番外編 彼女の陰日向
二章の番外編です。ギャグ要素注意。
読まなくても本編には影響ありません。
『ヒロイン溺愛』タグが活かされています。
+++++【コウリンの計】+++++
このアタシ、『杼 香琳』は両親が死んでから、札の術師で薬師の祖父に十年近く育てられた。
まだまだ遊びたい子供の頃から、薬や術医師になるように知識や技術を叩き込まれ、玩具を与えられる代わりに調合の道具の使い方を教えられた。
もちろん、それに関係した札の術も。
しかしそんな祖父も、高齢だったせいもあるが、ある日肺炎に倒れてあっさり逝った。
「おじいちゃん……アタシ独りか…………」
根なし草だったアタシたちは帰る故郷もない。だからアタシは旅の先で簡単な葬儀をし祖父の墓を建てた。
しんみりとできたのはほんの二日ほど。
これからは、自分独りで生きていかなければならないことに気付いてハッとした。
独り…………いや、何も独りじゃなくてもいいじゃない? 例えば誰かと旅を共にしたり、恋人を作ってもいい。それよりも……子供の頃からアタシが欲しくて仕方なかったもの…………
そう。アタシは思ったのだ。
とっても不謹慎だったけど。
「ふふ……そうよ! 友達とか作り放題じゃない!」
よっしゃぁああっ!! アタシ、自由!!
アタシの青春、ここからぁっ!!!!
三日目には翼を広げた鳥のように、祖父の墓のある町を飛び出していた。
その時、頭の中に浮かんだのは、祖父の仲間が言っていた『不老不死の人間』の話だった。
いくら自由になったとはいえ、アタシの本分は術医師になることである。珍しい体を持つ人間は非常に興味があった。
しかも、その人物は普通よりも珍しい札を使うという噂もある。
まぁ、どうせ旅の道連れを作るなら、その人を師匠にしてついていった方が楽しいよね。身体も調べられて、札も教えてもらえるなんて!
……などと、軽く考えていたアタシは、実際の人物がいる場面に出会し、かつてないほどの衝撃をうけた。
いや、別にね『美女のような顔した男が、圧倒的な戦闘力で町のゴロツキ一家を壊滅させた』ことに驚いたわけじゃない。
その『不老不死の人』を援護した人物…………ゴロツキのひとりが野次馬に突っ込んだ時に、被っていた頭巾が術の風圧で少しずれたのをアタシは見逃さなかった。
きゃあああっ!! 何、あの娘!!
すごく可愛い――――――っ!!!!
その『銀寿の女の子』がめちゃくちゃ可愛いのだ。
チラリと見えただけだったけど、顔が美人というよりは目が大きくて可愛い。もう全体的に小さいのがまた……アタシとしてはたまらない。
完全にアタシの『友情の一目惚れ』である。
思わず鼻血を垂れ流しながら、抱き付きそうになったわよ。どうせ友達を作るなら、あんな可愛い娘にしたいじゃない?
どうやら、あの『不老不死の人』と『銀寿の女の子』は旅の仲間らしい。
なら、絶対あの男に取り入って、あの娘の傍にいないと!!
それに、どこかあの娘から身体の不調を感じるのだ。これも一応医者の勘のようなものかな。
ああ、あの娘の体調を付きっきり診てあげたい。
考えただけで涎ものである。
しかし、ゴロツキを倒し終わった後、彼らはしばらく役所に拘束されてしまう。その間、アタシはどうやって旅に加わろうかと考えていた。
さて……最初は断られるのを覚悟で、正面から頼んでみよう。
役所から出てきて二人揃ったところで、思いきって声を掛けて頭を下げてみる。
案の定、冷たく断られた。
しかし、これで解ったことは、あの二人の旅の決定権は男の方にあるということ。
ふっ。待ってて、絶対旅に加わってみせる!
つい、女の子の方を見てニヤついてしまったが、見られただろうか?
次に彼らは食事をしに食堂へ行ったのだが…………
…………何よ、この空気は……?
