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轟音と白雷

お読みいただき、ありがとうございます。


途中、視点の切り替わりあり。

ちょっと長いです。

「何だ……こりゃあ……?」

「…………」


 領主の部屋へ入った俺とルゥクは目の前の光景に足を止めた。


 先ほどのルゥクの術で扉ごと吹っ飛ばされたであろう、化け物が五体ほど床に転がっているのは…………まぁいいだろう。


 問題は部屋の中央。


 ここは立派な屋敷の真ん中でかなりの広さもあり、天井や壁も豪華な造りであるのだが…………


「何で、部屋のど真ん中に“大木”があるんだ……」


 青々と立派な枝葉を広げた大木が部屋を占領している。まるで部屋を支える柱だ。


 不思議なことにその木は天井を破らず、ぶつかった場所を中心に枝葉を這わせるようにして部屋一杯に広がっている。


「こんな木、俺は知らねぇぞ……」


 少なくとも、この数日の間にはこんなのはなかった。


 俺も大概デカイが、この木は床から天井まで縦は俺の倍近く、直径も部屋の三分の一は占めている。


「“魂喰いの木”……?」

「木…………だね。でも“実”が無い」


 本当だ。生い茂った枝葉には、ひとつも果実らしきものが見当たらなかった。まだ実っていないのだろうか?


 疑問に思い上を見上げていると、ルゥクがチラリと俺の顔を見てため息をつく。俺がなにを考えていたのか分かったようだ。


「“実”は採られた後だね……さっき、化け物がウヨウヨいただろ? 収穫されたのが、さっそく使われた証拠だよ」

「あ……そうか……」


 なるほど。

 でも、あの化け物は全員兵士や傭兵ばかりだったように思える。肝心な()()()がいない。


「領主はどこに……」

「あぁ、それか。とっくに何処かへ行ったか、あるいは…………」


 ルゥクが刀を構えながら、大木の後ろ側へ回り込んだ。しかし、すぐに木の陰から顔を出して手招きをしている。


「ん? どうかし………………」


 ()()が目に入った瞬間、俺は絶句すると同時に背中に悪寒が走る。それがあまりにも……あんまりだったのだ。


 領主がいた。肩まで木に埋まった状態で。


「り、領主……?」

「……そうきたかぁ。ずいぶん、胸くそ悪いことになっていたね」


 ルゥクの顔は笑っているが、目が冷めている。


「な…………本当に……これが……」


 痩せこけ肌の色は黒ずんでいるが、辛うじて人相は分かる程度。確かに昨日まで見ていた領主だった。


「ねぇ、起きて。話せるなら、この状況を説明してほしい」


 ルゥクがしゃがみ、領主と目線を合わせペシペシと頬を叩く。すると、干物のような口とまぶたがゆっくりと開いた。


「……だ……れだ?」


「貴方を救けるよう、国から派遣された兵士です。貴方はここの領主……で、間違いはありませんね?」


「あぁ……そう……だ……」


「分かりました。これを……」


 意外に丁寧な口調で話し始めたルゥクは、懐から何かの薬の包みを取り出すと、領主の口に粉薬を含ませ水筒の水で流し込む。


「…………薬?」

「………………」


 ルゥクが黙って領主を見つめていると、その顔が徐々に血色の良い『人間』の顔へ変化していく。三十代前半くらいの男だと、誰が見ても分かるくらいに。


 しばらくすると、木に埋まったまま、顔だけは元の領主なった。


「……話せますか?」


「話せる……私は、どこから話せば良い……?」


「できる限り、全て。約束できなければ、貴方の守りたいものは全て壊れるかもしれません」


 さっきとはまるで違う、普通の会話が紡がれる。



「…………“実”を最初に持ってきたのは……ゴウラ、という者ではありませんか?」


「そうだ。二年前……ゴウラがもたらした。病を持って生まれてきた娘を…………一度死んだ娘を生き返らせてくれた……『あの男』は我々の救いの恩人だ……」


「あの男…………ゴウラが恩人?」


 ピクリ。呟いたルゥクの顔が少しひきつった。しかし、それ以上言わず領主から目を離さない。



「奴を雇い始めて、病弱だった妻の体も良くなっていった。だから、私はゴウラには本当に感謝している……」


「娘が、化け物になっても?」


「成長すれば、元の人間になる……と。実際、娘は妻の言うことはよく聞いて、子供らしくなっていった……」


「奥さんと娘さんは?」


「さっきまでここにいたが、不審者が暴れているというので逃がした。今はゴウラが、護ってくれている…………」


「……貴方のこの姿は?」


「今さっき侵入した不審者に…………『不死(しなず)のルゥク』にやられた。あいつは……化け物だ。本来、薬であるはずの“魂喰いの実”を化け物を作ることに使って…………」


「待て、領主さん! あんた何を言って…………」

「……………………」


 俺が領主に食って掛かろうとするのを、ルゥクが腕を前に出して制止する。その目は『話を聞くのが先』と言っているようだった。


「…………で? “ルゥク”ってどんな奴?」


「……あぁ、黒髪で顔は隠れていたが、とても図体のでかい男だった。あっという間に押さえ付けられてしまって……」


 え? 何言ってやがるコイツ……。


 特徴が隣にいる本当のルゥクとは別人だ。


 俺が関所の仕事に就く前に回ってきた、ルゥクの特徴はちゃんと本人そっくりだったぞ?


