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決戦の道中

いつもお読みいただき、ありがとうございます!

 大陸の宿場町から出発した時のように、僕たちは少し大きめの馬車に乗って長谷川の屋敷から、かつて【伊豫の国】の王族が住んでいたという【鳳凰宮殿】のある町へ向かっている。


 馬車の中には五人。

 僕とケイラン、あとはコウリン、スルガ、トウカ。


 ゲンセンとサガミ老は後ろから馬で。ホムラの姿は見えないが、また幌の上にいるか別口で追い掛けてくるのかもしれない。



「……トウカ、無理をせずに今からでも長谷川の屋敷へ引き返した方がいいのではないか? 戦えないあなたは命の危険もあるのかもしれないのだから……」


 馬車に乗ってからずっと、隅で黙ったままのトウカを心配してケイランが声を掛けている。


「それはっ……い、嫌です! 私だって全ての……なっ、成り行きぐらい見届けたいのですっ!」

「しかし……」


 上ずった声を聞く限り、本心はかなりビビっているはずなのに、トウカは僕たちについて行くと言ってきかなかった。


「ゲンセンやサガミ様もいるし……近くまでついてくるだけなら僕は構わないよ。どうせ、すでに【鳳凰宮殿】に居座っていた『大陸のお偉いさん』は捕まえている。そいつの部下たちも、手柄にならないことはしないだろう」


 長谷川の屋敷を出発する直前、タキから『【鳳凰宮殿】の領主を捕らえ建物は制圧した』と伝令があった。

 これで、王族を捕らえようとする大陸の人間の脅威がなくなり、その事でトウカは【鳳凰宮殿】へ向かう勇気が湧いてしまったようなのだ。


「アタシが人間関係に悩んでいたうちに、ルゥクとタキで大部分を解決してたってのが納得いかないわ……」

「あぁ、それは私も同意する。本当なら、こちらに何の話もなくお前が単独で動いていたのは、護衛兵である私を蔑ろにしたと抗議してやりたいところなんだぞ?」


「だって仕方ないだろ? 初めの王都への使いはカシ殿の許可なしで動かなきゃいけなかったし……許可を貰えたら、長谷川以外の他の勢力に気付かれないように封印を解かなきゃいけなかったんだもん。いろんなことを、素早く秘密裏に動く必要があったし、君らに説明する余裕も…………」


「「……………………」」


 ケイランとコウリンが揃って()()()である。


「…………わかった、ごめん。全部終わったら、甘味でも御馳走するから今は責めないでよ」

「「……うむ」」


 ちょっと嬉しそうに頷く二人。


 …………もう、ゲンキンだなぁ。




 この一ヶ月程、僕は自分で動くと同時に色々と“足場固め”をしていた。


 手初めに、王都にいるケイランの父親のハクロへ使いを出して、現在の『蛇酊州』を統括していた奴の事を徹底的に調べてもらった。


 戦後の混乱している『蛇酊州』へ派遣された、仮の領主の弱みを握って押さえ付けようとしたんだけど…………


「はっきり言って、あんな奴が『蛇酊州』を任されていたことに驚愕したねぇ……」

「“横領”に“禁止薬物の横流し”……さらには“人身売買の黙認”…………とんでもなかったな」


 ちょっと叩いたら出るわ出るわ……質の悪い漆喰が剥がれるが如く、その領主を宮殿から叩き出す口実だらけ。調べたこっちが申し訳なく思うくらいだった。


 しかも今の領主だけではなく、前任も、そのまた前任も同じような役人が派遣されていたのだ。


「まさか、こんなにボロボロと汚職の証拠が揃うなんて……大陸の為政者たちは何も考えずに人選したとしか……」

「いや……もしかしたら、最初から『蛇酊州』のことを()()()つもりで配置したのかも」


 僕の言葉に全員が顔をしかめる。


「ルゥク様……それはどういう……」

「今の領主は『蛇酊州』になってから五人目らしいけど、たった十年……戦後の混乱から立ち上がらなきゃならない土地に、そんな悪質な領主を取っ替え引っ替えしたらどうなる?」

