封印の棲家 三
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ルゥク→コウリン
「“術喰いの術師”『楼 風峨』、僕の師匠だ」
僕は久し振りにこの名前を口にする。
チクリと胸に何かが刺さるような、不快ではない痛みが走った。
「………………懐かしい、名だ」
男がとても嬉しそうに呟く。
やはりこの男は師匠に命じられてここにいたのだろう。
「ねぇ、君は何? 師匠に言われてここにいるのだろうけど、何の義理があって百年以上もいるの?」
「…………質問が三つ、四つ目だが?」
あぁ、そうだっけ? 意外に細かいな。
「いいじゃない。この際、教えてくれても」
「………………」
男は刀を抜くと、それを僕に向けながら口を開いた。
「三つ…………おれは『加瀬 嵐丸』。この部屋で封印を護っている……」
「そう。僕は流句だ」
「そうか、お前が……。フウガ殿からその名は聞いていた。だが…………四つ……残念だが…………」
嵐丸と名乗る男が一歩前に出る。
「おれはフウガ殿に義理などはない」
「っ……!?」
言うや否や、目の前から嵐丸の姿が消えた。
――――――左斜め後ろっ!!
目で追えたわけではなかったが、僕の頭は一瞬にして気配を察知して身体を動かす。反射的に前へ跳んだ瞬間、耳のすぐ近くで空気が切り裂かれる音がした。
ズサァアアアアアッ!!
屈んだ姿勢のまま磨かれた床を滑り、身体を反転させると案の定、そこには嵐丸が立っている。
「……早っ……いきなり来る?」
「刀を抜いただろ。すぐに死にたくないなら、お前も早く抜け」
こいつ、素早さだけならホムラ以上だ。
それよりも気になったのは…………
「今、義理はないって…………」
「……………………」
さすがに五つ目の質問に答える気はないようで、嵐丸は再び刀を構え直して今度は正面から駆け寄ってくる。腰の刀を抜き放ち構えた途端に、嵐丸の打突を刀身が受け止めた。
ギィンッ!! ガガガッ!! ズザッ!! ギィンッ!!
詰め寄り、打って、離れて、また詰め寄る。
打ち込みと間合いを調整する動きが素早い。
「くっ……!」
こちらも刀で応戦しているが、気を抜くと防戦になってしまう。
札の術は使えないし、血の力を引き出す隙もない。純粋な打ち合いは長引けば僕の不利になると思われた。
術無しでこれくらい動けるのは、大陸の『影』でもそんなにいないだろう。
「っ……!!」
「ルゥク!!」
少し蹴りとばされた時、焦るようなケイランの声が耳に届くが、それに反応している暇がない。視界の隅に彼女の姿を確認するのが精々。
――――全力で集中しないとやられる。
小手先なしで、嵐丸はかなりの強敵だ。
永い年月、僕も少々、戦闘を術に頼っていたところがあった。大陸の術を使う戦士ならば、おそらく全員そうだろう。
『お前は刀の振りが遅い。そんなんじゃ、受け止められる前に斬り捨てられるぞ?』
師匠に剣術の稽古をつけてもらった時、そのことをよく指摘されたものだ。
『無駄な動きはするな。全て繋がった動きにしろ!』
『ルゥクは術を出すのは早いが、剣術はまだまだだなぁ』
『素振り五百追加ー!! 基礎をなめてると足元すくわれるぞー?』
集中しようとすればするほど、過去で師匠に鍛えられた時のことが頭の中で流れていく。
うっわ……これ、死ぬ前に見る走馬灯ってやつじゃないよね?
まるで、師匠があの世から手招きして――――――
「―――――――…………るわけないっ!!!!」
「っっっ!!」
ギャリィッ!! バチィィィンッ!!
