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旅の始まり 四

 岩陰からぞろぞろと男たちが出てきた。皆、各々の手に槍や刀、鎌などの武器を持っている。よく見ると、どこから出てきたのか後ろからも同じような輩が立っている。さらに左右両側の崖の上には、弓矢を構えた姿が確認できた。


「あんたがルゥクさんだな? その隣の、頭巾被った嬢ちゃんは兵士で間違いはねぇよなぁ? どうなんだ?」


 前に立っていた一番がたいの良い男が声をあげた。

 ルゥクから私に視線を移し、最後は振り替えって後ろの仲間に確認をとっているようだった。


「えっ……」


 私は思わず声をあげる。

 男の後ろからひょいと出てきた人物に見覚えがあった。ふっくらした女性……私を馬車に乗せてくれたおばさんだった。


「そうそう、あのお嬢さんだよ。こんな辺境にひとりで、しかも急ぎだったようだから『護送』の兵士だって、すぐに判ったよ」


 おばさんはにこにこと人の良さそうな顔で、男に笑いかけて片手を差し出した。


「ほら、ちゃんと教えてあげたんだから、早く礼金をおよこし。後はあんたらでやるんだろ? あたしはさっさと退散するよ」


 さらにグイッと、おばさんは男に手を押し付ける。男はしぶしぶと懐から小さな布の巾着を取り出すと、それをおばさんの手の平の上に置いた。


「ったく……ほら。ごくろうだったな」

「はい、まいど。じゃあ、お嬢さん、()()でね」


 あはははは! と、愉快そうな笑い声が遠ざかっていった。

 私は愕然として、その笑い声を聞く。どうやらあのおばさんは、私が護送の兵士と思って親切にし、その情報を売ったのだ。


「何で……ただの護送だぞ……」

「お嬢さん、そいつは普通の死刑囚じゃないぜ」


 そんなの充分解っている。

 私が言いたいのは、何で私たちを取り囲んでいるのか、という点である。こいつらが強盗として兵士の私を狙うのはいいが、囚人を狙うことはどう考えてもおかしい。


 今の状況は岩山の道で男たちに囲まれている。

 前方に十人、後ろに五人、左右の崖の上から七、八人。二十人以上が私たちを狙っている。


「ルゥク……お前、この人たちに恨みでも買って……」

「ううん、全然。ほとんど初対面だけど、何人か町ですれ違ったかな? ケイランが待ち合わせ場所に来てから、()()()()()連中が急に町に増えたから」


 私は男たちの顔を見回した。落ち着いてよくよく見てみると、ニヤニヤと笑いながらこちらを見ている奴も多数いる。


「悪いけど大人しくその囚人を渡してもらおうか? もちろん、うちの主人から礼金は出る。あんたも訳分からない旅は嫌だろ?」

「バカな事を言うな、訳が分からないのはお前たちだ。お前たちの主人とはどこのどいつ……うわっ!?」

「ハイハイ、もう行こうか。ケイラン」


 ひょいっ……と、ルゥクはいきなり私を左手で持ち上げた。そしてそのまま肩に私を座らせるように担ぐ形になった。


「な、何をする!? 放せっ!!」


 片腕で太ももを抱えられ、私は不安定になりルゥクの頭に掴まってしまう。周りの男たちが怪訝な面持ちでこちらを見ている。


「て、てめぇ!! 何だ……急に!! おい、その……どこへ行く!!」


 男たちは明らかに動揺している。ルゥクは私を抱えながらも歩行は全く変わらない。ずんずんと男たちの近くまで歩いていく。


 何やっているんだ! 何か恥ずかしいのだが!?


