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不穏の探索

いつもお読みいただき、ありがとうございます。


コウリン視点が続きます。

 ルゥクとトウカさんが二人っきりで話している様子を見た日。

 ケイランは町へ出たまま、本当に夕方まで帰って来なかった。


 そして、帰ってきても「独りにして欲しい」と言って、アタシと同室にせずに、用意された部屋で夕飯も食べずに(こも)ってしまった。



「申し訳ありません。ぼくが散歩を促したばかりに……」

「あんたは全然悪くないわよ。むしろ、アタシたちに気を遣ってくれたのは、よく分かっていたから……ありがとうね」

「はい……」


 泣きそうなカリュウの背中をポンポンと叩き、アタシはこれからのことを考えてため息をついた。




 翌日。

 アタシとは別に朝食を済ませると、ケイランはすぐに何処かへ出掛けてしまった。


 ちなみに、ルゥクはトウカさんと食事をするので、屋敷に戻ってからあいつとは直接会っていない。



「朝からどこへ行ったのかしら……?」


 カリュウに聞けば、やはり『夕方には戻る』と言って出たようだ。


 ケイランがここまでだんまりとは……アタシが思ってた以上に、あの娘はルゥクのことに傷付いてしまったみたいだ。


 くっ……アタシにもっと恋愛経験があれば、助言とか手助けとかできたものを……!!


 後悔先に立たず……だ。でも、そんな経験など場合によっては、まったく役に立たないこともある。人間は一人一人違うものだと、アタシは医者の観点で分かっているつもりだ。


 はぁ……アタシはどう、ルゥクと顔を合わせようか?


 どうしても、トウカさんへ薬を飲ませることでルゥクと合ってしまう。たぶん、今も彼女があいつを離さず、行けば同じ席にいることだろう。



「………………………………」


 まず、顔を見た瞬間に鼻っ柱を拳でへし折るでしょ……あとは、鳩尾に膝蹴りを加えて、前屈みになったところを叩き付けて、頭の後ろから足で踏みつける…………と。


 …………無理。


 これを、ルゥクにできる人間がいるわけがない。たぶん、この攻撃はゲンセンでもできない気がする。


 あ゛ぁ゛~~~っ!! 殺ってしまいたい!!


 妄想の中で、たっぷりとルゥクに灸を据えていると、いつの間にかトウカさんの部屋の近くまで来ていた。


 恐る恐る覗き込むと、部屋にはトウカさんと側仕えの下女しかいない。


「あら? コウリン様、おはようございます。お早いのね?」

「…………おはようございます」


 ルゥクがいない。いつもなら、トウカさんに朝餉から呼びつけられているのに。


「あの……ルゥクは?」


「ルゥク様なら、私が起きる前に出掛けていってしまったわ。もう……あの方、食事もあまりお召し上がりにはならないのよね……せめて夕餉くらいはたくさん食べてもらいたいわ……」


