他者から見た恋愛<そら>模様
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ルゥク→コウリン
「……では、必要なものはこちらの馬車へ」
早朝、屋敷の前に馬車が到着すると、降りてきた従者が荷物の詰め込みを手伝うと言ってきた。
昨日の夜遅くまでコウリンが選んだ薬草やら、必要な物資が積まれていくのを見ながら、僕はなんとなく気が重い。
「じゃあ、行ってくるね」
「あぁ、気をつけて……」
ケイランと挨拶をするも、彼女はあまり目も合わせずぶっきらぼうに答えてくるだけ。
「三日くらいで一度戻ろうと思うけど、何かあったらタキに言ってもらえば……」
「こちらのことは大丈夫だ。子供じゃないんだから心配しなくてもいい。タキの他にもゲンセンもいるし、私も少しは自分の修行もしたい」
確かに、ゲンセンもいれば安心か。
どこか収まりがつかなかった気持ちを、そう思って納得させようとするが、まだ何かが喉に引っ掛かっているような気分だ。
「ルゥク、あんたの仕度はできたの?」
腕に薬の箱を抱えたコウリンが馬車へ近付いてくる。
「僕の荷物はあんまりないよ。薬だってコウリンの方が持ってきているだろ」
「そうね。まぁ、この中に役に立つものがあれば、今度行く時はもっと少なく済むけどね」
カリュウのお姉さんの病がどんなものか、まだ分からない状態ではあらゆる手段を考えなければならないだろう。
「ケイラン、行ってくるわね。ゲンセンはケイランのこと、ちゃんと見ててあげなさいよ!」
「分かったよ。ほれ、さっさと行け。あちらさんが待ってんだろ?」
荷物の詰め込みを手伝っていたゲンセンも、僕らの見送りをするために立っている。あと、いつの間にか彼のとなりにはスルガもいた。
「あれ? スルガは行かないの?」
「うん。本当はヨシタカに一緒に行こうって言われたけど、オレはここに残って、少しでも『気力操作』の訓練をするつもり!」
意外にスルガは勉強熱心で、昨日も夜まで一人で『気力操作』の訓練を続けていたのだ。あの様子なら、この子が息を吸うように『気力』を『気術』へ変換できるのも時間の問題だろう。
「ルゥクさん、コウリンさん、そろそろ出発しましょう!」
馬車の中からカリュウが顔を出す。
「わかった。今、乗るよ……ん?」
馬車に乗り込む時、何か言いたげにこちらを見ていたケイランと目が合った。
「ケイラン?」
「別に、何でもないっ……」
慌てて逸らされる。最近はこういうことが多い。
「うん、わかった。ケイランの頼みなら早く帰るね」
「たっ……頼んでない!」
目が合った瞬間に、拗ねたような顔してたんだけどなぁ。
頼まれなくても早く帰ろうと思う。
僕たちが乗り込むと、馬車はすぐに走り出しあっという間にスルガの屋敷から遠ざかった。
道は整備されていて、馬車はほとんど揺れずに走っている。大人しく座っていると、コウリンが大きくため息をつきながらカリュウに話しかけた。
「…………で? 何でアタシたちは別々にされたわけ? ずいぶんと信用ないじゃない」
ブスッとした顔で恨みがましくカリュウを見るコウリン。よほどケイランと離れさせられたのが面白くなかったのだろう。
でも、それについては僕も聞きたいと思っていたので、コウリンの態度には何も言わないでおく。
「そこは……申し訳ありません。その、父が決めたというよりは…………姉が、大人数での訪問を拒否したので……」
「現在のお姉さんの具合は? かなり悪いの?」
「実は五日ほど前に胸の発作が起きていたそうです。今はそこから落ち着いて、ぼくが会った時は普通の状態を保っていましたが……」
カリュウが項垂れて話す。どうやら、少しでも興奮したり緊張したりすると、その胸の発作が起きやすくなるという。
「う~ん……心臓の疾患? 他の医者には診せてはいるのよね?」
「はい……急に胸を押さえて苦しみだすのです。それも短い時間だったり、一日床に臥せていたりとまちまちで……」
「……………………」
コウリンが黙り込む。やはり医者と自称するだけあって、症状を話すカリュウと真剣に向き合っているようだ。
僕の出番が無いことだけを祈るか……。
揺れる馬車の中、僕が役立たずで終わることを切に願った。
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道中、休憩を挟みながら馬車が広い路を走っていた。
スルガの屋敷を出て、もう少しで一日が経過する。
「ふぁ~あ~……」
「コウリン、女の子がさっきから大あくび連発しないの」
「だぁって~……暇なんだもん……」
何度目かのあくびでルゥクが呆れているが、このアタシ……コウリンは『暇』という時間が苦手である。
小さな頃から医者で薬師の祖父に育てられ、祖父が旅先で開く診療所で助手として、毎日毎日休むことなく動いていたせいだ。
確かにアタシは忙しなく動いていた方が性にあっている。
最近はルゥクたちと旅をしながら、薬を売ったりケイランの体調管理をしたりと、診療所を開かなくても自分の時間を保ちながらも忙しい。
そうなのよ。動きたい。
せめて、じっとしている間に医術の本でも読んでいたい。
しかし、馬車って揺れるから本も見ていられない。
せっかく時間が有るのに、ルゥクやカリュウと話すか、ボーッとするか寝るかしかできずに体を持て余していた。
暇……ケイランも来れたら良かったのに。
昨日、スルガから聞いた話によると、カリュウのお姉さんはけっこうな人見知りで、その人に慣れるまではなかなか近くまで寄せ付けないということ。
医者であるアタシと、一応師匠という形のルゥクでギリギリだったようだ。
だからって、仲間を半分に割かれるこっちの身にもなってよね。知らない土地で戦力を分散されるこの恐怖!