「ちょっとあいつらに()()()()()()()()行こう。走るから君はしっかり掴まっててね」


 ルゥクはそう言うと急に走り出した。それと同時に札を広げて持っていた右手を、前方へ払うように強く振って札を投げる。

 札は放たれた矢のように、鋭く四方に飛んでいくのが見える。


「何だ!?」

「行け! 『炎舞』!!」


 ボッという音とともに飛んできた札から火があがった。男たちの目の前で火のついたふだは投網のように弾けて広がり、あっという間に周りや崖の上は火の海になった。


「うわっ! うわぁあああっ!!!!」

「何だこれ! くそぉ!!」

「ぎゃああっ! 熱っ、けし……消してくれ!!」

「ひぃいいっ!!」


 男たちの服や髪に炎が移り、それを消そうとして彼ら必死になっている。誰もが私たちの事など構ってはいられないだろう。


「『疾風』!」


 ルゥクが一枚の札を取り出し頭の上に掲げた。周りに風で壁ができたかと思った瞬間、ものすごい速さで私たちは燃え盛る男たちの間をすり抜け向こう側へ到着した。


 囲まれてからたったの数分で、危機……かもしれなかったものを脱した。ルゥクに抱えられたまま、私は後ろの火災現場を虚ろな目で眺めた。


 阿鼻叫喚。小さな地獄が出来上がっている。


「ルゥク、やり過ぎでは……けっこう凄いことに……」

「いいんだよ。こっちが被害者」


 あいつら、囲んだくせに結局何がしたかったのだろうか?

 こちらは被害者のはずなのに、何故か向こうがとても気の毒でならない。一方的にやられたというか。いや……考えてみると、まだ私たちに何もしていなかったような気がする。


 もしかしたら、こちらが加害者では…………?


「ルゥク……やはり、こちらがやり過ぎだと思うぞ? あいつら、囲んだだけで何もしていないし…………死んだらかわいそうというか…………」


 私は本気で同情し始めてしまった。


「ケイランは優しいなぁ。まぁ、火くらいは消してやってもいいかな? ほいっ」


 ルゥクは二枚の札を両脇の崖の方に飛ばす。


「『爆』!」


 ドドドドォオオオオオオンッ!!


「「「ぎゃああああっ!!!?」」」


 ざざざざぁっ……ずずずぅううん……。


 崖が崩れて全てを飲み込んでいる。もちろん人も。


「よし、消えた」

「待てぇえええっ!! 何を考えているんだっ!! 消えたのは命だろぉぉぉっ!!」


 ルゥクの肩に抱えられ頭に掴まっているので、私は間近で思いっきり叫んでいた。さすがに耳の近くで大声を出されたせいか、ルゥクは顔をしかめている。

 目の前の景色は両脇の崖が崩れ大量の土砂で道が塞がり、なだらかな丘が出来上がっていた。丘を登れば崖の上に通じるみたいだ。新しい道が出来ても少しも嬉しくはない。


 は? 何? 地形まで変わってるぞ?

 土砂崩れどころじゃないだろう?


「手前に細かく撃ったからほとんど()()になってるし、運が良ければ生きてるよ。ほら、何人か這い出てきた」


 確かに全員ではないが、火傷と埃にまみれて立ち尽くしていた。男たちは絶望と恐怖の表情でこちらを見ている。

 たぶん、私たちを追ってくることはない。


「結局……今の出来事は何だ? 説明してくれ…………」


 私は疲れた声で尋ねた。

 町にいた時から説明が後回しになっている。いや、予想外の事ばかりで何を説明してもらった方がいいのか分からない。ルゥクはすたすたと場所から歩き出していた。


「簡単に言うと、僕は色々な奴から命を狙われているんだ。いつも僕の護送を狙ってやってくる。普段は独りでいるから目立たないけど、兵士を連れている今は目立つから、見つけるのに絶好の機会なんだよ」

「何故、命を狙われるんだ?」

「…………そこは、僕が囚人だからね。怨みつらみはたくさんあるんだろう。人を雇ってまで殺したいんなら、そうとうじゃないかな?」


 にっこりとしながら答えるルゥクの顔と、台詞の言葉がなかなかしっくりこない。

 怨み……という言葉に、私は疑問を感じる。

 殺したいだけなら「囚人を渡せ」とは言わずに、問答無用で攻撃してくるのではないのか? しかもルゥクはいつも護送の際に狙われていると言った。


 いつも…………それはつまり、こういう奴らのせいで護送はいつも失敗しているということ。


『道中で護送の兵士が死亡、又は逃走した場合は旅を中止し、次の執行許可があるまで、行動は国の監視下に置くこと』


 ルゥクの命令書にあった一文を思い出した。


 まさか…………。


「お前の護送の兵士は…………いつもどうなっていた?」

「…………逃げていなければ、そういうことだね……」


 私たちに重い沈黙がのし掛かった。

 ルゥクが砂利を進む音だけが聞こえる。その音を聞きながら進む景色に目をやり、私は今直面している問題から片付けようと思った。


「そろそろ下に降ろしてほしいのだが…………」


 私はずっとルゥクの肩に担がれたままだった。

 こいつがあまりにサクサク歩くので、私も黙って乗っていてしまったがさすがにこれはどうかと思う。


「あの……もう大丈夫だし……重くないのか?」

「全然、重くないよ。ケイラン重さも大きさもちょうどいいし。砂利終わるまで乗ってたら?」


 いや、そういう訳にはいかんだろ?

