表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/136

紡がれる不審の糸 二

「よっ……と……」


 僕は札を一枚取り出し、自分の頭上へ高く飛ばす。

 札は白い炎を纏って上空へ真っ直ぐ飛び、音もなく弾けて消える。




 夜もだいぶ更けてくると、あれだけ降っていた雨も止み、空には雲を通した月の輪郭が薄く見えるようになっていた。


 僕は家の戸を音もたてずにくぐり、外へ出て深呼吸をする。

 雨上がりの夜中、妙な冷たさと澄んだ空気が胸に入ってきた。


 この家には縁側があるのだが、すっかり雨に濡れてしまっていて、仕方なく庭の小さな畑の前に立ち尽くして空を見上げる。

 先程から雲が流れていくので、朝になったら晴れるかなぁ……なんて呑気に眺めていると、背後で戸が開く音がした。


 ケイランが怪訝な顔で僕を見る。


「ルゥク、こんな夜中に……何を?」

「君こそ。寝てなくて大丈夫なの?」

「私は昼寝すると、夜眠れなくなるんだ」

「そう」


 短いやり取りに、いつもの彼女らしさを感じて息をついた。


 隣に立ったケイランと少しの間、無言で夜空を見上げていると、雲に隠れていた月が完全に顔を出す。今日は半月のようだ。



「皆は?」

「コウリンとユエさんはぐっすり寝ているし、ゲンセンは……寝転がってはいたけど目は覚めてるかも……」


「じゃあ、起きてるね。ここは黙認してくれるのかな……」

「何、やっていたんだ?」


「ん……ちょっと待ちぼうけ……」


 僕は空から暗い林の方へ視線を移す。

『アレ』が来るなら、より闇の濃い所からだろう。


「なるほど…………まだ、来ないのかホムラ……」


 ケイランもすっかり僕の行動にも慣れたよね。僕がホムラの目印に立っていることにも気付いたようだ。

 先ほど飛ばした札は狼煙代わりなのだが、一瞬だったので見ていないおそれもある。しかし、長い時間目に付くように上げてしまうと別の『影』に勘づかれる。


 一度で気付かなかったら、もう一度打ち上げなければならない。



「臨時でここに逃げ込んだからね。さすがのホムラでも、僕らの場所は――――」

「…………居りやすよ」


 声と同時に僕とケイランは素早く振り向く。


 すぐ近く、ホムラは濡れた縁側の上にしゃがんでいた。

 全身真っ黒なのは変わらないが、顔の一部……鼻からアゴは露出している。その口は歯を見せて、にんまりと上につり上がっていた。


 ホムラが暗がりから来ないのは珍しい。

 僕一人の時でも姿も見せないのが多いのに、ケイランまでいる状態で顔も出すとは……。


 ちょっとこの変わり者で人間嫌いの弟子は、ケイランだけは気に入っている節がある。



「……思ったより早かったね」

「嬢ちゃんと二人きりでいる時は、もう少し遅い方がいいですかね?」


「変なこと言わなくていい。お前の仕事だけしてろ……」

「へい。ヒヒヒ……」


 ……こいつ、()()()早く来たな?