親友のケイランと引き裂かれ、用心棒として護衛専門のゲンセンもいない。よりにもよって、ルゥクと二人きりというのが解せない!
こいつと特に話す内容も無いし、もし一緒にいてルゥクの不死を狙ってくる奴らに遇ったら、術も封じられて戦えないアタシの身の安全はどうしてくれんのよ!?
一つ怒りが湧いてくると、二つ三つと怒りがくる。
それと、カリュウのお姉さん!
アタシから言わせれば、病弱だからって人に会わないから人に慣れずに、余計に人見知りになるよ。まぁ、カリュウの姉なんだから、お嬢様育ちでほやほやと過ごした娘なんだろうけど! 病弱とか抜かしてブクブク肥ってたりしたら、すぐに説教して帰ってやるんだから!
まだ見ぬカリュウの姉を心の中で罵っていると、そのカリュウがじっとこちらを見ていた。
「……コウリンさん、あの……どうかしました?」
「え? 何?」
「その、怖い顔で黙り込んでいらっしゃるので……」
「そう? 別に何もないわよ? ホホホ」
「はぁ…………」
顔に出てしまったようね。
いけないいけない……これから診る患者の悪口を考えてる場合じゃない。
「コウリンは、ケイランと離れたのが面白くないだけだよ」
ルゥクがボソリと付け加えてくる。
チッ!! この男……自分のことを棚に上げてんじゃない。
「……何言ってんの? あんただって面白くなさそうな顔してるわよ?」
「そりゃ、面白くないよ。僕がいない間に、ケイランに何かあったら……」
お? ずいぶん素直に……
「処刑場に行けなくなる。兵士がついていかないと入れてくれないから」
「……そうじゃないでしょ」
「何が?」
「あんたってさ、ケイランのこと正直にどう思ってんのよ?」
「どうって……ケイランは僕の護送の兵士だよ……それが?」
ふん。と、そっぽを向くルゥク。こいつは見掛けよりだいぶ長生きをしているから、たぶんアタシが言うことの意味は全部解っているはずだ。
「この際、はっきりしといたら? ケイランに対して女の子としてどう思ってるかって?」
「別に何も……………………」
急に真面目な顔で黙った。
アタシはケイランからルゥクのことを聞いている。二人は十年前に、浅からぬ縁ができてここにいるということを。
最初にこの二人を見た時、ふざけていてもルゥクの方がケイランのことを好きだと思った。しかしゴウラの一件以来、ルゥクが時々、ケイランから中途半端に距離を置くようになったのだ。
『過保護をやめるため』
宿場町で騒ぎの時にいきなり、ルゥクは前に立たずにケイランを見守った。まるで、急に雛鳥の成長を見守り始めた親鳥ように。
そう。アタシはアレで確信した。
ルゥクはケイランのことをただ“好き”なんじゃない。“愛して”しまったと言っていい。
こいつは隠密や暗殺もする『影』のうえに、本人が言う“遅老半不死の化け物”のような人間だ。本来なら、ケイランのような表の世界を生きる娘に近付いちゃいけない奴。
本人も分かっているから、思い出したように突き放そうとしている。
でも本音は側に居たいから、からかうようにケイランに構ってしまう。
きっと二つの考えがぶつかっているのだろう。
その矛盾が知らず知らずのうちに、態度に出てしまっている。最近のどっち付かずの行動が、ケイランを怒らせてしまっていることに、この長生き物識り顔は気付いていない。
しかし実は、ルゥクだけを責められない要因もある。
それは、天然純粋な頑固者のケイランだ。
あの子もルゥクのことが好きなのは目に見えているのに、頑としてその気持ちを『恋』だと自覚しない。
『恩があるから』『仲間だから』と、自分がルゥクに構いたがる行動をそういうことと微塵も思っていないのだ。
二人とも、見てて面倒だわ。
最初はケイランが嫌がっているなら邪魔しようとしたが、両想いならさっさとくっつけばいいのにと思う。
「はぁああ~…………」
思わず大きなため息をついて顔を上げると、ルゥクとカリュウはアタシから離れた場所に並んで座っていた。
「何……この距離感……?」
「さっきから怖いよ? 一人でぶつぶつと……」
「コウリンさん、馬車酔いとか……大丈夫ですか?」
「…………大丈夫です」
他人の恋路をちょっと考え過ぎた。
でも、面倒だと思いつつも羨ましくもある。
あ~あ、アタシにもこの二人くらい、恋に悩む人が現れないかなぁ……。
「若、そろそろ到着しますよ!」
