明けぬ迷走 一
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――――たぶんこれは夢だ。
人は時々自分が夢を見ていて、これがそうだと自覚している時がある。まさに今が夢なのだろう。
私がいる場所は大きな部屋だった。
立派な箪笥に机と椅子。本棚には難しい本や綺麗な装飾の本が並び、長椅子には豪華な刺繍の敷物が掛けられている。
天蓋付きの寝台も大きく、人形やふかふかの枕が並べられていた。その周りにも派手な置物などが置かれている。
どうやら金持ちの家の子供部屋のようだ。
そして、私はこの部屋を知っている。
寝台の脇の人形たちが置いてあるところにはひとりの幼い子がいて、これから起きる物事を察知して息を潜めていることも。
ドカドカドカッ! バン!
乱暴な足音と扉を開ける音。
数人の男たちが部屋に入ってきて、話をしている。そのうちのひとりが寝台の丸まった毛布を担ぎ上げ、仲間のところへ歩いていく。
乱暴に毛布が広げられ、中から銀色の髪の毛の幼女が投げ出された。寝間着のままの幼女はうずくまってじっと動かない。
男が幼女を連れて行こうと手を伸ばした、その時。
入り口の扉に近い所にいた男二人の頭上で、何かが煌めき小規模で爆発した。
爆発音に悲鳴が交り、頭を弾かれた男たちは倒れ伏す。
それと同時に扉から入ってきた人物が音も無く近づき、両手に携えた刀で更に二人を斬り捨てた。
仲間が斬られている間に、最後のひとりが逃げようとしたが、敵に体当たりをされてベタッと壁にへばりつく。
男を突き飛ばした反動で、敵の髪の毛が空中に舞って月明かりを受けた。
暗い部屋で蒼を透かしたような黒髪がとても美しい。
パサッ……。
敵から何か薄い板状の物が幼女の前に落ちた。幼女はそれを拾い上げ、しげしげと見つめている。
それはとても綺麗な『札』だ。
――――そうだ。あれは私の『御守り』だ。
それを見た瞬間、私の意識が上へ向かうのが分かった。
「………………」
私は静かに目を開けた。
やっぱり夢だったか…………。
私は木の根本に作った簡単な寝床で寝ている。
ルゥクが夜中から焚き火の番をしていてくれていたおかげで、足を向けている先には焚き火が仄かに燃えている。弱く焚いてくれていたので足下は凍えること無く、私はぐっすり寝ていたようだ。
辺りはまだ薄暗く、森の木々の隙間から覗く空には、今にも消えそうな小さな星が見える。たぶん夜明けが近いのだろう。
三歩ほど離れた別の木の根本にはルゥクが座って…………あれ? どこ行ったんだ?
「あ、ケイランおはよう。まだ早いから、もう少し寝ていても良いよ」
「…………ん……何でルゥク、逆さま?」
起きたばかりで私もぼんやりしていた。
逆さになっても女性のように綺麗なルゥクの顔が、自分の顔の近くにある。私の頭の上から覗き込んでいて、髪の毛の先が頬に触って少しくすぐったい。
そういえば、木や土の上で寝ているのに……背中も肩も痛く……ない……?
腰辺りは下が固いのだか、背中から上は程よい固さで暖かい。私はルゥクの言葉に少し甘えて再びうとうとと………………って、おい待て。
ガバッ!! と、勢い良く体を起こして後退った。私が急に動いたにもかかわらず、ルゥクはひょいと頭を避けて頭突きを回避した。
「…………っ!? 人が寝ている間に何やってんだぁああっ!! ルゥク!!」
「え? ひざ枕だけど?」
「な、な、ななななっ…………!?」
何て事してんだぁあああ――――!!!!
白む朝の空の下、私の絶叫が森に響いた。
「……………………」
「そんなに怒らなくてもいいのに……」
焚き火を使って小さな鍋で何かを煮ながら、ルゥクはむくれている私に苦笑している。
「昨夜は冷えたから……焚き火だけじゃ足下しか暖かくならないし、旅の初日から眠れないのも可哀想だなぁ、って思って……」
「だからって……人の寝ているのを…………」
「何もしてないし、起こさないように気は遣ったつもりだけど…………寝心地悪かった?」
「それは…………」
いや……寝心地は……良かったよ。存外に気持ち良くて、おかげでぐっすり眠れましたよ。ひざ枕なんて、子供の頃に母親にしてもらった時以来だよ。
でも……ほら……一応…………。
「し……囚人と兵士で……その……」
「あ、男女は気にしないんだ? 年頃の女の子と年の近い男が、くっついて寝ていたのは問題ないんだね」
ちくしょうぅぅっ!!
