鍛練と操作
何を思ったのか、ゲンセンがケイランとスルガを鍛えるという話になった。
当然、その話はお世話になっている小野部家の当主、ヤマト殿の耳に入ることとなる。
訓練の話が決まった日の翌日の夕方までには、ヤマト殿は部下と大工を数名引き連れてやってきた。
僕らが使っていた“訓練場という名の荒れ地”は小石が取り除かれ、簡単な木造の休憩小屋が建てられてすっかり立派な施設の一部になる。
「父ちゃんスゲェな! 一日で訓練場が見違えたぞ!!」
「ここの空き地も、分かっていても手をつけるのが後回しになっちまっててなぁ。使うとなったら整備せんといかんだろ。ちょうど良かってん! ははははっ!!」
ヤマト殿が豪快に笑う。
確かに使わなければ、わざわざ手入れをするのも億劫にはなるね。
どうやら、必要に駆られていない場所までは、わざわざ人と時間を割けなかったようだ。しかし、息子のスルガが術の特訓をつけてもらえるとなれば、他の用事を調整してでも設備を整えたかったらしい。
「ルゥク殿。その“術”の訓練ってのは、本当にスルガでもできんかい?」
「どうでしょう? 伊豫人が何で術を使えないか、この土地に来ると僕らの術まで使えなくなるのか……正直、理由はまだ僕には分かりません」
ヤマト殿と並んで、今から始まろうとしている訓練を眺めている。
「……いや、うちのスルガだってできるはずけん。ゲンセン殿が教えてくれるんなら、わしらにも希望があるってもんだ!」
ヤマト殿がやや興奮して見ているのが分かった。きっと、スルガが成功すれば、他の者にもそれを享受させようということだろう。
でも、少し張り切り過ぎな気もする。
何で……今までできなかったのに今回は“希望がある”のか。
伊豫人である彼らについて、もう少し観察した方が良さそうだ。
「よし、じゃあまずは基本的な『気術操作』の訓練だ」
「はい、しつもーん!」
「スルガ、なんだ?」
「ケイランはともかく、オレは術使えないよ?」
「良いんだよ。これは基礎中の基礎だ。最初にこれを“土台”にする」
『気術操作』というのは、術師になろうという者なら全員ができなければならない。
逆に言えば、これができなければ術師にはなれないのだけども……
「要は精神統一からだ。スルガに解りやすく言うと“座禅”みたいにやればいい」
「なるほど、座ってやるのか!」
「いや、座禅は例えだ。立ったままでもいい」
懐かしいなぁ気術操作。
僕も師匠にこれから鍛えられたっけ。
「おっちゃん、どこ見てやればいい?」
「しゃべんな。気が散るなら、目ぇ閉じてろ」
「おう! 息は?」
「吸ってていい。深呼吸でもしてろ」
「おう! すぅうううううっ! はぁああああっ!」
「…………静かに吸おうか?」
なんとなく分かっていたけど、スルガは落ち着きない奴である。師が辛抱強い性格のゲンセンじゃなければ、半日で破門になりそうだ。
ふと、となりから静かな息づかいが聞こえてきた。
「……………………」
横を見ると、ヤマト殿が目を閉じて深く息を吸っている。どうやら、息子が習っていることを真似してやっているようだ。
これ……スルガよりもヤマト殿の方が、早く気術操作を完成させたりして。
「じゃあ、スルガは初心者だから……」
トン。
ゲンセンが人差し指を、スルガのこめかみにあてる。
「うん? 何?」
「集中力は想像力で補え。ここから、体の中心に糸を通すように『気力』を流せ。解るか?」
「………わかった」
「一日でやれなくて当たり前だと思え。焦らなくていい」
「………………うん」
さっきとは違い、スルガは静かに目を閉じ集中しているようだった。
そしてスルガの奥。ケイランの方に目をやると、彼女もこちらに背を向けて静かに佇んでいる。
「………………ふぅ……」
賑やかなやり取りの側でも呼吸は安定している。
