封印の棲家 二
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ぼんやりと光る洞穴の壁は、慣れてくれば幻想的で美しくさえ思えてくる。
「ん……ここから床が違うな?」
一時ほど下ったところで、今までゴツゴツしていた岩の壁や足下が、きちんと磨かれた石の床に変わった。
「たぶん、ここから【鳳凰宮殿】に入ったってことじゃないかな」
「そうか。じゃあ、目的の場所までもう少しかもしれないな……」
やはり、ここへ来たと実感してしまうと、心には少しばかりの不安と緊張が湧いてきてしまう。涼しい顔をして二歩ほど前を歩くルゥクには知られたくない。
その時ふと、ここへ来る前から疑問に思ったことを聞いてみた。
「そういえば…………何で私とお前の二人だけで来ることになったんだ? ホムラやタキも連れてくれば、何かあった時に戦力になるんじゃ……」
そうだ。何も二人きりで来なくても良かったのでは? 特に人数制限があるようには見えないし……。
「…………大人数で来たりしたら、きっと師匠は認めてくれないよ。ほら、そこ。札が落ちてるだろ?」
よく見ると壁際に札が一枚、立て掛けられるように置かれていた。
「え……あ、本当だ。これは何の札?」
「あ、触っちゃダメだよ。それ『毒霧』の札だから」
「うぇっ!?」
ルゥクに腕を引っ張られたので近付くことはなかったが、知らないで踏んでいたりしたらどうなっていたか?
「おまっ…………そういうことは、入って気付いたらすぐ教えろ!!」
「いや、気付いたら怖がるかなぁって教えなかったんだけど」
いやいやいやいや、今気付く方がもっと恐ろしいわっ!!
知らず知らずに、死と隣り合わせだったかと思うとゾッとする。
「でも、何でこれがあるって……?」
「師匠がこういうの得意でね…………三人以上の人間が固まると発動する『罠の札』なんだ」
術を封じられている現在でも、『罠の札』は条件がそろえば発動するらしい。
ついでに言うと、ルゥクはその毒霧くらいならなんともないが同行者は確実に死ぬことになり、やはり結果としてはルゥクが独りで奥へ進むこととなる。
「ある程度、師匠のやりそうなことを考えておいた結果。僕一人、もしくは二人までなら無事に通路は抜けられると判断した」
「そうか……」
もしも、ルゥクのお師匠さまがこの通路を完全に封じたければ、洞穴自体を潰すか、もっと簡単に発動して見付けにくい罠を仕掛けるのだろう。
入り口に結界を張っており、罠を予想しやすく見付けやすくしたのは、特定の人間なら通すつもりでいたということ。
「本当にお前を待っていたのだな……」
「僕か、僕『相当の人間』か……ってところだね」
ルゥクが言うには、この洞穴の通路や先の封印はお師匠さまが亡くなるずっと前に、造られたものだと判断できるそうだ。
ルゥクが『術喰いの術』の存在を知り、それを習得したのはお師匠さまが亡くなった後だ。この洞穴に罠を仕掛けた時点では“不死”にはなっていない。
だから『ルゥクを待っていた』というよりは『不死になった人間を待っていた』と言う方が正しいのだろうか。
「きっと、“不死”になった奴に『お前、不死になったの? うっわ、馬鹿だなぁ~!』って、言ってやるために仕掛けておいたんだと思う……うちの師匠なら言いかねない…………」
お師匠さまに関して何か思い出したのか、かなりめんどくさそうに口をへの字にして語るルゥク。
「お、お前のお師匠さまって…………」
…………意外に愉快な人だったみたいだ。でもそうなると、また別の疑問も出てくる。
「……じゃあ、もしも“不死”ではなく王家の者が封印を解きに来ていたら? 罠を仕掛けたら危ないんじゃないのか?」
「あぁ、きっとそれは正式な解除の方法だね。本来なら、王家の継承者にちゃんと引き継がれるはずだったと思うよ。でも、トウカはその引き継ぎをされないまま長谷川の家に引き取られて、他の王族は絶えてしまったというわけ」
「なるほど……」
おそらく、正式な解除の方法はもっと安全に、確実に気力を解放できるものだったのだろう。
「つまり、王家の方法以外に封印を解いていく者がいれば…………」
「そいつは、僕や師匠のような“不死”…………『術喰いの術師』ってことだね」
よく考えたものだ。そういうところは“さすが、ルゥクのお師匠さま”と言いたい。
しかし、それは同時に『術喰いの術師』には重い試練のようなものが課せられるのでは? と、思わずにはおれない。
「なぁ、ルゥク。こうなると、肝心の封印の場所……只じゃ済まないよな?」
「うん。確実に何かいるはずだね」
「番人……のようなもの?」
「罠の仕掛けから『二体』はいるかも」
封印の近くには『何か』が『一体か二体』いるだろうと推測できる。
「…………妖獣みたいな化け物とかが?」
「どうかな? 『二人』かもしれない」
「人間……?」
「封印されてから百五十年……人間だと思う?」
「……………………」
封印と共に生きてきた“人間”……まさか、ゴウラが造ったような化け物ではないか……と、最悪のものを考えてしまう。
いや、本当にルゥクのお師匠さまが封印を施したなら、それを守るのが“化け物”のはずはない。そう、思う。
「なぁ、ルゥク……」
「何?」
「お前がここに一人を連れてくると考えた時、私ではなくホムラやタキ、ゲンセンとかの方が戦力になったと……少しでも考えなかったか?」
「そりゃあね。でも、もしもケイラン以外を選んでいたら……………………」
ルゥクは歩みを止めて、何かを考えるように少し上を向く。たっぷり間をおいた後、チラリとわたしを横目で伺うように見た。
「…………置いてくと……君、怒るよね?」
「うん。怒る」
するりと、本音が出る。
「なら、問題ないじゃないか」
「そうだな……」
そこから何となく二人とも黙ってしまい、ひたすら目の前の道を進んでいった。
さらに四半刻ほど進むと通路が終わり、その先が明るくなっている。どうやら、目指していた場所はあそこのようだ。
「たぶん、着いたな……」
「そうだね」
これ以上、何を言っていいかわからない気分のまま、一歩一歩そこへ近付いていく。自分の鼓動が早くなったと感じた時、
「…………少しも考えてなかったよ」
「え……?」
急にルゥクが呟いた。わたしは何のことか理解が遅れる。
「僕は、君以外は連れてくる気はなかった」
「え、あ、そ……そうなのか……」
先ほどの話……?
