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卓上の交渉人

「……で? 君は何者なの?」


「ぼくは元【伊豫(イヨ)の国】、南方の()()を率いている『長谷川 嘉史(よしふみ)』の長男です。父は今、大陸と蛇酊(イヨ)を繋ぐ街道近くの村の村長(むらおさ)になっています」


 武士……という聞き慣れない言葉が出る。確か、伊豫の国の兵士のようなものだと、士官学校で習った気がする。



「僕を狙った理由は不老不死?」

「不老不死……そんなものはないと思っています」


 ルゥクと話すカリュウはやけにキッパリと言い放った。


 料理がズラリと並んだ卓には、ルゥクとカリュウだけが向かい合って座っている。


 私とコウリン、ゲンセンはルゥクの後ろに立つ。



「~~~~~~っ……」

「「「「……………………」」」」


 今にもルゥクに噛み付きそうに睨むスルガ、縛り上げられている男たち四人。『蛇酊』の五人は、カリュウの後ろの壁際に並んで床に座らせられていた。


 蛇酊の面々の横には刀を手にしたタキが、彼らを監視するように立っている。



「じゃあ……何で僕を狙ったの?」


「あなたが『人間離れした癒しの御業』を持っていると、うちの村の長老が教えてくれたのです。不老不死はなくても、どんな病も怪我も治せる……と」


 ルゥクの血の回復の力は確かに強力だ。

 でも……その力を求めて来たということは…………


「……誰か、治したい人物がいる?」

「………………はい。身勝手だと思われるかもしれませんが、ぼくたちにはあなたを襲わなければならないほど、大切な方がいるのです」


 そうだろうな。きっと自分(カリュウ)に近しい人物。この子は自分の欲のためじゃなく、大事な誰かのために覚悟した顔をしている。


「……そうなら、何も我々を襲わなくても言ってくれれば、ルゥクだって…………」

「ケ~イ~ラ~ン……はぁあああ~~……」

「な、何だ、その態度は!」


 ルゥクがわたしに向かって、これでもかというほどの、呆れたような表情で深~いため息をついた。


「言っておくけど、僕は人助けの旅をしている訳じゃない」

「それは、分かるけど…………でも」

「分かってないね。単純なことじゃないんだよ?」


 珍しく……というのも変だが、ルゥクが馬鹿にする素振りもなく真剣にわたしに怒ってくる。


「僕の血は薬じゃなく、毒に近い。どんなに丁寧に『血をくれ』って頭を下げられても、ハイハイってあげることは無理だよ? それ一回きりで済むと思う? 噂が噂を呼んで()()()()()()()()()が列をなして…………結局、不死を狙いにくる奴らと同じく、争いの種になるんだよ?」


「それは…………」


「それどころか、僕が『僕に無関係な人間』であるその人だけを特別に治したら、治したその人も『何か特別な人間』になったんじゃないか? ……なんて勘ぐられて、別の奴らに襲われたりするかもね。はい、治しても意味ないよね?」


「ぐ…………」


 一気に捲し立てられ、わたしは次の言葉が出ない。


「ま……ひとりにやったら、我も我も……と次々に恩恵を受けようと来るもんなぁ」

「そうよねぇ……例えルゥクが化け物並に頑丈でも()()になるわ。頼まれても簡単にはあげられないわね」


「う…………」


 ゲンセンとコウリンまで、呆れた顔で頷いている。


 うぅ、わたしだけ『平和な子だねぇ~』『考え甘いんだよねぇ~』と責められているようだ……。


「…………と、いうことだよ。カリュウ」

「……しかし……!!」

「それと、僕が治せるのは『怪我』や『疲労』で、『病弱』や『病気』そのものは治してあげられないんだ」

「え…………?」


 確かに……瀕死のゲンセンを一瞬で治したり、わたしの気力切れを回復はさせていた。しかし、わたしの基本的な体力が増えたりはしない。


「解りやすく言うと…………体の中の“欠けたもの”や“減ったもの”を治すことはできるよ。でも、“もともと無いものを増やすこと”や“その体の一部ではないもの引き剥がすこと”はできない。そういうこと」



 カリュウの顔から、サァっと血の気が引いていった。

 この子が治したいのは『誰かの病気』そのものなのだろう。


「病は全て、無理だということです……か?」


「その『病人』が本来、頑丈な人間なら自己治癒力の『回復』の手助けはできる……そこから自力で治すなら、少しは望みがあるね。でも、さっき言ったように、何の関係もない他人に僕の血は与えられない」


「……………………」


 完全に俯いて黙り込んだカリュウは、今にも泣きそうで、それを我慢しているのか噛んでいる唇は震えていた。


「……ルゥク、何とかしてやれないのか?」


「僕は善人じゃない。慈善を強要されるなら、僕は蛇酊へ行く気はないね。僕らが危険な目に合うのが目に見えているもん」


「そう、か……」


 わたしがルゥクの旅を強制することはできない。


 何かの縁で、この子たちに関わったのなら救けてあげたいと思ってしまうのは、わたしの自己満足にすぎないのかもしれないな……。


 わたしが考え込んでいると、ルゥクが座ったまま、こちらをじっと見ている。


「え……何だ?」

「ケイラン、ちょっと……」

「???」


 ルゥクが小さく手招きをするので身を屈めて顔を近付けると……


 ベチッ!


「痛っ!? なっ、何をする!?」

「それはこっちの台詞だよ。なんて表情(かお)して見てくるのさ?」


 いきなり額を叩かなくても!

 こいつのやることは未だに解らん!!