「国が良くなるどころか、衰退していく一方ですわ」


 トウカは考える必要もないとすぐに答えた。


「当然、それを狙ってたと思うよ。伊豫人には領主の悪徳を調べる術も、訴えて失職させる方法もないし」


 それでも十年間、大きな混乱や暴動などが起きなかったのは、この土地にいる各領地の地主たち……カリュウの父親のカシ殿たちの尽力にある。


 武士というのは不思議な人種で“自分たちの利益よりも他者を護り、主君のために常に統率力を高めておく者たちだ”と、スルガとサガミ老が自信満々に言っていた。


 本当にその通りなら、大陸側の腑抜けた兵士どもに爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいところだ。




「では、この十年……いやそれ以上の月日、この半島を自国の一部として発展させずに、資源だけ回収していることになるな……大陸の人間として、トウカたちには申し訳なく思う……」


「ケイラン……あなたが謝らなくてもよろしいのですよ?」

「そうだよ! それに、その悪い奴はもう引きずり出されたし!」


 国の兵士であるという自覚からか、ケイランが我が身のようにシュンとして項垂れる。


 そうそう、皆ケイランみたいだったらものすごいきちんとして………………あ、やっぱりダメだ。融通が利かなそう。



 蛇酊に来る時も、ケイランは伊豫人が粗末に扱われたり、名前の読みを変えさせられていることに衝撃を受けていた。部族は違えど、同じ人間が人間を虐げていることに胸を痛めていたのだ。


 その胸の痛みは大事にしてほしい。

 僕はあまり感じなくなった痛みだから。





 話している間に馬車は進んで、出発地点から目的地までちょうど半分の距離まで来たようだ。


 トウカの身体の心配があったため、ここで一時の休憩を取ることになった。馬車を停めるとすぐにゲンセンとサガミ老が合流する。


 焚き火の準備をしながら、そこで再びトウカに一緒に行くかケイランが尋ねた。


「危険がある上に、あなたは病も抱えている。そのことは解って欲しいのだけど……」


「……解っておりますわ。でも、ヨシタカが【鳳凰宮殿】へ向かったのなら、私も近くで見守りたいのです…………お願いです、絶対にルゥク様やケイランの邪魔はしないと固く誓いますので……!!」


 実は【鳳凰宮殿】の近くにはカリュウが兵士を率いて待機している。彼にはケイランが長谷川の屋敷に来た直後に、僕とトウカの作戦を伝えて準備をしてもらっていた。


「予定を話すけど……僕らは【鳳凰宮殿】へ行き、僕とケイランが建物の中へ侵入して“術封じの術”を解除する。僕ら以外の人は宮殿の外で、解除した後に出てくるであろう『妖獣』を倒してもらう。宮殿の中はよく分からないし、外も物凄く危険だね」


