忘れじの悲嘆 一
戦況はこちらに有利になったように見えた。
敵はゴウラとムツデ……あと、小さな化け物。
こちらは、ホムラ、ゲンセン、ユエ、そしてわたし。コウリンは戦力外とする。
しかし、人数など問題にならないのが『影』というものだ。それは嫌というほどルゥクで学んでいる。
もはや残像のように動く、ホムラとゴウラの打ち合い。
少し離れたところでは、ゲンセンがムツデと対峙している。ユエはコウリンと一緒に、ゲンセンの戦闘の邪魔にならない位置までさがり、怪我の治療をされているようだった。
ゲンセンとムツデの様子を真剣な目で追っているから、すぐにでもゲンセンの補助に入るつもりだろう。
…………わたしは、というと、
「…………まだ、か……」
まだ痺れが残り、同じ場所に突っ立ったままである。
先ほどから少しずつ指が動いているが、まだ霊影を出すのは無理なようだ。
情けない。結局、わたしは戦闘において主戦力にもならずに、ただただ他の者の戦いを見守るだけ。
さっきホムラに解毒の薬を飲まされたから、体は動くようになってくるはずだ。でも……もし、ホムラやゲンセンがここへ来なかったら? ……そう考えて、独りゾッとしていた。
「ホムラのあにさんに感謝しろです“銀嬢”。 途中であちたちが合流しなかったらどうなったか…………」
うん……本当に助かっ………………ん?
「…………え、と……?」
ちょっと動く首を横へ向けると、わたしの背中にがっちり女の子がへばり付いていた。
「…………だれ……?」
「あちは篝。ルゥクさまの忠実な『影』…………の見習い……だ、です」
きっと“見習い”とは言いたくなかったみたいだが、耳元で言われたから全部聞こえてしまった。
つまり、ホムラと同じ『ルゥクの弟子』?
ホムラとは少し違うが、独特なしゃべり方が面白い。よく見ると子供らしい大きな目と、髪の毛を上に上げて見えるおでこがとても可愛らしい。
「あなた、は……何で、ここに……?」
「ルゥクさまが“殲滅命令”を遂行しているから、此処へはこれないです。でも、銀嬢を死なせたらルゥクさまの旅が終わりになるです。だから、仕方なく来てやったです……」
……“銀嬢”というのは、わたしのことだよな?
「ルゥクは……?」
「おひとりで、ゴウラの化け物と戦っているです…………そこのデカブツと一緒に、此処へ行くように命じられたです。ほんとは、ルゥクさまの手伝いがしたかったのに…………」
「なら、こいつらを片付ければ、ルゥクの所へ……」
だいぶ口元が動くようになった。
足元からも、ぞろぞろと霊影の動く気配がするからもう少しだ。でも、痺れが薄くなってきたのに、考えるのが億劫になってくる。
カガリがわたしを覗くと、眉をしかめて険しい顔をした。
「今はちょっと動くなです。焦らないで、少しあちと話すです……この痺れは話してれば早く治るです」
「え……?」
さらに強く、わたしの体にしがみついてきた。
「銀嬢、ゴウラを甘く見ない方がいいです。あのルゥクさまがいまだに殺せないのです。ほら、うちのあにさんだって、さっきから打ち合ってばかり……今日はゴウラの手下二人とも戦って、相当疲れてるせいもあるですが……」
「……ゴウラはそんなに、ルゥクと何度も戦っているのか?」
「そうです。あの女は毎回、ルゥクさまの旅にちょっかい出してきやがるのです。あの女のせいで死んだ兵士も多いのです」
「ゴウラが旅の邪魔を……」
兵士を殺し、旅を中断させる。
結果、ルゥクは死なない。
確か……“ルゥクを助けている”というふうなことを、ゴウラは言っていた。ある意味間違いではない…………あれ?
「ゴウラはルゥクを生かしたい……?」
一瞬、頭が殴られたように、くらくらと目眩を伴って少し視界が暗くなる。
頭の中で想像のゴウラがニッコリと笑った。
『ボクはルゥクを助けているんだよ』
じゃあ……兵士のわたしは?
刑場まで兵士が無事にルゥクを連れて行く。
結果、ルゥクが望む死が待っている……いや、本当は望んでいない。だから生きる術を探して…………
「…………」
膝が急にガクンと折れた。痺れた足が緊張を解いたのだ。
座り込んだ地面の下では、霊影がぞろぞろと集まって来ているのを感じる。
頭がぐらぐらと目眩を起こす。
気力切れの目眩じゃない。
旅をしながら、ルゥクの“術喰い”を落とす方法を見付けようとしている自分。
旅の邪魔をして死を回避させて、そのままのルゥクでいるように仕向けているゴウラ。
どっちが正しい?
兵士と一緒にいれば、必ずルゥクは死ぬことになるのでは――――
パシンッ!
