恩人か悪人か
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
今回はケイラン視点です。
騒ぎが収まったところで、わたしは子供たち二人を連れて仲間の所へ戻った。
本当なら助けて終わりにしてもいいのだろうが、このまま子供二人だけにしておくのも躊躇われたので、少しだけ一緒に連れていこうと思ったのだ。
コウリンとゲンセンは何も言わなかったが、ルゥクが一瞬だけ顔をしかめた。
しかし、そのあとは特に文句もないようなので、わたしも気にしない振りをしてみる。
野次馬が引いていき、移動した方が良いということになった。
「すみません……この先に、小さな店があったのを見たので、そちらに移動してもいいですか?」
「かまわない。私たちも一緒に行こう」
どうやら、男の子二人はこの町の賑わいに苦手意識が出てしまったようで、要望に応えてなるべく大通りから外れた、小さな茶と食事が摂れる店に隠れるように入った。
とりあえず、落ち着くために一緒に休憩しようと、お茶だけを注文して全員で席に着く。
「はぁ……助かりました。ぼくたち、蛇酊から来たので……その、あまり良く思われてなくて……」
「……? 蛇酊から来たからと言って、酷い目に合う道理はないだろう?」
男の子たちは顔を見合わせ目をパチパチとして、わたしの顔を不思議そうに眺めた。
「ねぇちゃん、オレたちのこと気にしないのか?」
「ぼくたち、伊豫人なのに……?」
「……いや、特に何も? それより、少し私たちと一緒にいた方がいい。茶でも飲んでいれば落ち着くだろう」
二人のうち、少し長めの黒髪で大人しそうな男の子は、体も小柄で顔も中性的だった。目が合うとにっこりと可愛い笑顔を見せている。
それとは対照的に、赤毛の男の子はムッとしてそっぽを向いてしまった。何か気に入らなかったみたいである。
「ありがとうございます。この町に来て助けてくださる方がいるとは、正直思いませんでしたので……」
「オレは“助けて”なんて言ってない…………痛っ、いででで!」
「スルガ……恩人にその態度はないよ?」
赤毛の子がさらにブスッと呟いた時、黒髪の子が彼の頬を思い切りつねった。その間の表情は笑顔のまま。
「お礼……まだでしょ? ん?」
「いいい~って!! わ、わかった! 放し……!!」
え~と…………この二人、何らかの力関係でもあるのだろうか?
黒髪の子の笑顔の制裁が『誰かさん』と似ていて怖いのだが……。
「あらためて……お姉さんたち、危ないところをありがとうございました」
「…………ありがとうございました」
手を離して、黒髪の子が立ち上がって丁寧にお辞儀をする。赤毛の子も頬をさすりながら、渋々という感じで頭を下げた。
そうだ、名前。いつまでも名乗らないのも不便だな。
わたしは被っていた頭巾を取る。二人とも銀髪を見てちょっと驚いたようだが何もいわなかった。
「私の名は『李 佳蘭』だ。ケイランで構わない」
「アタシは『杼 香琳』よ。よろしくね!」
「『暁 玄泉』だ」
「………………」
何故かルゥクだけは名乗らない。
いつもよりも口数も少ないし、まさか体調でも悪い?
「ぼくは『長 嘉隆』と申し……」
「違う! お前は『長谷川 嘉隆』!!」
わたしたちの自己紹介に黒髪の子が名乗ったが、さらにブスッとした様子になった赤毛の子が突っ込んでくる。
その時、
「ふぅん……なるほど、どうやら国から名前の読みを揃えるように言われたのを、君は忠実に守っているのか……」
「忠実……とは違うかもしれませんが……」
ルゥクが頬杖をつきながら急に話に加わった。入ってきた割には、さほど興味が無さそうな表情で言っている。
兵士であるわたしは、この意味を何となくだが理解している。
“属国は本国に習い、名前及び地名の言葉を改正せよ”……この国が『伊豫の国』を『蛇酊州』にした時に命じたことだと、士官学校の教科書に書かれていた。
文化をねじ曲げて、反抗する気力や意思を削ぐ。
これについては、いくら戦争といえど国の歴史や文化を踏みにじる行為ではないのか……と、心の底では思ってしまったのが本音である。
「どうぞ、カリュウとお呼びください。この大陸の方はそちらの方が、名の音が呼びやすいと聞きましたし…………ぼくは慣れてますので。物心ついた時から、二つの名を持っていたと思えば苦ではありません……でも、スルガは全然慣れなくて…………」
「ふんっ! 俺は大陸の人間じゃない、伊豫の国の民だ!!」
再びそっぽを向くスルガと呼ばれた少年。
「ごめんなさい。今ちょっと機嫌が悪くて…………スルガ」
そう言うと、カリュウはニコニコとしながらも、スルガの頭に片手を置きギリギリと首を自分の方に向かせている。
カリュウに「恩人の皆さんに自己紹介は?」と言われ、スルガの口の端は小さくひきつっていた。
何故か、カリュウの方がスルガより上らしい。
「……『小野部 駿河』……オレは『小』でも『駿河』でもない! “スルガ”って呼ばない限り無視すっからな!!」
下の名前で呼ぶのはいいのか。
「“シュンカ”って名前が女の子みたいだって、大人にからかわれたことがあるんです」
「へー……」
「余計なこと言うな!」
スルガは顔を真っ赤にして、カリュウの肩を掴んでガクガクと揺すっている。その時、一瞬だけわたしと目が合ったがすぐに逸らされた。
カリュウは普通に話してくれるが、このスルガって子は、だいぶわたしたちを警戒しているみたいだ。
ガタン!
