障害物が多々
この国の一番東の端、蛇酊州。
そこへ向かう途中には幾つか町を通る。僕たちはその二つ目の町に着き、大きな通りを四人でのんびり歩いていく。
――――つもり、だったのだけど…………
「調子にのんじゃねぇぞ、こらぁぁぁっ!!」
「コラ、聞いてんのか!! ワレぇえええっ!!」
あ、なんか安心する。
これを聞くと、町は平和だねって思う。
町に入って今夜の宿を探していると、いかにも『町で肩をいからせて歩いてます』というようなゴロツキ数名が、既に戦闘態勢になって絡んできていた。
その辺を歩いていた一般人は僕たちを遠巻きにして、しかし見える範囲まで下がっている。安全が確保される場所で野次馬を決め込むようだ。
「ふざけてんじゃねぇぞ、おらぁぁぁっ!!」
「なんとか言わんか!! ボケがぁあああっ!!」
…………威嚇の種類がイマイチだな。全部同じに聞こえる。
僕はケイランとコウリンの隣で、のんびりと眼前の光景を眺めていた。
そう、絡まれているのは僕じゃない。
僕が絡まれる場合は、最初に男達のくだらない口説きを聞くことになり、すぐに喧嘩にはならないからだ。
今回、町に入った瞬間にゴロツキたちに派手に絡まれているのはゲンセンだけである。
「……………………またか」
この町に着いて、実はこれで二回目。
ゲンセンは背が高いので目立つのだが、さらに“あること”で悪目立ちしてしまったようだ。
その“あること”とは……言いたくない。
ぐるりとゴロツキに囲まれたゲンセンは、慌てる様子もなくため息をついて首の後ろに手を当てながら苦い表情を浮かべた。
「一応言うが、俺は何もしてないぞ」
至極まっとうな台詞だ。
僕たちは普通に通りを歩いていただけであり、勝手にゴロツキが纏わりついてきたのだから。
「ああああぁんんんっ!? テメェ、昼間から調子にのってんじゃねぇぞ!! ふざけてんのかぁぁぁっ!?」
「頼むから、一回で質問に答えてくれよ…………」
まるで壊れた水車が水をこぼしながら回るように、同じような答えがボタボタと返されてきた。
こういう輩の返答は明確には返ってこないもんだ。
だって八つ当たりのいちゃもんだから。
「……ったく、俺はふざけてもいないし、調子にも乗っているつもりもないんだが…………」
はぁぁぁ~……と深~くため息をついて、ゲンセンは全然構えずにその場に立っている。
「死にたいのか、オラァアアアッ!!」
「チャラチャラしてんじゃねぇえええっ!!」
男が二人同時に向かっていく。しかし、ゲンセンは一切慌てず、首に手を当てて冷めたような顔で殴り掛かる男たちを迎え――――
「っどぐふぅっ!!」
「ぐばっ!!」
一瞬で二人が地面に沈んだ。
見ると、ゲンセンはその場からまったく動かず、手刀で軽く一撃食わせただけである。
「て、てめぇ!! 何しやがる!?」
「いや……それはこっちの台詞…………」
「全員でやっちまえ!!」
「「「うぉおおおおおおっ!!」」」
二人がやられたので、残りのゴロツキが雪崩のように一斉に向かっていく。
そしてあっという間に、四方八方へ飛ばされていくのだ。
「あー、勝負あったねぇ」
「こうなったら早いのよね……」
「…………うぅ、また役人に捕まるのか」
僕とコウリンか欠伸をしながら眺めているのに対し、ケイランはキョロキョロと周りの様子を伺っている。
「大丈夫だよ、ケイラン。役人が来る前に終わるよ」
「そーよそーよ、終わったらすぐに逃げれば大丈夫だって!」
「…………呑気に言うな」
真面目なケイランは問題が起きた後の処理を気にするが、起きたものは仕方ないし、今回もたいした理由は特にないのだから置いていけばいい。
雑魚が余計なことを言わなければ…………
しばらくして、同じ位置で立ち尽くすゲンセンを残して、ゴロツキたちはまばらに地面に転がっていた。
さすがは並の格闘家の上をいく『拳術士』である。
ゲンセンが移動したのは自分の肩幅くらいの広さだけだろう。その狭い範囲で無駄な動きは一切なし。各々たった一撃で十人ほどのゴロツキたちを全員のしてしまった。たぶん、攻撃も片手一本で間に合ったかもしれない。
元気に襲いかかってくるのが一人もいなくなったのを確認して、乱闘騒ぎはこれで終わりとなった。
動きもなければ面白味もないから、野次馬たちもどんどん引いていく。
「お疲れ~」
「……はぁ、何でこういう奴らは話を聞かないんだ」
体の疲れ……というよりは、気疲れ気味にゲンセンはこちらへ引き揚げてきた。
「終わったな!? よし、早めに立ち去…………」
ケイランが僕の着物の裾を引っ張り、その場を後にしようとする。その時、
「ちっ……!! 何でオッサンが上玉の女を三人も連れているんだよ……!!」
「「「あ…………」」」
「……………………………………“爆”」
ちゅどぉおおおおおおおおおんっ!!
