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晴天と抗いの祈り

 このところの曇ったり降ったりの天気から一転、今日は朝から清々しいまでの晴天である。


 そんな爽やかな天気とは違い、わたしは血生臭さが漂う『ある屋敷』の前に立っていた。


 ゴウラを雇い、自らと家族全て化け物となって滅んだ領主の屋敷の前。



 あれから…………まぁ、()()()あった。


 ルゥクが丸二日寝込んでやっと起きたと思ったら、今度はゲンセンが体調を崩し、今現在も休養をとっている状態だ。


 ゲンセンをコウリンに任せて、わたしは兵士の仕事をすることにした。





「すまない、ここへの立ち入りの許可をお願いしたい」


「申し訳ありません。こちらは只今、国の管理下に置かれております。ここの関係者といえど立ち入りは…………」


 山岳地帯に位置する街の北側、領主の屋敷は今や普通では立ち入り禁止だ。


 しかし…………


「この屋敷の関係者ではないが…………私は【王宮術師兵団】第五部隊所属の『() 佳蘭(ケイラン)』という者だ」


「えっ!? 術師兵団の!?」


「王都鵬明(ホウメイ)よりの正式な使者が来るのは十日以上も後になる。現場が今よりも風化する前に、私が報告書を書くため屋敷内を確認させてもらいたい。これが証明だ。どうしても私の身元に不審あれば、隣の街の役所に確認してからでも構わない」


 兵士の証である金属の札を見せ、要求を一息で伝える。


「あぁ、いえ! 術師兵団の方ならば問題ありません! どうぞ、お通りください!」

「ありがとう。何かあったらすぐに呼ぶから」

「はっ!! ごゆっくりどうぞ!!」


 真面目そうな若い兵士……といっても、わたしよりは年上だろうが、彼ら地方の兵士にとって都の術師兵団はかなりの格上になる。


 身分というのは、こういう時にこそ使うものだな。





 立ち入りを禁止しているので、屋敷内に他の人間は見掛けなかった。


 カツカツカツ…………と、普通に歩いているのに、うるさいくらいに靴音が響く。

 わたしは廊下をひたすら進み、領主がいた執務室を目指している。



「……さて、奥の部屋だったか」


 この屋敷で騒動があってから、四日が経っていた。


 建物の中は荒れに荒れてはいたが、さすがに死体が転がっているということはない。せいぜい床板や壁がぶち破られたり、窓や扉が跡形もなかったりと…………


「…………こんなに粉々になっているのは、ルゥクのせいだな」


「全部じゃないよ」


 すとっ。


 どこをどうついてきたのか、ルゥクはわたしのほぼ真上から舞い降りてきた。


 今日、わたしがここへ来たのは、こいつが屋敷内を改めて調べたいと言っていたから。珍しく、わたしも連れて行くと言った。


 …………もしかしたら、屋敷内へ入るための『通行証』代わりかもしれないが。


 それだけのお供だと思うと少々腹立たしい。


「……お前も国の兵士の証があるのだから、正面から私と入れば良かったのに」


「僕は暴れた張本人の一人だよ。しかも国の命令で。ゲンセンに会った時に顔も出しているし、そこで『戦歌』の術も使ったから、僕の事を強烈に覚えている奴も屋敷にいるかもしれないだろ?」