「さて……と、オレたちはそろそろ行こうぜ。のんびり茶なんて飲んでられない。オレたちは忙しいんだ……!」
「あ、ちょっと……スルガ!」
スルガが立ち上がろうとした時、
「へい、お待ち! 沢山できたよ!」
「「「え?」」」
「おぉーっ!」
「なっ……」
急に店の店主らしきおじさんが、卓上に次々に料理を並べ始める。
わたしたちが何も言えずに眺めている間に、結構な量の食事の用意がされてしまった。
呆気にとられている皆を、ルゥクだけが冷静に眺めている。
「何でみんな驚いてるの? ここは食事処なんだから、注文すればくるだろ?」
「え? 何?」
「僕があらかじめ頼んでおいた」
「お前が?」
ルゥクがニコリと口の端を上げる。
特に企んでいる感じではない……のか?
「二人とも、だいぶ食事を摂ってないんじゃない? さっきだって、何か食べ物を買おうとしたら騒ぎになって食べられなかったんだろ?」
「え!? でも……ぼくたち、そんなにお金は……」
「いいよ、こっちの奢り。いっぱい食べな」
「いいのか!? 兄ちゃん!!」
ムスッとした表情から一変、スルガは目を輝かせて身を乗り出している。
「スルガったら……! で、でも……助けてもらった上に食事までなんて……」
「気にせずに。足りなきゃ、もっと注文するから」
「兄ちゃん、いい奴だな!」
「うんうん、育ち盛りは沢山食べなよ。はい、どうぞ」
ルゥクが皿に料理を取り分け、スルガに差し出している。急なことにわたしだけではなく、コウリンやゲンセンまで顔を見合わせて戸惑う。
何だ? 珍しくルゥクがただのいい人に…………
ルゥクが差し出した皿が、スルガの手に渡ったと同時、
ゾクッ……と、何かが背中に走る。
え…………!?
「ありがとう! いただきまー……」
「っ!? スルガ!!」
バシィッ!! ゴトッ!!
カリュウが慌てた様子で、スルガの手に持った皿を叩き落とした。皿は割れこそはしなかったが、乗っていた料理が卓上に転がる。
「何すんだよ、ヨシタカ!?」
「でもっ…………!!」
「もしかして……“毒”が入ってるとでも思った?」
「……っ!?」
今、背中に寒気のような気配がしたが、その正体がわたしたちの目の前にいる。
クスクスと笑って目の前に座っているのに、ルゥクに存在感は…………ほとんど感じられない。
――――『影』のルゥクだ。
「ふふ……頼んでもいない料理が大量に出されたら、そりゃあ焦るよねぇ? 予定では今頃、僕たちは痺れて動けなくなっているはずだもんねぇ?」
「痺れて……って、まさか……!?」
思わず立ち上がって、自分の体などに異状がないか確認する。
「大丈夫だよ。未遂だから」
本来なら、湯飲みに入った茶に何かを入れられていたのか?