元々、『霊影』が操作系の術であるから、ケイランには気術操作は簡単なことだろう。
本来、術師になるためには“『気術操作』から『術』”というのが一般的だけど、ケイランの場合は僕から『術』を与えられたこともあり、体内の気術を探らなくても操作できるようになっていた。
しかし、やはり基礎で土台を作ることは大事だ。
土台が在れば、そこから別の術の足掛かりにもなるのだから。
そう考えると、少しだけ腑に落ちないことがある。
ケイランのことだから、兵士になる前にみっちり訓練はしていたはずだ。それでも、彼女は『霊影』以外の術を習得することはできなかった。
『肉体強化』や『豪腕』『敏捷』、一時的に気力を増幅させる『練気』なんかも、軍で鍛えられそうなんだけど……。
たまに、仕官学校に通うケイランの様子を見てはいたけど、彼女がどんな風に成長したかまでは知らない。だけど、基礎を怠るような子ではないのはよく知っている。
「……なんで、伸び悩んだんだろ?」
学校の成績も悪くはない。
生活も不自由なく安定している。
ハクロもいるし、術師としての環境だって万全に整っているはずなのに……。
思案している、その時、
ザワァ……
一瞬だけ、ケイランの周りの空気が動いた。まるで水の中で流れに押されるような、そんな感触が僕の肌に伝わる。
「え……なんだ?」
どうやら、隣にいたスルガにも伝わったようだ。目を丸くしてケイランを見ている。
「ケイラン、今……何かしたのか?」
「これが……『気術操作』だ。自分の内側の気力を動かし、外側への流れを作り、再び内側へ循環させる……」
完璧だった。まるで術の教科書のように。
術が封じられていなかったら、ひと呼吸でいくつもの霊影が出せていたはずだ。
『気力操作』は問題なくできている……か。
「ほぅ……あのお嬢さんは、なかなかの使い手のようだな?」
「えぇ、あの娘も術師で、日常的に術を使っていましたから」
気配で目を開けたヤマト殿は、ケイランをじっくり見つめると、う~んと唸って何かを考えるようにアゴに手を掛ける仕草をしている。
「あの娘、歳は…………十五くらいかね?」
「いいえ、ケイランは今年で十七ですよ」
「ふぅん、そうかい。十七ならちょうどええな」
………………まって……何? 何がちょうど良いって?
「あの……ヤマト殿、ケイランの何が……」
「ヤマト殿!! ルゥクさーん!!」
ヤマト殿に尋ねようとした時、後ろから大声で呼ばれて振り返る。
遠くから僕らに向かって駆けてくるのは、二日ほど前に別れたばかりのカリュウだった。
「カリュウ?」
「おぉ、若! いらしたんですかい!」
「ハァ……チヅル殿に聞いたら、こちらに居ると聞きましたので……ハァ……」
相当急いできたようで、カリュウ息を切らしているけれど、その表情は何ともいえず明るい。
カリュウの背後、遠くに幾人かの兵士たちが見えることから、公式な用事でこちらに来ていると分かった。
「若、今日はうちに寄られるんで?」
「えぇ、今日中にここでやらなければならないことがあるので……ヤマト殿、今夜のぼくたちの宿を整えてもらえますか? できれば明日の朝にはうちの屋敷へ出発したいのです」
「わかった、若。今すぐチヅルさぁ言って、別宅の用意をしてきますんで」
ヤマト殿が屋敷へ走っていく。
この集落にはカリュウの『別宅』がある。父親やその一族が住む『本宅』は、ここから馬車で一日ほど掛かる場所にあるというのだ。
「ねぇカリュウ、君は家に帰ったと思っていたけど……ずいぶん急いで戻ったね?」
「はい。別れてからすぐに屋敷へ行き、父にルゥクさんのことを全て話しました。それで、ルゥクさんたちが屋敷に出入りするための許可をもらってきたのです」
許可……というと……
「お姉さんの治療、君のお父上がお許しになったんだね?」