何か恥ずかしくて言葉代えて言ったけど、きっとこいつは全部分かって言ってやがるっ!!!!
やめろ! そのニヤニヤ顔をやめろぉぉぉっ!!
「ごめんね。でも、凄くうなされてたから……」
「……え?」
「あんまりいい夢、見てなかったんじゃない?」
「………………」
――――目の前で人が殺される。
確かに悪夢だ。しかし、あの夢は…………。
「…………結果としてはいい夢なんだ。アレは」
「へぇ? どんなの?」
「簡単に言うと恩人と会った時の夢で…………」
あれは十年以上も前の事だ。
私はある商人の子供だった。
しかし、私は本当の子供ではなく、この珍しい銀色の髪を目当てに商人が人買いから金で買ったのだ。金銀はこの国では縁起の良いものだったからだ。
衣食住には全く困らなかったが、親となった商人から見れば私は飾りものであり、まともな人間としての扱いはしてもらえなかった。
だが、ある日、その生活はなくなった。
商人の屋敷の者は私以外、全員殺されたのだ。
それもたった一人に、一晩で。
それが私の『恩人』なのだ。
「………………恩人の話だよね?」
「そうだよ」
「皆殺しにしてるけど?」
「その人は自分のことを『影』だって言っていた」
「………………」
通称『影』
この国ではそう呼ばれる。言ってしまえば暗殺や隠密活動をする特殊な人間だ。違法なことをやるため表立ってその存在を確認することはできない。
大人になって調べて分かったことだが、私を飼っていた商人は、裏では密かに謀反を企てていた者に武器を流していたらしい。そのため、国に文字通り『消された』のだ。
その時その人は私だけは殺さず、今の両親に私を預けた。
今の両親は武人で、私を髪色に関係なく、本当の娘としてとても可愛がってくれている。
「皆殺し云々はあれだが…………今は私がこうして自分の人生を生きていられるのは、その人のおかげと言えるんだ。ほら、コレ……」
私は胸元から一枚の『札』を取り出す。
「その人、お前と同じ『札の術師』だった。さすがにこの手掛かりだけじゃ探せないが…………」
拾った札はとても綺麗な模様が描かれていた。
札は術師が一枚一枚手作りだと聞いた。もしかしたら分かるんじゃないかとずっと持っていたのだが……。
「この国じゃ、札の術師なんてごまんといるからね。珍しいもんじゃないし、札の描き方なんて流派で違うくらいで個人の見分けは難しいと思うよ」
そう、意外に札の術師はたくさんいたのだ。
術師というのは体内の『気』という生命の力を様々な形、『気術』として体の外に現して使う者たちのことだ。
本来なら気術をそのまま使うのは難しいが、札の術師は札を媒介に術を使うため、気術の素質があればだいたい習得できる。
この国に何千といる術師のうち、アザの無い術師の半数以上は札の術師だと言っても過言ではない。どんな村や町にも一人くらいは術師がいたりするが、大抵は札の術師だったりする。
あと、あの人を探すのだったら……。
「そうだな……でも『影』だったなら、そこから探せるかもしれないから…………」
「……会いたいの?」
「うん、まぁ……できるなら……何を話していいのか分からないけど…………ルゥクは『影』に会ったことは?」
ルゥクも国の兵士だと言っていた。もしかしたら同じ『影』なのかと、疑ってみたのだが……。
ルゥクは私に向かってキョトンとした顔をする。
「何で? 知らないよ、その人『影』の人でしょ? 普通に仕事していたら会わない人たちだよね」
「あ…………そうか、すまん」
「まあ、見つかるといいね。はい、ご飯出来たよ。どうぞ」
ルゥクは『影』じゃないのか……?
出来上がった料理をお椀に入れて、にっこり笑いながら私に差し出してきた。
私なりに『影』について調べ、今の育ての親にその人のことを聞いたことがあったが、父親は「自分は国の武人として教えられない」と、突っぱねられたことがある。
唯一教えられたのは、『影』という人種はいるが彼らは国に命を捧げ、命令を絶対として任務を遂行する者らしい。しかし、内容が内容だけにその存在は秘密にされているそうだ。
やはり駄目か……。
私は御守りを胸に仕舞って、汁物の入ったお椀を受け取った。そういえば王都から町に行く間、私は一人きりだったので保存食のみで料理などしていなかったな。こうやって温かいものを外で食べるのはあまり無いことだ。
昨日は遅くまで、集団に囲まれてばかりだったし……。
夜が明けてさすがに今日はまだ来ていない。街道から外れた森の奥にいるせいだろう。
ちなみに昨日は五組ほどの集団がルゥクに吹っ飛ばされた。
今日も歩き始めたらまた来るのかな……?
