同国の意志
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「お前さん、生まれはどこか?」
「ここから北西の内海沿い、かつて技工で栄えていた町です」
「なんだ。ゲンセン、やっぱり『伊豫人』なんじゃん」
サガミ老、ゲンセン、スルガの三人が違和感なく交わした会話に、わたしとコウリンは驚愕する。
「ちょっ……ゲンセン!! あんた伊豫の人だったの!?」
「なんだよ、そんなに驚くこたぁねぇだろ? 戦争中は、国境付近の村なんか、大陸と伊豫の孤児がごちゃごちゃしてたもんだ。俺もその一人だっただけだ」
動揺するコウリンに向かって、ゲンセンは面倒臭そうに説明を始めた。
今から三十年近く前。
本格的に戦争を始めた頃に、大陸側は【伊豫の国】の北方を完全に掌握した。元々、大陸と繋がる陸路を大昔に取られていたこともあったため、厳重な守備は南方置かれ、北方はほとんど抵抗もなしに落とされたという。
「俺の家は最後まで北方に残っていた家系で、王族の盾として南方に下がろうとはしなかった。絶望的なことを知っていて、最後には年端もいかない子供にまで鎧着せて、大陸へ挙兵したくらいだ。それが最後の足掻きなのか、それとも子供だけでも大陸側へ逃がそうとしたのかは、今となっては俺には分からねぇけど……」
まだ十歳にもなっていなかったゲンセンは、仲間の屍に埋もれて泣いていたところを、後の育ての親に拾われたそうだ。
「……で、その親父さんが拳術士だったから、俺も修行して術を使えるようになった。だから、伊豫人だって大陸に行けば、普通に使えるはずなんだよ」
確かに、ゲンセンは顔に『術師のアザ』まである拳術士だ。大陸の人間でも、生まれつきでなければアザのある術師になるのは簡単ではない。並大抵の修行ではアザは浮き出てこないからだ。
ゲンセンに才能があったからかもしれないが、伊豫人には大陸の人間と同じく『術』を使える可能性があるということが分かる。
「……というか、スルガもサガミ様もゲンセンが伊豫人だと分かっていた……?」
わたしの問いに、二人は顔を見合わせる。
「うん。始めに会った時に何となく。ずっとゲンセンに稽古をつけてもらっていたから、だんだん判ってきたんだけどな!」
「わしはつい最近じゃ。初めはあまり見ておらんかったからの……スルガの稽古を気にするようになって判ったかのぅ」
う~ん……なんというか、二人は勘が良い……?
何となく腑に落ちない気分でいると、それを察したゲンセンが口を開いた。
「この二人、ごく弱いものだが『見気』の術を持ってる」
「え?」
「スルガに少し教えただけで『気術操作』が出来ただろ? それは、すでにこいつが『肉体強化』の分類の術を習得していたからだ」
『見気』とは『肉体強化』の術のひとつで、人や物が普段から発している“気力の流れ”を読み取り、そのものの“本質”を見抜く力。
例えば料理人が『見気』を使える場合、食材の良し悪しを見ただけで判別できるということ。
「……本人いないから言うが……スルガ、ルゥクのこと会ってから一回も女と間違えなかっただろ?」
「そ、そういえば……」
最初から『兄ちゃん』って呼んでいた気がする。それで見分けられるルゥクも少し気の毒というか…………。
そういえば以前、スルガが“認識の才”と呼んでいたのは『見気』のことなのではないだろうか? そう考えると、大昔の伊豫にはちゃんと術が在ったのだろう。
「『見気』かぁ……いいなぁ。アタシも覚えてみたい……」
「あぁ、医者が使えれば便利だな」
コウリンが心底羨ましそうに呟いた。
確かに医者が使えれば、見た目だけである程度の患者の状態が判るかもしれない。
「『見気』はそんなに簡単に、身に付くものじゃないはずなのに……」
「たぶん、小野部の血筋じゃないかな。スルガとサガミ殿だけじゃない、ヤマト殿やスルガの他の兄弟たちにも、その傾向が見てとれたんだから……」
生まれ持っての才能か…………羨ましい。
「おう! それにオレ『敏捷』もあったみたいだぞ!」
「そ、そうか……」