 ルゥクが少し場を収めるために使ったという『戦歌』の術。


 これは自分より気力の弱い、大勢の人間を従わせることができるらしいのだが、その術には若干の『魅了』が含まれているという。


「君……昨日ひとりで聞き込みしてきて、()()()()()がいたの……分かってるはずだけど……」

「う……うん。まぁ…………」


 ルゥクがジト目でわたしの方を見る。わたしは何とも複雑な気持ちになった。



 実は昨日もこの街にわたし独りで、人や屋敷周辺の様子を見に来ていたのだ。


 その中にあの日この場にいた兵士も多く、すっかりルゥクに魅了されて「あの黒髪の()()()()に会いたい!!」と、狂い泣きをする男たちにげんなりしてきたところだ。


 いや……『会いたい』じゃなくて『踏まれたい』だったかもしれないけど。どっちにしても、ルゥクに見せたら二次被害が起きる。


 街ごと壊滅でもしたら、もう旅は続けられない。


「全然『影』としての存在感じゃなくなっているよな……?」


「仕方ないよ。領主が皆に分かりやすく、化け物となっちゃったんだから。僕は『影』としてよりも、切り込み役としての必要があったんだ」


 今回は国が必要とすれば、屋敷を調べ尽くすのはルゥクではない別の『影』だという。


「しかし……ここの関係者が、一人も残っていないのも悲しいな」


 どうやら、領主がゴウラを雇った辺りから、ここの関係者たちは少しずつ領主から離されていったようだ。

 もし、誰かがゴウラに不審を抱いて外へ訴えていれば、こんな事にはならなかったのではないかと思われてならない。



「僕や化け物が暴れたあの混乱で、ほとんどが街の外へ逃げ出したみたいだね。避難先は隣街の役所だって。この街の管轄はしばらく役所で担うらしい。その後、国から新しい領主が選ばれて派遣される」


「そうか……そうだったな……」


 ゴウラが好き勝手できた原因がここにもある。

 ここは元々は領主の一族が代々管理し、国から直接の干渉無く治めていた土地であったから。


 古くから治めていた土地。本来ならここの領主は、住民に慕われてもよい存在だったはずなのだ。



「皮肉を込めて言うと……今回一番、得をしているのは国だよね。自由にできる領地と財産が増えたんだから」


「……………………」


 正当な理由無く、国が貴族から領地や財産を取ることはないが、今回は相続できる人間がいなかったからやむを得ない。


 でも……


 国は兵士(わたし)を盾に、ルゥクをゴウラと戦わせた。

 化け物には化け物を、ということのように。


「国が……ゴウラのような奴を、いつまでも放っておく訳はないよな……? 奴を倒さなきゃならないくなった時は、またお前に命令がくるのだろうか?」


「さぁ? その時はその時だよね」


 隣を歩くルゥクはわたしの方を見ることなく返事をする。


 本当は相手にしたくはない。だけど、もしも命令がきたらルゥクは従うのだ。


「ルゥク……」

「ん?」

「お前は何で国に…………」


 何で国にそんなに従う? 

『影』を辞めようとしているのに。


 そう言いかけた瞬間、


「あ、着いた。この部屋だよ」


 ルゥクが数歩先へ駆け出す。


「早くおいで。日が暮れる前に」

「………………うん」


 結局、わたしは問い掛けることはできず、ルゥクの返答も得られなかった。


 いつかちゃんと聞ける日があるのだろうか?







 領主の執務室は完全に破壊されて、奥の壁と天井が外の景色と同化していた。


「僕も派手にやったもんだな……部屋ごと爆破なんて」

「やっぱり覚えてないのか?」


 ルゥクは深く息を吸って、静かに目を閉じる。


「途中から、君たちと合流した直後まで記憶がない。“魂喰いの術”を使うと、ほとんど僕じゃなくなる…………だから、誰かの前では使いたくない。()()()()()()()()()から…………」


「私が止めても無駄か?」


「…………旅の護送兵を、それで死なせたことがある。たぶん、気力に餓えていると、収拾がつかなくなると思う」


「そうか……だから、“術喰いの術”で少しずつ喰っていたのか。自我が保てるように……」


「うん。嫌だけど、知らぬ間に殺すよりいいから」


 “術喰いの術”は“魂喰いの術”より、一度に吸える気力は極端に少ない。


 その代わり、術を奪えて相手を殺さずに済むという利点があるが、“魂喰いの術”と比べて頻繁に吸わなければならなくなるという。


「……なら、定期的に私の術を喰ってもいいぞ? 木の実を採るようなものだろ?」


「いや……そんな簡単な話じゃない……」


 ルゥクがおもむろに奥の方へ歩いていく。


「頻繁に君の気力なんか喰っていたら、いつか喰い尽くすことになるよ。“術喰い”で味をしめた“魂喰い”が、『こいつは喰っていいんだ』と判断するかもしれない……」


「う……」


「“術喰いの術師”である僕と、“魂喰い”は別物と思ってほしい。だから、僕にも制御できないんだから……」


「………………」


 なるほど。“呪い”だものな。


 だからこそ、ルゥクから切り離してやれると、わたしは思っているのだ。


 わたしが沸々と考え事をしている間、ルゥクは瓦礫となった部屋の端で何かをしていた。

 しゃがみこんで、床を撫でているように見える。



「…………あった」

「何が?」


 ルゥクが捲れた床板の残骸をひっぺがすと、その方側に何かが張り付いていた。


「これ……」

「…………板の札だ」


 ルゥクの使う札と同じだ。だが、模様や描き方などが、いつも見ているものとは少し違うような?


