強者<かれ>の自信
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前半:ケイラン
ルゥクが『魂喰いの術』を使って、封印そのものである水晶の壁の気力を喰った。
大きくひび割れた水晶の壁は、崩れて落ちていく過程で霧のように消えていく。まるでそこには何もなかったかのように、広間と奥の空間が繋がった。
そして急に空気が動いたせいなのか、もうもうと奥の空間に盛大な土埃が舞っている。
「今すぐに、妾と嵐丸を………………殺せ」
彌凪の急な申し出のすぐあと、
『ぎぃやぁああああああっっっ!!』
「うわっ!?」
「っ……!!」
奥からとてつもない大きな叫び声があがる。
その土埃の中、何かが悶えるように動いていた。
動いているせいでなかなか土埃も止みそうにない。もしかしたら、何かに抑えられているのか。動く割にはこちらに近付いてこられないようだ。
彌凪と嵐丸はその大きな影を絶望したような顔で見上げた。
「何をしている。妾と嵐丸を今すぐ殺せ!」
「何を言っ…………」
「なりません、姫様!!」
彌凪の言葉にわたしはすぐに反論しようと思ったが、その代わりに彼女の足元に嵐丸が蹲って叫んだ。
「今、死ぬなら俺だけが死にます。何も姫様がこの者たちの手にかかることは――――」
「言うな、嵐丸。同じことじゃ」
ふぅ……と息をついて、彌凪は奥を見据える。
「頼む。不死に娘…………妾たちを殺せ。そうすれば、あれは楽に倒せるはずだ」
「あれって……?」
おそらく彌凪の言う『あれ』は、先ほどから蠢くあの大きな影だと思われる。
「何なんだ……?」
「なるほど……やっぱりそうか」
大きな影を見上げルゥクが呟いた。
「『あれ』が伊豫の土地の気力を吸っていたんだね? 水晶の壁は『あれ』を封じ込める強力な結界というだけ。そして、君たち二人は『あれ』と“命”が繋がっている。つまり、君たちは封印の番人ではなく『人柱』なんだ」
「え……?」
「「……………………」」
彌凪と嵐丸は黙ったまま頷く。
「君たちは……どの程度の“不死”なの?」
「我々はお前と違って“完全な不死”ではない。『あれ』が吸い込んだ気力が、繋がっているこちらに流れる。それで命を保ってきた…………」
「でも……百五十年、あなた方は年を取っては…………」
「……百五十年前ここに来た時、妾は10才、嵐丸は16才じゃった。おそらく、正式なお主の不死とは年を取る早さが違うはずじゃ」
どう見ても、彌凪は二十歳、嵐丸は二十代半ばに思える。
確かルゥクは『遅老半不死』と自身を語っていた。年を取る早さが違うとは……?
「そうだね。僕は…………百五十年くらいじゃ、そんなに変わらないね」
さらりと物凄いことを言い放っているが、ルゥクとあの二人とは身体に流れる時間が違うということなのか。
十年くらいに一歳とか百年に一歳とか?