 自分は兵士の前に大人だし。自分の足で歩けるし。いくら女で小柄でも、ずっと片手で人間を抱えるのって普通は大変じゃないか?


「降ろして。怪我してないし自分で歩ける。それにちょっと恥ずかしい……」

「えー?…………でもなぁ、ここで降ろしたくないなぁ……」


 ルゥクが私の目下で少し困った顔をした。

 もしかして、まだ誰かに狙われているのか……?


「あ……もし、またあいつらのような輩がいるなら、今度は私も手伝いたいのだが……その、私は一応お前の護衛……に来ているのだから……」


 なんとなく『護送』と言うより『護衛』の方が正しい気がする。そうだよ、私は兵士なんだ。


「いや、そんなんじゃないんだよね……ただ……」


 ルゥクは真剣な表情で私を見上げているが、言葉を濁しているのを感じる。


「何だ? 理由が有るなら言ってほしい」


 つられて私も顔が険しくなった。


「えーと……もうちょっとだけ若い()の感触を堪能してからで良い? この太ももの感じが丁度良い具合で…………」


「……………………降ろせ、今すぐ!!」


 私はあらんかぎりの力で抜け出そうとした。






「……………………」

「もう、ごめんってば。そんなに睨まないでよ」


 ルゥクの五歩後ろ、私は自分でもどうかと思うほどの殺気を前方に放ちながら歩いている。


 この野郎ぉおおおっ!!

 こいつ、顔が()()なクセに、中身は中年みたいなことを言ってきたぁああ!! 助平親父か貴様はぁぁぁっ!?


 声に出すのは(はばか)られたので、心の中で力一杯叫んでいた。顔のことを言ったらこっちが危ないかもしれない、と思ったからだ。

 しかし、ルゥクは私の頭にポンポンと手を置きながら、とんでもない事を言う。


「だって、ケイランって()()()()()()可愛いからつい構いたく……」


 …………………………あぁ?


「………………小さいって、言うな…………」

「あ………………ごめん」


 お互いの禁句が分かったところで、二人揃って歩き出した。しばらく歩いた頃、再び前方に大勢の気配がした。どうやらまた待ち伏せに遭っているらしい。


「またか……。ねぇ、ケイラン?」

「何だ?」

「さっきの話だけど、君のことは死なせない。君には僕の最期まで付き合ってほしい」


 急に言い放ったルゥクの顔は私から見えなかった。

 私が任務を全うできれば、最後はそれが終着なのは当たり前である。私がルゥクの処刑に立ち会うことになるのだ。


「…………そのつもりだが」

「そう、ありがとう」


 振り向いた笑顔はとてもきれいだった。

 そのルゥクを見た瞬間、私は言い表し難い気持ちになった。死を与えられることが喜びのように言われたことに、ひどく動揺したのだ。


 お前は何で死刑になるのを望む?

 何故、死刑囚を狙う者たちがいる?


 その答えを尋ねようとしても、肝心な事をはぐらかされているように思える。まだ何一つ聞いていない。




「よし、さっさと片付けよう!」

「ま……待てっ、ここは私も……!!」


 早々と道の先へ走るルゥクを、私は慌てて追いかけた。そのせいで、私たちはあることに気付いていなかった。



 私たちたちから少し離れた崖の上。岩に隠れるようにひとりの男がこちらを見ていた。


「やっと見つけたぞ。『不死(しなず)のルゥク』さんよ……」


 男は私たちが進んだ方向を確かめると、その場から音もたてずに走り去っていった。


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Thousand Sense〈サウザンドセンス〉

不死<しなず>の黙示録
― 新着の感想 ―
[一言] ルゥクイイキャラだなあw 助平な主人公すこすこのすこ( ˘ω˘ )
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