「……まったく、完全に情が移ってるじゃないか」

「だって……」


 カリュウたちを見ると、すっかり静かになってしまった。さっきまで我々を睨んでいたスルガも下を向いて口を固く閉じているし、他の男たちも絶望しきった表情だ。


「何度も言うけど……僕の血はあげられないし、僕は慈善を与える気もない…………()()()()()()()()()()()()()()()()、ね」


 カリュウがハッとしたような表情でルゥクを見た。それを見たルゥクは目を細めてニィッと笑う。


「他の方法……病人にしてあげられることで、別の方法ですか…………」


「うん。偶然にも、ここには医者で薬師がいるよ。しかも、札の術も使える『術医師』だ」


「へ? アタシ?」

「しかも、この娘は僕の弟子なんだよね」


「「「えっ!?」」」

「「本当に!!」」


 バババッ!! と、蛇酊の面々が一斉に顔を上げ、視線をコウリンへ集中させる。全員、必死にすがり付くような視線である。


「蛇酊では、大陸ほど医療が進んでないって聞いたね。『術』というのも、珍しいものなんじゃない?」


「は、はいっ! お恥ずかしながら、伊豫人にはこちらの方のように『術』という技を使える人間はいないかと思います……」



 蛇酊では『術師』という存在はおらず、もちろん『術医師』という術を使う医者もいない。いるのは『祈祷師』や『呪術師』と呼ばれる中の薬師の心得のある者が医者の役割を果たすそうだ。


 ……こんなに近くの半島なのに、伊豫の国は大陸(こちら)の文化は殆ど入らなかったらしい。


「おい、大陸の医者でも『術医師』なら村長は納得するんじゃ……」

「でも……『癒しの御業』じゃないぞ?」

「聞いてなかったのか。『癒しの御業』は効かねぇって……」

「普通の医者じゃなく『術医師』なんて、俺らじゃなかなか探せねぇだろ……」



 ヒソヒソと男たちが何かを言い合っている。しかしスルガだけはカリュウをじっと見て、彼の判断を待っているように見えた。


「もし……そちらの方を(くに)に招待させていただけるなら……」


「僕の血を与えることはできない。でも、うちのコウリンが『術医師』として、そちらにはない治療をしてくれる。でも、さっきも言ったけど、僕らは慈善のために旅をしている訳じゃない。わかるね?」


「…………見返りをお求めですか?」


 カリュウが警戒するようにルゥクに言う。


 ルゥクが口許に薄い笑いを浮かべた。これは、いつもの『何か企んでいる』笑顔だ。


「そうだね、僕らが蛇酊に滞在する場所の確保と、僕ら全員の身の安全の保障。それと……蛇酊を観光させてもらう時の、護衛兼案内人が必要かな?」


「え? それだけですか?」


「充分だよ。だって僕ら蛇酊に頼れる人、いないからねぇ」


 もっと金銭的なことを要求されると思ったのだろう。カリュウはややホッとしたように微笑んだ。


「分かりました。あなた方の安全は我々が保障します。滞在場所もすぐに用意しましょう。護衛も父と相談して人を選びますので、一緒にぼくの村まで来ていただけないでしょうか」


 カリュウは立ち上がると、ルゥクの側まで進み床に跪いて頭を下げる。それを見たスルガたちも、慌ててカリュウの後ろについて平伏した。


「どうか、お願いいたします。『(ロウ) 流句(ルゥク)』様」

「「「「お願いいたします!!」」」」


「…………そうだねぇ」


 その場は完全にルゥクが優勢だった。




 すっかり流れがこちらに傾いた時、隣のコウリンが顔をひきつらせてボソリと呟く。


「うっわ……悪どい……」

「コウリン?」


 ルゥクの後ろで、わたしたちはヒソヒソと話す。


「だって……アタシたち、最初から蛇酊に行くのが目的だったでしょ? これじゃ、()()()()()()()()()()()体じゃない?」

「あ…………」


 そういえば、そうだった。


「アタシをエサにあの子たちに恩を売り付けて、宿と情報の()()をタダで手にしてるのよ……あいつは……」

「うわぁ……それはちょっと……」


「いいんじゃねぇのか……行動を共にする俺たちも、すっかりルゥク(あいつ)の共犯なんだぞ。まぁ…………諦めろ」

「「うぐ……」」


 卓には安堵の表情を浮かべ、席に着く蛇酊の者たち。


「皆もご飯食べて落ち着きなよ。明日は早く『出発』するからね?」


「「「………………」」」


 にぃぃぃっこりと怖いくらいに爽やかな笑顔のルゥクに、わたしだけでなく他二人も寒気を感じていたと思う。




「お嬢様、良いじゃないですか。話も穏やかにまとまったんだし。せっかくの料理、勿体ないから食べてくださいな」


「う……うん。わかった」


 タキにも促されて、仕方なく卓に着いて皆で食事を始めた。


 蛇酊にはこの大陸にはない文化がある。

 安全を保障されるなら、蛇酊では狙われずに滞在して『術喰い』を落とす何か手掛かりを探せるかもしれない。


 知らぬ土地に不安はあるが……少しは楽をしてもいいか。


 全身がどっと疲れて重くなる。

 しかし、わたしの中では、蛇酊で何か掴むことができることを期待し、幾分気持ちは軽くなっていた。





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きしかわせひろの作品
Thousand Sense〈サウザンドセンス〉

不死<しなず>の黙示録
― 新着の感想 ―
[一言] コウリン活躍の大チャンス!? ケイランが甘ちゃん言われて可哀そう……(´・ω・`)
[一言] ルゥクとケイランの性格の違いがよく表れてますねw
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