守人の回想録 【ゲンセン】
今回はゲンセン視点です。
あれは今から二十年くらい前。
俺がまだ16才の時に、赤ん坊を山で拾った。
まだ声も小さく、草むらでふにゃふにゃと泣いていたのを覚えている。
赤ん坊の傍らには、無惨に斬り捨てられたであろう、若い女性が倒れていた。荷物になるような物は何処にもなく、女性の衣服もあちこちが引きちぎられるように散らばっていた。
俺……『暁 玄泉』は、里親であり拳術士の師匠である親父さんを手伝い、身寄りのない子供たちの世話をしながら暮らしている。
俺はこの国が起こした争いのせいで親を亡くした。
でも、ここではそれも珍しくない。
この頃、この国は国境に面している小国を次々に侵略し、領土の拡大を謀っていた。
そのため、俺が住んでいた国の端の土地も戦場となることも多く、毎日毎日、兵士の死体やら親を亡くした子供やらが転がっていたものだ。
俺は赤ん坊を持っていた布でくるみ、少しあやしてから、一緒に来ていた他の子供に預けた。そいつには少し離れた場所で待っていてもらうことにする。
この女性は子供の母親だろうか……かわいそうに……。
おそらく、野盗か……もしかしたら、戦に来ていた兵士か何かに嬲られて殺されたのかもしれない。身体中についた切り傷や、殴り付けたようなアザが悲惨さを訴えてくる。
俺たちのような田舎の貧しい民などは、敵味方関係無く、力ある人間に踏みにじられるのだ。
その場に墓穴を掘って、簡単な埋葬をしてやった。
赤ん坊のことは心配しないでほしい…………何となく、そう心の中で拝んでその場を離れた。
家に戻ると、拾った赤ん坊に対して嫌な顔をまったくしない、俺たちの育ての親が出迎えた。
「親父さん、赤ん坊を山で拾ったんだけど……」
「あぁ、産まれたばっかりだな……生後三ヶ月……いや、二ヶ月ってところか……。ははっ、よしよし! もう、大丈夫だからな!」
今年で70才になった親父さんは、赤ん坊の扱いには慣れている。
俺はでかくなってから拾われたが、物心つく前に拾われた子供はこれまでに何十人といるのだ。そこから、自分で食っていけるまで世話になり、親父さんの元を巣立っていく。
本当なら俺も此処を出ていく歳なのだが、高齢になり足腰が弱り始めた親父さんが心配で、子供たちや身の回りの世話を手伝っていた。
本人が何も言わないので、俺は邪魔にはされていないと思いホッとしている。
「赤ん坊が増えると賑やかになるな。名前は……そうだ、ゲンセン! お前が拾ったんだから、お前が責任持って付けてやれ!」
「え? 俺が?」
「ほら、この子女の子だから、可愛い名前だぞ?」
「えぇ~~……?」
結局、俺は拾った子に『于恵』と名付けた。
それから三年して、俺たちの面倒を見てくれていた親父さんは、病気で呆気なく逝ってしまう。
俺と一緒にいた子供たちは自立するくらい成長していたが、ユエだけが幼かったため、年長者の俺が引き取って面倒を見ることになった。
一応俺も術が使える武闘家……『拳術士』としてやっていける自信はあった。
ま……俺の自信も、その時までだったが。
その後一度だけ、王宮がある王都へ行ったことがあったが、俺のようなその日暮らしの男に職を与えるほど、王宮は暇ではないらしい。
さらに、まだ小さいユエを預ける場所もなく、都会でひとりで留守番させるのも忍びなかったので、俺たちは田舎でひっそりと生きることを選んだ。
そして現在。
俺たちが暮らしているのは、山の中にある集落とも呼べない疎らにある民家だ。ここには五年ほど暮らしている。
まとまった集落ではないが、他人に必要以上に干渉はされず、かといって交流が無いわけではない。
普段は工芸品を作って売ったり作物を育ててくらし、たまに旅人の護衛や畑を荒らす妖獣を退治したりと、ささやかなものだった。
やはり、俺のように『剛拳』と『肉体強化』の術程度じゃ、その辺にいる武闘家とさほど変わらないため、田舎ではたいした仕事は回ってこないのだろう。
しかし、ユエはこんなところにいては駄目だ。
最初は護身のためと、ユエに俺の拳術士の技を教えてみた。するとあいつはメキメキと才能を発揮し、術も使えるようになった。
