忘れじの悲嘆 三
ゴウラは、わたしたちのやり取りをニヤニヤと眺めていた。余裕のあるつもりなのか、刀も針も構える様子がない。
「ねぇ、ホムラ~。もうちょっと楽しませてよ~。ルゥクが来た時に全部終わってるのも味気無いしさぁ…………」
そう言って、何か腰の辺りから取り出す。
「ケイランちゃんにひとつ、特別に面白いものを見せてあげる」
まるで棒つきの飴みたいに、長い針の先に“魂喰いの実”が刺さっていた。
「コレ、さっきそこで拾っておいたんだよ」
愉しそうに実の付いた針を振り回す。
「間違って別の奴が刺さったけど。まぁ、いいか!」
「な……に……?」
まさか…………あの実は…………
こういう時の『嫌な予感』ほど、よく当たるものはない。
それが当たらないようにと願うが、背中に走る悪寒と吐き気が、わたしの気持ちを容易くへし折ろうとしていた。
「ほんとはさぁ……ケイランちゃんを狙ってみたんだよね~」
針に刺した実を持て余したようにくるくると回し、ゴウラはため息をついた。
「なのにさぁ……急にあの小娘が邪魔したんだよ。ヤになっちゃう、弱いその他のクセに……」
今度は針を持つ手とは違う手の人差し指で、くるくると揉み上げの髪を弄り始める。
あれが、ユエさんを刺した実? 本当に?
魂喰いの実はあちこちに転がっていて、あれがユエを刺したものか見分けはつかない。
もしかしたら、ゴウラは挑発するために出任せを言っているのかもしれない。
「この実、どうしようかなー? 要らない養分吸っちゃったから棄てちゃおうかなー?」
「「――――………………」」
癪に障るが、わたしとホムラは出来る限りの無反応を貫いた。何故なら、ゴウラがこの挑発めいた発言を向けているのは、わたしとホムラだけではない。
わたしとホムラの背後。
ユエを喪ったばかりの、ゲンセンに向けて言っているのだ。
ゲンセンは戦場馴れしたような拳術士だ。普通なら、こんな挑発に乗るような人物ではなさそうなのだけど…………
「あーぁ! 平凡なつまらない奴はさぁ、黙ってその辺で死んでるのがお似合いだよねぇ!! きゃはははっ!!」
「―――何だと……?」
スゥッ……
視界の隅で、ゲンセンが振り向くことなく立ち上がる。
「ちょっと……ゲンセン、落ち着い…………」
「……あの女が、ユエを…………」
ゲンセンの声は初めて関所で会った時から今まで、聞いたことがないような低く冷たいものだった。
そのためなのか、コウリンがゲンセンを止めようと手を出しかけたが、すぐに引っ込めて顔を強張らせていた。
「ねぇ、おじさん。何をそんなに怒っているの? たかだか、囲っていた若い女が死んだくらいで。他にも女なんているじゃない」
「…………」
ゴウラの言葉にゲンセンが一歩前に踏み出す。
振り向いた顔は想像したよりも静かに、ゴウラを睨み付けていた。
「仇が欲しいなら掛かってきなよ。ボクに勝てたら、この魂喰いの実は返してあげるよ。それとも、その女は仇を討つまでもない奴なの?」
このっ……ユエさんを愚弄する気か!?
「貴様っ……!!」
「嬢ちゃん」
今度は明らかにゲンセンだけを挑発しているが、わたしも我慢の限界である。危うく向かって行きそうなところを、ホムラに止められてしまった。
ちなみにカガリは横で、影に巻き付かれながらジタバタと暴れている。
「ねぇ、どうし――――」
「いいぜ、その挑発……乗ってやる……ただし、変な小細工はさせない」
ゲンセンがその場で拳を構えた。
「馬鹿正直に、真っ正面から?」
「……悪いが、俺はこれしか戦い方を知らないんでね」
「いいよ、特別に受けてたってあげる。ただし、ひとりで来てよ。ボクは一応、女だし」
ゴウラはにやりと笑って短刀を取り出す。もう片方の手には、魂喰いの実を刺した針を持ったままだ。
「ケイランと……ホムラ、だったか? 退いてくれ……」
「でも、ゲンセン……あの女は『影』で…………」
「『影』の戦い方なら、さっきルゥクで練習した」
「え……?」
「領主のところで会って、少しだけ戦った…………化け物を倒したらこっちへ来るそうだ。それまで、あの女の相手をさせてくれ」
「分かった……」
「ご武運を。大きい旦那」
わたしはカガリを影で引きずりながらその場から離れる。移動する間、ホムラはゴウラから目を離さずに、わたしを背中に隠すようにしていた。
「嬢ちゃん、自分の周り、気をつけてくだせぇ」
「何?」
「奴は、あっしらを攻撃しないとは言ってやせんから……」
「…………そ、そうか……」
どうやら、ゴウラは言葉の裏を読まないといけないようだ。
ゲンセンとは正面から戦うが、わたしたちは横から攻撃される可能性がある。
「カガリ」
「ふむぅ!」
「手前は、お嬢に付けでやす」
「プハッ! あいです!! あにさん!!」
カガリを霊影から解放すると、一目散にコウリンの元へ走っていった。すれ違い様に「チッ!」と、わたしに舌打ちをしていったが、この場においては可愛いものである。
ホムラはわたしのところを離れない。
わたしを守ろうとしてくれているらしいが、ゴウラにやられた肩の傷が痛々しい。
これは……わたしもできることを…………
足元から周辺に霊影を忍ばせて、守りに専念しようと思う。
わたしたちが充分に距離を取った瞬間、周辺の空気が一気に重苦しく感じた。
ゲンセンが意識を集中している。
拳術士と武闘家の戦い方の違いは分からないが、体の中で気術を練る際の集中力は理解できると思う。
わたしが頭で沸々と考えていた、その時、
ダダダダダッ!!