「……………………」


 うん。その台詞、アタシがここに来たばかりの時に、貴女に対して思ったことです。


 アタシは目の前のお嬢様の、ほっそりとした身体をチラリと見る。


 このトウカさん、かなり偏食気味なところがあって、ここに来たばかりの時なんてほとんど食べていなかった。だいたい食べていたのは野菜とか果物。それと少しの甘いもの。


 あれでは体力も付かないし、免疫だって低下する。

 持病があるのなら、なおのこと身体には気を遣ってもらわないといけないというのに。


 それは食事だけではない。この人は気に入らないものを寄せ付けず、気に入ったものは離さない傾向がある。


 本人が治す気がなくても、周りがちゃんとしてくれればいいのだけど……。


 一番いけないのが、彼女がどれだけ好き嫌いや、わがままを言っても、それをほいほいと叶える周りの連中だ。


 彼女の病気の原因は本人だけではない。

 何だか、このお屋敷の人達ってトウカさんに甘過ぎる気がするのだ。


 しっかりしているはずのカリュウでさえ、トウカさんのことに関してはとことん弱気になっている。


 このままじゃ、この人に振り回されて仲間がばらばらになってしまうんじゃ…………


「…………さま」

「……………………」

「……コウリン様!」

「……へ? あ、はい!」


 色々考えを巡らせていて、トウカさんに呼ばれていることに気付かなかった。


「ねぇ、ルゥク様の好きな食べ物って何かしら?」

「え……えっと……さぁ? 知らないです……」

「そうなの? 一緒に旅をしているのに?」

「旅の間に、好きなものを食べられるとは限りませんから」


 旅の食事は贅沢は言っていられないものだ。

 まぁ、町の食事処に寄って行ければ、好きなものは食べたりはするけど。


「ルゥクから直接聞かないんですか?」

「ふぅん……そう。いつも言葉を濁されてしまって、あの方の好みや趣味はなかなか聞けないわ」

「そうですか」


 たぶん…………奴の好物は蕎麦だ。


 普段は極端に食が細いくせに、蕎麦だけは平気で五人前とか食べているのを見たことがある。あの時の身体の構造だけでも調べたいくらいだ。


 ルゥク、トウカさんに色々話しているかと思ったけど、やっぱり自分のことは迂闊には話さないみたいだ。その事実に少しだけホッとする。


 しかし……


「コウリン様が知らないなら……もう、お一方(ひとかた)に聞いた方が良いかしら?」


「へ?」


「いらっしゃってますよね? ルゥク様の護衛をしている、銀の御髪(おぐし)の女性兵士。名前は確か…………ケイラン様、と仰ったわね? 歳は私の一つ下の十七。大陸では、国の軍隊の元将軍のお父様がいらっしゃるとか……」


「――――っ…………ルゥクから聞いたのですか?」


「いいえ。ルゥク様は私にケイラン様のことなど、()()()()()()()()()()()()()()わ。事前にお客様の情報を持っていれば、より良いおもてなしができるでしょう?」


「………………」


 昨日、ここに来たのは聞いていたとは思うが、トウカさんはケイランの素性を正確に言ってみせる。


 よく考えてみれば、初めてカリュウに会った時、彼らはアタシたちを拐おうと計画していたのだ。

 正確にはルゥクの“血の回復”を狙っていた。それはこの、トウカさんの病気を治すため。


 でも、ルゥクの力が病気には効かないと知り、またアタシたちが協力的になったことで、カリュウたちは頭を下げてここまでアタシたちを連れてきたのだ。


 もし……まだ、ルゥクの“不死”ことを、この蛇酊にいる誰かが狙っていたら? カリュウの臣下に裏切り者がいたら?


 アタシたちは安全じゃない。

 敵の真っ只中にいる。


 屋敷に来るまでは分かっていたことなのに、しばらくの滞在でアタシも()()がきてしまっていたのだ。


「……………………」

「ふふ……コウリン様は少しルゥク様と似ていらっしゃいます」

「……どこが?」

「その、話している相手を警戒する表情(かお)です」


 あいつとは何処か通じるものがあるのは確かだ。


「私は昔から病気がちで、周りの人間が私にどう接しているのか、常に顔色を気にしていたものです。自慢じゃありませんが、少しの変化も私には分かります。それが『影』という『隠密』であるルゥク様でも……」


 こちらでは『影』は『隠密』と言われているみたい。


「初めて二人きりでお話をした時、ルゥク様は一瞬だけ私に警戒したのです。でも、すぐに打ち解けてくださいました」


 うっとりとしたトウカさんに苛立ちを覚える。


「……コウリン様、私に腹が立っているのでしょう? それが顕著に出たのは、私がルゥク様を離さなくなってから。違いますか?」


「そ、そんなことは……」


「いいのです。“ルゥクには決まった人がいる。こんな女と何で仲良くするんだ?”……そう思ってますよね?」


「……………………」


 まるで、医者のアタシの方が問診を受けているようだ。このトウカさん、ただの我が儘お嬢様かと思ったのに、怖いくらいに周りの状況を見ている。


「さて、そういうことなら………ちょっと、頼みたいのだけど」

「はい、お嬢様」


 トウカさんか手を打ち鳴らして下女を近くに呼ぶ。


「こちらに宿泊していらっしゃるお客様、銀髪の方と明日の朝餉を一緒にしたいの。出掛ける前に引き留めておいてくれる?」

「はい、かしこまりました」


「なっ……!?」


 ケイランを引っ張り出すつもり!?


 度胸があるというのか、怖いもの知らずというのか……驚愕するアタシに、トウカさんはニッコリと微笑む。


「大丈夫よ、ルゥク様は呼ばないから。私とあなたとケイラン様。女子だけでお話をしておきたいのです」


 ま、まさか、ケイランとの一騎討ち!?

 そして、アタシを審判にでもするつもりなのかしら!?