俺が修行の末にやっと出てきたものが、ユエは生まれもって備わっていた。
“術師のアザ”である。
『雷光』の術師。
威力こそはまあまあだったが、自然の術を使える者はそれなりの場所へ行けば、正しく評価されるだろう。
そのことをユエに提案してみたが、あいつは都会へ行くのを嫌がり俺の仕事を手伝うと言ってきかないのだ。
ユエにも困ったものだ。
親父のような俺と一緒にいても得することなどない。
若い男に言い寄られても、
「ゲンセンがいるから」
と言って断ってしまうらしい。
断る理由に俺を出し、最初っから相手にもしないという具合いだ。
身びいきも入るが、ユエは容姿や性格は良い方だと思う。しかし、あんな断り方をしていたら、どんどん声を掛けてくる男はいなくなってしまうだろうに。
「私はこのままでいいよ。このまま、ゲンセンと一緒にいる」
ユエはにっこりと笑って言うが、ずっととはいかない。この子の将来を俺が邪魔してはいけないと思う。
そんなある日、この土地の領主が臨時に術を使える傭兵を、大量に募集しているという噂を聞いた。
たまに領主の屋敷の警備をしていたことがある俺に、前に一度一緒に仕事をした奴が声を掛けてきたので話を聞くことにした。
「おい、お前のところの……ほら、ユエって娘も術師だろ? あの娘も雇ってもらえよ。報酬額も二倍になるぜ!」
「……ユエ? 言っとくけど、あいつは実戦はあんまり……」
「別に経験は構わねぇって聞いたぞ? それにあの娘、可愛いだろ。どうせ傭兵なんて男ばかりなんだから、目の保養に連れてこいよ。な?」
「……………………」
ユエは断っておこう……。
変な目で見る奴らが多い気がする。
その前に、今回のこの募集に何かキナ臭さを感じた。術師……いや、格闘家としての勘のような、危険を感知したような嫌な空気だ。
この話の出る二、三日前に、領主の屋敷に自由業としての『影』が出入りしているという噂もある。
正直、何か大きな争い事をするつもりかもしれない。
俺は仕事の説明を書き写して家に帰った。
家に帰ると仕事の話はユエの耳にも届いていた。
どうやら、俺より先に帰った知り合いがうっかり話してしまったのだろう。
仕方なく、今度の仕事の内容を見せた。
「…………こいつが関に引っ掛かったら捕まえればいいんだと」
「ふふ……このお尋ね者さん、私と身長とか体型とか似てない? この人、男のひとだよねぇ?」
「女に変装するのが得意だ……っては、書いてあんだけどな。ゴツい女なんて、すぐにバレるだろ?」
「あはははっ! そうだよねぇ!」
ユエはその命令書きの写しをしげしげと見つめている。
「でも……関所を作って罪人の待ち伏せ? たった一人に大掛かりだねぇ?」
「罪人……っていっても、国で抱える『影』だそうだ。足抜けをしようとする奴は死ぬしかないらしいな」
命を掛けて仕えた奴が、命をもって主から離れる。
俺には理解できない世界だと思った。
自分の命は自分のものだろう?
少しだけこの『影』が気の毒に思えた。
「国の処刑が本当なのに…………領主様が殺したら禁止されている『私刑』になるんじゃないの?」
「さぁ? 処刑場へ行く前に捕まえる……とか、言っていた。ここがよく解らん…………兵士まで一緒にいるのに……」
何故、国が自ら抱える『影』を、他に狩らせるような真似をするのだろう?
数日後に、この罪人が『不老不死の素になる』と言われているのを聞くことになるのだが、それでもやっぱり分からないのであった。
ユエがあまりにも色々聞いてくるものだから、俺も聞かれるがままに色々と話してしまう。話しているうちに、ユエにもきていた話を勝手に断ったと言ってしまい、ムッと不機嫌な顔をされた。
「私は別に構わないのに。だって、ゲンセンと同じ仕事なんてそんなにないでしょ!」
「お前なぁ、いい加減『親離れ』しろ。嫁にいけなくなるぞ?」
「…………ゲンセンは親じゃないもん。私はお嫁になんていかない」
このあと、ユエの機嫌が最高に悪くなった。
はぁ……こんなことで不貞腐れるなんて……遅めの反抗期だろうか?
