして前へ歩いていく。
「ゲンセン、あんたも気力切れ起こしているんだから無茶しないでよ!」
「まぁ、無茶はしたくねぇけど…………無茶するしかねぇかも」
スルガが盛大に吹っ飛ばしたため少しは怯んだかと思ったが、妖獣たちは数で押し込んでくる。この場所は低い土地のせいで、あとどれくらい【鳳凰宮殿】から妖獣が流れてきているか確認できない。
本当に、終わりっていつくるのよ……?
見渡せば座り込んでいる兵士たちが見える。怪我人もいるが、疲労でだいぶ指揮は落ちてきているようだ。
スルガを休ませてみたけど、これは回復までに時間が掛かりそう。
「他の怪我人の治療も…………」
とにかく戦える人間を増やそうと立ち上がった時、ゲンセンが妖獣に囲まれているのが見えた。気力を抑えて戦っているため、トドメを刺しきれなくなってきたのだ。
マズイ、あのまま埋もれたらゲンセンでもやられちゃうわ!!
せめて補助に入ろうと札を握りしめる。
「っ……ゲンセン!!」
「バカ! こっち来るな!!」
ゲンセンが妖獣一体を蹴り飛ばした時、かなり遠く、小さくおかしなものが見えたような気がした。
「………………へ?」
向こうで何かが光る。
同時に妖獣が宙を舞う。
「…………?」
よく見ると、地面から何かが飛び出して妖獣を飛ばしている。さっきゲンセンが使った『土甲の術』に似ているが、突き出ているのが土や岩に見えない。
…………色がない? 透明……?
そうだ、例えるなら“氷柱”みたいな。
地面から生えて、妖獣を倒していく。
よく見たら、どんどんこちらへ近付いてきているように思える。
「――――水晶?」
ザザザッ!!
その氷柱の正体に気付いた時には、ゲンセンの周りに群がっていた妖獣が次々と水晶の餌食にあっていた。
ザザザッ!!
妖獣を突き刺し弾き飛ばしたりした後、水晶はキレイに砕けてキラキラと消えていく。
綺麗……これ何の、誰の術だろう?
思わず水晶に見入ってしまった時、不意に背後に気配を感じて振り返えると…………
――――――え?
すぐ近くに熊の妖獣がいつの間にか迫っていて、その腕がアタシに向かって振り下ろされようとしている。
『ぐぁあああっ!!』
「きゃあああっ!?」
逃げる間もなくへたり込んだ瞬間、
「――――『霊影』!!」
黒くて長い“影”が、目の前の妖獣を一本釣りのように持ち上げていった。




