親しき別人
「タ……『タキ』……って……」
わたしは実に混乱していた。
「はい、ワタシは『ハナ』でもあり『タキ』でもあります。どちらでも好きな名前でお呼びくださいませ♪」
パァ~~~~ン…………
頭の中で何か間の抜けた鑼がなった気がする。
え……ちょっと待て…………ハナはタキで、ルゥクと知り合い……というか、部下とか……?
でも、タキはハナで、うちの父に仕えて…………?
…………………………
…………………………………………
「おーい、ケイラン? 大丈夫?」
「…………はっ!! 今、一瞬だけ気絶した!?」
自分の思想の許容量を超えた衝撃に、頭が受け入れるのを拒否したのかもしれない。
隣ではわたしの顔を心配そうに覗くルゥクがいる。
「あ~……黙っててゴメン。タキのことは特に言う機会がなくて…………」
「いや……よくよく考えれば、お前が父上の知り合いだということで、予想はできただろうし……」
父上とルゥクの関係はつい最近知ったのだ。だから、その関連をルゥクが教えてなかったのも無理はない。
でも…………
「ルゥク、ひとつだけ教えてくれ……」
「うん?」
「…………屋敷にはお前の関係者は、あと何人くらいいるんだ?」
「タキ入れて五人。みんな君が来る前からいるよ」
「そうだったのか……」
五人も……結構いたものだ。
「……ねぇ、皆。ちょっと此処から移動しない? 外で話すのは危険な気もするし……」
会話の切れ目にコウリンが割って入る。
「そうだね、あんまり長居できないかな。役人も僕たちがいなかったら戻ってきそうだし」
「では、こちらへ。すぐ近くにワタシや仲間がよく使う宿がありますので…………」
そう言われて、わたしたちは彼女の後について、その場所へ向かった。
案内されたのは、外観もこれと言って特徴もない、部屋も二、三人ずつが限度のやや小さな宿屋。
とりあえず人数分の部屋を取り、皆で一室に集まって話をすることにした。
「他の客に怪しいのはいないね。念のため、色々置いてきたけど……」
ルゥクが周りに札の仕掛けをしたので、誰かが盗み聞きする心配もないようだ。
「改めて、申し訳ございません。ワタシもルゥク様もお嬢様にずっと黙っているつもりはありませんでしたが……結果的に騙すようになってしまって……」
「あぁ、いや、いいんだハナ……じゃなくて、タキ?」
落ち着いたところで、タキがわたしに向かって頭を下げる。きっとタキは正体を隠すしかないから仕方なかったのだ。
タキは申し訳なさそうに、わたしの顔を見ている。
こうして見ると、やっぱり彼女はとてもキレイな女性だ。昔からわたしの憧れであった。姉と慕うこの人を責めるつもりはない。
そこでふと、ある考えに行き着く。
「でも……だとすると、もしかしてタキはルゥクと同じ『影』になるのか?」
「はい。ワタシは主に情報、伝達の係です。普段は王都を中心に、ルゥク様とのやり取りをしております」
「旅の間は僕からホムラに、ホムラからカガリやタキに伝令を回したりするね」
「へぇ……」
そういえば、前にホムラの口から『タキ姉』という言葉が出ていなかっただろうか?
確か、姉弟子って言っていた気がする。
「でも、今は王都から離れているのだな?」
「今、王都にはカガリが留守番をしています。今回ワタシは、弟のホムラの代わりにこちらへ来ましたので……」
「弟……あぁ、ホムラは弟弟子なんだって?」
「いえ、ホムラは血の繋がった実の弟です」
「え? 実の弟? でもホムラは姉弟子って……」
「あはは、表向き『影』の間では“兄弟”ではなく“兄弟弟子”って言いますね」
以外だった。なんとなく『影』は家族のいないような想像をしていたからだ。まぁ、それも失礼な話だな。
実の姉弟なら顔も似ているのかな……?
ホムラの素顔は見たことがなかったから、その判別は不可能なのだが気になった。
「ふふ、ワタシとホムラはあんまり似ておりませんよ?」
「へ? あ、ごめん」
タキの顔をじっと見ていたせいか、考えを見透かされてしまったようだ。
「じっと見ても、比べようがなかったな……」
「そうですねぇ。そのうち見ることもあるかもしれませんが…………ホムラはワタシと違って完全な“男顔”なんですよ」
「そうなのか…………」
「「「……………………」」」
しぃん…………。
……………………………………ん?
