術師乱戦 一
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今回はコウリン視点です。
強烈な突風が吹き付け、身の回りのものが飛ばされていく。
アタシは必死に地面に伏せて身体を守った。
しかしこれが単なる『合図』だと悟ったのは、その後に響き渡った何かの叫び声を聞いたから。
「姫様とコウリン殿はわしとこちらへ!!」
恐ろしい音の後、宮殿の方から黒い影がぞろぞろとこちらに向かってくる。
アタシとトウカさんは、サガミ様に手を引かれてその場からすぐに移動を開始した。
途中、ゲンセンが遠くからアタシの方を見て声を掛けてくる。
「コウリン!」
「なに?」
「俺たちは極力お前たちを守るつもりだが、これから何があるかわからねぇ。だから、絶対にサガミ様から離れるんじゃねぇぞ!」
「もう! わかってるわよ!」
これは最初から作戦にあった。なのにゲンセンってば、心配なのかチラチラとこっちを見て確認してくる。
これで三回目。アタシが立派な成人女性だって忘れてんじゃないの?
「アタシが忘れるように思う!?」
「いや、そうじゃねぇけど危ねぇと思ったから!」
「こっちは大丈夫! あんたはあっちに集中しなさい!!」
「わかった! 気をつけろよ!」
そう言った後も、アタシたちが見えなくなるまで気にしている様子がまる分かりである。
ゲンセンは性格は良いが、女子供に対しては心配性のところがあるのだ。アタシはよく声を掛けられるもの。
もう、あいつの悪い癖ね。でも、ケイランがルゥクと一緒に行くと言った時は、さほど心配してなかった気がする。ルゥクがいたせいもあるのだけど、なんかこの差に納得がいかない。
アタシ、ケイランよりも一コ年上なのに。うぬぅ……アタシがケイランほど、しっかりしてないように見えるというのかしら?
「ふふっ……」
「トウカさん?」
アタシとゲンセンの会話を聞いていたトウカさんが軽く笑みをこぼした。
「いえ。ゲンセン様はまるでコウリン様のことを、妹……というよりは娘さんのように見ていらっしゃる気がしまして……あの方、まだお若いのに……ふふふ」
「……………………」
ふと思い出したのは、ゲンセンが家族として見ていたユエのこと。アタシはユエよりも年下だから心配しているのだと思う。
「…………まったく。あいつが思っているほど、女の子は弱くないわよ!」
「そうですわね。私たち、ちゃんと無事にいられることを証明しておきませんと!」
「そうよ!」
しばらくして、真っ黒な影がハッキリと何の妖獣なのかが判る頃には、アタシとトウカさんは皆から少し離れた高台にある林の中に身を潜めていた。傍にはサガミ様とトウカさんお付きの侍女や兵もいるので安心だ。
「ヨシタカ……大丈夫でしょうか……」
「うん、指揮官のカリュウの守りは皆が頑張るって言ってたし、アタシたちは無事を祈ってましょ」
「はい……」
ここからなら、ゲンセンや皆の姿が見える。アタシたちは邪魔にならないようにしないと……。
そして、とうとう妖獣との戦闘が始まった。
妖獣はざっと見渡しただけでも数百はいる。
ルゥクとケイランが封印を解いたであろう時から、妖獣がこちらに到達するまでに一時ほどは経っているので、充分に陣形を調えることはできた。
こちらの戦力は二百人そこそこだけど、術が戻った今ならゲンセンが一騎当千の働きをしてくれるはずだ。
前は馬車酔いで良いところ無かったんだから、今日は活躍してもらわないとね。
波のように押し寄せた妖獣は、あっという間に皆を取り囲もうとするがその一角が一瞬で蹴散らされた。
「うぉりゃあああああっ!!」
威勢の良い掛け声と共に、辺りに突風が吹き荒れる。
しかしその風は、的確に大型の山犬の『妖獣』だけを吹き飛ばし、味方の窮地を回避させていく。
「スルガ! あんまり最初から無茶するなよ!!」
「だいじょーぶっ、スッゲェ調子イイっ!! ひゃっほー!!」
ゲンセンが声を掛けるも、少しも立ち止まることはない。
スルガが仲間たちの間を駆け抜けていく。
その様子はまるで“風”そのもの。
まるで巨大な鎌の刃のようになった片腕を、スルガは器用に振り回している。元々足が速く、素早いスルガがさらにその能力に磨きが掛かったようだった。
そういえば“風の術”に属している『風刃』という術は、使い手の素早さを上げるとルゥクが言ってたっけ。
「すごいわねスルガ…………ルゥクから術を付与されたばかりなのに、いきなり実戦で使えるなんて……」
「あの子、小さな頃から剣術も柔術も才能がある……と、お父様やヤマト様が褒めていましたわ……」
褒めていた……と言うトウカさんの横顔が少し陰った。
「ヨシタカは『スルガには敵わない』と、いつも悔しそうにしてました。ヨシタカにはヨシタカの、スルガにはスルガの得意なことがあるのですが……やっぱりそこは、同年の男の子同士で対抗心があったみたいですわ」
「なんか“切磋琢磨”する親友っていうのも良いなぁ。アタシの唯一の友だち、ケイランとは性格も戦闘力も違うし競い合う事がないもの」
