不死<しなず>のルゥク
※残酷表現が有ります。ご注意ください。
「ルゥク……来たのか……」
姿を見た途端、体の力が抜けるようだった。
ただ、いつものルゥクの服装ではない。
全身真っ黒で体にピタッとした動きやすそうなもの。刀も両手に持って二本。この服装をわたしは知っている。
十年前、仕事中のルゥクの格好とほぼ同じだった。
「ルゥク……久し振りだね。ボクね……とても、会いたかったんだよ……」
ため息を出すような色香をまとったゴウラの声。
ゴウラだけを切り取って見ていると、まるで逢い引きの場面を見せられている気分になり、もやもやと腹立たしい気分になってくる。
「……………………」
ルゥクは一言も発せず、黙ってゴウラを見ていた。
その表情は怒りも何も感じられない、どんよりとして虚ろな目をしている。
「あのね、ルゥク。ボク、ケイランちゃんを連れて行くことにしたから、ルゥクも一緒に来…………」
「……………………」
スゥッ…………
瞬きひとつの静寂の後に空気が揺らぐ。
――――――ズドゥッ!!
「………………て?」
ゴウラが笑顔のまま静止する。
わたしが視線を少し下げると、ルゥクがゴウラのすぐ目の前に移動していた。
そして、その手に持っている刀は、深々とゴウラの鳩尾に突き刺さっている。
ズ…………
「………………」
「ゴホッ……」
ルゥクが無言で思い切り刀を引き抜く。傷口と口から血を吐き出し、ゴウラは前のめりに倒れそうによろめいた。
そこをルゥクが支え…………いや、刀で下から突き上げるように刺していた。
刺しては引き抜き、よろめいたところを再び突き刺す。
ゴウラがふらふらと倒れそうになる角度から、回り込んで一太刀を浴びせているのだ。
「………………」
まるで単純作業のように、さっきからルゥクは無言で行っている。ルゥクとゴウラの足元の土は、もはやゴウラの血が染み込み泥濘んできていた。
「う………………」
普通の人間ならば、ルゥクの一撃一撃がもう致命傷だ。
「……ルゥク?」
「……………………」
不安になり名を呼んだが、返事も振り向きもせずにゴウラを滅多刺しにしている。
「……ルゥク……!」
「……………………」
「ルゥク……おい、ルゥク!」
「……………………」
「ルゥク!! もういい……もうやめろ!!」
いくらゴウラといえど、やり過ぎだと感じて、わたしはルゥクの腰にしがみつき止めようと力を込めた。
しかし、ルゥクはわたしに気付いていないように、ゴウラへの攻撃をやめようとしない。
ゴウラの首から下は、もはや血に染まっていない場所がないほど真っ赤になり、ぐらぐらと揺れながら立っている。
飛んできた血飛沫が、しがみついている腕にも飛んできた。その度にだんだん恐ろしくなって、わたしは叫ぶように呼び掛ける。
「やめろ、ルゥク!! 頼む、もう……もう、やめ……」
「……………………っ」
ガッ!! グッ…………
ルゥクの体を通して、何かが引っ掛かった感触が伝わった。ルゥクがそれを振り解こうと、頻りに腕を動かしてもがいている。
何かが……刀を押さえて……?
恐る恐る顔を上げると、ルゥクの構えている刀の先を握る黒い人影が見えた。
まさか、ムツデ……!?
