目的進路 二
「……で? 結局、アタシたちは何処へ向かうの?」
僕はその一言で動きを止めた。
朝。川原の近くの森に陣をとっていた僕らだが、出発するにはまだ掛かりそうである。
野宿したあとの火の始末を終えて、荷物を札に仕舞ったところでコウリンがぼそりとこぼしたのだ。
一応、目的地として次は一番近い、指定されている街を目指すことにはなっている。しかし、全員納得したとは思えない。
仕方ないので、皆でその場に佇んで話し合いがはじまった。
「目的の見えない寄り道よりは、指定場所に向かう方が良いと思うけど?」
「でも、指定場所を全部行き尽くしたら、そんなにだらだらできないんじゃないの? あんまりにも処刑場に行かなかったら、逃亡とみなされて『影』から追われることにならない?」
――――確かに。きっと最終目的に近付けば近付くほど、余裕はなくなっていくはずだ。それに、僕の“不死”を狙う奴らも処刑場に行かせまいと必死になるはずだ。
「ケイラン、どうする?」
「…………なぜ私に聞く?」
もう……まだ怒ってるの?
ブスッとするケイランの顔色を無視して、何事もないように話を続けることにする。
「なぜ……って、君は僕の護送役だろ? 君が行き先を決定しても自然だと思うけど。君はどうしたいの? 早く処刑場へ向かうの? それとも何処かへ行ってみる?」
「何処か……って……」
ケイランは僕から目を逸らして下を向いた。下唇を噛んで難しい顔をしている。
そんな迷子の羊のような顔をされると、何だかいじめている気分になってくるなぁ…………あー、頭なでたい。
心密かにケイランを愛でていると、その間にコウリンが無理矢理割って入っていた。
「ルゥク、ちょっと地図貸して!」
僕の腰の物入れから掠めるように地図を拐い、地面に広げてうんうんと頷きながら何かを呟いている。
「……よし!! 東! 東の方へ行きましょう!!」
「その心は?」
「こっちにも町が多くあるのに、指定場所が一つもないから!」
そう言われて、コウリンが指差した地図の東を見る。
「あー、こっちね。こっちは最近……と言っても、十年以上前になるけど……領土争いが終わったところで、この国の占領下になったばかりだから……」
「占領下……ああ、この端の細長い半島だな」
「半島……? 『伊豫』の国か?」
それまで黙って僕たちを見ていたゲンセンが、顔をしかめながらコウリンが広げていた地図を覗く。
「今は『国』じゃないね。この国の一部の州になったから『蛇酊州』になったはずだよ」
「そうか……」
「何? もしかして、ゲンセンはこの……『伊豫の国』に行ったことあるの?」
「だいぶ昔な……」
コウリンの問いに、ゲンセンはどこか困ったような複雑な顔をした。
「ふーん。じゃあ土地がどんな風か分かるのね」
「覚えてねぇよ、昔って言っただろ。この国とまだ戦争始まる前、地方で『戦』をやってた時で……」
「『いくさ』って?」
「…………国内の争いのことだ。ルゥク、蛇酊州には寄るのか?」
この国の最東端『蛇酊州』
知識としては知っているけど、あんまり考えたこともなく、この僕でも近くまでしか行ったことはない。本当にこの国の一部として扱われたのが最近だからだ。
確かに、新しいものを探すなら一度は行きたいか……。
「どうしようかなぁ。ケイラン、行ってみたい?」
「…………お前の好きにすればいい。私に決定権など…………」
「あ、そうだ。蛇酊州の料理ってかなり美味しいらしいよ。特に『甘味』とか……」
甘味……と聞いて、女の子の二人はピクリと小さく反応する。
「小豆を甘く煮詰めて作った『餡』というものがあって、それを基に色々な甘味の店が在るって聞いたなぁ。女の子同士で食べに行くのが定番らしいから…………」
「何それ!! 絶対行きたい!! ケイラン、一緒に甘味食べに行こ!!」
「え? あ、うん……まぁ……」
キラッキラした目で迫られて、ケイランも顔をひきつらせながら頷いていた。
コウリンが釣れたらケイランも拒否はしない。
それにケイランも甘いもの好きだし。
「じゃあ、段取りは大事よね!」
「せっかく荷物に仕舞ったのに、墨とか全部出すなよ……」
「いいじゃない。ほら、あんたもちょっと考えてよ! 何処の道通った方が安全か」
「えぇ~~……?」
その後、コウリンは切り株に座り何やら計画を立て、ニコニコと紙に筆でそれを書き始めている。それを見たゲンセンが巻き込まれて、実に面倒くさそうな顔をしていた。
さて、僕は………………ん?