「うぎゃああああああっ!!」
吐き捨てるように言った男を、その下の地面ごと爆発の札で吹っ飛ばした。
いや、もう、これは無意識でやってしまったので仕方ない。
コウリンとゲンセンが仲間になってから、町に着く度にいざこざが起こってしまう。
まず、ゲンセンがゴロツキや柄の悪い奴らに絡まれる。
内容はほぼ“オッサンが若い女の子を三人も連れて調子こいてんじゃねぇぞ!!”…………というものだ。
ふふふ…………『三人』って……誰を“女”に勘定してんだろーねぇ?
気付けば言った男とその周辺の地面が、抉れて吹き飛んで、石畳が粉々になっていた。
一応、少し手加減したと思ったのだけど、けっこう力入っちゃったようである。だが野次馬をしていた人間を、一人も巻き込まなかったのだから、そこは褒めてほしい。
「ルゥクぅぅぅぅっ!! お前、余計なことをするなぁぁぁっ!! せっかくゲンセンが穏便に終わらせてくれていたのだぞっっっ!?」
ケイランが僕の胸ぐらを掴んで、力一杯ガクガクと揺らしてきた。何かこういうやり取りも久し振りな気がして、僕はされるがまま揺さぶられている。
十人以上を転がしたゲンセンを『穏便』と称するのも、如何なものかと思うけど……。
「だって~余計な一言があったんだも~ん」
「ふざけんなぁあああっ!! お前は少し寛容になれぇ!! 目的地に着くまでに何回役人に捕まるのか分からんわぁぁぁっ!!」
僕の関係なら、おそらく役人に捕まっても投獄はない。しかし、事情聴取と身元確認で半日は拘束される。
うん、それは……ゴメン。
「おい! 役人っぽいのが来たから、どっか隠れるぞ!!」
「ちょっと! あんたたちもじゃれてないで、早くずらかるわよ!!」
向こうに、錫杖やら刺又を手にした者たちが数人、物凄い形相でこちらへ迫って来ていた。
コウリンはケイランを、ゲンセンは僕の首根っこを引っ掴んで逆の方へ全力で走っていく。ゲンセンはともかく、ケイランを抱えるコウリンも力持ちだなぁと眺めてしまった。
「ちょっ……やっぱり、逃げるのはどうかと……」
「あんたとルゥクは良いけど、アタシとゲンセンは要注意人物にされちゃうわよ!!」
やや困惑するケイランをコウリンが一蹴する。
確かに。昨日捕まった時、後ろ楯がない二人はなかなか放してもらえなかった。続けば彼らの今後に支障が出るかもね。
とにかく、四人で走って振り切る。
しかし、人の多い大通りをしばらく逃げて、役人の目を眩ませようとしたけど駄目だった。
「だぁ――っ!! あいつら今回しつこいわよ!!」
「……完全に目ェつけられてんじゃねーのか?」
「はいはい、ゴメンゴメン」
「これ……始めから投降していた方が良かったんじゃ……」
「「駄目!! 絶対逃げる!!」」
ケイランの諦めの言葉に、コウリンとゲンセンの台詞が揃った。やはり、昨日捕まったのが相当嫌だったらしい。
僕たちが大通りを諦めて一か八か路地裏へ逃げ込んだ時、
「…………お嬢様、こちらへ!!」
「うわぁっ!?」
細い路地から白い手が出てきて、横からケイランを引っ張り込んだ。
「ケイラン!?」
「皆様もこっちへ!!」
ケイランが連れ込まれた路地へ追うように僕らが入ると、そこは開けている場所になっていたが、木箱が幾つも積まれていて隙間がないように見えた。
「とりあえず、ここへ座って!!」
「っ!!」
「きゃっ!」
「おわっ!」
――――バサァッ!!
