折れない刀 【スルガ】
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
今回はスルガ視点で回想が入ります。
やや長いです。
“刀は武士の魂”
それはよく解っている。
だから剣術の鍛練は欠かさないし、武士として恥ずかしくない行いをしようと日々精進しているつもりだ。
しかし、オレの刀はいつも真っ二つに折れた。
兄ちゃんがどんなに強い鋼に鍛えても、オレが実戦で使うとすぐに真ん中からへし折れる。その原因はついぞわからなかった。
――――なんで、折れるんだろ?
父ちゃんやじいちゃんには『未熟者』と怒られる。
オレに原因が有るならそれも仕方ないとも思ったが、心の奥ではずっと納得がいかない。
手に抱えた折れた刀。
これが本当に『武士の魂』ならば、オレは何度も死んでしまっている。
――――“折れない刀”が在ればいいのに。
いつもそう思った。
…………………………
………………
かつての【伊豫の国】
現在は大陸の一部として名を改められて『蛇酊州』となった。
伊豫でオレの家……『小野部』という家の名はいくらかの権力を持ち、オレは三男として生まれて『駿河』という名を与えられた。
十年前に大陸と戦をして負けはしたが、うちとその周辺は飢え死にや略奪などはほとんど起きず、皆で協力して現在まで乗り切ったそうだ。
そう考えると、自分の置かれた環境はとても恵まれていると思う。
オレは生まれてから、貧しい思いをほとんどせずに、家族とわりと楽しく過ごしていたのだから。
しかしオレはいつまでも、この境遇に甘えていられないのはよく解っている。何故ならオレには兄ちゃんたちがいるからだ。
文武両道で人望も厚い、小野部家の跡取りである長男。
器用で機転も利く、若くして腕の良い刀鍛冶の次男。
デキの良い兄ちゃん二人に比べ、オレは『落ち着きがない』だの『余計なことを口にだすな』だの言われた。武家では三男などいないのに等しく、大人になれば問答無用で独立させられる。
跡取りに成れないならば、下の兄ちゃんみたいに職人にでもなれば家のために何かできたのだが、オレは何かを造ることが苦手だった。
得意だと思っている剣術だって、しょっちゅう刀を折ってばかりなので怒られてしまう。
『お前はさっさと嫁さんでももらって、長谷川家の武士として若に仕えるのが一番良いだろう』
小さい頃から父ちゃんたちにそう言われて、オレの将来はほぼ決まっていると言っていいだろう。
しかし、最近は“それだけでいいのか?”と自分の中で不安と疑問が湧いてきてしまっていた。
…………………………
………………
「オレもせめて何か、特技があれば良かったのに……」
「スルガはスルガなんだから、気にすることはないと思うよ?」
今日はヨシタカが『蛇酊』から出て、かつての国境付近にある町まで行くと言うので護衛に付いてきた。
大陸へ向かう道を馬車に揺られながら、隣に座る幼馴染みに思わず愚痴をこぼす。
「今日だってぼくの護衛をしてくれている。ぼくはスルガのこと頼りにしているよ」
にっこりと笑うヨシタカの慰めが、いつもより物悲しく思えてならない。
「う~ん……オレはこのまま、お前に仕えるだけでいいのかなぁ? って思ってたんだ」
「スルガは仕える武将になりたくないの? それとも…………ぼくが南部の筆頭になることは不安?」
眉を下げて、ヨシタカの方が不安そうな顔をしてしまった。
「え? それは違う! オレはお前を護る役職に就きたい。それに、ヨシタカが長谷川の当主になって南部を束ねる筆頭になるのは、オレも桃姉ちゃんも大賛成だ。不安も不満も少しも無い! でも…………」
「でも?」
「…………えっと……説明が難しい」
将来が決まっていること自体は悪くない。
オレが嫌なのはそのままで将来を迎えて良いのか? …………そんなぼやぁとした不安なのだ。
自分に何か『オレのもの』って、胸を張って言えることが欲しい……。
普段はあまり悩まないものだから、オレはこのところずーっと胸や頭がもやもやしている。
「何か疲れた…………」
「あんまり悩まない方がいいよ? あ、宿場町に着いたら、何か美味しいものでも食べてゆっくりしよう! ね?」
「うん……そうだな」
ポンポンと背中を叩かれて、少しだけ気が晴れた。
そうだよ。今日はヨシタカと買い出しに来たんだ。しかも、大陸人は伊豫人を毛嫌いする奴らが多いって聞いたし!
オレたちは伊豫を出て大陸に来てんだから、気を引き締めないと!