カリュウの顔から、どおっと汗が流れ出したのが解った。
「ヨシタカ? 何……何のことだ?」
「そんな……いつから……?」
青ざめたカリュウの横で、スルガはまったく状況が解っていないようだ。おろおろとカリュウとルゥクを交互に見ている。
「いつか……って、ことはないかな。僕は大抵、近寄ってくる人間には警戒している。それが例え、か弱い子供でもね。子供だっていっても十二、三才も過ぎれば大人と同じ考えくらいできるはずだし」
実にルゥクらしい考えだと思った。
「さて……もういいよ!」
ルゥクがパンパンと手をならすと、店の奥から先ほど料理を運んできた店主が…………首もとに短刀を突き付けられ、手を後ろに回された格好で連れてこられた。
「ルゥク様、こいつの他には三人いましたよ」
「っ!? は…………『タキ』!?」
「はい。お嬢様、お元気そうで何よりです」
店主を縛り上げて来たのはハナ……ではなく、タキである。
今日の服装は黒一色で、一目で男と判る格好だ。
「えっと……タキは、ずっと見てたのか?」
「はい。お嬢様たちをこの店に誘導した時に、よほど止めようかと悩みました。それに、この町に着く前から周りで動いていた奴らまでいるし。オレは三日前から、近くを張るようにしていたんです」
「そっちも情報用に人を動かして、僕らのことを見ていたんだろ? 時には他の勢力を、僕らに寄せ付けないようにして。たぶん、一ヶ月は掛かっていると思うけど……」
このひと月ほど……蛇酊州に向けて旅をしている間、わたしたちはルゥクを狙う者どもに、二回くらいしか襲われなかった。
実はそれはカリュウが他の人間、つまり大陸側でいう『影』のような人間を使って、わたしたちが妨害されずに蛇酊へ向かうようにしていたらしいのだ。
ルゥクはそれを察知して、三日ほど前にわたしたちに追い付いたタキに、道中を見張るように命じたという。
そしてカリュウたちは、わたしたちが宿場町に着いたという情報を手に入れ、目の前で問題を起こして、兵士であるわたしが出てくるのを待ち伏せた。
「ここは政府非公認の町だからね。店や個人で雇われた、傭兵や用心棒に問題解決を頼むしかない。だから、兵士であるケイランがでしゃばってくる確率は高くなるわけだ」
「私のことも調べてあるのか……」
うぅ……何か、この子らに手のひらで転がされていたのが悔しい…………本当に子供が考えたのか?
「……と、まぁ、こんなところだよね。君、若いのにたいしたものだよ。さて……闘うなら正面から受けてたつよ? 君も“僕の特性”を狙ってきたんだろ?」
「さすが……“不死のルゥク”。やっぱり、ぼくなんかが罠にはめられる訳がなかった……」
名乗らなかったはずの名前が、カリュウの口からこぼれ出る。
「あなたは『四回目に命を狙ってきた者は殺す』と聞きました……でも、もうぼくには二度も三度もない」
ふぅー……と、深いため息を吐いて、カリュウは天井を仰いだ。
「ぼくは腕っぷしも弱く、喧嘩もまともにしたことがない。だから、あなたを狙うのならば騙し討ちしか方法がなかった。それが失敗したのなら、ぼくには何も闘う術はありません」
「じゃあ、どうする? 逃げる? それとも別の人間を立てて挑戦する?」
ルゥクがチラッとスルガの方を見る。スルガが身構えようとしているのをカリュウが手で制した。
「スルガは何も知らずに、ぼくの護衛についてきたのです。それと、奥の者たちもぼくの命令で、ここに半月ほど滞在させていただけです。――――殺すなら、ぼくだけを」
「ヨシタカ!?」
「そんな……若!!」
「駄目です、若!!」
「若!! お逃げください!!」
「若――――っ!!」
スルガの他に、タキに拘束されている男や、厨房から這い出てきた男たちやらがカリュウに向かって叫び始める。
「えーと、お……おい! 何か知らないけど……ヨシタカに何かするなら、オレを倒してからにしろ――――っ!!」
絶対に状況を解っていないみたいだが、カリュウを庇うようにスルガが刀を抜いて構えた。
「スルガ! 駄目だ、どいて!!」
「嫌だ、オレはお前を死んでも守るぞ!!」
「スルガ……偉いぞ……!!」
「若……うぅっ、うっ、うっ……」
少年二人のやり取りに、他の仲間の男たちが涙を流している。
わぁ……この場面を見ると…………
「ねぇ、ケイラン……」
「なんだ?」
「これ……僕が悪者みたいだよねぇ」
「まぁ、いつも………………えーと……」
『いつもお前は酷いことしているからな』
…………と口から出かけて、今はそれを飲み込むことにした。