スルガは脚が速い。どうやらそれは『敏捷』によるものだったようだ。
才能がある……どころじゃなかった。
「……私もずっと努力してたのに」
もやっとした気分に頭がいっぱいになりそうになった時、トウカがわたしの肩をツンツンとつついた。
こほん! と咳払いをして辺りを黙らせる。
「皆様! 話が逸れてしまってますわ! 今は私たちが何をすべきか話しているのではなくて!?」
「す、すまないトウカ……」
「おぅ。わりぃ、桃姉ちゃん」
話が横路から本道へ戻された。
「やっぱり、ルゥクの言った通り術が封じられたのは、この土地の問題なんだな?」
「……で? ルゥクはどうするつもりなの?」
「あぁ、それは……」
わたしはルゥクに言われて、この土地を縛り付けている『術を封じるもの』の解除を手伝うことになった。
「ルゥクが土地がおかしいと思って、土地の土から“気の流れ”を調べたそうだ。そうしたら“術封じ”の結界は【伊豫の国】を囲むように、つまり半島を包むように張られていたらしい」
どうやって調べたかというと、『土甲』という術の札を使って結界の境目を見付けだすという方法。
『土甲』は土を操る【地の術】の一種だ。
土に無理やり術を這わせて、気が流れている箇所を探していったのだ。
しかし、半島を全て調べようとなると手持ちの札では全然足りず、新たに札を作らなければならなかったのだが……
『……旦那、かなりの血を使いやしたね。ここでそこの姫さんとおしゃべりすると見せ掛けて、何枚も血で札を描いてやしたから』
ホムラはわたしがここへ来る前の、探索の準備をするルゥクの様子を知っている。
ルゥクは何度も身体に切り傷を負い、流れた血を塗料にして札を大量に造ったそうだ。
そのルゥクは着々と『解呪』の準備を進めようとしたが、堂々と札を造るには“血の力”を他に知られてはならない。
そこで、監視の目が来ないのはトウカの部屋だけだったというので、トウカの協力を仰ぎ部屋に違和感なくいるための演技をした。
しかし、札を造っても使わなければ意味はない。
ルゥクが外出しようとすると、必ず監視のためか兵士がついてくる。町を散歩する名目の時はそれでもいいが、札を使いに行く時は身代わりにホムラを置いて出掛けた。
「お義父様は確かに、ルゥク様の身の安全は保ってくださっておりました。しかし、彼が町へ赴いたり、蛇酊を探索するのは許可してはくださいませんでしたので……」
つまり、この長谷川の屋敷では『安全を確保する』という名目で監視されていたことになる。
「長谷川の家も、他の武士たちからの監視下にあります。お互いに監視をして、大陸への不審を抱かれないようにしていなければなりません」
大陸の人間を無下にはできないうえに、その大陸の人間を自由にさせてしまえば、今度は他の家系の武士たちに長谷川の家が不評になってしまう。
「匙加減が難しいのです。長谷川が大陸と仲良くし過ぎると武士たちが怒り、かといって大陸を拒めば“大陸の王”に蛇酊が何かを企んでいる……と思われてしまいます」
特にトウカが王族の生き残りだということは、大陸側にはもちろん、同じ伊豫人たちにも知られてはまずいことになる。
「つまり、長谷川の家に見張りが付くのは、ルゥクの不死を狙って……ではなく、国を大陸の人間に詮索されたくないってことか……?」
「その通り、今は敵味方関係なくじゃな。伊豫人は皆、びくびくしておる……」
ゲンセンの呟きにサガミ老がボソリを言う。
「わしらは所詮、あんたら大陸の者の“王”に命を握られとる。余計な詮索をされ、何か“反乱の意志”に繋がると誤解されれば、今の【伊豫国】……いや、【蛇酊州】は簡単に潰されるだろう」
どこか寂しそうに言うサガミ老だったが…………
「じいちゃん……その割にケイランたちが来た時、挙兵してきただろ?」
ジト目でスルガが厳しい突っ込みを入れた。
「わしみたいに分かりやすく聞き分けのない『隠居老人』が吼えても、誰も本気で反逆と思わんかっただろ? 普段からヤンチャをしておれば、わしが本気で弓をつがえておっても誰も気にしまいよ。ふぁっははは!」
あれはいつでも挙兵できるようにわざとだと?
