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封源の有無

 僕たちが来たのは屋敷の裏にある訓練場。


 訓練場と言っても、そこはだだっ広い空き地と呼んだ方が良いと思う。


 ここは最近拓いた場所らしい。

 地面は平らにしてあるようだが、あちこちに小石が転がり邪魔になっている。これでは足を取られてしまうため、武術や組み手などの鍛練にはあまり向かないだろう。


 そのせいなのか、この訓練場には僕らの他は誰もいない。



「ここ、地面は水平にならしてあんだけど、砂利が多くて土も硬いから転ぶと痛いんだよなぁ。みんなはあっちの馬術場の方を使ってるし、ルゥクたちが一日好きに使ってもいいってよ!」


 これくらい広ければ、爆発なんかを起こしても問題はなさそうだな……。


「ふむ……術を使うには申し分ないよ。ありがとう、スルガ」

「へへ。なぁ、オレもここで見てていいよな?」

「まぁ、構わないけど……」


 人懐っこい笑顔を向けられ特に断る理由もない。



「え~と、何から調べればいい?」

「まずは各々、術を出してみよう。ケイラン、試しに『霊影』……()()で使ってみて」

「…………わかった」



 最初に起き掛けで出なかったいう、ケイランの『霊影』から調べることにして、次にゲンセン、そして僕とコウリンの『札の術』という順番でいこう。


「『霊影』っ!!」


 広野にケイランの声が響いた。






 …………………………

 ………………







 そして、あっという間に昼過ぎ。


「“爆”っ!!」


 ポンッ!! コロコロコロ…………


 砕くことはできなくても、拳ほどの大きさの小石は膝丈くらい跳ねて転がった。


 爆発の術が苦手なコウリン。

 この威力では攻撃には使えない。せいぜい獣を脅かす程度だろう。


「……アタシの札は出たわ……いつもより、かなり爆発が小さいけど……」


「う~ん、コウリンは『札の術』だけなら威力は落ちるけど使えるか。じゃあ、コウリンの爆発の札を、今度は僕に貸してくれる?」

「はい、どうぞ」


「よし……“爆”!!」


 ポンッ!! コロコロコロ…………


 コウリンが使ったのと同じ威力だ。

 いつもの僕の術ではあり得ない。


「えぇっ!? あんたの気力でこんな弱いの!?」

「なるほど……ふむふむ……じゃあ次、君に僕の札を使ってもらう」

「使ったことないけど……?」

「気力の流し方は、収納の札とほとんど変わらないよ。やってみなよ」

「わ、わかったわ……」


 コウリンは板の札を手に、大きく息を吸って気持ちを整えているようだ。


「……“爆”!!」


 ヒラッ………………ぺそっ。


 札は三歩先くらい離れた場所に力なく落ちる。


「ほら~……無理だよ……」

「………………いや、分かった……」

「何が?」


 僕も板の札を投げる。


「“爆”……」


 ヒラッ………………ぺそっ。


 コウリンと同じ結果だ。


「え!? あんたも!?」

「なるほどね……」

「……? 何が分かったんだ?」


「僕らの気力が、出ているかどうか。今の状態を言うと“体内に術はあるけれど、気力が体の外に微量にしか出てこない”…………だね」