「明日の朝は楽しくなりそうですね」

「……………………」


 全然、楽しくない。


 今更解ってしまった。トウカさんは、アタシなんかよりもだいぶ“曲者”だということを。





 ………………

 ………………………………





「……そういうことで、ごめん、ケイラン。もし、どうしても嫌ならアタシが何とか食い止めるから!」


「別に……コウリンが責任を感じることではないだろう?」


 就寝前、何とか帰ってきたケイランを捕まえて、朝にあったことを教えることができた。


「トウカさんはこの屋敷の者だ。世話になっているだけの私が呼ばれているのなら、その招待に応じなければ失礼になる。別にやましいことを考えていないなら、ただ単に食事を共にしていれば良いだけだし……」


「でも…………」


「何を心配しているのか知らないが……私なら大丈夫だ。トウカさんに答えられることと、答えられないことはきちんと考える。嘘を言う必要がなければ素直に答えるし、別にルゥクのことを訊かれても、私とあいつはただの旅の仲間だ」


「………………」


 大丈夫……と言う割には、いつものケイランより口数が多い気がする……それに、ずーっと真顔なのが妙に怖い。


 最初はトウカさんに対しての怒りか、ルゥクにやきもちを焼いているのかと思ったけど何か違う。


 帰ってきてから、ケイランから凄味……というか、殺気立ったような気配を感じるのだ。まるで、何かと戦った直後みたいな……?


「あのさ……ちょっと聞いていい?」

「何?」

「ここに来てから昨日と今日、町に行って何をしていたの?」

「……何、って……ただ町を見て歩いていただけだ……」

「二日とも?」

「ああ……」


 怪しい……。


「……じゃあ、もう話はいいな? すまないが、歩き回って疲れたんだ……もう休みたい……」

「あ、うん……おやすみ……」


 静かに部屋の障子が閉じられ、アタシは廊下で途方に暮れる。


 怪しいのに、それ以上は聞けなかった。

 もしかしたら……気分を紛らわすために徘徊していたのかと思うと、ケイランをそっとしておいてあげたい。





 そう思ったのに、翌朝は起きてすぐにトウカさんの下女が呼びにきた。


 あまりよく眠れなかった目を擦りながら、アタシは呼ばれるがままに彼女の部屋へ通される。


 そこには既に、トウカさんと向かい合って座るケイランが居た。


「おはよ……」

「あぁ、おはよう……」


 ケイランに表情は限りなく無い。


「おはようございます。今日はケイラン様もいらしてくださって嬉しいです」


 ニコニコとしたトウカさんの顔は本心なのか、もうアタシにはわからなくなった。



 食事が運ばれてきて、特に何事もなく時間が過ぎていく。料理もいつもながら美味しいもので、トウカさんの好みの甘いものも、アタシやケイランの舌に合うものばかりだ。


 ほぼ、食べ終わろうとしていると、トウカさんはケイランの方を向いて笑顔で話し掛ける。


「ケイラン様、こちらもどうぞ。遠慮無くお召し上がりくださいね。好きなものや嫌いなものがあったら、ぜひ教えてくださいませ」


「ありがとうございます……」


 一応、ケイランを気遣うような素振りに少しホッとしたが……


「ねぇ、ケイラン様。ルゥク様の食べ物の好みって御存じかしら?」


「……………………」

「……ぶっ…………」


 噎せそうになった。


 この……まだルゥクの好みを探っていたのか。


「…………好み……」


 ケイランが下を向いて呟く。

 無理に教えなくても良いと伝えようとした時、ケイランが顔を上げてトウカさんを正面から見据えた。


「確か……蕎麦が好きだったと思う……」


 ――――――ケイラン!?


 あっさりと教えたケイラン。アタシはあまりの衝撃にあんぐりと口を開けてしまった。


「まぁ、蕎麦ですか? ふふ、それならヨシタカも一緒です。あの子もよく蕎麦を好んで、料理人に頼むのですよ」

「……?」


 何故かカリュウの話が出てきて、トウカさんが嬉しそうに話を続ける。ケイランはその話を聞きながら、相変わらず無表情だ。


「……申し訳ないが、私はこれから用がある。今日はここで失礼させてもらっても良いでしょうか?」


「えぇ、構いませんわ。今朝は来てくださって、ありがとうございます」


「こちらこそ……」

「あ! ちょ……ちょっと!」


 立ち上がったケイランは、トウカさんにお辞儀をしてすぐに部屋を出ていく。


 アタシは慌てて彼女を追い掛け、門から出るところを捕まえた。



「ケイラン! 待って、どこに行くの!?」

「どこって……用事だ」

「用事って?」


 一瞬だけ、眉間にシワを寄せたかと思うと、目を逸らしながらボソリと言う。


「………………人と会う」

「え……? 誰と?」

「待ち合わせの約束をしてる……」


 こんな、来たばかりの町に知り合いなんか……あ、もしかして!


「ねぇ……まさか、ルゥ……」

「ルゥクじゃない。あいつには会わない」


 アタシの淡い期待を一言で否定すると、ケイランはクルリと後ろを向く。


「じゃあ、その人を待たせているから」

「ちょっと! ケイランっ……!!」


 銀の髪の毛を隠す頭巾を被り、ケイランは振り返りもせずに屋敷の門を出ていってしまった。




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