真実事実
ブクマ感謝!
久々のケイラン視点です。
一ヶ月前。
わたしはコウリンに連れられて、長谷川邸へ向かう馬車で移動していた。
馬車は丸一日走るが、途中で辺りは暗くなり馬車を走らせるには危険だと判断し、御者が交代するのに合わせて休みを入れる。
その時に食事をして就寝になった。しかし馬車の中、ぐっすりと眠るコウリンとカリュウの横で、わたしはなかなか眠りにつけないでいる。
……わたしが行っても、何もできないだろうに。
ルゥクがカリュウの姉と仲良くなろうと、わたしには口出しする権利はないだろう。もし本当にそうなっていても、旅を止める理由にはならないし、ルゥクの呪いは必ず解いてやりたい。
そう決めているのに、なんだか胸にもやもやとしたものが渦巻いている。関係ないと思いながらも、ふざけるなと憤怒の気持ちも湧き上がっていた。
「…………なんで、私は怒っているんだ?」
呟いてゴロリと反対側へ寝返りを打った時、
「嬢ちゃん、それはやきもちでねぇでやすか?」
目の前に同じように寝転ぶホムラの顔が。
「――――――っ!!!!!?」
叫びをあげそうになる直前で、わたしの口はホムラの片手で塞がれた。
「ふぉっ……!?」
「しっ。お嬢たちが起きやすよ?」
驚かせているのは貴様だろぉぉぉっ!!
わたしはすぐにホムラの手を退けて、小声で抗議をする。
「っ……!! ぷは……お前、叫ばれたくなかったら普通に出てこれないのか……!?」
「おや? あっしの気配に気付きやせんでしたか。たまにしか気づけない程度なら、嬢ちゃんもまだまだでさぁねぇ?」
「ぐ…………」
ホムラは人差し指を口に当て、いつものように、にんまりと笑う。
く、悔しい……!!
それにしてもこいつ、いつの間にわたしの隣にぴったりとくっついて寝転んでいたのか?
いや、そんなことよりも…………
「…………何の用だ?」
「旦那からの『提案』がありやす」
「提案? ルゥクから?」
「『僕、これから浮気するから。思いっきりやきもち焼いて欲しいんだけど、良いかな?』……でさ」
「…………………………は?」
ルゥクの声真似をしたホムラはにんまりと、わたしの反応を楽しんでいるようだった。
…………………………
………………
そして今。
「ごめん。話すと長くなる」
「~~~~っ!?!?」
驚きで声も出ない様子のコウリンに、わたしは酷く申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。
「えっと……コウリン?」
「…………うっ……」
口をパクパクと動かすだけのコウリンにもう一度呼び掛ける。すると、一瞬体をビクッとさせた後、顔を歪ませてボロボロと涙をこぼし始めた。
「ひ、酷いよぉ~、アタシ本気であんたに嫌われたかと……ふぇえええ~~~!!」
コウリンはわたしにガッチリと抱き付いて、肩口にすりすりと顔を押し付けてきた。
「私だって……コウリンに嫌われるのではないかと怖かったんだ…………」
「嫌う訳ないじゃないのよ!! その割に、何であんな冷たい態度だったの!? 騙すにしても、もう少し優しくても良いじゃないのっ!! うわぁあああんっ!!」
うぅ……本気で泣かせてしまったな。
「あぁ……本当にごめん。でも私が何か隠していると、コウリンにはすぐバレるから、不機嫌を通せ…………って言われてて……」
そうなんだよ、コウリンはこういう誤魔化しはすぐに見破るはずだ。わたしも嘘の演技が下手くそだから、最後まで騙しきれる自信はない。
「コウリン様、そろそろケイランを放してくださな。説明してあげますから……」
「うっうっ……ぐすっ……うぅ……」
「トウカ、もう少し待ってもらえるか? 友人を一ヶ月も騙してしまっていたのだから……」
「う~ん……」
いつも気を張っているコウリンは、今回のことは相当疲れたのだろう、なかなか泣き止まない。仕方なく、抱き締めて背中を撫でてあげる。
「ふぅ……話が進まないわね。ちょっと、ホムラさん!」
わたしがコウリンを宥めるのに忙しいと判断したトウカは、天井裏にいるホムラを呼ぶ。しかし、ホムラは姿を見せずにその場から返答する。
『…………何でやすか?』
「あなたも全部知っているのだから、皆様に説明してくださる? …………ついでに、そこから出てきなさい。姿が見えないのはイライラしますわ……」
『……嫌でやす』
ホムラはトウカの命令をあっさり断った。
……まぁ、ホムラはもともと人嫌いだからな。
「……………………」
『……………………』
しばらくの無言。ホムラは見えないが、火花を散らして睨み合っていると思われる二人。ホムラとトウカはどうにも反りが合わないらしい。
「……少しは仲良くできないか?」
「……無理ですわ」『……嫌でやす』
わたしの呟きに二人は同時に答えた。
――――半刻後。
「…………で? お前たちは何でこんな、面倒くさいことになってたんだ?」
「そーよそーよ! アタシの不安な日々を返しなさい!」
「だから……すまないと言っている。私も心苦しかったし……それに、他に聞かれるとまずいんだ……」
結局、コウリンが落ち着くのを待ち、部屋の外で待っていたゲンセンとサガミ老を呼んで、事の次第を説明することになった。
『嬢ちゃん、周りに人はいやせんので、話しても大丈夫でやす……』
「……分かった」
天井裏からホムラの声がする。どうやら、トウカとサガミ老には姿を見せないつもりらしい。
さて……まずはどこから話そうか……?