「僕の最期を看取るのが君の役目だ」
「……あぁ、そうだ」
「だから、今回はケイランしか考えてなかった」
「ルゥク……?」
「僕は、君じゃないと嫌だ」
『最期』という言葉が耳鳴りのように響く。
それくらいに、ルゥクはここへ来るのに相当な覚悟を要したのだろう。
「…………わかった。だから終わったら、約束守ってくれるな?」
「ん? 約束?」
「私とコウリンに、甘味をおごるって言っただろう。もう忘れたのか?」
「…………わかってる」
「なら、良し!」
死ぬことを考えて来たなら、わたしはそれをへし折ってやるだけ。
「なにがなんでも、私はお前と生きて戻るからな!」
「了解…………」
とうとう長い通路が終わり、外界とそんなに変わらないくらいの光が目に飛び込んできた。
「ここは……」
徐々に慣れてきた目を擦り、改めてたどり着いた場所を確認する。
一言で広い。物凄く広い。
どれくらい広いか例えるならば、王宮の宴を催す千人くらい入る会場以上に広い。
床は通路と同じ様に磨かれた石畳がしかれ、壁も同じ様に歪みもない光沢のある石だ。壁際は太い石柱が等間隔で並んでいる。天井はとても高く、洞窟そのままなのか、鍾乳石が下がっていた。
壁は正面、後方、右側の三方向が人工的な壁だ。入り口はわたしたちがきた洞穴の通路しか見えない。そして左側はというと…………
「…………すごい……綺麗……」
思わず声に出してしまった。
左側の壁は一面、キラキラと光る水晶の結晶で覆われていたからだ。
最初は氷の壁かと思ったが、六角柱の柱が何本も突き出ている。大小生えていたが、大きいものはわたしの大きさと変わらない。
この広間が明るいのは、水晶を通して光が入ってきていたのだと分かる。水晶が光を広間全体へ弾いているようだ。
「――――誰?」
「っ……!?」
ルゥクがボソリと呟いて、わたしはハッとする。
水晶に見とれてしまって、その壁の前に佇む人影に気付くのが遅れた。
「…………そちらこそ何者だ? ここは王家の土地。それとも、お前たちは王家の者か?」
低くよく通る声は男性のものだ。
身長はルゥクよりも少し高い。細身ではあるがしっかりとした体つきで、全身真っ黒なピッタリとした着物を着ている。
髪の毛は黒で短く、顔は上半分が白い仮面で隠れていた。
大陸の『影』によく似ているが、確か伊豫では『隠密』と呼ばれていたはずだ。
男性を観察していると、仮面で隠れてはいるが、その視線がわたしの方を向いていた。
「……そこの銀髪のお嬢さんは王家の人間か?」
「え? いや、私は違う……」
「そうか……では、そこの男、何者だ?」
…………びっくりした。
男性は正面で対峙していたルゥクではなく、先にわたしの方に正体を尋ねてきたのだ。“銀髪”と言ったので、この髪の毛が目を引いたのかもしれない。
そういえば、蛇酊州に来てからはあまり頭巾で頭を隠してなかったな。大陸ほど珍しくなかったのか、そんなにじろじろと見られなかったからだ。
「男…………お前はなんだ? 何の目的で来たのか?」
「僕はこの国に掛かってる“術封じ”を解きにきた…………僕のこと、何に見える?」
ルゥクは薄く笑っているが、男性の口許は何の感情も表れていない。
「――――不死か」
「そうだよ。封印、力ずくで解いてきたし」
「では…………ここで朽ち果ててもらおうか……」
男性が腰の刀に手を掛ける。
「ねぇ、争う前に一つだけいい?」
「…………なんだ?」
「……もし、彼女が王族だったら? 争いは無しになった?」
「その場合、彼女は助けよう。しかし、貴様には消えてもらう…………ここの封印は“正統な王族の儀式”を行うか“試練を乗り越えた時”にしか解除しないよう仰せつかっている」
――――つまり、誰かの命令で封印を守っていると?
「あ、ごめん、もう一つ質問いい?」
「なんだ?」
ルゥクの二つ目の質問をすんなり聞く男性。意外に良い人かもしれない。
「君は、誰の命令でここにいる?」
「……………………お前には関係な―――」
「―――当てようか?」
にっこりと微笑みながらルゥクが口を開く。
「“術喰いの術師”『楼 風峨』………………僕の師匠だ」
その名に、男性の口許が大きく歪む。
何もなかった男性の表情は喜びに充ちていた。