「あら? 私はお友達ではありませんの?」
「えぇ?」
アタシの言葉に、トウカさんは分かりやすく残念そうな顔をする。なんだか一瞬だけユエと友だちになった時を思い出してしまった。
トウカさん……一応、この国のお姫様だよね。
まずはそう思ったが、それよりもこの間までの怨み事がふつふつと甦ってきた。
恨みたくなるわよ。一ヶ月もケイランやルゥクと一緒にアタシを謀ってたんだもの。『この女、曲者だなぁ』って思っちゃったんだもん。
「……もう二度と、アタシのこと仲間外れにしません?」
思い切り念を込めてトウカさんを見ると、彼女は苦笑いをして頭を下げる。
「しませんわ。いくら屋敷の者の目を欺くためとはいえ、申し訳なかったと思います。これで、許していただけませんか?」
「う~~~~~ん」
勿体つけようかと思ったけど、トウカさんの困り顔に軽く失笑してしまう。
「………………じゃあ、一緒に来てくれます?」
「え?」
「これが終わったら、ケイランと一緒に甘味を食べに行くんです。もちろん、元凶であるルゥクの奢りで」
人間、仲良くなりたいなら甘い物を一緒に食べればいいのよ。
「まぁ、素敵! 私も一度、年頃の者同士で甘味処に行ってみたかったのです!」
「なら、それで手打ちにしましょうか。アタシは貴女と友だちになるわ!」
「はい! お願いいたします!」
おーし、ルゥクに一人追加って言ってやろう。
完全に和解したところで、アタシたちは再び目の前の戦場へと視線を向ける。妖獣の方が数が多いが、こちらが一方的に負けている状況ではない。
でも、一つ心配なことがある。
「……妖獣、まだ【鳳凰宮殿】から流れていますわね」
【鳳凰宮殿】から流れてくる妖獣の黒い列が、一向に途切れる気配がないのだ。
「さすがに…………終わりはくると思うけど……」
物事に終わりはくる…………だが、それがいつになるのか?
もし、妖獣が途切れる前に、アタシたちの体力が切れてしまったら…………どうなる?
「「……………………」」
もしかしたら、トウカさんも同じことを考えたのかもしれない。胸で手を合わせて不安そうに皆の方を見ている。
そして、その不安はどんどん色を濃くしていった。
戦闘を始めてから二時が経つ。上から見ていると分かる…………皆が、妖獣に圧されていっている。
「兵士の集中が早くも途切れておる………………良くないのぅ」
隣に座るサガミ様があご髭を撫でながら、眉間に深いシワを寄せて戦況を見定めていた。
「皆、大丈夫かしら……」
「ふむ……ここは長引けば長引くほど、理性のない獣の集団が有利じゃて。術で戦っているゲンセン殿やスルガは良いとして、ヤマトや若、それに一般の兵士は妖獣一体に数人で手こずっておるからの」
妖獣というのは、普通の獣に“負の気力”が流れ込んだもの。もしくは、気力の塊が獣の貌をとっているものだ。
つまり、決定打を与えるには術による攻撃が一番有効である。
物理的な攻撃は、大勢で叩かないといけないということか…………伊豫の人たち不利よね。
こんな数を相手にしたことはなかっただろうし、即席で術を使えるようになったとしても――――――
アタシが思案していた、その時、
『ぐぎゃああああっ!!』
「――――へ?」
アタシたちの十歩ほど後の上空、大きなワシのような妖獣が羽ばたいている。しかも、その妖獣の後ろからさらにもう数体も飛んできた。
空の高い位置からアタシたちを見付けたのだろう。
「いかん、見付かった!! こちらに来たわいっ!!」
「きゃあああっ!!」
「トウカさん! アタシの後ろに!!」
ここはあんまり得意じゃないけど、アタシの札で『防御の術』で一時的に凌いで――――
「くっ!?」
「っ!? トウカさん!?」
アタシが札を手にすると同時に、トウカさんが胸を押さえて座り込んだ。
「……あっ!! かはっ、ぐ、あぁっ……!!」
「トウカさん!? な……しっかり……!!」
「姫様っ!?」
胸の発作!? こんな時に!!
トウカさんが気丈に振る舞っていたから忘れそうになっていたけど、彼女は胸に持病があったのだ。
たぶん、この緊迫した場面で一気に身体に負担が掛かったのだろう。
「コウリン殿! 姫様を連れて移動を!! ここはワシらが踏ん張る故!!」
「そうは言っても…………!!」
起こそうと思ったけどトウカさんは地面に蹲っている。とてもじゃないけど、妖獣を避けながら彼女を担いで安全な場所を探して隠れる…………それは不可能に近い。
サガミ様と他の兵士が鳥の妖獣を叩き落とそうとする。この場はあっという間に安全というものが取り払われ、他と同じような乱闘が始まった。
『ぎゃあっ!!』
「……まずいわ、この状況」
妖獣を目の前にし、とうとうアタシも「戦いなんて無理!」とは言えなくなる。
アタシは『術医師』だ。
患者が傍にいる以上、患者の“敵”に立ち向かわなければならない。
…………………………でも……
「…………これで戦うの…………無理」
ペラリ。
何の抵抗力もない紙の札に、アタシの心もくにゃりと折れそうだった。
今回の戦闘、長くなったので二つに分けました。




