懐旧の楔
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今回はルゥク視点です。
“大陸”の東方、大陸にそって南北に伸びる半島の『蛇酊州』。
十年前までは【伊豫の国】と呼ばれた土地で、半島の南半分の一つの国だった。
さらに三十年近く前は半島の全てが【伊豫の国】だった。
もっと遡ると、百と五十年前は大陸の一部まで領地はあったのだ。
「――――つまり、“術封じの結界”が張られたのは百五十年前、『伊豫人』を半島に閉じ込める原因になった」
僕はかなり古い【伊豫の国】の地図を広げる。
これは今回、半島を回った際にある村の長老に譲ってもらった古地図だ。
その地図を中心にして皆に説明を始める。
「はい、質問……」
「ケイラン、どうぞ」
「……焦るわけではないが、この土地に『誰』が『何の目的』で結界を張ったのか結論を聞きたい」
単刀直入。久しぶりのケイラン節。
「結論から言うと、結界を張ったのは『大陸の術師』だ。この土地にいる者、入ってきた者の術を完全に封じ込めたんだ」
「……伊豫人の動きを封じるために?」
「ちょっと違う。ここは説明する」
――――伊豫の領土に入れば『術』を失う。
封じられた直後、この事実は当時の人々にすぐに知れ渡った。大昔はそれこそ、術に頼った戦法が多く用いられたから。
「そのせいで、百五十年前から三十年前まで、戦力の大半を術に頼っていた大陸側は、この半島へ攻め入るのを躊躇ったんだ」
大昔、大陸側が術を使っても、伊豫人には互角かそれ以上に渡り合える戦力が有った。
術を使えない状態で、伊豫人の領域に入って袋叩きに合うのを恐れた大陸側は百年以上も半島に手出しできなかった。【伊豫の国】を無理に手に入れても、その当時は損害の方が大きいと見たためだ。
しかし……
「放っておいた【伊豫の国】が、実は天然資源が豊富だったと分かったのが近年。それを知った大陸側は、術が使えようと使えまいとお構いなしに大量の兵力で押しきってきたんだよね」
しかも、この百年の月日は大陸側には有利に働いた。
生活をほぼ変えていない【伊豫の国】に対し、大陸はその間に領土を拡大していて軍事力も増している。圧倒的に大陸側の兵の数が勝ったのだ。
何もなかった期間が嘘のように、三十年以内で【伊豫の国】は完全に大陸の支配下になってしまった。
「う~ん……しかし結果的に、大陸側の術師がわざわざ術を封じたせいで【伊豫の国】を手に入れるのが遅くなったというように聞こえるな……?」
「手柄を焦ったか何かしたのかしら。そのせいで、大陸は手間取ったってことよね」
ケイランとコウリンが首を傾げる。
百五十年前、大陸側の術師によって封じられた土地。その術封じは味方までも不利にした。
「でも、その術師は大陸から見れば『裏切り者』だったとしたら?」
「え? 裏切り?」
「だって【伊豫の国】を戦場にしない……大陸から護るために、敵味方関係なく術を封じたんだから」
「い……伊豫を護るため……?」
みんな、驚いて固まった。
「え? 何、わかんない」
「なぜ、大陸側の術師が、わしらを護るんじゃ?」
スルガもサガミ殿も、やはり話が見えないようだ。
「そのまま、何もひねりはない。当時、大陸側にも【伊豫の国】に味方する人間だっていたというだけ……」
その時代にもいたのだ。本来なら敵である側を救おうとする世の中と違う流れの人間というのが。
この話について、僕は淡々と事務的に進めようと思っていた。そうしないと、余計なことを考えてしまいそうになるからだ。
しかし、そんな僕の違和感に気付いたのか、隣にいるケイランが訝しげに僕の顔を見る。
「ルゥク、何か知っているのか?」
「少し、ね。それよりも、これからやろうとすることを説明するから」
ケイランの質問を受け流して、やることだけに集中しよう。
…………………………
………………
