表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/136

横恋慕

※残酷表現があります。ご注意ください。

 ゲンセンはムツデの拘束から逃れようと藻掻いたが、どういうことか奴はびくともしない。


「くそっ……お前はさっき、俺とユエが止めを刺したはずだ! 動けるわけが……!!」


「…………動いているがな?」


 黒い頭巾の隙間から、血塗れの口元がニィッと笑うのが見えた。


「おれがその辺の『普通の人間』だと思ったか?」

「なっ!?」


 ほぼ全身を黒い布で覆われているムツデは、自らの首もとの布をいとも簡単に引きちぎる。


 首には何か血管が浮き出たような皮膚が覗き、そこには胡桃のようなものが付いている。それは殻の隙間から目玉が、ギョロギョロと辺りを見回していた。


「魂喰いの実……」


 実に取り憑かれながらも、自我を保っている。



「さぁ! ゴウラお嬢様、こいつの処刑を!!」

「ムツデ、そいつ放さないでね。きゃはは!」


 どうやら、ゴウラは爆発を起こしたりユエに化けたりして、ムツデが回復するのをまっていたようだ。


「は、放せ!! 卑怯なっ……!!」


「え? だって、ボクは受けてたつとは言ったけど、ボクが一人で戦うとは言ってないよ?」


「この……!!」


「あぁ、そうだ。どうせなら()()()()()()()、ねぇ?」


 ユエの姿のゴウラは、羽交い締めにあっているゲンセンを愉快そうに見つめる。



「ゲンセン!! 今、助け……」


 許せん、あいつら!!


 わたしは地面から体を起こして、霊影に全身の有るだけの気力を注ぐ。


 ムツデがゲンセンを捕まえているなら、ゴウラだけでも叩き伏せて…………


 その時、ゴウラがさっきから持っていた魂喰いの実を掲げる。そしてそれを口に運び、思い切り噛み砕くのが見えた。


「あ……」


 その光景が、いつか見たルゥクの姿に重なる。


 あの時のルゥクは、黒い札を口の端に咥えて噛みきっていた。


「あれは……」


 あの動作は、まさか。



 ユエの顔を狂喜に歪ませて、片手を高々と掲げ…………その手の甲には、見たことのある“アザ”が浮かぶ。


 ビリッ……!!


 周囲の風が弾けたと思った瞬間、


「下れ!! 『雷光』!!」


 ――――――それは、ユエさんの……!?



 激しい光の柱が辺りを飲み込む。

 音はしたと思うが、体に受けた衝撃の方が強くて聞き取れなかった。









 ざわぁ…………


 ――――――…………風の音だ。


「う…………」


 たぶん、わたしが意識を飛ばしたのほんの少しだったはずだ。


 それなのに、周りには地面と煙以外はほとんどない。


 風景が一変していた。


 地面は平らにならされ、草木も凪ぎ払われている。


 木々で見えなかったはずの川も、すぐ近くを流れているのが分かった。ただし、土砂崩れが起きて所々塞き止められているあげくに、川魚が何匹も浮かんでいるようだが。




 ゲンセンは? コウリンやカガリは?


 見通しが良くなったはずなのに、離れていた三人の姿が見当たらない。


 倒れている自分の体に痺れはあるが、先ほどのゴウラの毒針ほどではないので、上体を起こそうと試みた。


 あれ、重い…………?


「え……?」


 わたしは咄嗟に霊影で周りを囲って防御したつもりだったのだが、どうやらそれだけでは助からないと判断されたようだ。


 ホムラが完全にわたしを庇う形で、上に倒れていたのだ。


「ホ……ホムラ!? おいっ……!!」

「………………嬢ちゃ……無事でやす……か?」


 ゴホッと噎せたホムラの口から血の塊が吐き出される。

 何とか体を起こして見えたのは、着物がズタズタに裂け、焼けただれたホムラの背中だった。


「だ……大丈夫で、やす……直撃じゃ……ありや、せんし……」


「ホムラ……でも、これ…………うぁ……」


 ホムラを起こそうとして体を掴むと、ヌルっと粘度の高い血が手の平にまとわりついた。


 わたしはコウリンのように医術に明るい訳ではないが、ホムラの怪我が相当なものだと一目で判ってしまう。


 何で皆、わたしのことを庇う?


 ユエもホムラも……ルゥクだって、わたしを盾に取られて嫌なことを引き受けていると、カガリが言っていたじゃないか。



「残ったのは、私だけのわけ……」


 広い荒れ地に、コウリンとカガリの姿を見付けることができない。


 ホムラを横に寝かせ脚を引きずって立ち上がると、白い煙の中に変身を解いたゴウラが立っている。その足元には黒く煤けた大きな塊があった。


「…………そんな」


 わたしとホムラがゴウラの『雷光』直撃を避けたのなら、それをまともに受けたのは誰か?