色々と思いを巡らせていると、御者の男がアタシたちに向かって叫ぶ。
停まった馬車から降りると、すぐに屋敷の下女たちが現れ案内をされる。行き先はもちろん、カリュウのお父さんのところだ。
通された部屋は二つの部屋が続いた板の間で、奥と手前に畳が敷かれている。今まで見た中では一番良い部屋かも。
蛇酊の作法では、毎回、家に入る度に靴を脱がなければならず、ちょっと面倒だと思っていた。
しかし、座り心地の良い畳の上では脱ぐのも仕方なしと思う。
その部屋の奥の畳の上、そこに堂々とした風体の人物が座っている。
「ようこそいらっしゃいました。この屋敷の主『長谷川 嘉史』といいます。大陸での名は『長 嘉史』となりますかな……」
カリュウのお父さんである『カシ』さんは、だいたい五十代前半くらいの“渋いおじさま”という感じ。豪快なヤマトさんと比べると、こちらは几帳面で物静かな人。
なるほど、親世代の雰囲気がそのまま、子供のスルガとカリュウに受け継がれているみたいね。
「ルゥク殿、先日は貴殿に対し理由が有ったとはいえ、我らが無礼な事をしでかしたこと、ここに深く御詫び申し上げます……」
胡座の体勢を崩さず両膝に手を置き、カシさんは床に付けるくらいに深く頭を下げた。
「いいえ、頭を上げてください。その分は、貴方のご子息からも謝罪を受けております」
「しかし、その件だけでなく、我が娘の病のことも……」
「あ、それは僕ではなく、この彼女……コウリンが診察しますので」
ルゥクはさっさとアタシに話を回す。
「おぉ、この女医様が。では申し訳ないが早速、うちの娘に会っていただけますかな?」
「もちろん。医者の務めです」
ふふん、『女医様』って言われると悪い気はしないわね。
馬車の移動で疲れてはいたけど、早速その子の部屋へ案内された。こうなったら、娘さんの様子を診させてもらって早く皆の所へ戻ろう。
先ほど、カシさんが居た部屋の半分くらいの部屋。
奥には『御簾』に隠された一角が見える。
「旦那様、何事でしょうか?」
部屋の入口に立つ女性に尋ねられ、カシさんは大きく頷いた。
「お医者様がいらっしゃったぞ。顔を見せてはくれないか?」
「あの、旦那様……お嬢様は誰にも会いたくないと……」
「なんだ。わざわざ訪ねていらしたのだぞ?」
「いえ、それが……お嬢様は今、お加減が悪く……」
お加減が悪いから診るんじゃない?
どうやら、このお嬢様は人見知りなうえに、けっこうな我が儘さんのようだ。
「ふむ…………」
カシさんはちょっと考え込んだあと、じっとアタシたちの顔を見つめる。
「ルゥク殿、ちょっと前に。ここに座ってもらえまいか?」
「はい……?」
「あ、コウリン殿とヨシタカは私の横へ」
「はい、父上……」
「……?」
何故かルゥクだけが御簾の正面に座らせられた。
「女医様とそのお師匠様がいらっしゃっている。お会いにならないなら、お師匠様だけお帰りになられるぞ?」
「「ん???」」
何……今の台詞?
……………………。
少し間があったがすぐに、
『御簾を上げて』
と、か細い女の子の声が聞こえた。
スルスルと御簾が上へ消えると、そこには若い女性が座っている。
長い綺麗な黒髪。透き通るような色白の肌に、顔も繊細な細工を施された人形のように美しい。ものすごい美少女。
「失礼をいたしました。私は『桃花』と申します。あの……お名前は…………?」
「…………『楼 流句』です」
ものすごい美少女のトウカさんは、並みの男だったらイチコロの微笑みをルゥクに向ける。ほんのり頬を染めているところなんてもう…………。
うわっ、まさかこの女……けっこう強かな性格なんじゃ……!?
完璧なまでの“あざとい女”に呆気にとられる。
「なんか、姉がすみません……」
「…………うん」
気まずそうにカリュウが謝ってくるので、姉がルゥクに釣られて出てきたのが決定した。
「……まぁ、こんなことじゃ……」
ルゥクにはケイランもいるし、ホイホイとあざとい美少女に心を奪われたりなんか…………
確信を持ってルゥクを見た瞬間、「嘘……?」と呟いてしまった。
あのルゥクが驚いた顔で静止している。
「ちょっ…………ルゥク?」
「………………」
アタシの呼び掛けにも、ルゥクは目を見開いたまま黙って身動きもしない。そしてしばらくの間、トウカさんを見詰め続けている。
まるで“特別な人”に出会ったかのようなルゥク反応に、アタシの背中には悪寒が走っていった。