振り下ろされた刃を峰で擦り上げ、そのまま鍔で受け止め思い切り弾き返す。
嵐丸が二歩ほど後ろに下がったのを見逃さずに、僕に適切な距離まで下がり刀を構える。
「――――ふっ……はぁ……」
打ち合いの最中、僕は呼吸を忘れていたらしく、吐いた息以上の空気が身体に入ってきた。
「ルゥク、大丈夫かっ!?」
「うん、大丈…………」
『大丈夫か? お前も無茶するなぁ』
耳に師匠の架空の労いの言葉が響く。呼吸が浅かったせいで少し頭がボォッとしているためだろう。
こんなところで、死ぬわけにはいかない。そう考える頭は勝手に師匠との“あの世での再会”を造り上げてくる。
死んだらきっと、あの世で師匠が出迎えて…………
『頑張ったじゃないか。辛かったよな。いいんだぞ、お前はもうゆっくり休んでも……』
…………と、最上級の優しい言葉を言っておきながら、次の瞬間には、
『ぷぷっ、不死のくせに最期が他人に殺されるとか、ずいぶん油断してたんじゃないのかぁ?』
―――とか、本心から愉しそうに言ってくるはずだ! あの師匠なら!!
「どうせなら、最初から素直になじってくれればいいのにっ!!!!」
「―――何の話だっ!?」
思わず心の叫びが出てしまい、それにケイランがキレイに突っ込みを入れてきた。
ダメだ、想像が漏れた。今の“独り叫び”に、ケイランだけじゃなく嵐丸も口元に怪訝そうな表情を浮かべている。
「ごめん……師匠のやりそうなこと想像したら、なんか腹立ってきて……」
「お前の師匠は良い人じゃなかったのか?」
そういえば、ケイランには師匠の良いところしか言ってない。
「帰ったら、フウガって人間が、どういう愉快な人だったか教えてあげる…………」
「う、うん……わかった」
「……息を整える時間は取れたか?」
呆れたような声を掛けられ、再び僕もケイランも緊張が走る。
「そっちのお嬢さんも暇なら同時にかかってきても良いぞ? 二対一でもおれは困らない……」
「いや、お前は僕ひとりでいい」
「……………………」
ケイランが「私も手伝う!」と言わないのはしかたない。おそらく彼女も、僕と嵐丸の間に入る自信はないのだろう。
「ケイランは下がってて……」
「う…………わかった……」
了解はしたが、納得のいっていない声色。
ケイランが下がりかけた。その時、
「―――ならば、そちらの女人は妾がお相手をいたそう」
「「っ!?」」
すとん。
何の気配も無しに、嵐丸の真横にひとりの女性が降り立った。
腰に少し短めの刀を差し、鮮やかな着物を短く動きやすく加工した格好。身長はケイランよりも頭半分くらい高く、嵐丸とお揃いの白い仮面が顔の上半分を隠していた。
「………………あ……」
ケイランが微かに声をあげて固まる。
そのはずだ、彼女にはその女性の長い髪が一番最初に目に止まるだろうから。
頭の上でひとつにまとめて、そこから腰まで流れるように伸びる真っ直ぐな――――――“銀色の髪の毛”。
「銀寿……?」
「この“銀の髪”…………お揃いよのぅ? おぬしは短くしてしまっておるが…………いや、それはそれで可愛らしい」
女性はケイランへ向けて口許を綻ばせている。
「…………この人も……?」
「嵐丸と同じ……だね」
予想通り、封印の場所には守護者が二人か……。
「姫様…………」
嵐丸がその彼女に向けて呟く。そんな彼に、女性は不機嫌そうに口を曲げる。
「ふん、嵐丸よ。待てと言っておいて、さっぱり妾を呼ばずに、ひとりで楽しむつもりだったのかえ?」
やや上から見下ろすように……女性の方が背が低いけど……彼女は嵐丸を威嚇しながら問い詰めた。
嵐丸は刀を下げ、女性の前に跪く。
「姫様、おれは姫様のお手を煩わせることは……」
「黙りや。この封印と共に過ごし始めてから、妾が来客を如何に楽しみにしておったか…………知らぬ訳ではなかろう?」
「はい……」
女性の姿や声の感じで年齢は二十歳くらいか。こうして並んでいると、嵐丸は彼女よりも四、五歳上みたいだが完全に彼女に従属しているようだ。
『姫様』と呼んでいるということは……?
