義理の理由
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コウリン→ケイラン
人嫌いなはずのホムラが、ケイランに『特訓』とやらをしたと言う。
この言葉にアタシだけでなく、ゲンセンも興味深そうに見ている。
「特訓……って、ケイランに? 何の?」
「“『影』としての戦い方”……でさ」
へ……? 『影』……?
「……あんたが教えたの?」
「そうでやす。あっしが教えられるの、それだけでやすから」
いや、そりゃあ確かにあんたなら教えられそうだけど…………ううん、そうじゃなくて…………
「しっかし、なんでまた『影』の? どういうつもりなんだ?」
ゲンセンが首をかしげながら自然とホムラに尋ねた。
そうよ。何で?
「……言っときやすけど、これは嬢ちゃんが望んだことでやすからね?」
「へ?」
「……ゴウラの一件。嬢ちゃんとしては相当、悔しかったようでさ」
「…………あぁ……」
「なるほどな……」
どうやら、ゴウラと戦って己の非力さに、ケイランはずっと悶々としていたようだ。
その思いが、この土地に来てから『霊影』を封じられたことでさらに強くなったみたい。
『影』である敵を知るためには、同じ『影』のやり方を知るのが近道だと思ったのだろう。
「長谷川の屋敷に来てすぐ、お嬢と別行動しやしたよね? あの時、空いた時間に『気術操作』と一緒に鍛えたいと言ってきやした」
「あ……そうか……」
そういえば、ケイランはほぼ毎日出掛けている。その半分近くはトウカさんの部屋でルゥクの身代わりになっていたようだけど、本当に出掛けていた時のことはちゃんと聞いていなかった。
いつだったかは『人と待ち合わせをしている』と言っていたことがなかっただろうか。
「つまり……トウカさんの部屋にいない時は、あんたと一緒に訓練をしてたわけ?」
「正確には、あっしとタキ姉で交代してやしたが………………あ……」
話途中でホムラは後ろを振り返る。
「だいたいの話は以上でさ。じゃあ、あっしは別の場所で待機なんで…………」
「え? あ、ちょっと……!」
ホムラは言いながら近くの茂みを飛び越えて消えた。
「あ、いたいた!」
「ゲンセンさーん! コウリンさーん!」
それと入れ替わるように、ホムラが見ていた後方からスルガとカリュウが近付いてくる。
「ん? 何、なんかあった?」
「いや……ホムラがいただけ」
「ああ。あの黒い兄ちゃんな。あんまり見たことねぇけど、タキ兄ちゃんと雰囲気似てるよな」
ポロっとスルガが変なことを言う。
「え? そう? 全然違うと思ってた」
「うん、似てるよ。兄ちゃんたち、ケイランと話している時とか……なんとなーくだけど」
あの二人、あんまり似てない気がしてたけど……?
もちろん、ホムラの顔は見たことないから、タキと似ているかどうかは話した感じだけ。
アタシはホムラとタキが実の兄弟だと知っているけど、スルガは知らなかったはずだ。それを“似ている”と言うのなら、それはきっとアタシには分からない感覚なのかも。
「あ、そっか。あんた『見気』を持ってわね……」
『見気』は物事を見極める肉体強化の術のひとつ。
男女の見分けもできるみたいだし、スルガなら何か共通するものを見付けたのだろう。
さらにこの術は覚えるのが難しい上に、生まれつきの勘の良さが必要になるとか…………正直、アタシも欲しい。
「…………ケイラン、こいつのせいで無茶しようとしたんじゃないかしら…………?」
「何? ケイランがオレのこと、なんか言ってたの?」
「何でもないわよ……」
ケイランの名前を聞いた途端、尻尾を振る犬のように嬉しそうにしている。スルガはケイランのこと、嫁にしようとしてるくらい好きだからなぁ。
でもきっと、こんな無邪気な奴が隣で次々と術の素質を見せ付けてきたら…………お堅いあの娘なら、自分の限界越えようと必死になったはずだ。
『影』の訓練だって、かなりの無理をしたのかもしれない。
「たぶん、あんたはあの娘の恋愛対象じゃないと思う」
「えっ!? なんで!? まだ分かんねぇじゃん!!」
「スルガ……そういう話は後からにしてね……」
「お前は緊張感ってやつがねぇなぁ……」
こんな場所でも呑気なスルガを、カリュウとゲンセンも呆れて見ていた。
でも……スルガのその能天気さを、ケイランにも少し分けてもらいたい。
だって、ケイランがその訓練とやらの成果を試そうとして、無理して戦おうとしているんじゃないかとヒヤヒヤしているから。
「どうか無事に帰ってきなさいよ。一緒に甘味食べに行きたいんだから……」
遠くに見える【鳳凰宮殿】とその後ろの山に念じるように呟いた。
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ギィィィンッ!! ガッ!! ザザァッ!!