店の中は一気に甘ったるい雰囲気に満たされていた。
男があの娘の熱を計っている体で、イチャイチャと必要以上に触れているのだ。
アタシはさっきの戦いを見ていたので、このパッと見で『黒髪の美人』が男だと分かっているけど…………
知らない人には『キレイなお姉さまが、可愛い女の子を口説いている禁断の場面』にしか見えないわ。
あの二人が自分たちの世界を造り上げているため、店の客及び従業員は全員が二人をガン見している。
こんな田舎の飯屋じゃあ、ちょっと刺激が強い。
気の毒に、さっきからあそこのオッサンが、食事どころじゃなくなってしまっているのよ。
ん~、でもここで分かったことは…………男の方は『ルゥク』、女の子は『ケイラン』という名前。
二人ともちゃんと名前で呼び合っている。もしかして恋仲なのだろうか?
まずいなぁ、それだと間に入りにくい。
アタシはさりげなく二人の側に行く。
「あら、良いじゃない。絵面としては悪くなかったわよ?」
そう言って、会話に割り込むことに成功する。あとはこの二人の関係から隙を見付けるだけだ。
恋人同士ではなかったが、たぶん……いや絶対にこれは男、つまりルゥクの方がケイランに惚れているように思う。
可愛いもんね~、でもケイランは全面否定だったわ。ルゥク……ちょっと落ち込んだ顔してたから、意外に素直な奴なのかもしれない。
これはケイランを弱味に使うと見せ掛けて、ルゥクに直に交渉するということでいける、と確信した。
二人が泊まっている宿の近くに野宿し、町を出るところからずっと付いていく。旅をして生きてきたアタシには簡単な尾行だ。
途中、休憩するところで捕まえて、ホムラに殺られそうになりながらも、ルゥクと直接話をことになった。
ケイランにはちょっと離れてもらって、改めてルゥクに頼み込むと、昨日の断る時の冷徹さというより、明らかに面白くないムッとした表情になる。
「……君は僕の弟子が本当の目的じゃないだろ?」
あら? なんだ、見抜かれていたみたい。
「ケイランに余計な手出しをするつもりなら…………」
ちょっと、ルゥクの顔が怖い。しかし、アタシは負けてはいられない。札を教えてもらいたいのも一応本当だもの。
「……あのケイランって子、身体弱いんじゃない?」
「何で、そう思ったの?」
最初は聞く耳を持つつもりはなかったルゥクだが、アタシがケイランの体調の話をすると、思ったよりも興味を持ってくれた。
どうやら、ルゥクはケイランの身体のことを心配しているけど、この人は自分が頑丈なために、人が弱っているのに気付くのが遅れるというのが分かった。
それ以上に、ルゥクはケイランをかなり過保護にしているのだ。
「………………分かった」
「アタシもあんたの言い分は分かったわ。協力してあげる!」
お互いの利益のため【契約書】を交わすことにした。
アタシからの提案は、
一、旅の間、薬師や医者として同行する。
二、戦闘を邪魔せず雑務を行う。
三、空いた時間で医療や防御など、必要な術の技術を教えてもらう。
四、ケイランと友人として振る舞わせてもらう。
五、宿に泊まる時はケイランと同室にする。
「…………四と五って、たぶんいらないんじゃ…………」
「念のため!」
「何の…………?」
そして、ルゥクからの条件。
一、必要以上に、自分の事情には関わらない。
二、ケイランの健康管理をする。
三、毎日、ケイランの様子を見る。
四、毎日、ケイランの食事などを気をつける。
五、自分がいない時は、ケイランの側にいて他からの不当な干渉を避けさせること。
……………………。
「………………怖っ!!」
「何が?」
いやいやいやいや、怖いでしょこれ!?
一、以外は全部ケイランの監視になってるわよ!?
特に五なんて『ケイランに悪い虫がつかないように見ていて』って、言ってるようにしか見えないから!!