「ケイラン、まずは私からお話させてくださいませ。コウリン様たちが誤解していることがありますので……」
「え? ああ……」
そう言うと、トウカは深く息を吸って――――
「まず最初に。私はルゥク様とは何もございません。ハッキリ言うと見た目はかなりの好みではありますが、会ってすぐの殿方をしょっちゅう部屋に招くのは本来ならあり得ません!」
と、一息で言い放った。
その言葉に、コウリンが顔をしかめる。
「本当に、何もなかったの?」
「ええ、神仏に誓ってやましいことなど何一つ。だって、私には『将来を誓った殿方』がおりますから」
「へ? そうなの?」
フンッと鼻を鳴らしてトウカは胸を張った。
実は、わたしが最初に長谷川邸の庭で見た『仲睦まじいルゥクとトウカ』の図は二人の演技である。
ルゥクから「屋敷に着いたら、カリュウに庭に案内するように仕掛けていたから、そこで僕とトウカ様を見付けてね」……と言われていた。
それを見たわたしは、こっそりルゥクたちに合図を送り、わざと他に見せるように仕向けた。
あとは、コウリンにバレないようにずっと不機嫌を通し、ルゥクの『計画』とやらの手伝いをすることになったのだ。
この時点で、一番可哀想だったのはカリュウだ。真実も知らずに巻き込まれていたから。
奴の『計画』は、これから順を追って説明しよう。
「はぁ~、そっか。桃姉ちゃん、ルゥクとは何もないのか。良かった……ヨシタカもこれで安心だよ」
「……何でそこでカリュウが? そんなに姉が心配だったの?」
ホッとしているスルガの様子に、コウリンは更に複雑な表情になる。
「違うよ。あ……えっと、桃姉ちゃん?」
「えぇ、お話しますと……私の将来の夫はヨシタカなのです」
「……………………へ?」
「…………何?」
今度はコウリンとゲンセン、二人揃ってトウカの言葉に動きが固まっていた。
「私とヨシタカは姉弟ではありません。私はこの蛇酊州……いえ、私はかつての【伊豫の国】の『王族』の生き残りです」
「「え……?」」
そう……トウカは大陸と戦争の際に隠れていた【伊豫の国】の皇女だった。
今から十数年前。
大陸と伊豫が争っていた時、トウカは長谷川の家に『娘』として引き取られたという。
「わしゃ知っておった。姫さまは危うく大陸の兵士に殺されかけての、ヨシフミ殿が命懸けでお連れしたのじゃ。それ以来、小野部と長谷川が必死に護ってきた……」
サガミ老が髭を触りながら、懐かしむような表情で呟く。
彼女が王族だということは、屋敷の者と小野部家だけが知ることであり、よそ者のわたしたちには絶対に秘密にしなければならなかった。
サガミ老にとって、トウカは孫のように思う存在だった。だから、わたしたち大陸の者が来た時、過剰に反応して挙兵までしたということだ。
そして十年前、伊豫は大陸軍に敗けて【蛇酊州】となる。
トウカ以外の王族は、自害または処刑というかたちで次々と消えていった。
しかし、何故かしつこく生き残りを探す大陸側は、蛇酊州に向けて“王族の者を残らず差し出せ”と要求してきたらしい。
でも、長谷川家やトウカには『秘策』があった。
「将来、私がヨシタカと婚姻を結べば、形式的には【伊豫の国】の王族は滅ぶことになります」
伊豫では血筋の問題ではなく、家の名前の問題なのだそうだ。
「大陸では私が嫁ぐ前に“王族を討ち取った”という事実を作りたいだろう……と。ルゥク様が、大陸の兵士や他の『影』から私は命を狙われていることを警告してくださいました」
ルゥクは以前に“蛇酊へ行けば、生き残りの王族を見付けるように命令されるかも”と言っていたことがあった。