 ユエも自分と背格好が似てると言っていたし、御触れ書きが当たっていたからこそ、俺は女装したルゥクを見付けられたと言っていい。



「…………街道に関所を作らせたね。ルゥクって奴を捕まえるため?」


「そう、ゴウラが関を作った。妻の父親からの使命だと言われて、関の管理は妻がしていたはずだ…………」


「つまり、貴方は関には関与していない?」


「あぁ、妻がゴウラの助けで…………」


 そういえば……この領主は先代の娘婿だった。

 もしかすると、この土地の真の領主はコイツの妻なのかもしれない。


「……………………じゃあ、そのゴウラはどこ?」

「う…………!?」


 領主が低く唸る。

 ルゥクが辛うじて木から出ている、領主の襟首を掴んで締め上げたからだ。見た目にルゥクの手には力がこもっている。


「さっきも、言ったが……妻と子供を連れて……」


「……僕は国から正式に派遣された兵士だ。名前は【(ロウ) 流句(ルゥク)】。“不死(しなず)のルゥク”という名もある。それと、ゴウラのこと『あの男は恩人』だって?」


「ひ…………!?」


「お前が信じたのは全て嘘。その最たるもの……」



 横で聞いている俺の方が危機感を持つくらいに、ルゥクの横顔は冷酷に領主を見据え、吐き捨てるように言った。



「ゴウラは男じゃない……“女”だ」







 ++++++++++++++++++++







 化け物を全て切り捨てた直後。

 気持ち悪さにうつむきかげんになった。


「あの人たちは……何でこんなことに……」


 人間であっただろう彼らに対して、同情めいた言葉が思わず口から出た時、


「ふふっ、元がクズ人間だもん。仕方ないよぉ」


 この場に不釣り合いな軽い声色が、不謹慎な言葉を発した。


「「「え?」」」


 わたし、コウリン、ユエの三人が同時に驚いて振り向くと、先ほどまで気絶していた女性が立ち上がってこちらを見ている。

 ぐったりしていた時とはまるで違う、とても元気そうな様子に一瞬だけ思考が追い付かなかった。



「……あなた、大丈夫なの?」

「………………」


 真っ先に声を掛けたのはコウリンだ。

 しかし女性は返事もせずに、チラリとコウリンを見てから、さらにユエに視線を移し、ため息をつく。


「ボク、嫌いなのよねぇ。平凡な奴って…………」


「平凡……?」

「何? あなた……」

「…………コウリン、ユエさん、さがって。何か変だ」


 さがれと言ったものの、ここは柱状になった岩の上。これ以上後ろに行けば化け物の亡骸だらけの下へ落ちる。



 女性が再びため息をついた。

 しかしそれは、さっきの乾いた感じではない。



「でも“特別な子”は大好き。こうして実際に見てみると、あなた……とっても可愛い…………ねぇ……銀寿の女術師兵【() 佳蘭(ケイラン)】さん?」


「っ……!?」


 名を呼ばれ顔を上げると、女性の視線とまともにぶつかる。


 この人のわたしを見る目が…………何か恐い。


『敵意』をぶつけられている、というよりは『好意』的な微笑んだ表情。しかし、まるで体にまとわりつくような、粘っこい蜘蛛の糸が絡んでくるような……?


 恐い。恐いっ……!!