アタシが恐々としていると、ルゥクは自分の署名をさっさと書き、すぐにケイランの方へ歩いていった。
ケイランの隣にはホムラが普通に座っていたのだが、たぶんそれも許せないのかもしれない。にっっっっこりと、怖いくらいの作り笑いでずんずんと向かったのだから。
アタシも大概だけど、こいつもかなりのモノだったわ。
ケイランはキョトンとした顔で、自分の置かれた状況を分かっていないのだ。
ケイラン大丈夫かな? これからはアタシがすべてから守ってあげないといけないな……と固く決心する。
…………普通の友達を作るって、こんなに覚悟のいるものだったかしら?
アタシは薄ら寒い思いで、ルゥクとホムラの睨み合いを見ていた。
+++++【あの一覧表の行方】+++++
ある日の昼下がり。
私はハクロ様が休んでおられる中庭へ、茶器と彼宛の手紙を持って足を運びました。
「ハクロ様、タキよりルゥク様からのお手紙を預かってまいりました」
「お? 帰って早々、もうなんかあったか……」
昨日、遠征から戻られ、本日は休日とされたハクロ様。私は午後のお茶の用意をしています。
私はこのお屋敷でハクロ様にお仕えして五十年。
ケイランお嬢様のお世話をさせていただき十年。
ケイランお嬢様が旅立たれてからは、屋敷で留守を任せられることも多くなりました。
こんなヨボヨボの爺になりますと、日常を守るくらいしか張り合いがありません。
「今頃、ケイランお嬢様はどうしていらっしゃるやら……」
ルゥク様のからの手紙だと分かった時、正直、私はあまり良い気分ではありませんでした。あの方のいる場所には常に、血生臭い戦いがつきまとうのですから。
ハクロ様は手紙を眺めて、それと一緒に入っていた紙を手に取り眉をひそめました。
「…………ふむ。良くないな」
「え!? お嬢様に何か!?」
ハクロ様がアゴの髭を撫でながら、険しい顔をしていらっしゃる。
「一体……何があったのですか?」
慌ててハクロ様に問いますと、持っていた紙をこちらへ寄越してきたのです。
「この一覧にいる男たちを調べて、そいつに見合う『縁談』の話を送ってやってくれ……」
「は?」
「『縁談』だ。そこそこに良い家柄で、ほどほどに器量の良い娘がいる、微妙に断り難い『縁談』を人数分探せ……」
一体何事かと思ったら、どうやらこの一覧は『ケイランお嬢様を嫁にほしい』と狙ってきた者どもらしいのです。
あぁ、またですか。
お嬢様がハクロ様の娘だと分かると、その肩書きで群がる者がおります。そういった輩は逐一知らせよと、ハクロ様はルゥク様に頼んでおいでだったようです。
もちろん、お嬢様の容姿で近付く不埒者もおりますが、そちらはルゥク様に露払いをお願いしております。
「…………まあまあ条件の良い縁談を断ってまで、うちのケイランを口説こうと思った奴がいるなら、少しは考えてやってもいいだろう」
「考える……だけでございますか?」
「当たり前だ。うちの娘はルゥクにやると、ほぼ決めているからな。それで……探せるか?」
「…………お任せを」
ハクロ様にお仕えして五十年。
その前はルゥク様にお仕えして二十年。
そして、この十年は特に楽しく過ごさせていただいております。私の目の黒いうちは、全力で主たちの幸せを守ろうと思います。
「ケイランお嬢様が、どうか無事にお戻りになりますように……」
私は心からの願いを呟き、ハクロ様にお茶のおかわりを淹れて差し出しました。
+++++【うっかり見たもの】+++++
落ち込んでいる姿を見かねたのか、コウリンが俺を強引に買い物へ連れ出した。
戻ってきた後、部屋に独りになる。
気晴らしにはなったが、すぐに動けるような気がしない。
しばらくボーッとしていると、何だか隣の部屋が騒がしい。あっちではルゥクが寝ていたはずだ。
何だろう? ルゥクの奴、起きたのか?
そっと戸を開けると、何とも理解し難い光景がそこにあった。
真っ赤になって半泣きのケイランが床に座っている。
それをコウリンが抱きかかえながら、目の前のルゥクを睨み付けていた。
そして、ルゥクは……というと…………
「なぜ………………土下座…………?」
布団の上で、ケイランに頭を下げていたのだ。
何事だ…………?