「それじゃ、現在の【蛇酊州】の状況だけど…………」
古地図の隣に今現在の地図を広げた。
「僕がやっていたことは、術を封じている結界の“楔”を壊して回っていたことだ」
「“楔”?」
「ここに点々とあるだろ? これが結界を発生させていたんだ」
今現在の地図に、墨で点が打たれている。
分かりやすいように、その点の上に細い縄を置いていく。これは僕が今回通った道も含めて、半島のほぼ一周近くになる。
半島をぐるっと封じている仕組みは簡単で、点と点を結ぶように輪っかが描かれていたと考えてほしい。
「実は蛇酊州に入る時に、ホムラに半島全体を調べるように命じた。その時見付けたのがこの“楔”だよ」
『その楔……旦那に言われて調べたヤツでさぁ。旦那の言う通り変な所に点々とあるんで、すぐに調べ終わりやした』
僕とホムラの言葉に、コウリンとゲンセンが顔をしかめた。
「え? じゃあ、あんたは最初から、蛇酊に結界が張られていたの分かってたの? アタシたちが術が使えなくなることも?」
「そうなのか? 土地に入る時はまだ術を使えただろ?」
「うん、その時はハッキリとはしなかったんだけどね……直前に熊の『妖獣』に集団で襲われたの、憶えてる?」
「ああ……熊にしては珍しく群でかかってきたな……」
「あれが“前座”だったんだよ」
「「「“前座”???」」」
『蛇酊州』、元々は【伊豫の国】。
僕はこの土地には入ったことがない。しかし、この土地の話はずっと聞かされていたのだ。
「僕が若い頃……まだ“不死”になる前ね……その頃は、この土地の人間も『術』を教えられれば使えていたんだよ。現に僕の当時の知り合いはちゃんと『術師』になっていたから……」
国自体がそんなに術師を育成する気もなく、教える人間もいなかったせいか【伊豫の国】では術師がほとんどいなかった。
それでも【伊豫の国】は昔から土地の気の流れが激しく『妖獣』が多発するような場所だ。
そんな土地で術に頼らなければ、自然と武術や体術の技術が発展していく。それに伴って、武具を造るのが巧い人間も増えていったのがこの国の特徴だ。
……で、さっきの話に戻すと……
「では問題。土地に気の流れが激しい場合は妖獣が発生しやすくなるけど、発生した奴が移動をするのは何故? はい、コウリン」
「……え? えぇっと……基本的に妖獣も動物だし、棲みにくい所に留まらないから……?」
そう、当たり。彼らは術を使えなくても、気力の流れが封じられる場所には居たくない。
ケイランがちょっと上を見ながら軽く頷く。
「つまり……熊たちが封印の術の薄い場所まで後退した、ということか。国の中で発生した妖獣が、居心地の悪さで大陸との境目まで移動……………………ん?」
そこまで言って何かに引っ掛かったようだ。
僕は思わず口の端が上がる。
「気力が封印されている土地で、何で妖獣が発生しているんだ?」
「「「あ……」」」
コウリンとゲンセン、そしてスルガが声をあげた。
「ルゥク……この半島は封印に全て囲われている」
「うん。そうなると、気になるところができるね?」
「お前は半島を一周してきたのだろう? ならば“楔”が在った場所がどうだったか見てきたな?」
「うん、分かるよ」
「では、教えてくれ」
トン……と地図に指を置き、半島の南、東、西……とケイランは縄の上をなぞっていく。
「妖獣発生が半島の中央近くなら、私たちが通ってきた南側の大陸との橋に妖獣がでてくる……これは私たちが戦ったから分かる。東と西は大海と内海だから、おそらく妖獣は出ないな?」
「そうだね、目立った数はいなかった。海岸沿いでギリギリ生きられる奴だけ」
内陸で発生した妖獣は海端では生息が困難だ。
「じゃあ……三十年前に大陸の支配下になった北側は? あっちは大陸と半島が地続きになっているが?」
「………………たいしたことなかったよ。半島との境目にいた奴のほとんどが、大陸からの妖獣だった」
