才能と理解
いつもお越しいただき、ありがとうございます。
今回はケイラン視点です。
術が封じられて早八日目。
小野部邸、裏の訓練場。
「ケイラン、そろそろ上がるぞ。暗くなる前に屋敷に戻らないといけないからな」
「ふぅ……今日はここまでだな……」
天気も良かったせいか、屋外での訓練も快調な日。辺りは夕方になって、そろそろ陽が傾いてきている。
『気力操作』の訓練をし続けているが、特に身体に変化はなく何も起きる気配はない。
相変わらず『霊影』も外に出てくることはない……しかし、昨日あたりからだろうか、足下の暗がりにぞろりとした感触があった。
「と、いうことだが……どう思う?」
「う~ん、俺は術の専門家じゃないからハッキリとは分からないが……効果はあると確信はしてる。俺の方はどこまでだか、目に見えて測れないから何とも言えないが……」
専門ではないというが、ゲンセンは拳術士だ。
術そのもは体の動きに乗せて使うため、わたしやルゥクの札のように、具現化したものが目に見えて発動するわけではない。
だからこそ身体に起こる変化には、わたしなんかよりも詳しいはずだ。
「意外と訓練続けていたら、少しずつでも霊影や札の術も使えるかもしれねぇなぁ。最初、伊豫人は『気力操作』の下地ができてないから、ここでいくらやっても無理かと思ったが…………」
ゲンセンがチラリと視線を送る先にはスルガがいる。
「あいつ、大陸に行ったら確実に『化ける』ぞ」
「…………あぁ」
少し離れた所で、目を閉じて神経を集中させているスルガ。術らしいものが出ているわけではないが、近付くと彼の周りでは何か『圧迫感』のようなものを感じる。
もしも、術が使えないのがこの土地の特性ならば、その制限のない大陸へ行けばスルガはきっと『術師』に成れる素質があると、ゲンセンは思っているようだ。
「……あれが才能ってやつだな。若いって良いなぁ」
「うん……」
正直、わたしもスルガを羨ましく思ってしまう。
努力した分だけ力を持てるというのは、世の中当たり前に言われている事だが、得られる力の大きさはその個人の持って生まれた“才能”にもよるのだと……わたしは痛いほど解っている。
わたしが術を使えるのは、十年前にルゥクに与えられたからだ。
努力して手に入れたものではないし、才能があるかと聞かれると、たぶん……ないと思う。
「私の術……」
頬に手を当てる。ここに在った『霊影』のアザは今は消えてしまっている。ゲンセンも同様だ。
「……ゲンセンは最初、術のアザはなかったのだったな?」
「あぁ。俺が修行を始めたのは……十二くらいか。そこから『気力操作』で苦戦してな。五年目でやっと『身体強化』と『豪腕』が身に付いて、十年目にアザが浮かんでから『剛拳』を修得…………いや、これは未だに修行中だな」
根が真面目なゲンセンでさえ、努力してもそんなにかかったのか……。
「あー、でも、ユエは早かったぞ。あいつは五歳くらいに『気力操作』教えたら、七歳の時には『敏捷』が少しできるようになったからな。十歳には手に『雷光』のアザも浮かんできたし……」
「……………………」
ユエのことを思い出した途端、胸がずぅんと重くなっていく。
あの人は才能があった人だ。
もし、あの時にわたしを助けたりしなければ…………
「ケイラン。ユエの話をする度にそんな悲痛な顔してたら、あの世であいつが怒るぞ?」
「…………え?」
悲痛な顔って……わたしは…………
思わず自分の顔を両手で触った。ゲンセンがため息をついて、わたしの目を見て言う。
「お前、俺が仲間に入ってから、俺に気を遣ってるのが分かるんだよ。ユエの埋葬の後に『お前が気に病むことはない』と言っておいたはずだが?」
「…………」
確かに、ゲンセンには……ユエのことで少し負い目はある。
「俺もユエも拳術士だ。お前やルゥク、コウリンのように術が戦闘以外の生活に役立つって職業じゃない。今までだって、相手と命の取り合いになることが多かったんだ」
ゲンセンとユエはあちこち旅もしている。当然、道中に妖獣だけではなく、盗賊や暴漢など人間とも戦ってきた。
「……だから、俺たちはいつでも覚悟をもって日々過ごしてきた。そんな覚悟のできている人間に、同情の念や負い目を持って接しないでくれ。これは、お前のためでもある」
「私の?」
「お前はこれから、色々なものを見る。それこそ、名も知らんような奴の死だけじゃない、親しい人間の死に様にも遇うこともあるかもしれない…………確率が高いのは、ルゥクだろうな」
「………………っ」
一瞬、呼吸がつまったように苦しくなった。
「だって、そうだろ。ルゥクを処刑場まで連れていくのが任務だよな。それは、ルゥクが決めたことだって聞いたぞ」
そうだ。死ぬも生きるも、ルゥクが決める。
「でも……呪いである“術喰い”が落ちれば……!」
「落ちれば、な? それまでルゥク以外にも、まったく犠牲がないと言えるか? ゴウラと戦った時、俺はユエ以外にも傭兵の仲間が多く死んだ。お前が知らない奴は犠牲とは言えないのか?」
「…………いや……」
ゴウラが作った“化け物”は元を辿れば“普通の人間”だった。わたしも彼らを倒したのだからそれも犠牲である。
「……今まで必死だったから、周りが見えてなかったな」
知り合いが死んだのは悲しい。だが、わたしの知らない人間だって、その関係者であれば同等に悲しいはずだ。
しかしそれだけではない、行った先で人を巻き込むことに、わたしは鈍感になってしまってはいなかったか?