 本当なら“術封じの術”は王族が解けるはずなのだが、そこまで行くのに何かあっては危険だ。

 王族唯一の生き残りのトウカには、外で待って居てもらうのが良い。


「それでも、宮殿とその周辺が危険なのはかわりないよ。安全なのはやっぱり長谷川の屋敷なんだけど……どうする、トウカ?」

「う……でも…………でも、私は……」


 改めて意思を確認する。真っ青な顔をしながらも、彼女なりに覚悟を持ってついて来たようだ。でも、覚悟だけで戦乱の中で生き残れる保証はできない。


「絶対に戦いの邪魔はいたしません! それに……もし、封印を解くのに私がどうしても必要だったら? それなら、近くに待機してても良いではありませんか!?」


 彼女を奮い立たせるのは、カリュウへの心配とこの国の行く末。


 色々と言動に世間知らずなところはあるけれど、彼女なりに『最後の王族』としての誇りを持っている。


「……カリュウの側から離れないでね。それは約束できる?」

「はい! 死んでも離れません!!」


 死なないように護るのだから、不穏なことは言わないでよ。


 カリュウの名前にほんのり頬を染めるトウカの表情に、僕は不意に懐かしさを感じてしまう。


 …………まったく、なんて()()なんだろう。




 …………………………

 ………………




「じゃあ、俺は軍のどの辺で待機すればいい?」

「ああ、ゲンセンは鳳凰宮殿に近い位置に居て。たぶん、そこが正面になるから」

「なあなあ! オレは?」

「スルガもできればゲンセンと居てほしいけど……」

「オレがそこに居れば、ヨシタカと桃姉ちゃんたちは安全?」

「うん、ここを守ってもらって、カリュウの軍にはここで踏ん張るようにお願いしているから…………」


 そろそろ出発するため、宮殿周辺の地図を広げてだいたいの配置を指示する。

 直接戦いには参加せずに『救護班』に徹するコウリンが、座る僕たちの上から地図を覗き込んで首を傾げた。


「ねぇ、外ではカリュウの軍の他に、タキが前もって連れてきていたサガミ様の軍も居るんでしょ?」

「あーそれ! じいちゃん、いつの間にタキ兄ちゃんに軍隊貸してたのさ?」

「ふふん、それはタキちゃんと二人だけの約束じゃわい!」


 いい歳のじいさんがくねくね動かないでほしい。


 おそらくタキのことだから、予めサガミ老と『暗号』とか『隠喩』とか決めて、相手に悟られぬように軍を動かしていたのだろう。

 確か少し前に、琴の稽古がどうの……とか言っていた後、サガミ老から貸し出されたのは全て弓兵だった。おそらく“弦”とかに掛けていたのかもしれない。


 でも、タキはそういったことは僕にもほとんど話さず行う。伝令は的確にこなしてくれるし、ホムラみたいにふざけずに素直に命令を聞いてくれるのだけど…………


 視線をやや落として考えていると、視界の半分にケイランが急に割って入ってきた。


「ルゥク? どうしたんだボォッとして」

「え? あぁ、ちょっと考え事。これからどう動くかなぁって…………」

「そうだな。ここは速やかに終わらせたいしな!」


 ともかく、今回のタキとサガミ老には感謝しよう。僕は封印を壊すのに手一杯だったから。



「でも……ちょっと心配だな……」

「ん? これだけ人がいるのにか?」

「……封印を解いた後の『妖獣』の数が計り知れない。うちの師匠がどのくらい“封印の中心”に気力を溜めたものか…………」


 うちの師匠、結界や防御なんかの術は得意だったのだ。


「でも、本当にこの封印はルゥクのお師匠さまが張ったのか? 何だか展開が急過ぎて追い付かないのだが……」

「予感はあった。だからあんまり、この土地に来たくなかったんだよ」

「そういえば…………なぜ?」


 僕が【伊豫の国】を避けていた理由…………


「……説明、全部終わってからでもいい?」

「皆のいる前では話せないことか?」

「いや…………今話してしまうと、集中が削がれそうだから」

「…………わかった。終わるまで待つ」

「ごめん、ありがとう」


 今回だけは集中しないと殺られる。そのためには、僕が外の戦いを気にせずにいられるように……


「今からでも、戦力を底上げする方法かぁ……」


 その場の全員を見回す。



「……そうじゃ、スルガ。お前、また刀を打ち直したそうだな。いつになれば、一人前に使えるようになるのか?」

「わ、わかってるよ!」

「いいや、わかっておらん! お前は素早さだけで感覚で刀を振る。戦場で武器がなくなることが、どんなことか幼子でも理解できるわ!」

「それは……!! 刀がオレについてこられないんだってば!!」

「屁理屈ばかり言いおって!」


 あぁ……そういえば、スルガの奴はよく刀を折るって、ヤマトさんが嘆いていたっけ。


「あいつ、素早さはかなり良いんだかなぁ……」


 ゲンセンが横で呆れたように呟く。


「……………………ふぅん?」


 スルガとサガミ老の不毛な口喧嘩に、僕は少しだけ良いことを思い付いた。


「ねぇ、スルガ」

「何? 兄ちゃん?」

「そんなに普通の刀を折ってばかりなら…………僕の持ってる刀、試しに使ってみない?」

「ルゥクの刀?」


 懐から小刀を取り出す。


「折れるか折れないかは君次第。()()()()()()()()()()()だよ」


 スルガが首を傾げた。


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きしかわせひろの作品
Thousand Sense〈サウザンドセンス〉

不死<しなず>の黙示録
― 新着の感想 ―
[一言] >「「……うむ」」 >ちょっと嬉しそうに頷く二人。 可愛い( ˘ω˘ )
[一言] ルゥクが言うと企みにしか聞こえないです…。怖ぁ。 :(;゛゜'ω゜'):スルガ、大丈夫だろうか…。
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