「…………そうか……」
「おい、どういうことなんだ?」
「ケイラン、オレにも解るように説明してくれよ!」
「いや、私も確信している訳ではないのだが…………」
ケイランの指が南端の小野部の屋敷から、ここ長谷川の屋敷の辺りをなぞり、さらに北へ動いた。
「コウリンも言ったが、妖獣は元は普通の獣だ。なるべく近くの、結界の薄くなる所へ逃げたいはずだ。つまり、南側だけに妖獣が集中しているなら……」
指が止まったそこは、現在の『蛇酊州』では最北端。ここより小さいがまとまった町がある。
「北側だが、半島の中心より南。たぶん、発生源はここらへんになると思う」
「ここは…………」
黙って地図を見ていたトウカの顔色が変わった。
この場所は彼女には憶えのある場所のはずだ。
「王族の居住……【鳳凰宮殿】が在ります」
そう、かつては【伊豫の国】を治めていた王族が住んでいた場所。
「元は王族の住まい?」
「今は大陸から来た豪族がおります……」
「トウカは何か知っているのか?」
「いいえ、私は何も…………でも、何故ここから妖獣が……?」
「大昔に張られた結界が、今も健在なのが良い証拠だよ」
普通の術師が張る防御や、一時的な封印の結界とは訳が違う。百年以上も保ち続けているのだから。
「結界の中心。気力が出入りできる場所を作っておかないと、こんな大規模に長い間、結界を維持していくのは難しかったと思うよ。あぁ、管理人も必要だよね」
「まさか……管理していたのは……伊豫の王族だと?」
おそらく、王族から離れた時、トウカは幼すぎて伝承されなかったのだ。
「私はもう……国を取り返す気力も、治める力もありませんのに……」
「トウカ、君は婚姻で王族が消えると思っているけど、きっと大陸側は君に流れている血筋を追い掛けるよ。だって、大陸側は血族を重視するから」
術封じの術を掛けたのは大陸の術師。
だから根本的な考えは大陸のやり方だ。
「大陸が王族の血族に拘るのは何故ですの?」
「この土地の封印を解けるのは王族だから。それと、妖獣の発生量も操れる」
「そんなことが!!」
「王族がこの土地を管理するのが最良だから。たぶん、封印を施した術師もそれを考えてる」
そうじゃなければ、いつか【伊豫の国】が大陸と張り合おうと言う時に“奥の手”がなくなる。だが、永い年月でその伝達は上手くいってなかった。
しかし、このことを大陸側はすでに知っていると思っていい。だからこそ、すでに抵抗力もないはずの王族をよこせと言ってくる。
「では…………土地の封印を解くためには、私が……宮殿へ行かねばならないのですか……?」
サァッとトウカの顔が青ざめた。
当たり前だ。そこには大陸の人間がいて、トウカを捕らえようと血眼で捜しているんだから。
「……ルゥク、もしトウカが危険な目に遭うのなら、無理に術封じを解くことはしなくてもいいんじゃないのか?」
元は僕らが術を使えなくなったのがきっかけだからね。トウカたちは黙っていれば術が使えないかわりに、ひっそりと静かに暮らせるはずだ。
でも、調べていくうちに、僕がおとなしくしていられなくなった。
「大丈夫。トウカは来る必要ないよ」
「え?」
「だって“楔”を壊して回ったの……誰だと思ってるの?」
「それは…………ルゥクだが。でも、王族は……?」
「その王族が無理になった時のために、“彼”は予備の封印解除を用意していたんだ」
「“彼”? 予備?」
「なんだ?」
キョトンとしている皆の顔が面白い。
「本当なら【伊豫の国】のことに、首を突っ込むつもりなかったんだけど……“彼”が関わってるし……」
立ち上がって伸びをする。
「さて……やっぱり『師匠』が掛けた術は『弟子』が解かないといけないよね」
「し、師匠って……!」
…………久々の師匠のシゴキ、受けてやろうじゃないか。
脳裏にニヤニヤと笑う、懐かしい師匠の顔が浮かんだ。




