守護前線の里
突然、わたしたちを軍勢で囲んだ老人兵士との間に、スルガが猛烈な勢いで割り込んできた。
「何をしておる、スルガ!! 子供は下がっとれ!!」
「もう、じいちゃん!! オレと父ちゃんが新しい馬車の準備してるのに、何勝手に武装して来てんだよ!?」
なるほど、会話からあの老兵はスルガの祖父。
仲間を呼びにいったスルガを置いて、独自の判断で勝手に挙兵してここへ来たというところか。
「とにかく!! みんな、武器を下ろせ! ケイランたちは敵じゃねぇから!!!!」
ルゥクじゃなくて、わたしの名前を出したのが気になるが、スルガの一声で周りの兵士たちが弓や槍を下へ置く。
「カリュウ、あのご老人は?」
「スルガのお祖父さまの『小野部 相模』殿です。今は……一応隠居されています」
「隠居してるのに隠れてないよねぇ……」
「はい。サガミ殿はとてもお元気な方なので……」
いや、元気は良さそうなのだけど、何だか空回っている気がする。
「ごめんな、今すぐ父ちゃん来るから……」
「なんじゃい! 敵じゃないなら、ちゃんと報告せんか!!」
「じいちゃんが早とちりしたんだろ!!」
「お前が矢継ぎ早に説明するから!!」
…………………………。
あれだ……似た者同士だ。あの二人。
そして、馬車にいる他の蛇酊の人たちも、見馴れた光景なのか自分の作業に戻っていく。
かわいそうなのは、サガミ老と来ていた兵士たち。
サガミ老に従うことも逆らうこともできずに、スルガとの口喧嘩を見守っているしかなく、目に見えて途方に暮れている。
「こいつらは良い奴らなんだよ! だから、俺たちが何も危害を加えなければ協力してくれるって……」
「フン!! 大陸の人間が騙し討ちに入り込んだかもしれんのだぞ!? それに、敵陣に入ったのなら、討たれることの覚悟もあるじゃろ!!」
「敵じゃねぇって言ってんだろーが!! クソジジイー!!」
「騙されとるかもしれんだろ!! 馬鹿孫がっ!!」
何だか、わたしたちが敵か味方かの議論が再びぶり返していたようだ。堂々巡りで話が終わらない。
「はいはい、二人ともやめましょう!! この僕が良いと言ったのだから責任は僕にあります! それともサガミ殿、あくまで僕の判断が信用ならないと?」
「いや……そういう訳ではありませぬが……しかし、うむぅ~……」
しばらく続いた言い合いを、カリュウが収めて落ち着く。
おじいさんの方はまだぶつぶつ言っているけど、一緒に来ていた兵士の皆さんは胸を撫で下ろしているようだった。
「すみません……色々と手違いがあったようで……」
「気にしないでくれ。私たちなら大丈夫だから」
カリュウも大変だなぁ。
その後すぐ、大きな馬車を引き連れた別の団体が到着した。
「じいさん! なんだ、また早とちりして部下を引き連れてしまったんか!! 隠居の身なんだから、ちったぁ静かにできんもんかね!?」
ビリビリと体に響くような大声とともに、スルガとサガミ老の側へ歩いてきたのは、とても筋肉質な中年の男性で、身長と体格ならゲンセンにも負けないくらいだ。
よく日に焼けた肌で、袖のない着物の上に朱塗りの胸当てや籠手、脛当てなどを身に付けている。
短く整えた髪は赤毛で、スルガの髪の毛の色とよく似ていると思った。
「スルガの父親の『小野部 大和』殿です。今は自軍と引退したサガミ殿の軍の両方を仕切る権限があります」
律儀にカリュウの説明が入り、彼の横にいるルゥクがスルガたちを見て目を細めている。微笑ましく……見ているわけではない。たぶん、じっくりと観察しているのだろう。
「ふぅん……じゃあ何かこの辺りで問題が起こった時は、スルガの家が動くんだね?」
「そうです。ぼくの父が一番頼りにしているのがヤマト殿になります。ですので、スルガの一家はここからすぐ近くの里に滞在し、一番大事な大陸との問題や流通を取り仕切ってくれています」
どうやらその里が蛇酊州で最南端の村になるようだ。
スルガの家系はここから、大陸との境目で州の守りに就き領地を見守る役目になるという。