“完全な不死”だと、ほとんど年を取らないように聞こえる。
『ぐぅうう……あああああっ!!』
話している間に土埃が薄れて、叫びの主が姿を現した。
「これ…………」
「うん。人じゃないだけ気楽かなぁ……」
目の前には、例えるなら『大きな二足歩行の猿』がいる。
どのくらい大きいかと言うと、だいたいわたしの十倍くらいの高さで、洞窟の天井ギリギリのところに頭があり、手足も長く胴もかなり太い。
見れば、大猿の手足は何か木の蔦のようなもので縛られ、洞窟の壁に押さえ付けられていた。しかし、暴れているせいで蔦は少しずつぶちぶちと切れていっている。
「デカイねー。こんなの封じていたの?」
「いや…………小さな妖獣だった」
「百五十年前、こやつはこんな巨大ではなかった……土地の気力を吸い続けた結果じゃろう」
どうやら吸った分全てが嵐丸たちへ流れた訳ではなく、この妖獣にも蓄積されてしまって巨大化させたようだ。
「…………師匠も悪趣味なことしたね。君たちをあの化け物と運命共同体にするなんて」
「いや。フウガ殿は我々がここに残ろうとすることに、最後まで反対していらした。封印を見張ると決めたのは…………俺だ」
「妾も、じゃ……」
「姫様…………」
彌凪が嵐丸の腕にしがみつく。
まるで“最後まで離れない”と言っているように。
「俺たちを殺せば、繋がっているあれは力を半分失う。さぁ、遠慮はするな。どのみち奴を殺さなければ、伊豫の気力は再び封印されてしまうだろう」
「もしも、君たちを殺さずに、先にあの化け物を殺したら?」
「無理じゃ。あれはフウガ殿が何度も、丁寧に術を掛けて作り上げた。彼を超える術でも叩き込まなければ……お主も弟子なら、彼の術が強力なのは知っておるじゃろ?」
「ふぅん……」
ルゥクの眉が面白くなさそうにピクリと動く。
「もしも……あれが先に死ねば……俺たちはその後に自然と死ぬことになる。どのみち、この先へ生きてはいけない……」
「…………そんな……」
「ふふ。娘、そんなに悲しげな顔をしてくれるな。そなたは先ほど、妾と命懸けで戦っていただろうに……」
「……………………」
きっとまた、ルゥクには『甘いなぁ』と言われてしまうと思うが、本音を言ってしまうと“この二人を死なせたくない”と思ってしまった。
もし、この二人が完全な悪人だったのならば、伊豫の封印を解くために死んでもらおうと思ったかもしれない。しかし二人は、自分の祖国を護ろうとするために“人柱”……つまり生け贄になったのだ。
そんな人間を簡単に殺してもいいのか?
わたしが独り心の中で葛藤していると、いつの間にかルゥクがトコトコと歩き出していた。嵐丸から抜いた刀を手に、真っ直ぐ化け物へ向かって。
「……え? 待て……ルゥク?」
「二人とも……別れを言う時間くらいは残るんだよね? あの化け物が死んでも少しは余裕あるよね」
………………え? まさか……。
「おい!! やめろ不死、そんな化け物をどうやって――――」
「――――僕の師匠……『楼 風峨』という男は何でもできる人でね……」
ルゥクが振り向かずに話し始める。
「術も格闘も剣術も達人並み。それに加えて人の懐に入るのも上手いし、料理や大工仕事なんかもすぐにできる人だった」
「「「…………?」」」
何故か『うちの師匠自慢』を始めたルゥクに、わたしたちは思わず黙り込む。
「……お人好しのクセに人を殺すこともできたし、裏切り者だと言われても人を救けることができる。いつまでも、僕は師匠には頭が上がらないことが多い――――でも」
化け物が近付いてくるルゥクに気付いたように、その視線を下へ向けた。
「ルゥク!」
「――――でも、僕だって師匠に絶対に負けない特技が一つ……いや、二つある。一つは………………………………女装の特技」
たっぷり間を置いて言うルゥクが、どんな表情をしているかはこちらからはわからない。
……嫌なら言わなくても良いのに。
「もう、一つは…………」
その時、化け物を縛り付けていた蔦が完全に切れた。目の前のルゥクを獲物として、化け物は体全てで突っ込んでくる。
「「あっ!!」」
「ルゥクー!!」
思わず目を瞑りそうになった一瞬で見えたのは、体当たりをしようとする化け物に対して、ルゥクは刀を納めて左手を前にかざし――――――
――――――パァァァァァァァァンッ!!