数日のうちに領主の命令により、街道の谷間に関が設けられることになった。
そのすぐ後だっただろうか、領主が“影狗”と呼ばれる『影』を雇っていると聞いたのは。
もっと前に気付くべきだったのかもしれない。
俺にとって本来はどうでもいいと流すことだが、そうも言ってられないことが、じわじわと迫って来ていたのだと思う。
関所に造られた休憩所で、仲間と他愛のない話をしている時だった。
「おい、ゲンセン。聞いたか? この仕事を辞めたいって言っていたザザの話……」
「ん? ザザ? あぁ、何だか『影』を雇う領主は信用できないって……この間も……」
ザザという男は度々仕事で世話になり、それなりに親しくしていた奴だ。
「あいつ……山の中で干物になっていたらしい。まるで何年も干されたみてぇに…………」
「はぁ?」
実はその男は、他にもこの地から逃げようとした仲間を、山の中の小屋で待っていたという。しかし、仲間が約束の日にそこへ行くと、小屋で待っていたザザは骨と皮だけの変わり果てた姿になっていたらしい。
「……服や持ち物がそのままだったから、そいつだって判ったそうだ……病気とかじゃねぇ、殺されたと思うぜ」
「……………………」
俺はその男とつい三日ほど前に会っていた。
一緒に別の土地へ行かないか? と、誘われていたのだ。
そいつが死んだ?
人間の仕業とは思えない殺られ方で……。
「何が、起きてる……?」
俺は胸に不安を抱えたまま、関所の仕事を続けた。
関所の仕事に就いて三日目。
領主の直々の兵士が旅人の荷物を改めている様を、俺は休憩所からぼんやりと眺めていた。
この辺りは高い岩山や薄暗い森が多いため、街道のこの地点は人通りが絶えない。
旅人の行列に目を向けた時、ある一行が気になった。
「二人とも遅くなってごめんなさいね」
「もう、お姉様ったら遅いですよ!」
「ふふ……沢山人がいたから、つい話し込んでしまってね」
あぁ、姉妹で旅してんのか。
最近は女だけの旅人も珍しくないな。
『お姉様』と呼ばれた女性は、この辺じゃ滅多にお目にかかれないほどの美女だった。周りの兵士や旅人の男たちも鼻の下を伸ばして、その美女を熱心に見つめている。
お前らちゃんと仕事しろよ……と、思いながらも、俺もそちらから目が離せない。
あの美人さん、ユエと背格好が似ているなぁ。
何となく親近感が湧いてしまった。
しかし、ひとつ……おかしな点を見付け目を細める。
美人の妹たちの小さい方。
ありゃ、子供じゃねぇなぁ。
確かに身長は小さいし、ブカブカの着物が可愛らしくもあって幼く見えるが、下半身の肉付きが『女らしい』のだ。
別にいやらしい目で見るつもりはない。でも、それが分かると不自然に思えてくる。
あの三人。
一人は普通で怪しい点はなし。
一人はわざわざ子供の格好をした女。
一人は異様なくらいの美女…………か?
『このお尋ね者さん、私と身長とか体型とか似てない?』
ユエが言ったことを思い出す。
「……意外にありかもな」
念のため確かめてみようと、俺はその一行を呼び止めた。
そして、現在。
「何なんだよ、これは…………」
今日で辞めようと思った仕事へ来ると、領主の屋敷は混乱を極めていた。
「侵入者だ!! お前も手伝え!!」
「侵入者!? こんな昼間っからか!?」
入り口から何人もの負傷者が転がり、あちこちの扉や窓は竜巻でも直撃したように破損している。
こっそり……などという言葉は微塵も感じられない。ずいぶんと大胆に侵入してきたようだ。
「あっちへ行ったぞ!」
「まずい、あっちはご領主様の居住部分だ!?」
侵入者の目的は領主…………これは分かるが、俺はそのことに鼓動が早くなる。
頭をかすめたのは、昨日の晩に酒を交わした相手。
――――まさか……?
あっさり見付けた侵入者は、領主の部屋の前に立っていた。
肌は一切出ておらず、全身真っ黒で体にピタッとした着物をきている。両手に小太刀よりは大きめの刀。
細めの体型の男と思われる人物が、こちらを向いていた。
噎せ返るほどの血の匂い。
そいつの足元には数人の、首を完全に落とされた死体が転がっているせいだ。
「何者だ!?」
「こいつ……『影』か!?」
そうだ、あいつは『影』だ。
グチャッ……。
一歩踏み出した足が、すでに変色している血の塊を踏みつけた。
俺の前に立つ兵士が槍を構える。
それを見た瞬間、俺は兵士を押し退け前に立つ。
拳を構えて『影』と対峙した。
一緒に酒を呑んだ相手。
その前は命の取り合いをした相手でもある。
――――だから、分かる。
「何をしてんだよ………………ルゥク!!」
刀を持つ『影』の手が、ピクッ……と動いた。