ゲンセンが一気にゴウラとの間合いを縮めた。
関所でルゥクと交戦した時は拳での攻撃が主だった。
正直、ゲンセンは腕力重視で、ホムラと互角に戦っていたゴウラの素早さには敵わないと思っていた。
…………速い!
しかし、拳からの連続攻撃に加え、接近を極力避けようとしているゴウラに、次々と蹴り技が繰り出されている。
距離を取ろうとしているゴウラを、徹底的に接近戦で追い詰めていっているのだ。
「強い……関所の時より……」
ぽそりと溢すと、ホムラがにんまりとこちらを見ている。
「大きい旦那は……敵にはしたくねぇ人種でやすな」
「え?」
「挑発されて怒り狂っていても、絶対に戦い方が崩れねぇみたいだから、長引けば『影』には不利になりやす。『影』は長期戦には向いてやせん……」
「なるほど……」
なら、ゴウラの挑発は失敗だ。
奴は怒らせてはならない人物を怒らせた。
正面から戦えば、ゲンセンはルゥクも圧倒できるくらいの実力はあるだろう。大丈夫だ……きっと……
――――ユエさん、どうかゲンセンを護ってあげて。
祈らずにはいられない。
ゴウラが全て悪いのだけれど、ユエもゲンセンも、わたしとルゥクのごたごたに巻き込んだようなものだ。
「……ゲンセン、勝てるよな?」
「さぁ、分からねぇでやす…………」
思わず呟いた言葉に、ホムラがすぐに答えた。
「あの女……さっきから、妙に落ち着いてやすから」
「………………?」
確かに、もはや防戦一方のゴウラに比べ、ゲンセンが押しているように見えるが…………
「そういえば、なんで魂喰いの実を持ったまま? あれ、針で刺しているから、実は動かない……よな?」
「……で、やすね…………」
何故? 片手が使えなくなるのに?
ゲンセンも魂喰いの実のことは、わたしと一緒にルゥクから聞いていたから警戒はしているはずだ。
ゲンセンを化け物にしようと、“生きている魂喰いの実”を持っているなら未だしも…………
その時、
「『爆』!!」
「っ!!」
ドォオンッ!!
短い爆発音と土煙が舞った。
ゴウラの爆発の札を回避したゲンセンは、すぐに拳を構えたまま後ろへ下がり煙の外へ。自分の周囲の視界を確保している。
苦し紛れの目眩ましか?
それにしては、お粗末な……。
「………………」
ゲンセンが煙の中を睨み付け、ゴウラの動きにすぐに反応できるように身構えている。
不意に土煙が揺らぐ。
「……そこか!?」
すぐ横へ、ゲンセンは身を翻して裏拳を叩き込――――
「――――え?」
ビタッ! と、拳を止め後ろへ飛び退いた。
「何…………」
「どうしたの? ゲンセン?」
ゴウラではない声が、ゲンセンの名を読んだ。
「………………ユ……」
ユエが微笑みながら立っている。
「ねぇ、どうし…………」
「ふっざけるなぁぁぁ――――っ!!」
ズダァアアアンッ!!
「ゲンセン!! うわっ!? ゴホッゴホッ……!!」
「嬢ちゃん、少し伏せてるでやす」
猛烈な風が土を伴ってこちらまで吹き付けていた。
土煙を少し吸ってしまい、噎せかえっているところをホムラが地面に押さえ付けてくる。
ゲンセンの怒鳴り声と爆発のような音が重なり、地面が一瞬揺れた気さえした。
…………当たり前だが、今のはユエさんじゃない。そうだ、ゴウラはコウリンにも化けたじゃないか。
ゲンセンは一瞬だけ迷ったが、すぐにゴウラに攻撃を仕掛けた。並みの戦士でも、今の間で叩くのは難しいくらいの隙しか、ゲンセンは与えてはいなかっただろう。
どこまで、人を馬鹿にするのか。
あれでは火に油だ。あの女は何を…………
「きゃははははっ!! やっぱりダメだよね、そんなにムキにならないでよ~!」
ユエの顔と声で笑うゴウラは、もはや鬼畜としか思えない。
「無駄だ! 本物じゃないなら、遠慮は――――」
「遠慮はしないのは、こちらの方よ……」
「なっ!?」
急にゲンセンの動きが止まり、ひきつるような驚愕の表情に染まった。
ゲンセンを羽交い締めにしている人間がいる。
体の大きさも負けておらず、あのゲンセンを力で止めているのだ。
「お前は…………」
「さっきは世話になったな…………危うく、こと切れそうになったぞ。ククク…………」
ゲンセンとユエによって倒されたはず。
ゴウラの手下のムツデは、黒装束でも分かるくらいに血の痕を全身に纏っていた。