 朝から色々と試してみた結果。


 まず、ケイランの『霊影』は全くでない。『霊影』は体外に気力を放出する術だから当たり前だろう。


 ゲンセンの『肉体強化』『豪腕』の身体強化系と『剛拳』はそのままの威力で使えた。しかし剛拳の技の一つ、遠距離と広範囲攻撃の技の『堅狼砕牙』は使えていない。


 僕とコウリンは『札の術』は何とか使える。しかし、紙の札に限り。板の札は通常では使えない。


「……そうなると、ゲンセンと同じく僕の『肉体強化』『豪腕』『敏捷』は使える……かな」


「おい、待て。ルゥク……」

「何?」

「お前『肉体強化』の他に『豪腕』と『敏捷』も会得してたのかよ……えげつねぇな……」


 ゲンセンが口を曲げて、眉間にシワを寄せて僕を見てくる。

 実は他にも、身体強化系は持っているけど黙っておこう。


「だって持ってると便利だもん。『敏捷』くらいあげようか? 確か術喰いで在庫が……」

「いや、いらん。俺、修行しても『敏捷』とは相性あんまり良くなかったんだ」


 術ってやり方覚えて修行しても、相性が悪いと発動しないんだよね。覚えられるものを数多く身に付けようとしても、身体に負担がかかればやっぱり習得できない。


「『剛拳』と『豪腕』持ってると、素早さまでは気力回らないよね。君の戦い方には向いてると思うよ」


 実を言うと、僕も『豪腕』とは相性が悪い。それでも発動しているということは…………ふむ。何となく見えてきた。





 これまでの結果を、紙に木炭で書き留めていく。


 あと、確かめるのは……


「コウリン、この札を見てみな」


「アタシがさっき投げた板の札ね……なによ、特に何もないじゃない……」

「発動させようとしたのに“何もない”のはどう?」


「あ…………」


 拾った板の札、表面は何も起きておらずキレイなまま。


『札の術』は使う札にある程度“術”の素である“気術”を閉じ込めてある。僕ら術師はその札に気力を上乗せして、札の中の“気術”を発動させ“術”にする。


「さっき、紙の札から出てきたのは、元から札に込めていた分の“気術”の気力だ。コウリンの札だから『コウリンの気術』が出てきたんだよ」


 紙の札はそんなに気力を込めなくても発動する。しかし、攻撃用の板の札はかなりの気力を叩き込まないと、小さな爆発さえも起きることはない。


「紙の札を発動させるくらいしか、僕らの体から気力は出ていなかった」


「札がある分だけ術が使えるなら……じゃあ、紙の札をたくさん造るのは?」


「今ある札が無くなったら終わりだね。僕らから“気術”も“気力”もこんな量しか出ないんじゃ、新しい札は造れない……いずれ、術は使えなくなる」


「そんな……」


 収納の札も中の気力が切れたら使えなくなるから、今のうちに荷物も整頓しておかないと。


 カリュウが言っていた“土地に来た術師も術が使えなくなった”のはこれだ。


 僕らの体の中に術があるけど、それが体の外に出ないという術を封じられた状態。



「ゲンセンの『剛拳』と『豪腕』は使えていたな。そして体の中の術なら普通に使える。それなら……」


 小刀の刃を掌で握り横に滑らせ血を流す。血塗れの手で板の札を握り締め……


「きゃっ! 何やってんのよ、ルゥク!」


「いや……これで……“爆”っ!!」


 ズドンッ!!