一瞬、先ほどルゥクに首を落とされたムツデが起き上がったかと思ったが、その人影はムツデよりもやや細身だ。
「ルゥク……ゴウラお嬢様にこれ以上の無礼は許さない……それとも、そんなにお嬢様と切り結びたいのなら、そちらの娘の相手は我がしてやるかなぁ……ククク……」
やはりムツデではない。奴の死体はそこに転がっている。
「ゴホッ……あはっ……ゴホッ! ふふ、きゃはは……!!」
「ひっ!?」
前方から、くぐもったような笑い声が聞こえて、わたしはその声の主と目が合ってしまう。
大量の血を吐きながら、ゴウラがこちらを見て笑っていたのだ。
「フブキ……もういい。ゴホッ! ゴホゴホッ!!」
「はい。お嬢様……」
「なっ……!? 生きて……」
あの状態で、生きている……なんて……
ゴウラは少し咳き込んでから、コキコキと軽快に首を鳴らす。血塗れの体を見なければ、何事もなかったように思えてしまう。
フブキという男の手から刀を振り払い、ルゥクはわたしごと後ろへ下がって距離をとった。
「ルゥクったら激しいなぁ…………久し振りに会ったから、高揚っちゃったんだねぇ。こんなにボクの体に刀を突き立てるなんて…………すごかったぁ……」
真っ赤に染まった手を眺めながら頬を染めるゴウラは、死とは程遠いような生き生きとした表情を見せている。
「お嬢様、ルゥクはこちらの贈り物を受け取りました。よう、ございましたねぇ……」
「ほんと? 嬉しいなぁ!」
キャッキャッと喜ぶ姿に、ゾッとするほどの無邪気さを感じた。
ルゥクに贈り物……?
あの女は何を言っているのか……。
「……ハァ……ハァ…………」
「……ルゥク、大丈夫か?」
ずっと無言でゴウラを睨み付けていたルゥクだが、よく見ると呼吸が乱れて顔色が悪い。いつの間にか体を支えているのが、ルゥクではなくわたしの方になっている。
旅をしてから、こんなルゥクを見たことはない。
「さぁ、お嬢様……そろそろ我らも退くことにしませんと…………」
「え~? ケイランちゃん連れていきた~い!」
「申し訳ありませんが……私もルゥクに手酷くやられまして…………これ以上動くと壊れてしまいますので……」
そう言って、フブキは着物の前を開ける。
肩から胸にかけて普通なら死んでいるくらいの、深く大きな刀傷らしきものがあった。
「ふぅん、仕方ないなぁ。ムツデは死んでも困らないけど、フブキはいなくなると不便だもんねぇ…………しょうがない、帰ろ」
「申し訳ございません」
深々と頭を下げるフブキ。ゴウラはわたしとルゥクを見てにっこりと微笑んだ。
「ふふっ、ルゥク良かったねぇ。ケイランちゃんが一緒にいる間に、また会いにきてあげるね! またねー!!」
ゴウラがこちらに手を振った途端、辺りに竜巻に似た風が吹き付ける。風の術だろうか、土が舞い上がり視界が塞がられた。
「――――うわっ!?」
ビュオォォォ…………
しばらくすると風は止み、土埃も収まるり、ゴウラとフブキの姿はどこにもなかった。
引いた…………本当にもう、いないのか?
疑って辺りを見回すが、それらしい影も気配もない。
「終わった……でも……」
今のこの状況を、どうすればいい?
隣には立っているのもやっとのようなルゥク。
すぐそこで、わたしを庇ったホムラが大怪我をして倒れている。
離れた場所では、雷の直撃を受けたゲンセンが…………。
コウリンとカガリだって何処に――――
ばさぁああああっ!!
「っっっ!?」
急に近くの地面が盛り上がった。
土が飛び、そこに大きな穴ができる。
「――――ぷはぁ!! あんにゃろ!! よくも、あちをこんな目に合わせやがってです!! ぶっ殺すです!!」
「うわぁあああん!! どうなってんのよーもう!!」
「コウリン!! カガリ!!」
穴の中から、手に『板の札』を持ったカガリが飛び出し、それに続いてコウリンがよろよろと這い出てきた。
「……って、銀嬢、これは……あ! ルゥクさま!! 無事で良かっ…………」
ルゥクを見付けて飛び付こうとしていたカガリだが、わたしたちの後ろへ視線が移った途端にすぐ顔色を変えた。
「あ、あ、あにさん!? なんで……なんでー!!」
倒れているホムラへ一直線に走り寄り、その体にしがみついて泣き始める。しかし、カガリは首根っこを掴まれて引き剥がされた。