「おそらくルゥクさんたちも、しばらくはスルガの家に滞在してもらうことになります。まずは疲れをとってから蛇酊の土地を移動する方がいいかと……」
「まぁ……そうだね。カリュウの家は?」
「もっと北の、蛇酊の中心部にある町です。ぼくの姉も……そこにいます」
本当ならカリュウは早く病気のお姉さんの所にいきたいはずだが、ここは他の伊豫人の様子を見るためにも一旦落ち着くことを提案された。
そんなことを話している間に、スルガの家の三世代の言い争いは収まったようだ。
スルガは、なんともバツが悪いような顔でみんなの方へ向かってくる。
「……待たせて、ゴメン」
「大変だったな」
「スルガ、ヤマト殿は何と?」
「あぁ、ルゥクたちの滞在中の世話はうちで引き受けるよ。ヨシタカの家には頃合いを見て訪ねるように……って」
視線をスルガの背後へ向けると、ニィッと歯を見せて笑うヤマトさんと、腕組みをして眉間にシワを寄せるサガミ老と目が合った。
「そうか。すまない、世話になる」
「気にしなくて良いって。うちにいる間はくつろいでってくれよ! うちは家族が多いから、ちょっとうるさいけどな!」
ニィッと笑うスルガはヤマトさん似だな。
壊れた馬車からヤマトさんが持ってきた馬車へ、怪我をしている者や疲れが溜まっている者を優先的に移す。
「若もご無事でなにより。途中、妖獣にも襲われたと聞いとったが、そんなに被害がなかったようで。まさか、こんなに早く帰ってくるとは思わんでした」
蛇酊州から大陸までを往復する時、大陸へ行くよりも、大陸から蛇酊へ戻る時の方が危険が多いそうだ。
ヤマトさんは一人二人は犠牲者が出るのではないか……と予想していたようである。しかし実際は最初に妖獣に馬車を壊されはしたが、宿場町からの道程で人間の犠牲はない。
「あぁ、それはルゥクさんたちのおかげですよ」
「怪我人が少ねぇのは“術”で回復してもらったからなんだぜ!」
「ほぅ。そりゃ、ありがたいな」
やはり、道中で回復の術を使う人間の存在は大きい。自然治癒で十日は掛かる怪我も、二日くらいで全快するのだから移動する速度にも雲泥の差が出る。
例え酷い怪我をしても、すぐに止血や炎症を抑えてしまえば、命を繋ぎ止める確率も上がるのだ。
「よし、ゆっくりでいい。後に続いてくれ!」
目的の村は少し歩けば見えるというが、以外に丘陵が続き疲れが溜まっている脚にはこの道程は長い。
スルガの一家とカリュウが先頭を歩き、わたしたちはその後ろをゆっくり動く馬車と一緒に歩く。
先ほど、回復の話が出ていたので歩きながら、そのことが話題になった。
「……あんたも回復の札、ちゃんと使えてたもんねぇ」
「そりゃ使えるよ。得意じゃないだけで」
「あれだけ使えれば並の『札の術師』より上よ。ここまで主な怪我は外傷だもん」
医者として普段から、回復の術を訓練しているコウリンはもちろんだが、苦手と言いながらも怪我人を次々に治していたルゥクもたいしたものだろう。
「簡単な怪我なら一瞬だもんなぁ。俺もちょくちょく怪我するけどすぐに治してもらえて、次の戦闘には何の支障もなしでいけるし……」
ゲンセンがうんうんと頷いている。
確かに、細かい怪我が蓄積するということがないのが良い。
「お前が回復の札を使っているところ……私はあまり見たことがないが?」
「回復の札は自分に向けては使わないし、君もそこまで大怪我とかなかったから、今までそんなに使ってなかっただけだよ。良いことじゃない?」
「まぁ……そうか」
怪我をしないことに越したことはないか……
「……………………」
いかん、いかん……変なことを思い出しそうに……
「ケイランなら札じゃない方法で治してあげてもいいけど……?」
「ひっ!? や、やめろ! 頼んでない!!」
急にルゥクに耳元で囁かれて、背中にぞわぞわと何かが走る。
札じゃない方法って……ふざけるのもいい加減にしろよぉっ!!
驚いたせいでドキドキと鼓動が早くなった。
けして“血の回復”を使われた時を思い出したからじゃない。
「あはは、ケイランってば何焦ってんの?」
…………ルゥク、ニヤニヤするな!