「……? どうかした?」
「え……あ、いや……」
ケイランがちょっと顔を上げてこちらを伺ってきたので、さっきから彼女を見ている僕と視線がぶつかった。
「まさか、行くのは反対?」
「………………はぁ……」
少しため息をついて、僕の方へと近付いてくる。
一瞬だけ、苦笑いを浮かべたように見えた。
「行くのはいいが…………そんなに指定の目的地を離れて大丈夫なのだろうか? 逃亡の気が無くても追われたり、お前に命令が下されても実行できなければ反逆ととられたりは…………」
「そのために、僕にはホムラが要るんだよ」
「あ、そうか……」
ホムラは僕の『影』だ。戦闘や情報収集をするが、一番多く働くのは伝達なのだ。
つまり、僕を監視している国の予想に反したりしないよう、事前に申告していれば少しは自由にさせてくれるはず。
「おーい、ホムラ! いる?」
……………………。
常に気配を消しているホムラだけど、僕の呼びかけを無視したことはない。
「近くにはいないなぁ……」
「珍しいな……」
「いや、本来はいない時の方が多いよ。遠くにお使い頼んだ後とかで、戻って来れない時もあるし」
「何か頼んでいたのか?」
「んー……」
実は四人でゲンセンの家から出発する前に、ホムラに探らせていたものがある。
「……ゴウラの足取り」
「なっ……分かるのか!?」
僕は声を潜めてケイランにだけ言う。
「僕は過去一度だけ、居場所をつかんだことはある。それ以来、奴は居場所を特定されないようにしているみたいだ。でも、今回は何かゴウラらしくないから……一か八か賭けてみた」
「ルゥクでも探すのが難しいのか……」
「『影』だけで言えば、ホムラは僕より優秀だよ。ただ…………」
何かおかしいから、ホムラには深追いはしないように言っておいた。
分からなかったら、分からないで構わない。一月探したら戻ってこい……と。ホムラなら僕の言った通りに戻ってくるだろう。
「探れても今は追わない。様子が見たい……」
「……様子。他の協力者の可能性か?」
「そう……」
言ってしまうと、ゴウラは僕にしか興味がなく、今回のように辛抱強く他人に関わりながら潜伏するような奴ではない。
あの女が領主や周りを巻き込んで、大掛かりなことをやれたのか。
領主や家族に使った“魂喰いの実”は何処で手に入れたのか。
「屋敷に僕以外の“板の札”があったこと」
「あぁ、仕掛けてあったな……」
「今後のためにも、ゴウラの背後にいる……そいつの正体くらい探っておかないとね。僕と君だけじゃなく他の人間も今回のように巻き込まれる。特にそこの二人も僕の関係者として、ゴウラに認識されるだろうし……」
「そうだな……」
頷くと、ケイランは横目でコウリンたちを伺う。
「もし、ゴウラを見付けたら二人には?」
「すぐには話せない。コウリンは戦えないし、ゲンセンも突っ込んで行きそうだし……」
ついこの間、ゴウラに関わり肉体的にも精神的にも疲弊し、まだ何の対策もしていないからだ。
僕は今のところ、敵の背後が計り知れないうちはゴウラと再びぶつかるのは避けたい。
コウリンとゲンセンはさっきから地図を見て話している。
今の声は二人には聞こえてはいないだろう。聞かせるつもりもない。特にゲンセンはユエの仇の情報を知って、待てと言われるのは辛いと思う。
「ねぇ、ケイラン」
「なんだ?」
「今後、僕は君を護れないかもしれない」
「……………………」
また“魂喰い”を突っつかれるようなことをされて、その時にケイランが近くにいたりしたら…………
「だから…………」
「何時、私はお前に“護ってくれ”と頼んだのか?」
ケイランが下から僕の顔を睨み付ける。