「勝手に……殺すなでやす…………」
「あにさ――――んっ!!」
ホムラは……意識があるようだ。
コウリンは周りの変化に戸惑っている様子で、わたしとルゥクに近付いてくる。
「ケイラン、ルゥク……これ……ゴウラは……?」
「ゴウラは、去っていった。わたしたちは何とかなったけど…………ゲンセンが……」
「え…………?」
わたしが顔を向けた先を見て、コウリンはすぐにそちらへ走っていった。倒れているゲンセンらしきものに手を当てる。
「……そんな、なんで、こんなことに…………あ!!」
コウリンは弾かれたように顔を上げると、すぐに懐から紙の札を何枚も取り出し始めた。
「ケイラン!! ゲンセン生きてる!! まだ、生きてる!!」
「え!?」
ルゥクを支えながら、コウリンとゲンセンの所へ移動する。
仰向けにされたゲンセンは、確かによく見ると弱々しく息をしているように思えた。
生きてる……でも……これは死んでいないだけだ。
全身の火傷が酷い。息をしていてもヒューヒューと、空気が漏れるような音がしている。
普通の回復の術じゃ……もう……。
「駄目よ……ユエだけじゃなく、ゲンセンまで死なせてらんない……!! ちょっと! しっかり……しっかりしなさい!!」
医者志望のコウリンは、目の前で必死に札を貼り付けてた。しかし、回復の札は弱く光って、すぐに術が切れて燃え尽きる。紙の札はどんどん減っていく。
「なんで!? 少しは治ってよ!!」
「コウリン……」
ボロボロと目から涙を流しながら、コウリンは術をかけ続けた。たまらず、わたしが顔をそむけると、耳元でルゥクの声がする。
「……ケイラン、ちょっと……ゲンセンの近くに、寄って…………」
「あ……あぁ、分かった……」
引きずるようにゲンセンの横へルゥクを座らせた。ルゥクは俯いて懐から何かを取り出す。
それは、小さな刀だった。
「……ルゥク!? 何でそんなの出すのよ!!」
「待てコウリン……!!」
「や、やだ、放して!」
ルゥクの腕を掴もうとしたコウリンを後ろから押さえる。泣きながら暴れるコウリンを抱き止めて、落ち着くように背中をさすってやった。
「うっ……うぅ……うえっ……」
「………………」
戦場でも、もう助からない人間にとどめを刺すことで、これ以上、苦しめない方法もあるのだ。その役目をルゥクが買って出てくれたのだろうと思った。
ルゥクはゲンセンの顔を覗き込むように上に被さると、小刀を思い切り突き立てる――――――自らの首へと。
「「えっっっ!?」」
あまりの事に、わたしとコウリンは目を見開いて固まった。
パタパタパタ…………
ルゥクの首から大量の血液が流れ落ちていく。そこにはゲンセンが倒れているので、彼の顔や体が赤く染まっていき…………
「…………うそ……」
コウリンが茫然と呟いている。
血がかかった箇所から、一瞬だけ湯気のようなものが登ったかと思うと、そこから焼けた皮膚がみるみるキレイに……元の色を取り戻していっていくのだ。
少しすると、着物や防具だけがボロボロになった、元の姿のゲンセンが横たわっている。
「――――ぐっ!? ゴホッ!! ガハッ!!」
さっきまでピクリとも動かなかったゲンセンが、急に体を起こし咳き込んだ。
「ゴホッゴホッ……!! うぇ……なんだこれ、血……!?」
「ゲンセン!!」
コウリンはゲンセンの顔やら肩やらを触って、異常が無いことにさらに驚愕しているようだった。
「ルゥク……大丈夫か? これは……?」
「……………………」
血を流し、座り込んだルゥクに声を掛けるが、再び黙り込んでしまっている。
「……少し、血を使い過ぎた……せいでやす」
「ホムラ……」
上からの声に振り向くと、カガリに支えられたホムラが立っていた。その口元には、いつもの“にんまり”が見られない。
「嬢ちゃんは、旦那が何て呼ばれてるか……忘れたわけじゃ、ありやせんよね……?」
「……………………」
欲の深い人間がルゥクを狙っていること。
術を喰い、術を与え、他人を強化し、そして…………回復させる。
――――――“不死のルゥク”
血肉で妙薬を作ろうとする者までいるくらい、その名は裏で知れ渡っているのだ。
こんなのを見せられれば狙われるはずだ。
わたしは改めて、この名前の持つ『呪い』を思い知った。