「……貴女は【伊豫の国】の王族か?」
「そういう、おぬしはフウガ殿と同じ“不死”か…………そうじゃ。妾はこの【伊豫の国】の王族。ここでこの土地の気力を封じておる。封印はフウガ殿がこの国を想ってのこと……感謝しておる」
なるほど、師匠に義理があるのはこの女性だ。
でも、王族そのものが封印を護っている……つまり、もしここに何も知らないトウカを連れてきても、解除はできた可能性はある……ってことだろうか?
「僕らはその封印を解きにきました。王族の生き残りに、このことは許しを得ております……」
「そこの女人は王家の者か?」
「いいえ。彼女は伊豫の者ではなく、僕と同じ大陸の者です」
先ほど嵐丸にも聞かれていたし、ここで嘘をつくことはしない方がいい。
「……その髪……てっきり王家の者かと思ったが…………」
「え……?」
「まぁ、よい。王族が来たとて、結果は同じことよ。妾か嵐丸を倒して封印を解け。“武”無き者に、この国の行く末を任せることはできないからのぅ」
すらり……と、女性は刀を抜く。
「妾の名は『彌凪』。フウガ殿縁の者よ、遠慮は要らんゆえ存分にかかってきや」
「結局、闘えってこと…………」
「仕方ないのか……」
ケイランも刀を抜いて構えた。
「“倒せ”ってことは、殺す必要はないってことだな……何とか止められればいいが……」
「ケイラン、無理しないでね。いざとなったら僕が二人、相手にしてもいい」
「……ふざけるな。私の特訓の成果を無駄にする気か?」
そういえば…………長谷川の屋敷に来てから、僕に内緒で何かしてたなぁ。
「じゃあ……彌凪は任せる。僕が嵐丸を早く倒せば終わるから、それまで頑張ってね」
「ぬかせ。私の方が早いかもしれないだろう?」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべるケイラン。
……あぁ。この子もこんな顔、する時があるんだな。
今すぐ頭を撫で回したい衝動を抑え、僕は再び嵐丸と対峙した。
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「今頃、ケイランたちは封印の場所に着いたかな?」
アタシは【鳳凰宮殿】の後ろに広がる山を眺めた。ゲンセンも横に並んで立って眺めている。
「さぁな。着いていてもそこを護っている『何者』かがいるかもしれねぇんだろ? ただじゃ済まねぇと思うぞ」
「…………そっか……」
ルゥクは平気だと思うけど、ケイランが大丈夫なのか心配。術が使えないってことは、純粋に体術や剣術で乗り切るってことだし。
「…………う~ん……心配……」
「嬢ちゃんなら大丈夫でやす。心配いりやせん」
「へ? キャアアア!?」
「うぉっ!? ホムラ、お前……いつの間に!?」
「旦那たちを送って、たった今戻ってまいりやした」
し、心臓に悪いっ!!
いつの間にか、アタシとゲンセンの間にホムラがいた。
アタシはともかく、ゲンセンが驚いているくらいだから本当に気配がないのだ。
「大丈夫……って、何を根拠に……」
にんまりと笑うホムラから、何となく自信のようなものを感じてアタシは思わず質問する。
「あっしが見てやしたから」
「見てたって……何を?」
「そのまんまでさ。あっしが見て…………『特訓』の面倒を見てやしたんで」
「特訓? あんたがケイランを?」
さらに、満足気ににんまり。
こいつは人嫌いだとルゥクが言っていたが、それは一部例外なんだと思わずにはおれなかった。