ひたすら聞こえてくるのは、金属がぶつかる斬撃音と地面と足が擦れる音だった。
わたしの視界の隅を、刀で打ち合っては離れるルゥクと嵐丸の姿が掠める。
しかし、わたしはわたしで、目の前の舞うように攻撃を繰り出してくる彌凪に、一分の隙も与えるわけにはいかなかった。
――――何が初心者だっ!!
だんだんと時間の経過が分からなくなる中、この『宴』が始まる前の彼らの顔を思い出していた。
…………………………
………………
“妾か嵐丸を倒して封印を解け”
愉しそうに言った彌凪は刀を抜き、わたしに真っ直ぐに向き合う。
「妾の相手はお主だな。まぁ、ちょうどよい。妾は“初心者”故、そこの不死の男とでは釣り合わぬからのぅ……」
「初心者?」
「そうじゃ。妾が初めて刀を握ったのは、この封印の間に嵐丸と共に暮らし始めた頃。あの時はたった一本の刀を持つのもやっとで腕がもげるかと思うた…………懐かしいのぅ」
嵐丸の方に顔を向け柔らかく笑う。それと同時に、そんなに表情を変えないような嵐丸も口の端を上げている。
おそらく、この二人は主従以上の仲なのかもしれないと、余計な考えが浮かんでしまった。
「娘、光栄に思うがよい。お主は妾の“初の実戦相手”ぞ。手柔らかに頼むぞ?」
「…………え……と……」
一瞬だけ返答に困っていると、横でルゥクがハッキリと言い放つ。
「ケイラン、騙されちゃダメだよ」
「へ?」
「この封印の場所、できたのはいつだと思ってる? 少なくとも百五十年…………こんな何もない場所じゃ、暇潰しに飽きるほど鍛練してたはずだよ。嵐丸以外相手がいなくても、百五十年ずっと刀を振るっていることになる」
「うわ…………」
途方もない時間の流れ。
彌凪たちから見れば、わたしなど赤子同然じゃないか。
「……それに、さっきから僕のこと“不死”って呼ぶけど、君たちだって『同じ』のはずだよね? 百五十年も若いままでいる人間なんていないから」
「……………………」
それは考えればそうだ。
「…………お前やフウガ殿ほど“化け物”ではないがな」
そう言うと、嵐丸は刀の刃を握り手を滑らせる。ポタポタと床に血が滴り落ちた。
「これくらいの一芸はある……」
刃から手を離し、その手のひらをこちらに向けると、血のあとこそはあったがそこに傷は無い。どうやら少しの刀傷程度なら、すぐに跡形もなく治ってしまうのだろう。
「そう、じゃあ安心したよ。同じ条件で戦えるもんね。ね? ケイラン……」
「え? 私は…………」
「………………」
――――『余計なことは言わなくていい』
ルゥクの眼がわたしの発言を制してきた。
あぁ……そうか。
この場でわたしだけが『普通の人間』だ。
普通に致命傷を負えば死ぬし、体力もこの三人から比べれば圧倒的に劣るのだろう。
しかし、それをわざわざ言うことはない。
彌凪も嵐丸も、わたしが『普通の人間』だとは思っているだろうが、わたしが“不死”だという万が一の可能性も頭の隅に置いているはずなのだ。
少しの疑いと憶測は相手の腕を鈍らせる。
戦っている間は“不死”かもしれないと、二人に思わせて隙を作れ…………そう言うのか。
だが、たぶんそれは大事なこと。
タキも言ってたな。『影』は平気で相手を騙せないといけない……って。
「どうした? やはりお主は戦えぬか? だったら妾と嵐丸でこの男の相手をするが良いか」
黙ったままのわたしに、ややしびれを切らしたような彌凪が軽く挑発してくる。
「……僕はかまわない。たかだか“初心者”が加わるだけだし」
「初心者ではなく、かなりの玄人じゃないか……」
「ふふ、妾は嵐丸から基礎しか習っておらぬ…………まぁ、確かに初心者は言い過ぎかもしれんな。ならば、遠慮なく殺すつもりで来るが良い。そうでなければ――――」
言い終わるかどうかの刹那、
「――――妾が首を獲るぞ?」
「ケイランっ!!」
「くっ!?」
ギィンンンッ!!