大きな破裂音が響く。
恐々とルゥクを見ると、かざした左手の前で化け物が停止していた。しかし、化け物はただ立ち止まっているのではない。何やら、そこから前に……ルゥクに近付けないような、無理矢理押さえ込まれいるような体勢だった。
「あ…………」
ルゥクの左手と化け物の間、まるで見えない壁があるように大きな隙間がある。その隙間にあるものが浮いていた。
………………白い札。
白い札は『術喰いの術』で使うものだ。
「僕が師匠に負けないものの二つ目は………………『術喰いの術』だ」
はっ……と、ルゥクが鼻で笑うように息を吐く。
「水晶の壁の気力を喰ったばかりで気力過多になりかけているんだ…………だから、全ての気力を叩き付けたら、お前の中の“師匠の術”は根こそぎ喰ってやるよ!」
ゴォオオオッ!!
急に辺りに突風が吹き荒れて、飛ばされそうになりながらも前の状況を見るのに必死になった。
化け物に向けられた『白い札』が爆発するような、真っ白な光を放つ。
「――――百五十年前の師匠より、今の僕の方が強いんだからね?」
光の中でふと、ルゥクの声が聞こえた。
――――それは、誰に言ったのだろう?
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寝ていると、急に背中に冷たいものが走って飛び起きた。
すぐに隣で寝ていたヨシタカを起こして、何かに備えるように身構える。近くにいた桃姉ちゃんとコウリンは驚いてこちらを見るが、何故かこの感じを説明している時間がないような気がして一言だけ言った。
「なんか…………――――――来る……!!」
言った瞬間、ものすごい風が吹き抜け辺りをメチャクチャにしていく。それが止んだかと思ったら今度は……
『ぎぃやぁああああああっっっ!!』
【鳳凰宮殿】の方から、獣の叫び声のような嫌な音が響いた。
オレを含め、辺りにいた仲間たちは各々身を地面に伏せていたが、すぐに身体を起こして叫びのあった方を睨んでいる。
それが何か良くないことだと言うことを、みんな感じているんだと思う。
「……スルガ、あれは何だろう?」
「え? あれは…………」
ヨシタカが空を指差したので、オレもそっちに目を向ける。
まるで空に墨でもぶちまけたような、真っ黒なものが宮殿から流れてきていた。よく見たら、その下の地上にも同じ様に黒いものが――――――
「――――あれ、妖獣だっ!!」
空を飛んで来たのは大きな烏。地上を進んでいるのは、熊や色々な動物の巨大化したもの。
真っ黒なものの正体は、おびただしい数の『妖獣』だった。
「うわ! あんな数、見たことねぇぞ!!」
「とにかく、みんなを集めろ!!」
大人たちがすぐに召集を掛けて人を集める。
「姫様とコウリン殿はわしとこちらへ!!」
「わ、わかりました!」
「はい!」
じいちゃんが桃姉ちゃんとコウリンを、安全な所へ連れていこうとしていた。
妖獣はどんどん近付いてきている。もう少ししたら、オレたちの場所までくるだろう。
【鳳凰宮殿】は三方が山に囲まれているから、妖獣たちは真っ直ぐにこちらへ向かってきている。
でも、これは事前にわかっていたことだ。
「…………あれが、ルゥクさんが言っていたこと?」
「たぶんな。きっと、ルゥクとケイランはうまくいったんだと思う。とりあえず、土地の気力は解放されたみたいだけど……」
その証拠に、妖獣と共に流れてくる空気が違う。封印がなくなったということは、ゲンセンやコウリンは術が使えるようになったはず。
そう考えていた時、ヨシタカが驚いた顔でオレの腕を掴んだ。
「スルガ、腕に……!?」
「え?」
言われて初めてそれに気付く。
あぁ、そういえば…………
「もらったんだ。オレの『刀』!」
「刀? この入れ墨みたいなものが?」
思わずにやけてしまう。しかし喜んでいる暇はない。
「ヨシタカ、やるぞ!! 【伊豫の国】を最後に護るのはオレたちだからな!!」
今なら、オレは何者にも負けない自信があった。