 それは、ゴウラの目の前にいたゲンセンである。


 ゲンセンはムツデに捕まえられていて…………ユエの『雷光』と比べ物にならないくらいの強力な雷を、ゲンセンが避ける術はなかった。



 黒い塊の半分がムクリと起き上がる。


 ……っ!! ゲンセンが……!?


「――――ゴウラ……嬢、さ、ま…………」


 ふらふらと立ったのはムツデのようだ。全身焼け焦げ、動けるのが不思議なくらいの重傷を負っているのに。


 地面にはムツデと同じくらいの大きさの塊が残る。認めたくはない。きっと倒れているのは…………



「あ~、疲れたぁ! この『雷光』って調節が難しいなぁ。ちょっと強くしたら、気力もだいぶなくなっちゃった」


 無傷のゴウラがあくびをしながら伸びをした。

 近くに黒焦げのムツデがいるのにも関わらず、そちらを見ずにわたしを見付けて笑顔をこぼす。


「アハッ! ケイランちゃ~ん! 良かったぁ、ちゃんと生きてたねぇ。偉い偉い♪」


「貴様……なんて、ことを…………」


 殺したユエに化けただけでなく、その『雷光』の術まで使ってゲンセンを…………ホムラを、コウリンやカガリまで……!!



 でも、これで解った。


 ゴウラは……“術喰い”なのだ。


 ルゥクと全く同じなのかは分からないが、相手の術を喰って自分のものにする。


「貴様は“術喰いの術師”……ルゥクが一番嫌悪しているものだ」


「ふふ……そうだね。まぁ、ボクは少し違うけど……だいたいは同じだと思っていいよ」


 あっさり認め、ゴウラはさらに続けた。


「ボクとルゥクはね、今から五十年前に出会ったんだよ。ルゥクが『影』として()()()をしていたのを偶然見掛けたんだよ。とても……綺麗でねぇ……」


「五十年…………?」


 どう見ても、ゴウラの見た目は二十代前半に見える。


 “不老不死”……いや、“遅老半不死”だったか。


「ボクはすぐに恋に落ちた。ルゥクほど美しい男はいない……その辺の女なんかよりも、遥かに整った顔貌、どんな術師も怯む術の強さ、人を殺す時の鮮やかさ……。何を取っても綺麗だった。他の男なんてただ汚ならしいだけだ」


「………………」


 今ここで、ゴウラの話は偉く場違いな気もするが、それが全ての根源だという気もする。


「ボクはルゥクを振り向かせたくて、沢山調べて少しでもルゥクに近付こうと、ボクも『不死(しなず)』の体になった……そうすれば、永遠に彼を追っていられる……」


 ゴウラは自分の腕を撫でながら、懐かしむような顔をした。


「ケイランちゃんも女の子なんだからさぁ、ボクの気持ちもわかるんじゃない? 誰だって、好きな人の横に並びたい……って、一緒にいるだけで幸せって……」


 熱っぽい表情は、それだけを見ると普通の乙女そのものだ。しかし、わたしは奴の言動に寒気しか感じない。


「でも、ルゥクは…………」


「昔のルゥクは『不死(しなず)』の身体を十分に生かしていて『影』で彼に敵う奴なんていなかった。本当に全て順調で、完璧だったんだよ。あの時までは――――」


 スゥッと熱が消えて、ゴウラの顔は冷たさが表れた。



「ルゥクが『影』を辞めたいと言って、死のうとし始めたのは今から十年くらい前。急に普通の人間に戻ろうと、無様な死を探し始めた。原因は……調べたらすぐに分かったよ…………」


 ゴウラはどんどん無表情になっていく。


「原因は……ケイランちゃん、当時たった七才のキミが、簡単にルゥクを陥落させた」


「へ……?」


「それまでボクを含めて、人というものにほとんど興味がなかったルゥクが、暇があればある屋敷に通うようになっていた。王宮の術師兵団、元将軍の『() 白鷺(ハクロ)』の屋敷に、ね……それはついこの間まで続いていたよ」


 父上? つまり、わたしの家だ。

 わたしはルゥクに、ずっと見られていた?