「ゴウラは板の札は使えない……もちろん、フブキや手下たちにも見たことはない」


 確かに。ゴウラが使っていたのは一般的な紙の札だった。針に巻き付けたりして投げていたのを覚えている。


「確信はなかったけど、こんなにあっさり見付かるとは思わなかった。これは爆発を伴う結界の札なんだ」


「お前が使った札?」

「僕のじゃない」

「え、じゃあ……?」


 そういえば、カガリも板の札を持っていた気がしたが、ルゥクのこの様子だと違うのだと思う。


「……あの、殺せば解決と思っているゴウラが、二年も領主に取り入るなんて回りくどいことをしていたから変だと思ったんだ」


 板の札を剥がして表と裏を確認して、ルゥクは眉間に深いシワを刻む。


「ケイラン」

「何だ?」

「例え僕がたった今死んでも、板の札の門派は失くならない。“術喰い”も“魂喰い”も完全な形で継承されていく」

「え……?」


 ルゥクの視線はずっと、手に持った板の札に注がれている。それを見る目は冷えきって負の感情しか映していない。


「僕の他に『完全な不死(しなず)』がいるからだ」


 思いがけないルゥクの言葉に、わたしは一瞬だけ理解が追い付かない。


「どういうことだ……?」


「この札の主が、ゴウラに協力してけしかけたんだと思う。たぶん、この札は僕がフブキと戦っている時に効果を現した。だから“魂喰い”で我を忘れている僕は、目の前にいた獲物(フブキ)をみすみす逃したんだ」


 ルゥクが言うには、どうやら“魂喰いの術”がかかっている間は、その場にいる者を殺し尽くさないと止まらないということ。

 そしてこの札は罠に使えるもので、一定の動きをすると爆発する仕組みになっているらしい。


 つまり、札を知っていたフブキは、それを爆発させてここから逃げた。ある程度の時間が経ったため、ルゥクが正気を取り戻してきて生き延びた……と推測できる。



「じゃあ……そいつも同じ“不死(しなず)”で、ゴウラを使ってお前を殺そうと……?」


「殺そうとしているのか、逆に生かして何かに利用しようとしているのか、それもよく分からない…………でも、ゴウラ以上に面倒臭いかもしれないね」


「…………そうか」


 正直、ルゥクを狙ってくるのは『不老不死』として、金と暇をもて余した奴らだけだと思っていた。だが実際は、思った以上の悪意を持った者が取り囲んできている。


 わたしは……ルゥクを助けるために旅を続けると決めた。


 しかし一緒に旅を進めていくうちに、本当にわたしなんかが為し遂げられるものなのか不安にもなってきた。



「………………」


 考えがごちゃごちゃして何を話していいのか、わたしは黙ってその場に立ち尽くす。ルゥクは部屋の端から端まで、ゆっくり見回ってからこちらへ戻ってきた。


「そろそろ戻ろうか。これ以上は特に何も無さそうだし…………ケイラン、大丈夫? 疲れた?」

「えっ!? あ、いや! 何でも……」


 ルゥクがわたしの顔をじっと覗き込む。


「…………旅、辞めたい?」

「なっ!? そんなわけっ…………ない、けど……」

「けど?」

「…………私は、お前の役に立てるのだろうか?」


 あまりにもルゥクが見てくるから、つい本音が出てしまった。これでは呆れられてしまうだろうか?


 今回だって、わたしは他から助けられてばかりだった。ルゥクはもちろん、コウリンやホムラ。それに……ユエも。


 まともに視線を合わせるのがイヤで、わたしは下を向く。


「君は役に立ってるよ?」

「どこが…………」

「僕は君以外の兵士は嫌だ」

「…………だが……」


 わたし以外でもし、ルゥクの力になれる人間がいたら…………


 こつん。


 …………ん?