旅をすれば、配慮しなければならないことは山のようにあったはずなのに……。
「はぁ……お前さんは本当に顔に出るな?」
「……よく言われる」
「俺は別に責めているわけでも、人間の死に慣れろ……と、言っているわけでもない。人間が死んだ時、周りにお前がどう接するか……その状況に慣れろと言っている」
「接し方……?」
何……?
いまいち理解しかねているわたしの態度が伝わったのか、ゲンセンは少し苦笑いをしてぱたぱたと手を振る。
「俺もあんまり説明しきれなくてスマンな。つまり……全てに同情して、悲痛な顔をしていればいいってことじゃない。と、そういう意味だ」
「状況把握?」
「堅い言い方だが……まぁ、いいか。そうだな、こういう状況の対処はやっぱり……コウリンとルゥクが上手いか」
「二人が?」
「あぁ。ざっと説明すると……」
誰か人が死んだ時、その周りを見て相応の接し方ができること……特に戦争や飢饉などの時は、同情だけで接すれば逆に反感を買うように、本当に本人を思えばこその行動が求められる。
コウリンは医者として、若いながらもそれを念頭に置いて行動しているのが分かるという。
ルゥクは永年の経験からきていると思われた。
「ケイラン、お前は国の兵士だろ。俺は何度か、お前と同じ兵士と仕事をしてきたが、死に対する“接し方”ができてない連中が多い」
「……なら、私もできていないということか」
できていない……当たり前だ。わたしは旅をするまで、命の取り合いなどしたこともなかったからな。
「できてはいないが、お前は人の話が聞ける奴だ。だけど……周りがお前を過保護にしているから重い話はしにくくてな。だから、コウリンやルゥクがいないところで話しておきたかった」
どうやら、ゲンセンが急にわたしを鍛えると言ったのは、術のことだけではなく色々と話をするためだったようだ。
わたしが自分の未熟さを恥じると思い、ルゥクやコウリンの前で話をせずにいてくれたのだ。
なるほど。これが人に対する“状況把握”か。
「……それは、すまん。気を遣わせた」
「別に、気にしなくていい。お前のいる国の術師兵団ってのは、将来は自分の軍を持つような上級士官の所属なんだろ? だったら、どんな人間も見極められるようになっておくと損はないぞ」
「うん、分かった。ありがとう」
「そんで、俺たちみたいな奴とも仕事してくれ」
「ふふ、そうだな」
正面から礼を言われたのが照れ臭かったのだろう。頭をボリボリと掻きながら、ゲンセンはくるりと後ろを向いた。
「あ、やべぇ。もう暗くなってきたな。おーい、スルガー! もう終わりにするぞー!!」
日暮れにも気付かず、黙々と訓練しているスルガを呼びにいく。
ふぅ……さすがに、わたしも疲れてきたな。
息をついて伸びをした時、ザァアアア……と夜の風が草むらを凪いでいく。
ここはかなり開けているが、草を刈っていない場所は、まるで森のように地面に暗がりを作っている。
「…………ん?」
ふと、何かに触れたような気がした。
周りを見るがわたし側には何もない。それなのに、わたしの身体のどこかが何かを掴んだような感触があった…………気がする。
それは、少し離れたあの草むらからだ。
この感じは……まさか……
「………………ホムラ、いるのか?」
「へぇ、おりやす……」
ザッ……
声と同時に、わたしの真横にホムラがしゃがんでいた。
「うわっ!? びっくりした……!」
「嬢ちゃんからあっしを呼んでおいて、そんなに驚かねぇでくだせえ……」
「いや、なんとなく居たかと思ったから……もしやホムラかな……って……」
「………………」
いつも、にんまりとしているホムラだが、急に黙った後、さらにその口元の笑みを濃くする。
「ルゥクの旦那以外に、あっしに気付いて呼び寄せたのは嬢ちゃんが初めてでさ」
「え? そうなのか?」