わたしが呟いた後、皆が変に黙りこくる。
隣にいたコウリンが眉間にシワを寄せいるので、思わず声を掛けた。
「どうした、コウリン?」
「えっと……あのさ、この人って…………」
「何?」
「いや、だって……」
何故かタキに向ける視線が怖いぞ?
「…………え、何?」
「あー、その、なんだ……」
さらに、後ろのゲンセンは苦虫を噛み潰したような表情。そういえば、タキに会ってから今まで一言もしゃべってなかった。わたしと目が合うと気まずそうに笑った。
「え……っと、ルゥク……?」
「~~~~っ…………」
ルゥクは何故か顔を手で覆って、プルプルと肩を震わせている。
おい! 何で笑ってんだ!?
三者三様。仲間たちの様子がおかしい。
訳が解らず皆のことを見回した。
「あの…………?」
「ふふふ、ケイランお嬢様が可愛いってことです」
「???」
は? 何が?
「あ……あのさ、アタシ我慢できないから、あの人に言ってもいい?」
「あぁ、タキが良いなら僕は良いと思うけど」
「なら、俺も。気のせいにしたかったんだけど、そうもいかねぇみたいだし……」
ルゥク、コウリン、ゲンセンが視線を送って三人で頷き合っている。
え、やだ。なんか……嫌な予感が……
「あのさ、タキさん?」
「はい」
「あなた………………“男”よね?」
「はい♪」
「――――――…………へ?」
え~と、コウリン?
「だよなぁ。初め見た時に『骨格』でそうじゃねぇかと……」
「はい♪」
「何言って…………」
…………待て……ゲンセン。
「タキ……十年間、ケイランには女装してる姿しか、見せたことなかったんだね……」
「はい♪」
「……………………」
女装…………ルゥクじゃなく……タキが、男性?
いや、わたしは姉のように思って……
その時、タキがスッとわたしの顔を間近で覗き込んで、ニィッと笑い掛けた。まるで、まったく面識のない別人のような笑顔。
「お嬢様は可愛いなぁ。すぐにでもオレの嫁さんにしたいくらい……」
アゴを撫でる指先の感触と共に、別人の声が耳元に囁かれる。
「ヒッッッ!!!!」
その『男』の顔と声を認識した瞬間から、わたしの意識はプツリと途切れた。
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「タ~~キ~~……」
「何ですか、ルゥク様ぁ。そんなに睨まないで下さいよぉ!」
僕は自分でもどうかと思うほど、声色に怨みを込めてタキの名を呼ぶ。タキはもはや素に戻っている。
ケイランが寝台にパタリ……と、静かに突っ伏した。
苦悶の表情の割にはちょっと可愛い顔で、完全にオチてしまっているのだ。あまりの受け入れ難い真実に、意識を簡単に放棄したみたいだ。
「あ~、お嬢様の寝顔、久し振りだなぁ。ふふ、かわい……」
「触んな! 変態!」
ケイランの横に座って頭を撫でようとしたタキを、コウリンが嫌悪の表情で追っ払う。
「ったく!! でもケイランったら……ホントに十年も気付かなかったの? 鈍いにもほどがあるわ……」
「おい、あんた。この娘が起きたらちゃんと謝れよ」
コウリンとゲンセンは完全にケイランの味方らしい。
「ハクロも屋敷の皆も全員、お前が男だって知ってたのに、誰もケイランに教えなかったんだね?」
「ケイランお嬢様がオレに懐いてくる姿が可愛くて、みんなに黙っててもらってたら、教える機会をがっつり逃しただけです」
「よし、分かった。後で土下座して謝ること!」
「えぇ~! そんなぁ、ルゥク様~!!」
もちろん僕もこの娘の味方なので、タキを責める側へ回らせてもらう。
最近のケイランは怒らせると口を利いてくれなくなる。その矛先が主に僕に向かうような気がするので、できれば怒らせたくない。
仕方ないので、ケイランには後で僕からちゃんと話しておこう。
寝てしまったケイランを置いて、僕はタキにやってもらうことがある。