「はい、ルゥクさん。どうかコウリンさんと一緒に、我が屋敷までご足労願います」
カリュウがとても堅い仕草と口調で一礼をした。
しかし、今の言葉が『皆さん』ではなく、『コウリンさんと一緒に』だったことに少々引っ掛かりを感じる。
「僕とコウリン? 他の仲間は?」
「申し訳ありません。父が許可したのが、ルゥクさんとコウリンさんだけなのです……ケイランさんとゲンセンさんには、小野部の屋敷でお待ちいただくことになります」
余計な動きはするなってことか。
「僕らの身の安全は?」
「保証します。ルゥクさんには常にぼくが付きますので、いざとなったらぼくを人質にとっていただいて構いません」
これは僕の身の安全というよりは監視目的だ。やはり、コウリンを主体にするというのは通用しないかもしれない。いざという時は、カリュウを人質にとるよりも逃げた方が早いだろう。
「なるべく、そういうことにならない方が良いね」
「えぇ、もちろん。ぼくだって姉を治したいので」
本当にこの子、良い度胸してる。
「そういえば、スルガは何をしているのですか?」
「あぁ、ゲンセンがスルガとケイランに、『肉体強化』系の術を教えているんだよ。どうやら、僕らの通常の術は『封じられた』みたいだから……」
「そう、ですか……やっぱり……」
予想していたのだろう、カリュウは少し落胆したようにため息をついた。しかし、すぐに顔を上げてスルガたちの方を見て首を傾げる。
「あ……それでも術の訓練ってできるのですか?」
「封じられているけど、体の中の気術というものは使えるのが分かったんだよ。だから、お姉さんの治療もある程度はできると思うよ」
「本当ですか!? 良かったぁ……」
もしかしたら、治療のための術も封じられたのではないか……と心配したようだ。
「……まぁ、でも、根本的なところで問題もあるし、もし良ければ蛇酊の土地を調査してみたいのだけど……」
「調査? もしそれが解れば、我々も術を使える日が来るかもしれないってことですよね!」
「そうだね。僕たちも助かるし、君たちにも悪い話じゃない」
「分かりました。父と相談してみましょう」
にっこりと笑うカリュウを見ながら、遠くから僕たちを監視している兵士たちを盗み見る。
蛇酊で動き回るためには、カリュウの父親の許可をもらっておくべきだ。
ケイランも蛇酊で、僕の“術喰い”を落とす方法がないか気になっていたし、調査はついでになるが情報が欲しい。
『伊豫の国の王族』がまだ見付かっていないことで、大陸から“捜索”の指令が下されるかもしれない。
そして、できるなら……王宮からの命令の前に、僕の判断で動けるようになりたい。
もし、ここの王族が僕の利益になるなるのなら、命令のままに殺すわけにはいかない。
僕が『術喰い』と『影』から解放される日がくるためには、どうしても彼らの先手を取らなければ。
色々と頭で考えていると、カリュウが僕の顔を覗き込んでいた。僕が急に黙り込んだので、何か心配があるかと思われたみたいだ。
「ルゥクさん、どうしました?」
「え? あぁ、いや。ちょっと考え事……で、何?」
「明日までの用意のことですが…………」
カリュウと話をしようとした時、急に体がズンと重くなったきがした。
いや、重くなった……というより『体に風の塊をぶつけられた』と表現した方がいいか。
「っ…………」
「え……?」
僕だけでなく、となりのカリュウも顔をしかめる。
「…………まさか、今のって……」
顔を上げてケイランたちの方へ向くと……
「いいいっやほぉぉぉっ!!」
歓喜の雄叫びをあげるスルガと、
「おい……これは…………」
「そんな、一日で……?」
驚愕するゲンセンとケイランが立っていた。
「今のが『気術操作』だよな!? できたぞ!! やったぁっ!!」
意外なところで『逸材』が見付かったようだ。