ルゥクの声に、咄嗟に刀を前にしてその刃を防ぐ。
彌凪が間合いを詰めた時間は恐ろしく短い。音も気配も空気のように流れたのだ。
背後を取られる前に、すぐに後ろへ下がって間を空ける。
彌凪越しに、再びルゥクが嵐丸と対峙しているのが見えて、今の彼女攻撃が合図になったのだと思った。
――――今回は自分の力で戦わないと…………
気付くのが遅かったら斬られていた。ぼーっとしている暇はないのだ。嵐丸に習ったと言うなら、彌凪も『影』……こちらで言う『隠密』と同じような戦い方をするはず。
――――今だけでいい。わたしも『影』になれ。
わたしはタキやホムラに習った“『影』の在り方”を頭の中で反芻した。
…………………………
………………
息つく間もなく攻め込まれる刀の軌道は素早く重いものだが、決してわたしが耐えられない攻撃ではない。
防御こそ多めにはなるが、少しはついていけているようだ。しかし、必死に食らいついていくわたしとは違い、彌凪は口元に笑みさえ浮かんでいる。
「のぅ? ケイランと言ったか?」
「……っ!!」
ギィン!
いきなり、のんびりとした口調で語りかけてくるが、思い切り喉を目掛けてついてきた。それを刃で反らす。
「お主の家族は大陸の人間かぇ?」
「っ……そうだ、それが何か!?」
「そうか、では先祖に【伊豫の国】の者がいたかもしれぬの」
「えっ……!? ぐっ!!」
ズザァッ!!
刃を弾じかれたと同時に水平に蹴りを入れられ、なんとか腕で防御したが後ろへ飛ばされた。すぐに身体を起こして、短刀を前に構える。
「ふふ、油断したか? お主は必要以上に必死じゃの」
しかし、彌凪は少し離れた場所で微笑みながら、刀も構えずにこちらを見ていた。
「休憩がてら少し話をしてやろうか? 何、昔のことよ。少し付き合ってくれまいか?」
「…………何を……?」
休憩って……何かの時間稼ぎ?
そう疑ってみたがその意味がない。
まさか……本当に休憩ではないよな?
「妾の時代、銀の髪はそんなに珍しいものではなかった」
「……………………」
自分の髪の毛を一束持ち上げ、彌凪は何か思うように愛おしそうに指を滑らせた。
「妾の姉上も美しい銀色じゃった。それがいけなかったのかもしれぬ……」
「………………?」
急に何の話をし始めたのか解らずに黙っていると、彌凪は少しだけルゥクたちの方へ視線を向ける。
「ルゥク殿の師、フウガ殿は我が姉上の恩人での…………だから妾は彼の者に恩返しとして、ここで“不死”となったのじゃ」
「え……」
「姉上はのぅ、身内に化けた大陸の人間によって連れ拐われた。それが【伊豫の国】と大陸の戦争の始まりじゃ……」
「戦争のきっかけ……?」
思わず、刀を下へ。
話を続ける彌凪から目を離せなくなった。