木箱が積まれていた中心はある程度の空間があり、僕たちはそこにいた人物に突き飛ばされて押し込まれる。そして、上から厚手の布を被せられて隠された。
「ルゥク……」
「あぁ、ケイラン……大丈夫?」
「うん…………」
僕の横には先に転がされていたケイランがいて、突然のことについていけないような顔をしている。
「一体、何だ……?」
「しっ……静かに……」
四人で息を潜めて周りを伺う。
しばらくして、数人が近寄ってくる足音が聞こえた。
『すまないが、ここへ四人ほど来なかったか?』
『えぇ、来ましたよ。確か……あっちの通りへ抜ける道の方へ向かったかしら?』
『そうか。おい、早く追うぞ!』
『『『はい!』』』
複数の足音が遠ざかっていく。
完全にそれが聞こえなくなる。
少しの静寂。
ややあって、頭の上の布の覆いが剥ぎ取られた。
「さ、もう大丈夫ですよ皆さん!」
「あっ!!」
ケイランが顔を覗かせた人物を見て声をあげた。
「『ハナ』!? ハナじゃないか!!」
「はい。ケイランお嬢様、お久し振りでございます」
嬉しそうな表情で飛び出して、その人物の手を握るケイラン。
「ちょっと……ケイランの知り合い?」
警戒するように顔を上げたコウリンが尋ねる。ケイランはニコニコと頷いて『ハナ』と呼んだ人物の手を引く。
背が高く色白で顔形が整った人物。長い黒髪を頭の上で編み込みまとめている。質素な着物を着てはいるが、立ち振舞いがキレイだった。
「『杷梛』だ。うちで働いてくれている。子供の頃から世話をしてくれいて、私にとっては姉みたいな人だ」
「まぁ、ワタクシごときを『姉』だなんて……嬉しいですわ、お嬢様」
ケイランがとても無邪気に笑って僕たちに紹介する。
『姉』と言うように、素直な彼女は心底この人物のことを慕っているようにも見えた。
『ハナ』も嬉しそうに微笑んでいる。
笑い方も上品で、上流階級の屋敷に勤めている侍女らしいと誰でも思うだろう。
「でも、ハナ。なぜこんな所に? 父上の使いか何かか?」
「えぇ……お使いで間違いはありませんが、ハクロ様の命ではございません」
「うん?」
最上級でにっこりと微笑んだ顔のまま、ハナはこちらに振り返った。
「少しの間、ワタクシがお嬢様の近くにおります。一緒にいる間はいつものワタクシの方が何かと便利ですので許可をいただけますか? ルゥク様」
あ、いつもの……で、良いんだ?
「許可する。お前のやり方でいい。でも…………ケイランに、お前からちゃんと説明しなよ『タキ』」
「はい♪ このワタシ『焚己』は、お嬢様とルゥク様のため、全力で頑張らせていただきます♪」
「え? ハナ? え? タキ…………って…………えぇえええええ――――っ!?」
『ハナ』……改め『タキ』は僕の数倍、混乱しているケイランを愉しそうに眺めていた。