「でも、今日はずいぶんと買うものあるんだな? 桃姉ちゃんの薬以外に……食糧とか着物とか?」
今日の買い出しは、オレとヨシタカの他には御者二人しかいない。なのに、七、八人は乗れる馬車が二台もある。
「えっと……宿場町に、父上の命令で来ている部下がいるから、帰りはその人たちと合流するつもりなんだ。その、他にも……人が乗るかもしれないし…………」
「………………」
ヨシタカの目が一瞬だけ泳いだ。
もしかしたら、オレに言えない何か重要な任務でも、親父様に言われたのかもしれない。
「ふぅん? まぁ、でも、オレはお前の護衛をしっかりやるだけだからな!」
「う、うん。ありがとう……スルガ……」
何かを思い出したのか、そこからヨシタカは宿場町に着くまで黙り込んでしまった。
宿場町に着いた時、すでに飯の時間は過ぎている。
馬車を人目に付かない場所へ停めて、オレとヨシタカは市場のある方へ向かうことにした。
「ヨシタカ、最初はどうする? どこかで飯とか…………」
飯をどうするか聞こうかと振り向くと、さっきまですぐ後ろにいたヨシタカが少し離れた所で立ち止まっている。
よく見ると隣には、長谷川の屋敷で何度か見たことがある『隠密』の中年男が、ヨシタカにすごく難しい顔をして何かを話していた。ヨシタカもうつむいて唇を噛んでいる。
ヨシタカ……? 何、なんかあるのか?
あいつはオレと同い年なのに時々、ものすごく難しい事を考えなければならない。ヨシタカは頭が良いし、大人しそうに見えるけど度胸がある。だから、大人の話しにもちゃんとついていく。
本人は大変なのは解る。
でも、オレはそれが羨ましい。
『隠密』が離れてから、ヨシタカはすぐにオレと市場へ行って何か食べたいって言い出した。
だけど、そこで問題が起きた。
とある飯屋の店先に寄った時。
席に着いて二人分の飯を頼み、ヨシタカが代金を前払いしようと財布を開けた。しかし、うっかり昔の【伊豫の国】で使われていた銭を出してしまったのだ。
ヨシタカはすぐに大陸の金を出したのだが、この店の店主がそれを見逃さず、オレたちに向かって「『伊豫人』は出ていけ!!」と怒鳴り散らした。
な、何だよ!? なんで伊豫人だからって……
オレはすぐにヨシタカと店主の間に入って反論したが、間違っているはずの店主は、オレたちを盗人のように追い払おうとしてくる。
皿やら刃物やらが飛んできて、危うくヨシタカに当たりそうになった。さらにあの店主はとんでもないことを口走る。
「お前たちのような奴らに食わせる飯はない!! 帰れ!! この蛮族ども!!」
はぁっ!? んだと、このハゲ!!
人を生まれで差別するのは良くないって、じいちゃんが言ってたんだぞ!?
さすがに堪忍袋の緒が切れる。こいつは刀の峰で打ち付けて制裁してやらないと気が済まない。
「伊豫の民を愚弄するか!?」
「だ……駄目!! 止めて、スルガ!!」
「放せ、ヨシタカ!! こいつは赦せない!!」
止めはするけど、本心ではヨシタカも怒っているはずだ。その証拠に、オレを止めようとする手に力はあまり入ってないのだから。
あのハゲが騒いだせいで、オレたちの周りには人だかりができている。さらに店の奥から用心棒らしき、ゴツい男が二人も出てきた。
…………周りの人間も『大陸人』か。助けは望めないだろう。
最悪の場合はこの野次馬も全て敵になり得る。ヨシタカだけは護り抜かないといけない。
覚悟を決めたその時、
「待て!! そこの者たち!!」
急に割って入った凛とした声の主が、店主たちの前に立ちはだかった。
頭巾付きの外套を羽織った旅人のようだ。
パッと見た感じは小さい女。年下?
「私は国の兵士だ。一体何をしているのか! 町での騒ぎは拘束案件だぞ!」
うぇっ!? 国の兵士……って、じゃあ大人? それに……大陸の奴がなんで…………うん、そっか。良い奴もいるよな!