「ホムラ、近くにいたのか? 私たちがここに居るってよく分かったな」


「この辺で雨宿りできそうな場所を探しやした。疎らに民家がありやすんで、()()()をつけるのに少々手間取りやしたが……」


 目の前のケイランの問い掛けに、ホムラは縁側で背中を丸めつつ彼女の顔を見上げている。

 いつもより口元の『にんまり』が濃いような気がする。



 …………おい、ちょっと待て、ホムラ。


 ケイランに尋ねられているホムラは、まるで飼い犬が『褒めて!』と言って尻尾を振っているような、そんな雰囲気を醸し出しているのだ。



「ホムラ……お前、いつの間にケイランに懐いたの?」

「懐く……って、犬じゃないんだから……」


「あっしはいつでも、犬のつもりで生きていやす。たまには、旦那以外の主人に踏まれるのもいいでさね?」

「「……………………」」


 まるで僕がいつも踏んでるみたいに言うな。


 言うとホムラは、ニヤァァァ……といつもの笑いを浮かべ、体を小刻みに横に揺らしケイランの顔を見ているのだが、言われたケイランは見るからにドン引いている。


 ……………………うん、通常のホムラだ。

 なんか、今日は妙に腹が立つけど。



「ホムラ……………………一度、死ぬか?」

「……と、まあ、冗談は置いておきやすが……」


「じょ……冗談だよな…………」


 ホムラの冗談はケイランには少しキツイので、今後は控えてもらった方が良いだろう。



 今といい、関所を越える前といい、別にケイランに懐くのは構わないのだが、仕事を偏らせてはいないかが心配になる。


「…………で? 何か掴んでこれたのか?」


「へぇ。でも『首謀者』くらいしか、完璧には分かりやせんでした。その周りも一応調べてはきましたがね、ルゥクの旦那が納得できるかどうか……」


 たぶん、これはこいつなりの謙遜だ。ホムラのことだから、それなりに僕の満足するものは捕ってきたと思う。

 いつも『僕の想像以上の成果』を挙げてくるのだ。


 でも、これってやろうと思えば、ホムラは僕を罠に嵌めて殺せる一番確率の高い人間だとも言える。


 …………まともにホムラと戦ったら、僕は勝てるかなぁ……?



「おい、ぼーっとしてどうした?」

「いや……僕の中で色々葛藤していただけだから……」

「……大丈夫なのか?」


 う~ん……と、悩む僕の顔を見上げ、眉間にシワを寄せて首を傾げるケイラン。


 うん、可愛い……僕はこれだけでちょっと癒される。



「コホン…………とにかく、その『首謀者』っていうのは?」


「この土地の領主。旦那が脅しておいた奴の息子でさ。旦那なら、もう分かっているかと思いやすが……」


「うん、少し前に小耳に挟んだ程度だけど。まさか、お前が調べてそれくらいで帰ってきた訳じゃないよね?」


「まさか。でも、ここから少しばかり胸糞悪い話になりやすが……嬢ちゃんも一緒に聞きやすか?」


 ホムラはにんまりとケイランの方を見た。

 どうやら、僕は平気でもケイランが聞くに堪えないような内容だと、彼女の方に忠告しているようだ。



「わ、私は平気だ。そいつが企んでいることをつきとめ、ルゥクのこと以外にも悪事であればそれを阻止する義務がある!」


 至極真剣な顔で拳を握るケイランを、僕は微笑ましく愛でてしまう。真面目な彼女なら、どんな理由にも首を突っ込むだろうと思っている。



「それで? どんな内容……」

「悪いが、俺も拝聴させてもらう」


 ガラリと雨戸が開いて、ホムラの真後ろにゲンセンが現れる。


 ホムラはチラリと一瞥したが、背後に立たれても気にしていない。ゲンセンを敵だと思っていない証拠だ。


 ……つまり、そういうことか。

 ゲンセンは今回の『被害者』に成りうるってこと。


 ゲンセンがホムラを見て眉をひそめる。


「普通の気配じゃないから開けてみたら……こいつは『影』か?」


「僕の弟子。()()言うことを聞いてる」

「よろしく、“大きい旦那”」


 ホムラがゲンセンの前から、ずるずると縁側の端まで下がる。にんまり顔が少しだけ引っ込んでいた。



「…………でも、ゲンセンいいの? 君にとって面白くない事かも知れないけど?」


「だから、盗み聞きせずに正面で聴こうと思った。雇い主が俺らを使い捨て以上に害するつもりならば、即刻、ここから逃げなきゃならねェ」


「……ユエのために?」

「結果としては自分のためだ」


『ユエだけを逃がす』……彼女を助けるのがこの男の目的だった。これは家族愛というものだろうか。たぶん、彼女は喜ばないと思う。







「……話してもよろしいんで?」

「いいよ」

「よし、聞こう」

「…………おう」


「では……ここの前の領主、何年か前に旦那を狙ってきたのは覚えてやすね?」



 確か十年くらい前。ここの領主も他の貴族のように、金で人を集めて僕を狩りにきたのだ。たぶんそこから足掛け五年くらいの付き合いになり、最後は僕がたっぷり脅して終わりにさせた。


 そういえば、そいつに息子なんていただろうか?


「今、領主をしているのは、前の領主の娘婿になるんで」



 ホムラが領主の経緯を簡単に話す。



 現領主がその娘と婚姻を結んだのが三年くらい前。しかし、実際は幼い頃からの付き合いであり、前領主も本当の息子のように可愛がっていたとか。


 そして娘は昔から病弱で、それを不憫に思った父親の前領主は不老不死…………この場合は万能薬と思っていたらしい…………に、目をつけて、僕を捕まえようとしていたらしい。