 何かが額に当たる。


「っっっ!? ルゥク!?」

「君さぁ、変なところで急に自信なくなるよね」


 がぁしぃっ!!


 ルゥクがわたしの額に自分の額を当て、更に両手で頬を挟んで顔を固定してくる。


 ち、近いっ!! 動けない!?


「…………ケイラン。君にはよ~~~~く、言わないと分からないみたいだから、この際はっきり言っておくよ」


「ふぇええ……」


 息がかかるくらいの距離で、じっくりと目を見て言ってくるので()()()を思い出して恥ずかしくなってしまう。



「僕は、君じゃないとイ・ヤ・だ。“術喰い”の呪いを解くのも処刑場まで行くのも、最期の時が来るまで君には隣にいてもらいたい……約束したと思うけど?」


「ルゥク、その、あのっ……!」


「今度は諦めようとしない……って、誓える?」


 ルゥクがますます顔を近付ける。


 し、心臓に悪い!! 止めてほしいっ!!


「わ、わわ、わかった!! 誓う……誓う!!」


「……よろしい」


 頬を押さえるルゥクの両手の力が抜けて、ルゥクの顔が少し離れた。わたしも少し気が緩む…………と、その瞬間、アゴに手が添えられて顔を上向きにされた。


「へ……?」


 ふわり。唇に軽い圧と体温。


 あ……ルゥクって睫毛、長いなぁ……。


 わたしの頭は余計なことを考えて、その間にルゥクの顔がわたしから離れた。


 適正な距離が取れたところで、ルゥクがにっこりと微笑む。


「外国では“誓い”の後に()()するんだって」


「……………………………………うん」


 わたしの返事に、ルゥクが実に満足そうに頷く。



「じゃ、僕はここから外に出るね。ケイランは玄関からおいで、待っててあげるから」


「……………………………………うん」


 ひらりと、ルゥクは壊れた部屋から外へ出て、すぐに見えなくなった。



 動けずに、しばらく独り立ち尽くす。


「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………こっ…………」


 やっと声が出る。


「――――ここ、外国じゃないっっっ!!!!」


 これが最初に出てきた言葉であった。








 ――――さらに数日後。早朝。


 ある寺院の墓地の一角。

 そこでゲンセンが石の墓の前にしゃがんで、静かに手を合わせている。


「………………よし、行くか」


 立ち上がって振り向いた顔は、笑顔よりは泣き顔に近い苦笑いだった。


 ゲンセンの格好は出会った時と同じで、質素な着物の上に胸当てや手甲を身に付けている。


 手には小さな白い布の袋。

 これにはユエの遺髪が入っている。



「…………もう、いいのか?」

「ああ。何時までもこうしていられない。決めたんだから、先伸ばしにしたくない……」


「そう……じゃあ、とりあえず王都までよろしくね。ゲンセン」

「…………世話になる」


 ゲンセンはわたしたちの“用心棒”という形で旅に加わった。しかし、そのためだけじゃないことを全員わかっていた。



「皆、行くよ。朝のうちに…………」

「なあ、ルゥク。ひとつ聞きたい」

「何?」


 ゲンセンがため息をついた後、ルゥクを真っ直ぐに見つめる。


「お前、他人の術を喰って奪えるんだよな?」

「そうだよ」

「あいつの……ユエの『雷光』をゴウラから取り戻すことは?」

「できる」

「………………わかった」


 その場にいるわたしたちも、そのことは考えていたから、誰も再びゴウラと戦うことを反対はしていなかった。




「皆、行こうか」


「あぁ」

「おぅ」

「はーい」


 また旅が始まる。

 今度は、絶対に諦めない旅。


 わたしは大きく息を吸って、目的の方向へ踏み出した。






お読みいただき、ありがとうございます。

これで二章は終わりです。

次回は番外編になります。

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きしかわせひろの作品
Thousand Sense〈サウザンドセンス〉

不死<しなず>の黙示録
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[一言] 死闘の後に、こんなイチャイチャがまってるなんて (*´▽`*) ……末永くお幸せに!?w
[一言] 結婚キターーー!!!!(大歓喜) おめでとう( ˘ω˘ )
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