 わたしは初めて、この場から感情的に逃亡したくなった。

 そして次の瞬間、その得体のしれない気持ち悪さの正体を理解する。


「ほんと……可愛い……今ここで()()()にしてしまいたいくらい…………ふふっ、きゃはぁ……あはっ、ぁあ……」


「「「……………………」」」


「ふぁっ……き、きゃはははははははは!!」


 わたしだけでなく、コウリンとユエも理解が追い付かずその場に固まった。


 二人も「この人、関わりたくない」という、嫌悪の思いが顔に出ている。



 女性は恍惚の表情、そして奇妙に笑う。

 硬直するわたしたちの様子を見て、一息つくと自分の着物を掴んで脱ぎ捨てた。


「あ!」


 投げられた着物が風に煽られて岩下へ。


 女性は中に体にピッタリとした動き易そうな、別の着物をきこんでいた。動き易そうではあるが、胸元がかなり開いている。


 だが、男女の違いや肌を覆う面積の違いはあれど、その服装によく似た雰囲気の人物たちを思い出す。


 そう……ホムラや、十年前のルゥクだ。


「…………『影』……」


 思わず口から溢れた言葉は、彼女をこちらに向かせるのには充分である。


「んふ…………そう思う?」

「“影狗”…………轟羅(ゴウラ)…………!!」


 ルゥクとホムラ以外に、わたしが知っているのはこの名前だけだ。


 だけど確信した。コイツはルゥクが言っていたゴウラという『影』である、と。



「あ・た・り。ルゥクから聞いたのね?」

「女……だったのか……」


 わたしは短刀と霊影をいつでも叩き込めるように、ゴウラに向けて構えた。ユエも拳を握り、コウリンはわたしたちの後ろへ控える。


「でも嬉しいなぁ…………ルゥクってば、ボクの居ないところで、ボクの話をしてくれているなんて……あぁ……」


 再びうっとりとした顔をするが、すぐにこちらに向かい品定めをするように眺め始めた。


「うん、ケイランちゃん以外は要らないや。『元クズ人間たち』の餌がいいよね」


「キャアッ!?」

「うわぁっ! いつの間に!?」


「なっ……!?」


 ゴウラの言う『元クズ人間』……つまり化け物が、岩の縁をぐるりと一周する形でしがみついていた。


 わたしたちと話している間に……。


「そいつら、血とか肉とか()()()()のが好きなの。老若男女関係なく、好き嫌いがなくて偉いでしょ?」



 たぶん、この化け物たちはゴウラが操っているのだろう。こいつらがしつこく追ってきたことも、ゴウラが呼び寄せていたからと納得できる。


 …………と、なれば…………



「………………霊影!!」


 ざざざざっ!!


 霊影をいつもの縄状にせずに岩全体の表面を這わせた。化け物と岩の間に影を滑り込ませる。


「剥がれろ!!」


 紙のように厚みの無い影は、貼り付いていた化け物たちの手元を岩壁から一気に剥がしてしまう。これで奴らは下へ落ち、再び上がるまでにまた時間が掛かるだろう。


 ――――あとはゴウラを……!!


 縄状の影をゴウラ目掛けて飛ばすが、これは避けられてしまった。しかしこれは囮、避けた先で素早くゴウラの足元から霊影を絡ませる。


「っ!! これ……!?」


 よし! 掛かった!!

 意外にイケる!!



『影』の強みは機動力。気配を消す一瞬で行動を起こす。ルゥクもホムラも『影』として奇襲攻撃が強いはずだ。


 真っ向勝負なら隙があるかも。

 そしてここは岩の上、正面からの攻撃しかできない。だから、こいつから()()()ならここしかない。


 霊影をコウリンとユエにも巻き付ける。


「行くぞ!!」


 戦うと見せかけて、ゴウラから離れる!!


 まともに『影』とは戦ってはいけない。例え、わたしたちの方が人数がいても、『影』にはどうにでもなる問題だ。


 化け物と対峙した時のように、自分たちに有利な場所へ。もっと足場が良くて、開けた場所へ移動する。


 これが、わたしが短い間に学んだ事である。


 ――――最近、逃げてばかりだ。


 でも『生きられる』なら構わない。

 ルゥクに“生きろ”と言うなら、まず自分が生き延びる。




 パァアアアンッ!!


「えっ!?」


 ガクン! と、霊影から手応えが無くなった。

 わたしの目の前にヒラヒラと薄紙が舞うように、千切れた霊影の破片が飛んで消えていく。


 消えた霊影と弾けるような音の先、ゴウラが手の平二つ分くらいの細い串…………いや、恐ろしく長い針のような物を手に持っているのが見えた。


「ふふ……ケイランちゃん可愛い。ルゥクが来る前に、たっぷり遊びましょうねぇ」


 ゴウラの手から数本の“針”が放たれる。


「“爆”……」


 パァンッ! パパンッ!!


 針が破裂し、軽い音が連続でなった。

 どうやら針には紙の札が巻き付けられているらしい。



 爆発と共に、霊影がどんどん失くなっていく。


「うわっ!?」


 一瞬、足元がぐらついた。


 ――――まずいっ!?


 ザザザザンッ!!


 岩の表面に幾つもの針が深々と刺さっていくのが見えた。


「…………“爆”!!」


 ビキビキビキビキッ!!


「うわぁあっ!!」

「きゃあああっ!!」

「――――このっ……!!」


 岩の柱に大きく亀裂が入って体が揺れる。

 わたしの霊影は四散し、三人とも完全に支えがなくなっているので、その場にしゃがみ込んでしまった。



「ケイランっ!?」

「えっ!?」


 コウリンの呼ぶ声に振り向く。


「ほらぁ、ケイランちゃん。危ないから、あなたはこっちにおいでぇ♪」

「っ!?」


 崩れる足場に気をとられ、ゴウラが近寄って来ていたのが分からなかったのだ。


 針を持たない腕が、わたしへと伸ばされた。


 …………だが、


「――――“雷光”っっ!!」


 ゴウラの腕よりも早く、怒気を含んだユエの声が響き、目の前に細い雷の矢が飛んできたようだった。


「ぎゃあっ!!」


 バチンッ!! という音と、何かが焦げる匂い。


 それら一瞬のことが流れる。






 ズドォオオオオオオッ!!


 思い出したように、岩の柱の崩壊が始まった。



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きしかわせひろの作品
Thousand Sense〈サウザンドセンス〉

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[一言] ヤン百合キターーー!!!!(大歓喜) ヤン百合すこすこのすこ( ˘ω˘ )
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