「え……ルゥクは桃姉ちゃんが王族だって知ってたの? 何でバレてんのさ?」
「さぁ……何故かルゥク様は、私が王族の生き残りだと……初めて私を見て分かったようです」
トウカがチラリとわたしの方を見る。
わたしは首を振った。何故なら、わたしもルゥクから何故トウカが王族だと判ったのか聞いていないからだ。
「じゃあ何? ルゥクは大陸側の暗殺者のくせに、トウカさんを見逃すようなことをしているの?」
「そういうことですわね」
そうなのだ。ルゥクは最初からトウカを殺すつもりはなく、さらに助けようとまで考えているみたいなのだ。
その時、頭上から小声で囁かれる。
『……旦那は伊豫に関して、国の命令を聞くつもりはねぇと思いやす』
「ホムラ?」
『あっしもよくは分かりやせんが……ずっと前に、蛇酊へ行くように命令されていたのを断ってやしたから』
ルゥクは蛇酊に来たことはないと言っていた。しかしそれは、故意に来なかったとも言えるようだ。
「命令に逆らっても大丈夫なのか?」
『蛇酊に関しては何も……』
「そうか……」
ルゥクから言われたことは、今回の企てのみで、あいつが何を考えているのかは分からない。
きっと、あいつが生きてきた年数の分だけ、わたしには分からないことがあるのだろう。
「では『本題』に入りましょう。今回、ルゥク様は私と一緒にいるようにして他の目を欺き、別の場所に行っております」
「他の場所?」
「蛇酊州の北方のさらに北へ。そこは大昔は【伊豫の国】の領土だった土地です」
【伊豫の国】
今から一五十年ほど前。伊豫の領土は十年前の倍はあり、北方と南方をそれぞれの王族が分担して治めていた。
しかし北半分を大陸に支配され南方だけが残り、それも十年前に大陸の一部と化したのだ。
「大昔の北方の領土に『あるもの』を探しに。こちら南方にもあるらしいのですが、先に遠くの方から解決するようなのです」
「んー……『あるもの』って?」
「この土地……【伊豫の国】全体に張り巡らされた『術を封じる結界』を解くものです」
「「「えっ!?」」」
コウリン、ゲンセン、スルガの三人が揃って声をあげる。サガミ老は驚きもせずにトウカの話を黙って聞いていた。
「なんだ、じいちゃん驚かねぇの?」
「サガミ様は知っていらっしゃったのか……?」
「いいや。だが、なんとなくそんな気はしておっただけじゃ。最近、スルガも鍛練をやっておっただろ? その術とやらの……」
そう。【伊豫の国】はその領土全体に、大昔から結界が張ってあったらしい。ルゥクはそれをホムラやタキに事前に調べさせ、その解除に自らで向かった。
「わしら『伊豫人』は土地の封印がなければ、大陸の人間と同じ……いや、それ以上に『術』が使えるようになる。あのルゥクとかいう小僧もお前さんも、そう思うとるのだろう? 違うかい?」
「……あぁ」
サガミ老はゲンセンの方を見て頷く。
「お前さんが使えるのだからスルガやヨシタカも『術』ができるはずじゃ」
「…………そうですね」
「「…………へ?」」
ゲンセンの返事に一瞬、わたしとコウリンは顔を見合わせる。
今…………何て?
彼はサガミ老の言葉に困ったように笑う。
「お前さん、生まれはどこか?」
「ここから北西の内海沿い、かつて技工で栄えていた町です」
「なんだ。ゲンセン、やっぱり『伊豫人』なんじゃん」
当たり前のように言うスルガ。
「「えええええええええっ!?」」
待て、それは聞いてない。
急な真実に、わたしは横から殴られた気分だった。