 十年間、ルゥクはわたしのことを分かって……



「……ボクはさぁ、ルゥクを生かしたいんだよ?」


「………………」


「何で、ケイランちゃんは旅を続けるの? そんなにルゥクを死なせたいの?」


「なっ……何を言っている!! 私はルゥクの“術喰い”を落として、納得のいかない処刑を止めさせるため……」


「でも、“術喰い”を取り除いたら、ルゥクは病気や怪我なんかでいつか死ぬ」


「……それは」


「ケイランちゃんが今回の旅を止めて、ルゥクも次の旅を求めなければ……処刑なんてされない。知っているよね?」


 そうだ。この刑場への旅は本人(ルゥク)が望めば止められるのだ。国はルゥクが『影』を続けていれば、本当は生かしておきたいはずなのだ。



「黙っていれば、ルゥクはずっと生きていけるんだよ? それこそ普通の人間なんかよりも、ずっと()()()()()として、何の不自由もなく」


「…………優れた存在って……化け物としてか?」


「人間が見たらそうなるけど、それでも死なない方がいいでしょ?」


 死なない方がいい? 確かに……それは……



 気力が切れかけているせいか、思考がおかしくなりそうになる。だが、その場に崩れそうになった瞬間、わたしの脳裏にはこれまでのことが浮かんできたのだ。



『ルゥクさまが望む生き方も死に方も、一切させる気がないのです!!』


 これはカガリが言ったこと。ゴウラは自分の勝手でルゥクを生かそうとしている。


『確かに僕は死を望むけど、それまでの道中は楽しみたいんだ』


 そういえば、一緒に菓子を食べていた時にルゥクが言っていた。


『君が本当に呪いを解いてくれたなら、人間として残りの命を生きる』


 ………………。




「…………ざ、けるな……」

「うん?」


「――――ふざけるなっ!!」


 ブワッ!!


 背後に黒い影の柱が数本、わたしの声に霊影が反応したのだ。


「ルゥクが……あいつがどんな思いでこの旅をしているのか、貴様は考えようともしていない!!」


 ルゥクはただ死にたいんじゃない。

 ましてや、このままの状態で生きていくつもりもない。


「『優れた存在』なんてものはいらない!! あいつは『普通の人間』に戻ろうとしている!! それの何がいけない!?」


 歪んだものを直して、ささやかな生を送ること。

 本来あったものに戻ること。


 ――――それが、望みならば……


「貴様のやり方は死なせないだけで、ルゥクを苦しめているのが分からないか!?」


 心に思ったことを次々に叫んだため、なんかまとまりがないとは思ったが、それでもゴウラには言ってやろう。


他人(ひと)が正しく生きようとしているところに、横やりを入れるな……!!」


 ハァハァと息が切れて、もう叫べない。


 くそ……もう少し、肺活量が欲しい。




「…………横恋慕したのは、ケイランちゃんだよ」


 ゴウラがうつむきながら、ボソリと言う。


「五十年……ボクはルゥクが好きで、ず~っと見てきたんだ。ルゥクはボクに振り向いたりはしなかったけど、それでも…………五十年、五十年だよ?」


 シャラン…………


 手の平ほどの針が数本、ゴウラの両手の指の間に鈍く光る。


「それを……たった十年のケイランちゃんが、横から入って全部持っていったんだよ。だったら、キミごとルゥクを連れていくしかないじゃないか…………」


 ギッと上げられた顔は笑っているが、絶対に話を聞かないものだと目を見て判断できてしまった。


「ルゥクがキミを気に入っているなら、一緒に“不死(しなず)”になればいい。ボクのやり方なら誰でもなれる…………ムツデ」


「は、い……」


 わたしとゴウラが話している間、後ろで静かに佇んでいたムツデはふらりと近付いてくる。全身火傷だらけだったムツデだが、この少しの間で表面が僅かに修復されていた。



「ケイランちゃん、連れて行くから――――…………あ、ムツデ」

「は、い」

「後ろ」


 ヒュンッ!


 細い棒が、空を凪ぐような音がした。


 ゴトンッ!! ……ゴロ……ゴロ……ドサァッ!!


 一瞬で首が落とされ、ムツデの身体は地面へ沈む。


「…………あ……」


 ムツデのいた場所の後ろに見えたのは、白く光る刀と黒い人影。


「あぁ、やっと来てくれた。待っていたんだよ」


「……………………」


 刀の血を振り落とし、ルゥクは静かにゴウラを睨み付けた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お読み頂き
ありがとうございます!

ブクマ、評価、感想、誤字報告を
頂ければ幸いです。


きしかわせひろの作品
Thousand Sense〈サウザンドセンス〉

不死<しなず>の黙示録
― 新着の感想 ―
[一言] 何という壮大な三角関係!!w
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