「っ!? 出た!?」


「……威力は抑えたけど、これなら効果は出るみたいだ」


 掌の傷もすぐに塞がっていくので、僕の体そのものはいつも通り“不死(しなず)”のままだ。


「封じられるのは“体の外側”だけで“体の内側”は問題ない。つまり、最悪の場合…………僕の“血”は使える」


「でも……それは、あんまり良策とはいえねぇな」

「頼るのは無し。周りに血が使えるって分かられるのは危険だと思うわ」


 そう、僕の血は“毒”でもある。血を流すくらいなら、術に頼るのはしばらくやめた方がいいだろう。


「外側だけ封じる『何か』が分かればなぁ……」


 蛇酊に滞在する間に、この土地のことを調べてみるのもいいかもしれないな。僕も伊豫のことはよく知らないし、ホムラが戻ったら色々聞いてみるか。


 もしかしたら、術を使える方法も見付かるかも。



 頭であれこれ考えていると、見学しているスルガが僕の袖を引っ張ってきた。


「何、スルガ?」

「なぁ、術って難しいのか?」


「簡単なものもあるけど、やっぱりその人の相性と才能がものをいうかな。スルガは術に興味ある?」


「うん。ゲンセンのおっちゃんみたいに使えれば、刀が無くても戦えるのかな……って。オレ、刀折ってばかりだから、兄ちゃんや父ちゃんに怒られるんだよ」


 そういえばこの子、一緒に戦ってすぐに刀を折ってたな。


 この国の武士にとって“刀は魂”と言われるくらい大事なもの。それを折って帰ったら、そりゃあ怒られるだろう。特にあのサガミ老なんかは頭ごなしにしかりそうだ。



「剣術の強化とかの術もあるか?」


「あるけど……君みたいな猪突猛進な子は、ゲンセンみたいに素手で戦った方が向いてそうだけどね」


「父ちゃんにも言われる。でもオレは刀の方がいい!」


 僕から見てもこの子は剣よりも、武術の方が合っている気がするのだけど……。


「なぁ、ルゥク。オレにも何か教えてくれよー!」

「僕らの術の問題が解決するまで無理」

「う~……そっかぁ……」


 術が使えないと実戦は教えてあげられないんだもん……まぁ、しょうがない。


 とりあえず、目の前の問題をどうにかしないと。



「まぁ、じたばたしても始まらないな……これからカリュウのところにも行かなきゃいけないし……――――って、あれ? ケイランは?」


 そういえば、最初に霊影を試してみてから会話に入っていないような…………。


「ケイラン~? どこ行った?」

「あ、姉ちゃんならあっち」

「ん?」


 スルガが指差す方を見ると、かなり離れた場所でケイランが小さく丸くなってしゃがみ込んでいる。


 そっと近付くと、恨めしそうにこちらを睨んだ後、ぶつぶつと何か言いながら地面の雑草を引き抜く。


「…………どうしたの?」

「だって……私は、何もできないし……」


 あぁ、そういえば、ケイランは『霊影』がまったく使えなくなっていたっけ…………


「これじゃ、完全な足手まといじゃないか……」

「いや、そんなことないよ?」

「いいんだ……慰めなんて……うぅ……」


 しまった……『霊影』という自分の最大の特徴を封じられて、この子完全に卑屈になってるよ。




 “術師のアザ”が消えた時、何となくこんな事態になると予測はついた。

 僕たち四人の中で術が使えなくなると、一番応用が利かなくなるのはケイランだということも。


 僕とゲンセンは術以外でも戦えるし、コウリンは元から医者だとして戦闘の頭数には入れていない。


 しかし、術の無いケイランはどうだろう?

 背も小さく力もそんなに強くない。


 兵団で体術を鍛えたとしても、この子の場合は大柄な男に囲まれればすぐに捕まる。それは旅立ってすぐに分かったことだ。

 そんな彼女にとって『術』は戦闘だけでなく生活にも欠かせなくなっている。


 ケイランも他の術を使えた方が良いとは思っていたんだけど、この子の体の丈夫さが心配なんだよね。



「……なぁ、ケイランは『霊影』の他に術は修得しているのか?」


 ヌゥッと、ケイランの隣にゲンセンが現れる。


「いや……他には……」


「そうか。おい、スルガ」

「うん? なに、おっちゃん?」


 スルガがケイランの近くまで来たところで、ゲンセンが口を開いた。



「身体の強化系の『術』、ケイランとスルガに教えてやる。ひと月で修得しろ」


「えっ!? 教えてくれんの!?」

「なっ……ひと月だと!?」


 喜ぶスルガと驚愕するケイラン。


「俺やユエは、お前らくらいの時にはそれくらいの期間で覚えた。ここでは放出する術が使えないなら、体内で効果のある術を身に付けた方がいいだろ?」


「ゲンセン、急に君が提案するなんて……どうしたの?」

「ルゥク、悪ぃけどこれは俺に預けてくれないか?」

「………………」


 ゲンセンの珍しい押しに、少し興味が出てきて頷いた。彼が冗談や考え無しで、無茶を振る人間じゃないのはここまで旅をして知っているからだ。


「ケイラン、どうする? これは強制じゃねぇから好きにしな。無理もしなくていい」


「ちょっと、大丈夫なの? 短期間の術の詰め込みは、ケイランに負担になるんじゃない?」

「………………わかった」


 慌てて止めに入ろうとするコウリンを、ケイランは片手で制する。


「……私も術師兵の端くれだ。今できる最大限の努力はしなければならない」


 さっきの小さく丸まっていた彼女の背中が、いつも以上にスッと伸びていた。





※サブタイトルの『封源の有無』造語です。

封じられた源(術や意思)は有るか?無いか?……という意味。ほんのりと分かってもらえれば大丈夫です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 身体強化の術GET☆彡 これでケイランも強くなれるはず!?
[一言] しょぼんとしてるケイランきゃわわ( ˘ω˘ )
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