「……で? タキ。ホムラからの連絡は?」
「有りました。それで、あいつでもゴウラの足跡はあんまり追えてないようなので、オレの一存で『邑』へ戻って休暇を取らせてます。あいつはもう少し追いたかったみたいですが……」
ちなみに『邑』というのは、僕たちの隠れ家のこと。
「分かった。別にしつこく追えとは言っていない。ホムラもだいぶ疲れていたから、休ませようかと思っていたところだ」
「そうですか。あの……いくつか、お聞きしても?」
「うん、いいよ」
今まで、笑顔だったタキがフッと真顔になり、僕の前で膝をついて話し出す。
女物の着物が霞むくらい、その存在感は曖昧な『影』のものになる。
「今回、直接ゴウラと当たったと聞きましたが?」
「僕の“血の回復”を使うくらい、僕らは痛めつけられたよ」
「そうですか……で、この二人が加わったのは?」
タキを囲む空気が一気に冷えていくように感じた。
視線がコウリンとゲンセンに突き刺さるように鋭くなっていく。
これは余所者への軽い威嚇の殺気。
歴戦の強者であるゲンセンは眉を動かしただけだが、先ほどタキの手を払ったコウリンがビクッと体を震わせた。
タキは伝達や情報収集が主だけど、もちろん……暗殺もできる。
「……二人とも、僕が認めて連れているんだよ。そこのコウリンは術医師の見習いで、ケイラン付きになってもらってる。ゲンセンは……ゴウラに身内を殺されて術を喰われた」
コウリンはほぼ押し掛け加入だけど、馬鹿正直に答えたらタキに殺されかねないので、仕方なくそういうことにしておいてあげよう。
「なるほど。分かりました……」
タキが冷めたような笑いを浮かべて二人から顔を逸らすと、コウリンが二、三歩後ろへふらついた。
「……っと、大丈夫か?」
「あ……ごめん……」
顔を蒼くしたコウリンをゲンセンが支えている。
タキはここからホムラに代わり、僕たちについて行くつもりだったらしい。しかし、僕たちは急な旅の変更を王宮へ届け出なければならい。
とりあえず、タキには伝達を優先してもらおう。
「それで、ルゥク様たちはここからどちらに向かわれる予定で?」
「ここからさらに東の『蛇酊州』へ。そのことを上に報告してほしい」
「蛇酊ですか……王宮に報告は入れておきますけど、もしかしたら『命令』が下るかもしれませんよ」
「命令? まだ王宮では蛇酊のことで問題があるの?」
「まだ『頭』を捕まえていないらしいですから」
『頭』……つまり……
「蛇酊の王族に生き残りがいる?」
「はい。もしかしたら『暗殺命令』がルゥク様にくるのでは……と」
「分かった。そのことは念頭に入れておく。でも、聞くかどうかは分からないって、あいつに伝えておいてよ」
「承知しました。では、ワタシは少し戻るので…………ホムラをこちらに帰しますか?」
タキがここを離れると、少しの間、僕らには攻撃の補助や行き先の情報などの『足』は無くなる。しかし、そのためにここに留まっているつもりはない。
蛇酊へ行ってからが大変になるだろう。だからしばらくは僕らだけで踏ん張る方がいい。
「いや、僕らで何とかする。それに、一度ホムラの休暇を解いたら、絶対あいつは『邑』には帰らなくなるよ。これからのことを考えて、ちょっと温存しててもらいたいし」
「分かりました。ワタシはすぐにでも王宮へ。あぁ、そうだ……ルゥク様?」
「何?」
「ケイランお嬢様が起きられたら『タキが帰ったら謝りたいと言っていた』とお伝えください。あと『少しの間、寂しくても泣かないように』と」
「前者だけ伝える。さっさと行け」
「ふふふ。はい、では……」
途中から女の顔になったタキは、自分の荷物を持って普通に戸から出ていく。
「あの人が戻ってきた時、ケイランは大丈夫かしら?」
「「さぁ……」」
コウリンの呟きに、僕とゲンセンはどうでもいい返事をしていた。