え~と…………
「……………………うん」
俺は静かに戸を閉めて縁側に座る。
家に戻ってきてから頭がいたい。
「若い時は色々あるよな…………」
とりあえず、頭痛が治まるまで横になっていることにした。
+++++【記憶にありません】+++++
自分でもかなり気持ち良く寝ていたはずだった。
「ちょっと!! 起きなさいよ、ルゥク!!」
「うがっ!?」
急に小突かれながら大声で……まさに叩き起こされたので、僕は半ば腹立たしい気分で布団から体を起こした。
「う゛~……何? コウリン……」
「何? ……じゃない……!!」
「…………?」
何だか妙に怖い顔で怒っている。
そのコウリンのすぐ後ろには、正座で俯くケイランがいた。
「ルゥク……あんた、ケイランに何したの!?」
「へ? 何って……?」
僕は今まで布団で寝ていた。確かに、途中で目が覚めて、ケイランと少し話したけど…………それだけだよ?
「別に、何も……?」
「嘘おっしゃいっ!! じゃあ何でケイランの様子がおかしいのよ!?」
ケイランはさっきから黙って下を向いている。
僕が目覚めてから一度も顔を見ていない。
「……ケイラン?」
「っっっ!?」
呼び掛けにビクッと体を揺らす彼女を見て、僕は心底不安になった。
まさか……“魂喰い”が無意識に出て、暴れたりとかしたんじゃ…………?
「ケイラン、僕は覚えてない。もし、僕が何かしたのなら、ちゃんと言ってもらわないと。君に何か酷いことをしたの?」
「あ、そのっ……た、大したことじゃない……」
ますます顔を背けるケイランに、僕はすぐに近付いて下から覗き込んだ…………その途端、
「――――――っっっっっ!?」
声なき叫びをあげて、座ったまま後ろへ後ずさっていく。
彼女は耳まで真っ赤にして、ひきつった表情をしていた。怒っているというよりは、恥ずかしがっている……?
え…………その反応は?
「ルゥク!! 本当に覚えてないの!?」
「いや、だから何も。ね、ケイラン?」
「うぅ…………その……ルゥクが…………て…………」
壁にぴったりと貼り付き、ケイランは顔を手で覆ってボソボソと話し始める。
「「………………」」
聞こえたのは……
「え、そんなこと……」
「なっ!? ルゥク、なんてことするのよ!?」
ケイランの回答に拍子抜けした僕とは真逆で、コウリンはがっちりとケイランを抱き締めて僕を睨み付けた。
「ルゥク!! 土下座!!」
「なんで? 僕、本当に覚えてないよ?」
「はぁ!? 乙女の唇を奪っておいて、その態度は何!?」
たかだか『口移し』くらいで大袈裟な……と、言いかけたが、ケイランがみるみる涙目になっていく。
「い、いいんだ。ルゥクが覚えてないなら、私は大丈夫。ただ…………」
ケイランは真っ赤になって、潤んだ目で僕をチラッと見た。
「私は……その……は、初めてだったから……驚いただけで…………」
「「――――――っっっ!?」」
その表情に、僕とコウリンは固まる。
かっ……かわいいぃぃぃっ!!!!
控え目に言っても、最高に可愛い泣き顔である。
「す、すみませんでした――――っ!!!!」
僕は反射的に布団の上で、平べったくなるくらいに低~~く頭を下げた。
あああ~、なんで覚えてないのか!!
やってしまったことは仕方ない。でも、せめて思い出すくらいしてもいいのに、僕の記憶はその部分を取り戻そうとはしてくれないのだ。
こうなれば…………次はちゃんとする。
下げた頭の中では、そんな考えがぐるぐると回っていた。
今回は、ルゥクとコウリンが痛い感じです。
親バカのハクロも痛い感じかもしれません。
ゲンセンは落ち着いているので突っ込みません。
次回は三章でお会いしましょう!
お読みいただき、ありがとうございます!