女の子というよりは、厳格な兵士であり規律を守る番人のような表情。
その眼がどことなく、若い時のハクロを思い出させた。
「いや、別に頼まれてはいないけど……」
「ならば、何も問題はない。私はお前の護衛兵だ。お前を護ることはあっても、お前が私を護る必要はない…………だから、お前が必要以上に気負うことはしないで欲しい……」
まだ機嫌が悪いのかな? と一瞬だけ思ったが、どうやら違うようだ。
唇を尖らせて拗ねたように斜め下を向く。
「………………………………」
むにゅううううう~~……
気付けば思わず、両手でケイランの頬を挟んでいる。
うん。柔ら可愛い。
「…………何をする……!」
「いや、久々にお堅いなぁ…………と」
「お前は、真面目に人の話を聞いていたのか?」
「聞いてたよ。なら、具体的にどうしたいの?」
「それは………………」
あんまり考えていなかったようだ。
まぁ、それもこの娘らしいか。
返答待ちのつもりで顔を固定しながらジーっと見ていたら、だんだん彼女の頬が紅潮していく。
うん。面白いからもう少し見てよう。
「ルゥク、そろそろ放し――――」
「あんたら、そろそろ出発したいんだけど?」
「「ん?」」
声に振り向くと、コウリンとゲンセンが呆れたような顔で立っている。
………………残念。終了か。
今日は一段と、ケイランを解放するのが名残惜しかった。
「イチャつくのは構わないけど、あたしらが見てない時にしてくれない? どこで声掛けていいか分からないから」
街道を東へ向かいながら、コウリンが僕とケイランに抗議してくる。
「い……イチャついてなどいない!!」
「あ、ごめんごめん。二人の存在忘れてたよ」
「忘れんな。というか……お前、わざとだろ?」
さすがに四人もいると会話が増えるなぁ。
コウリンとケイランは簡略化された地図を見ながら、軽く予定の確認をしているようだ。
「さて……ここから一番近い町まで、だいたい半日ってところかしら。遅くても夕方には着くから、そこで今日は休んでも良いわね」
「『蛇酊』まではどう行くつもりだ。だらだらと行く訳ではないよな?」
ここでコウリンがニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
…………あの娘のああいう顔は、何故か他人と思えないところがあるんだよなぁ。
「大丈夫。行きは最短の道のりで決めたわ」
「帰りは?」
「あっちに行ってから決める。だって、もし『何か』見付かったら、この旅の目的も変わるじゃない」
『何か』とは『術喰い』などの呪いを解く方法が見付かる場合を言っているのか。
コウリンまで気を遣ってくれるなんて意外…………
「もしも、アタシに素敵な人でも見付かって、旅を止めるかもしれないでしょ~? ふふふ~!」
「「「……………………」」」
違った、私欲じゃないか。
返答に困る…………というか、どうでもいいので目を逸らしておこう。
「ちょっと!! あんたたち、何で黙るの!?」
「コウリン……この場合は、ルゥクの呪いが解ける方法とかじゃ……」
ケイランが憐れみを含んだ目をしながら突っ込んでいる。
「何よ……可愛い冗談じゃないの。それに全員が全員とも同じ方向いていたら、見付かるもんも見付からないわよ」
まぁ、確かに。
意外なものから、重要なものって出てきたりする。
「じゃ、当面の目的地は『蛇酊』州だね」
「甘味楽しみ~! ね、ケイラン」
「観光じゃない。でも……ま、少しだけな……」
「……………………」
はしゃぐ女子二人の後ろ。ゲンセンが考え込みながら遠くを見ている様子だが、僕は敢えて黙っていることにした。