小気味良い音が自分の頬から聞こえる。どうやらカガリが、わたしに平手を食らわせたようだ。
「ゴウラの術中にハマってボーッとすんな!! あちを見ろ、銀嬢!! ゴウラの毒針の痺れが残っている間は、思考が低下するです! しゃべって頭動かせ! です!!」
急に耳に大声が突き刺さる。カガリがわたしの腕を掴んで一生懸命引っ張っていた。
「銀嬢、気力切れでなければ無理してでも立てです! ルゥクさまはあんたと旅するために、今回の国の仕事を引き受けたのです!!」
「え…………?」
「国はルゥクさまを戦わせるために銀嬢を人質にしているです! 本当ならゴウラがいる場所は避けたいはずなんです!!」
「…………どういうこと?」
カガリはハッとして『まずい』と言わんばかりの表情になる。どうやら、わたしには知らせてはいけない事だったらしい。
「それは……その……ルゥクさまに聞くです。あちはもう勝手に話せないです……」
声が萎む。
「国がわたしを人質に?」
確かに、前から少しおかしいとは思っていた。
ルゥクは『影』を辞めたいくせに、ちゃんと『影』としての仕事をしている。
逆らえば処刑場に入れさせない……と脅されていると思っていたところもあるが、それにしては素直に命令を聞いているのだ。
もし、本当に兵士のわたしを盾に取られているのなら…………
「……わたしは完全にあいつの『足枷』じゃないか…………」
ぞろり……
地面から霊影が染み出るように顔を覗かせた。
「ねぇ、ゴウラは何でルゥクにまとわりついている?」
わたしは横に立つカガリを見上げ、頭の中の整理をすることにする。
「あの女は珍しい人間が好みです。銀嬢だって“銀寿”だし…………ルゥクさまも“不死”だということで、目をつけられたです」
「ゴウラは……ルゥクのためを思って動いているのか?」
「なっ!? 何を言ってるですか!?」
カガリが出来うる限りの険しい顔をして、わたしの前に立ち塞がった。
「ゴウラはルゥクさまが嫌がることばっかり、平気でやりやがるのです!! ルゥクさまが望む生き方も死に方も、一切させる気がないのです!!」
「……望む生き方、か」
そうだ、あの女のやっていることは決してルゥクのためじゃない。
ルゥクを化け物と同じと言ったのに、一瞬でもあいつがルゥクを理解して、助けていると思ってしまったわたしが馬鹿だった。
「大丈夫だ、もう下は……向かない」
ふらりと立ち上がった脚にはもう痺れがない。
もう一度戦況を…………
下手に手を出して、かえって邪魔になることは避けたい。
比較的近くでは、ゲンセンとユエがムツデを追い込んでいる。さすが長年一緒にいるだけあって、二人は連携がとれていた。ムツデは見るからにボロボロになっている。
おそらく、ゲンセンたちの勝利で決着はつく。
じゃあ……ホムラは……?
だいぶ離れている。その上、どうやって戦っているのかわからない。通常で目が追い付かないのだ。霊影で補佐をするよりも、ホムラの方が早いだろう。
さすがに……ホムラの戦いには入れない……か。
『影』同士の斬り合いは素早さと技術を要する。
つくづく自分がゴウラに遊ばれていた、ということが分かってしまう。
あの速さには到底…………
そう思って見ていた時だ。
一瞬、ゴウラの姿が先ほどとは違うように見えた。ホムラの攻撃の最中に、ゴウラが他と変わることは不可能だと思う。
なのに、何かが違う。
「なん……………………あ!?」
違うものに気付き、慌てて辺りを見回す。
きっと近くだ。
「銀嬢? どうしたです?」
「いない」
「え?」
あれが狙うなら…………
「っ!? そこか!? 霊影!!」
「はぁっ!?」
ザザザザザザッ!!
霊影が鋭い矢のように向かった先には――――……茂みに隠れるようにコウリンがしゃがんでいた。
「きゃああっ!!」
迫る霊影の槍に襲われ、コウリンは丸まって地面に伏す。
ドスドスドスドスドスドスッ!!
「おぎゃあああああ!!!!」
「えぇっ!?」
霊影がコウリンの『背後のもの』を貫いた。
「はぁ、はぁ、はぁ…………捕った!!」
やっぱり……戦わず独り離れていたコウリンを狙ったか。
先ほどまでゴウラの脚にしがみついていた化け物を、何本もの縄状になった霊影がめった刺しにしている。四方から刺しているので、逃げることはできないはずだ。
「コウリン! こっちへ!!」
「ケ……ケイランっ!! アタシ、あんたに殺されるかと思ったわよ!!」
目に涙をたっぷりと溜めたコウリンが全力でこちらへ駆けて来た。自分の身に起きたことを理解する前に、霊影で自分が串刺しにされると思っていたことにかなりの恐怖を覚えたようだ。
「説明する暇はなかったから……。カガリ、良かったらコウリンを護っていてくれるか?」
カガリはわたしの服の裾をしっかり掴んでいる。
この子……『影』(見習い)というのなら、ちょっとは戦えるよな……?
「えー? ホムラのあにさんが、あんたに付けって…………」
「コウリンは戦えないから。頼む」
「わかったです……」
カガリはコウリンを引きずるようにして、わたしから距離をとってくれた。
離れている間に、わたしはあの化け物にとどめを刺さないといけない。霊影で固定させたまま、化け物を自分の近くまで引き寄せる。コウリンは「ひっ!」と声をあげて、迷惑そうな顔のカガリに抱きついた。
「ぎ……ぎぎぎ……」
「気の毒にな…………」
巨大なヒキガエルのような化け物。
元は幼い子供だった。
たぶん戻る術はなく、ここで情が湧いて生かしても、後々に人を襲うことになるだろう。
ならば……せめて……
「霊影っ……!!」
ズシャアアアッ!!
刺さっていた霊影が、各々に動いて化け物を細切れに引き裂く。
おそらく死人の化け物と同様に、首を落とせば動かなくなるとは思うが、姿が違うので念のためバラバラにした。
肉片になった化け物がわたしの周りに散乱する。
「……こんなことは止めさせないと」
霊影を通して、化け物の肉の感触が腕に伝わっていた。
これは忘れてはいけないと思う。
振り変えるとすぐ目の前では、ゲンセンがムツデを地面にめり込ませているところだった。
ホッと息をつく。
よし、あとはゴウラだけ――――
「――――――ケイランっ!?」
「――――――嬢ちゃん!!」
コウリンとホムラの声が同時に聞こえ、
「――――え?」
ドンッ…………
少し遅れて、わたしは前方に突き飛ばされた。