 だがその後、脅しのせいだけではなく、僕を手に入れられず薬にもならないと分かったのか、直接も間接もちょっかいなど出さずに大人しくしていてくれた。


 しかし息子の代になり、妻の病気を治したいという一心で僕を狙ってきた……という。




「それはそれで……なんか可哀想な気がする……」


 ケイランがポツリとこぼす。


「ヒヒヒ、そう思えるのはここまででさぁ。それだけなら、悲劇に寄り添う美談になりやすねぇ……表向きには」


「ほぉ……なるほどぉ……裏ではここから胸糞悪い話になるんだな。うんうん」

「……ルゥク、何で嬉しそうなんだ……?」


 僕の言葉に苦々しい表情のケイランを前に、ホムラも嬉しそうに頷いた。


「……娘婿はありとあらゆる手段で、自分の妻を生かそうとしてやす。でも、それは自分と妻の『娘』のためでさ」


「娘さん? もしかして、娘も病弱なのか?」

「えぇ、ある意味。()()()()()良かったんですがね」


 分かりやすく引っ掛かる物言い。


「どういうこと?」


「その『娘』が二年前くらいに死にかけて、親は必死に生き長らえさせようと…………()()に手を出しやした。ほい、嬢ちゃん」


「え? わっ、よ…………え~と、これは何だ?」


 ホムラが懐から何かを取り出し、ケイランに投げて寄越す。ケイランはそれを両手で包むように受け取った。開いた小さな手の中にちょこんと乗った……固い殻の木の実。


「…………胡桃?」


「――――…………っ!?」


 バシィッ!!


 僕は思わずケイランの手を払い、それを地面に飛ばす。


「な、何をするんだ、ルゥク!」

「…………とんでもないものを、持ってきたなホムラ……」

「え?」


 コロコロ……と、それは転がり止まる。


 ホムラを思い切り睨み付けて、すぐにケイランの手の平に何もないことを確認した。


「ケイラン、大丈夫? 痛かったりダルかったりしない?」

「いや……大丈夫だ。何だ、今のは……」


 白くて柔らかい手の平は傷なども見当たらない。何もなかったことに安堵のため息が出る。


 良かった…………。



「安心してくだせぇ。そいつの『芯』は針で貫いておきやした。触っても大丈夫でさ」


「心臓に悪いからやめろ……」

「……何だよ、今の木の実みたいなやつ、何かあるのか?」


 ゲンセンが履き物を取り出して庭に出てきた。

 僕が払ったそれをつまみ上げてじっと見る。


「別に何でもないクルミ――――」


 つまんでいるそれを、くるりと半回転させた時、


「――――うおわっ!?」

「何だ!? うっ…………!?」


 放り投げこそしなかったが、ゲンセンは木の実をできるだけ体から離し、顔をひきつらせて見ていた。

 それをケイランが除きこんだが、彼女の表情もどんどん嫌悪が滲み出てきている。



 木の実の一部……そこは殻が開いていた。中から覗く胚らしきものは、どう見ても……


「何で……木の実に“眼球(めだま)”が、あるんだ……?」


 胡桃の殻の中から『人間の眼』が覗いていた。

 ぬらりと濡れたような表面は、植物というより動物的な質感だ。


「…………ルゥク、これは……何だ……?」


「――――“妖木”、それに実るものだよ」



 動物の気が負の力で染まれば“妖獣”になる。


 それが植物だった場合。

 花なら“妖花”、樹木なら“妖木”。


 どれも狂暴で人間を襲う。

 とりわけ、大樹の妖木はたちが悪い。風になびかない時はまったく動かないことが多く、森に紛れてしまえば他の木と見分けがつかなくなるのだ。


「……だから、実をつけてそれを触った人間を襲う。自分の根本で殺して養分にする」


「うげ……やだなぁ……」

「……でも、これで領主は何かしようとしているのか? こんなもの、人間のためにはならないだろうに……」


「問題は妖木の種類だよ……これは“魂喰(たまく)いの木”の実だ」


「…………“魂喰いの木”? 喰い……って、え……それは……!?」


 ケイランがハッとしたように僕を見る。


「御察しの通り……」

「う…………」


 僕の言葉で彼女は理解したようだ。

 ゲンセンは解らず難しい顔をする。

 ホムラは変わらずニヤニヤと眺めていた。




 魂喰いの木。


 名前が似ているもんね。


 ――――僕の“術喰い”と……。


「これを使って簡単に『不死』を造り出す」



 ゲンセンから実を受け取る。

 胡桃に似たその目玉が、獲物を狙うようにこちらを向いたような気がした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お読み頂き
ありがとうございます!

ブクマ、評価、感想、誤字報告を
頂ければ幸いです。


きしかわせひろの作品
Thousand Sense〈サウザンドセンス〉

不死<しなず>の黙示録
― 新着の感想 ―
[一言] >「これを使って簡単に『不死』を造り出す」 滅茶苦茶デメリットがありそう( ˘ω˘ )
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