助けに入ったのが大陸の人間だとわかって、オレは何だか嬉しくなった。
「そこを退け! 痛い目にあわされたいか!?」
「聞けん! 退けるのはお前たちだ!」
その女兵士さんは小さいのに、用心棒や店主に噛み付くような勢いで怒ってくれる。
それから少しして、今度はデカイおっちゃんが用心棒たちを締め上げてオレたちを助けてくれた。どうやら、女兵士さんの仲間だったようだ。
「君たち、大事ないか?」
「あ……ありがとうございます」
「え……と…………」
礼を言うヨシタカの横で、オレは思わず言葉に詰まった。
女兵士さんがオレとヨシタカの顔を覗き込んだ時、頭巾に隠れていた顔が見えたからだ。
………………………………可愛い。
頬に何か模様があるが、そんなのが気にならないほど可愛い。あ、ダメだ。まともにこの娘の顔見られない。ニヤけそうな顔を必死で引き締めて逸らす。
「子供が二人だけでいるのは危ない。周囲が落ち着くまで、私たちと一緒にいた方がいい」
オレもヨシタカも15才で来年には成人で、子供扱いされるのは少し心外だ。
だが、それを抗議しようかと思った時、ゾクリと背中に何か言いようもない悪寒のようなものが走って、あちこちから鋭い視線を感じる。
うちの家系が得意な、人を見極めたり周りを探れる“認識の才”という能力が働いたのだ。
周りは普通に歩く人たちしか見えないが、オレにはこの視線の主たちを感じることができる。
視線の種類は三つ。
一つはうちの『隠密』
二つは見守るような『知らない奴』
三つはこちらに向けて殺気を放つ、たぶん『敵』
うちの奴らは分かるけど、こんなに囲まれて監視されるなんて…………何かあるのか?
オレはよくわからないまま、ヨシタカの後ろについて歩いた。
…………………………
………………
結論から言うと、ケイランたちが伊豫に来てくれることになった。
何だか途中で、本当はルゥクを拐うつもりだったーとか、ヨシタカが「自分を殺せ」とか言って物騒なことになりそうになったりしたが、話し合いでまとまってホッとしている。
難しい話は省くけど、どうやら桃姉ちゃんの病気は『術医師』のコウリンが診てくれることになった。
術……医師? へぇ、何か知らないけどすごいんだな。
ケイランやルゥクがどんな人間なのか。
最初は特に気にしなかったが、大陸から伊豫の町へ向かう途中、たくさんの妖獣に襲われた時に、オレは『術』というものを初めて見て驚いた。
これが『術』!? スッゲェ!!
大陸には『術』っていうのがあるのは前から聞いたことがあったが、これほど不思議な力だとは思っていなかった。
ケイランは影を自在に操る力。ゲンセンは素手だけかと思ったら、体に術を乗せて使うそうだ。ルゥクとコウリンは道具を使った術らしい。
…………これ、伊豫人はできないのかな?
ふと、オレも使ってみたいと思う。
あんな風に術を剣術で応用できれば、刀が折れても戦えるのだろうか?
それから屋敷に着いた翌日。
ケイランたちの術が使えなくなった。しかし、何もしない訳にはいかないと術の基礎を修練することになって、オレはそれにすぐに飛び付いた。
――――オレも、術が使いたい!
何の根拠もない。でも、やれると思った。
…………………………
………………
そして今、【鳳凰宮殿】から流れてくる黒い影が、空や陸から迫って来ている。
それらが全て『妖獣』だと判り、オレたちの陣営は一気に臨戦態勢に入った。
「スルガ、行けるか?」
「おぅ! でも、思ったよりも多かったなぁ」
「あぁ、ルゥクが『気力が解放されたら、妖獣が急に増えるだろう』って言ってたが…………増えすぎだ、減らすしかねぇな」
術師のアザが戻ったゲンセンが、苦笑いをしながら拳を打ち鳴らしている。
何百ぐらいいるんだ? あんなの連続で相手したら…………
「ねぇ、おっちゃん?」
「うん?」
「あの刀……使っていいと思う?」
オレがいつもの刀で戦えば、必ずすぐに折れてしまうだろう。
「……お前自身が判断しろ。ただ、初めてなんだし、絶対に無理はするなよ。少しでも、おかしいと思ったら引け。いいな?」
「うん! 解った!!」
一応の師匠であるゲンセンに許可をもらい、オレは妖獣が向かってくる方へ足を踏み出す。
――――大丈夫、できる。
オレの右腕には手の甲から肘まで、まるで草の蔦のような形の赤黒い『アザ』が浮き上がっていた。
大きく息を吸い、体内の気力を腕に集中させるために叫ぶ。
「――――『風刃』っ!!」
ゴォオオオオオオッ!!
瞬間的に身体が猛烈な風に包まれ、腕がものすごく熱くなった。
「………………うっ、わぁ…………」
アザのある腕が倍の長さになっている。
正確に言うと、腕が長い鎌の刃のようになっていた。
『折れるか折れないかは君次第。絶対に君についてくる刀だよ』
この『刀』をくれたルゥクの言葉を思い出す。
「これが、オレの…………『術』?」
“刀が魂”なら、これは“魂の刀”。
「へへっ…………やったぁ!」
オレの『魂』は折れない。
“絶対折れない刀”を見付けた。