ルゥクとわたしだけか。ちょっと気分が良い。
「……おい、ホムラ。何やってんだ?」
「うわぁ!? あ、タキ?」
今度は急にタキが後ろに現れた。
くっ……こっちは分からなかった。
「タキ姉、すっかり蛇酊に馴染んでやすね?」
「まぁな。屋敷のじいさんに好かれちまって、なかなかお嬢様の側に行けないけどな」
タキの口調も雰囲気も、女装しているのに完全に男になっている。なんだか、わたしはまだタキのこの感じは慣れない。
ん? そういえば……
「ホムラ、お前はタキのこと『タキ姉』って……」
「そうとしか、呼んだことありやせんね」
「タキって男……」
「知ってやすよ?」
わざと言ってますよ……と言わんばかりに、ホムラは小首を傾げてしゃがんだまま見上げてくる。
「……ホムラと初めて会った時、オレが女装をしてたからなんです。その時から、何度か『兄』だって訂正するのに直してくれなくて……」
何で女装することになったのか経緯が気になるところだけど、それよりも気になった事が口をついて出た。
「初めて会った時って? 兄弟なのに――――」
「――――……タキ姉」
「……………………」
わたしが言い終わる前に、ホムラがタキの方を向いて呼び掛ける。その声が何故か…………重い。
「いやまぁ……その話は長くなるんで、また今度にしてください…………」
「あ……あぁ。ごめん……」
「……………………」
ホムラを視界の隅で確認すると、にんまりとはしているものの、背中に殺気まではいかない圧のようなものを感じた。ハッキリ言うと怖い。
今はまだ、この兄弟の話は触れないでおこう。
「……で? ホムラは何でルゥク様から離れてここに?」
「あぁ、それはそろそろ『お嬢』が戻ってくるんで、嬢ちゃんと大きい旦那に報せるためでさ」
ホムラの言う『お嬢』とはコウリンのことか。
「ん? コウリンが帰ってくることを、わざわざホムラが報せに?」
「いや、ここにはついでもあったんでやすが…………お嬢が、ちぃっとばかり荒れてやして……」
「荒れてる……って?」
珍しくホムラが言い淀んでいる?
嫌な予感がした。その時、
「……ケイラ――――――ンっ!!!!」
遥か遠く薄暗くなった路を、こちらに向かって叫びながら近付く人影が見えた。あれはコウリンか?
ポン。わたしの肩にホムラが手を置く。
「嬢ちゃん」
「え? 何、ホムラ?」
「世の中、半分は男でさ。気にしたら“負け”でやすよ? じゃあ……」
「え? え?」
何か変なことを言い残し、ホムラは草むらへ消えた。
「何を言ってるんだ……?」
「あー……オレ、何か分かった気がする……」
「タキまで何を…………」
不穏な雰囲気が辺りに漂う。
そういえば、向かってくるのはコウリンだけだ。
あれ? ルゥクは?
「ケイラン!!」
「お、お帰り……どうした? そんなに……」
「どうしたも、こうしたもないわっ!!」
かなり興奮した状態で、コウリンはがっしりとわたしに抱き付いた。かなり強めで苦しい。
「恋よりも友情が一番よっ!! アタシは絶っっっ対に裏切ったりしないわっ!!」
熱烈な告白を受けているようで恥ずかしいのだが……。
ホムラが言ってた“荒れてる”って、これのことなのか?
「ん? コウリン、どうした?」
「医者の姉ちゃん、お帰りー!」
そこに、ゲンセンとスルガも加わった。
「コウリン? 本当に何かあった?」
「やっぱり、あんな顔をしてても奴も『男』だったのよ!!」
「奴って……」
わたしの頭の中で既に結論が見える。
「ルゥクの奴、ケイランという恋人がいながら、病弱の美少女と浮気してんのよ!! 許せないわっ!! あんな顔してる分際で――――っっっ!!!!」
「……………………」
…………まずは何処から訂正しよう?
わたしの頭や心は、コウリンの言葉にも至って冷静だった。