「お前……カリュウのお姉さんには真面目に対応しないと、国の問題になるからな…………」
「そりゃ、真面目にするよ。それにその娘の容態を診るのはコウリンだから、僕は単なる付き添いで黙ってるつもり」
そうか。あくまでもコウリンを立てていくって話だったな。
「だから、滞在中はケイランに構ってあげられるから安心していいよ」
「何で構われて安心しろと……って、近い!!」
再び耳元で囁かれるのをかろうじて阻止して振り払うと、ルゥクがぐいっと後ろへ引っ張られる。見ると、コウリンがルゥクの首根っこを掴んでいた。
「治療は頑張りたいけどー、師匠に助言ももらわないと不安だわー。女の子にちょっかい出す暇あったら、札の修行のひとつもつけてもらわないとー」
ものすごい棒読みの台詞を言いながら、コウリンがルゥクを睨み付けている。
「はいはい、分かりましたー。明日から師匠として頑張りますー」
「うふふふふ……よろしくー」
「分かりましたー、あはははは……」
ルゥクもコウリンも口は笑っているけど、目が相手を威嚇しているのが分かって怖い。
この二人、仲が良いかと思えば時折、仇同士のように口喧嘩していることがあるのだ。
………………なぜだ?
「やめろ……二人とも……」
「お前ら怖ぇぞ……」
わたしとゲンセンは、全く心のこもらないやり取りが繰り広げられているのを見てあきれてしまう。
しかし、そんなことをしていくうちに丘の下に集落が見えてきて、みんなの表情が明るくなっていく。
その集落は、大きな屋敷を中心に疎らに家が建っていた。
そんなに大きい集まりではないが、大きな岩山に挟まれるように存在しているため、ここが蛇酊の中心へ向かうための入り口の守りなのだと分かる。
村の屋敷……スルガの家の前まで来ると、屋敷の中から数人の女性たちが出てきてわたしたちを部屋まで案内すると言ってくれた。
しかし、その中の一人が…………
「では、お荷物は部屋までお持ち致します。お嬢様」
………………何でここにいるんだ……タキ。
何故か現地民のようにタキが女の格好で紛れている。
「少し前に着いたばかりです。“働きたい”と申し出たら“いいよ”と許可をいただいたので、これから滞在中のお嬢様方のお世話はワタシが致します♪」
「そう……」
疲れているので『影』という人種においては突っ込みはやめておこう。
「あの兄ちゃん面白いよな。女の着物も似合うし」
スルガはすでにタキと会って慣れていたので、けらけらと無邪気に笑っていた。どうやらスルガが報告するよりも先に屋敷に着いていて、屋敷の人間はある程度、わたしたちの到着を分かっていたらしい。
使用人頭と名乗る中年の女性から、まずは風呂と食事を勧められた。
「今日は外へは出してもらえそうにないか……」
「ルゥク様、ホムラが周辺の様子を三日ほど確認して戻るそうです。屋敷の主、ヤマト様から数日の滞在を提案されておりますので、ルゥク様たちの探索は後からにし、ここは大人しく屋敷内に留まる方がよろしいかと……」
ルゥクの呟きにタキがそっと付け加える。カリュウにもしばらく休むように言われていたから、うろうろと土地を歩くのは好まれないのだろう。
きっと、ルゥクは個人的にあちこち見てくるつもりだったのかもしれない。他に聞こえないように小さく頷いていた。
「……分かった…………なら、後で改めてヤマト殿に挨拶しないと。世話になるね、スルガ!」
「おう! みんな、ゆっくりしてけ!」
屋敷に入るとすぐに、十人は入れるような風呂へ案内されて身体を整えてから、小野部一家と共に夕食を摂る。
サガミ老だけは別室で……ということだが、かなりの大人数になって宴会みたいになった。
あとは全員、宛がわれた部屋で朝まで休むだけだ。
“身の安全を約束する”と言われているとはいえ、こんなに油断しても大丈夫なのか……?
眠りに落ちる時にそんな考えが浮かんだが、温かい布団の中で疲れた体は何の抵抗もしようとしなかった。
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…………………………………………
――――翌朝。
「…………ちょっ…………イ……」
ん……?
「ケイラン! 起きて! 起きてってば!!」
「――――え……?」
陽の光よりも鳥のさえずりよりも早く、コウリンに体を揺すられて目覚めた。
隣で寝ていたコウリンがやけに慌てている。
「なん…………コウリン? ふわぁああ~……」
「何だ、じゃない!! こっち、こっち来て!!」
「ちょ……何を……」
寝惚けたわたしを、コウリンは無理やり引きずって部屋の隅まで移動していく。そこには立派な鏡台が置かれていた。
「ほら! 鏡!!」
「鏡……うん、そうだな……」
当たり前だが、鏡にはわたしの姿が映っている。
「これが…………………………んんっ!?」
間違い探し。
「な、何だこれは――――っっっ!?」
『間違い』に気付いた途端、早朝にも関わらずわたしは叫んでいた。