そういえば……ルゥクって兵士とはいっても、どこの所属だったのかな……聞いてみるか……?
私は色々と思案しながら、お椀の汁ものを匙ですくって一口食べた。
……………………………………。
「………………ルゥク……私は普段、あまり弱気な事は言わない性格なんだが…………一言だけいいか?」
「どうしたの?」
私は手にしたお椀をじっと見て……。
「何コレ、物凄く…………不味い……うぐっ……」
「あ、だよね……」
うわっ、駄目だ。頑張って飲み込んだけど吐きそう……何コレ? 苦いし酸っぱ甘いし……え? ほんとコレ料理!? 劇物の間違いだろ!!
食材に対する冒涜じゃないのかっ!?
「うーん、やっぱりか……これでも昔よりは少しマシになったと思ったんだけど……」
「お前、そんなに料理下手だったのか!? 作るの苦手なら苦手って言えばいいのにっ……うっ!! ゴホッ!」
あっ……喉に来た!! コレ、後から辛味が追いかけてくる!
「えっと、水……飲む?」
「の……飲む……ゴホゴホッ!」
差し出された別のお椀の水を一気に飲み干した。
あああああ~~~!! 生き返るぅ~~っ!!
一口だけだったのに死ぬかと思ったぁぁぁっ!!
私が一息ついたその時だった。
ガサガサガサッ!
後ろの茂みを揺らす音と共に、ドカドカと大勢の足音が聞こえてきて、私たちの目の前に十人ほどの男たちが現れた。
「見つけたぞ!! こんな森の中に隠れているとはな!!」
「あ……貴様は……」
この男は確か……町を出てすぐに集団で囲んできた奴らではなかっただろうか? よく見るとその男をはじめ半数近く、火傷の痕や包帯が痛々しい。
「ふん、のんきに朝飯とはいい身分だな。悪いがお前たちをぼこぼこにしてでも連れていくぞ!!」
「「……………………」」
ルゥクが無表情で腰の入れ物から札を取ろうと手を伸ばし…………。
ガシッ!!
「朝から来るな!! 迷惑だ!!」
バシャアアアア!!
ルゥクが札を取るより早く、私は先頭にいた男に思いっきり汁物の鍋を投げつけた。
「ぐわあああああっ!?」
汁物は少し冷めていたから大丈夫だと思う。
食らえ、文字通り。
「おわあああ……ガハッゴホッ!! うぇッ!!」
「何だ!? おい!! 何を投げつけた!?」
男は喉を押さえて地面を転がり、足をバタつかせて悶え苦しんでいた。他の男たちは思い切りビビっている。
「凄いぞ、かなり効いてる!」
「ケイラン…………何で…………まぁ……いいか。『爆風』!!」
「「「うわぁあああ!!」」」
投げられた二枚の札が重なり、爆発と突風を組み合わさって数本の木と男たちを凪ぎ払った。森の一角にちょっと開けた場所が出来た。
完全に地形が変わるよりいいか。
うん、良かった。
伸びている男たちを置いて、私とルゥク場所を移動した。
落ち着いたところで予定の街道に戻り次の町まで急ぐ。その道すがらルゥクがなんとなく不機嫌なので、先ほど鍋を投げたことを謝った。
「アレ……ただ棄てるの勿体無いなぁ、って思って……ほら、意外と使えただろ? 『対人用猫いらず』とか名付けてもいいくらいに……」
「ちょっと……それ酷い……」
ルゥクが私に背中を向けながらふて腐れている。
まだ三日ほどの付き合いなのに、ひどく珍しいものを見ているような気がして可笑しくなった。
「ふふっ……すまない、悪かった。ぷっ……あはは……」
「…………笑わなくても」
「怒らないでくれ、次から食事は私が作るから……」
「え? ほんと?」
パアッと、明るい笑顔でルゥクが振り返る。
まぁ、寿命が縮む思いをしてまで食事したくないからな。これくらいは私がやってもいいだろう。
そんなこんなでバタバタと過ごしているうちに、私はまたルゥクの事を聞きそびれた。
聞いてどうするか? それは分からないが、少なくとも初日より、何も知らない気持ち悪さは無かったと思う。
しかし私はこの先、悠長なことをしている余裕は無くなるのだった。
後日、思い知ることになる。
ルゥクは死刑囚なのだ。――――と。