「サガミ様、お待ちください。つまりそれは、あなたは普段から、兵力を蓄え、刀を抜く機会を窺っているように聞こえます。それはあまりにも危険なのでは……」
「魂に納められた刀は肌身離さず。大陸のものが取り上げようとて、わしは今際の際まで刃を手離すことは罷り通らん…」
――――死ぬまで屈するつもりはない――――と。
もし、これが本音ならばこの老人は、常に反逆者として殺されるのを覚悟していたことになる。
「しかし……死んでしまっては何も……」
「…………お嬢さん。お前さんは祖国が失くなることを何と思う?」
「それは……」
それは悲しいことだ。祖国……ではないが、わたしだって産まれた村が失くなっていたのを知りずっと悲しかった。
「…………悲しいです」
「『悲しい』だけなら当たり前だろう。国ではなくなったことは、まだ“本当の喪失”ではないかもしれん」
「え……?」
「わしは本当のそれを知らんし、知りたくはない。しかし、わしの代で失い、スルガたちに何も遺せんと思うと恐ろしくて仕方ない……わしらの先祖がそういう思いをしなすった」
「じいちゃん……」
大昔……今から百五十年ほど前、【伊豫の国】は半島全てと、大陸の一部を領土にしていた。
元々、小野部の家系はその半島のさらに北の大陸に領地があったが、それを失い半島の南方へ、長谷川に仕えるのを条件に移動してきたそうだ。
そして【伊豫の国】は、今から三十年近く前に半島の北半分を大陸に支配され、十年前に半島全てを掌握されて【蛇酊州】と改めさせられた。
「土地は残っておるが国は消えた。そして【伊豫の国】は徐々にその文化や風習を失くしていくのだろう」
おそらく、最終的には大陸と同化して、【伊豫の国】の文化や風習は変わって消えていく。
土地の名や個人名の呼び方を変えさせられたのは、その“滅び”への入り口にすぎない。
「祖国がじわじわと失くなる様を見ながら、消え行くものに抗えば良かった、なぜ国を簡単に見捨てたのか、と……死ぬまで後悔をしたくはない」
「……………………」
サガミ老の話をスルガは黙って聞いていた。
本音を言えば、サガミ老はスルガに『国を大陸から取り戻せ』と言いたいのかもしれない。しかしそれは、将来を担うスルガたちの重荷にしかならないだろう。
だから、自分が『ヤンチャ』という形だけでも抵抗している……そう、思えた。
そんなサガミ老の話に、トウカは唇を噛み締めて拳を握っている。
「……私たちは生きている人間ですわ」
「トウカ?」
「伊豫人として、私はここで生きていきたいのです。なぜ、この土地は術を封じられているのか? 私たちがなんの抵抗もできない人間とされているのが許せない」
トウカが立ち上がり大きく息を吸った。
「私たちは大陸と対等に話をできていない。個人的に話をすれば、仲良くなれるのに……なぜ『伊豫人』と『大陸人』で話さなければならないの!?」
「ト、トウカさん……!」
「桃姉ちゃん、落ち着いて……! 発作もあるし、他の人に聞こえ…………」
その時、トントントントン…………縁側の廊下をこちらに歩く音が聞こえてきた。
みんな、廊下の方へ顔を向けて固まる。
誰か来た? でもホムラは何も…………
「…………ホムラ?」
『大丈夫、関係者でさ……』
トントントントン…………
「あぁ、みんな揃ってたね。呼びに行く手間が省けたよ」
部屋の前によく見慣れた人物が立った。
トントントン…………ドサッ!
わたしの隣に来て、崩れるように座り込む。
どうやら、こいつなりに急いで来たようだ。
「はぁ~……僕でも半島を一周するのは疲れたよ」
「お疲れ。だが、すぐに始めるのだろう?」
ニヤリ……と笑う顔が、ずいぶんと久しく思える。
「うん、始めるよ。この土地が大陸の一部というなら、すべての人間をちゃんと平等にしないと……ねぇ?」
ルゥクの言葉に、トウカが大きく頷いた。




