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雨の仮宿にて

いつもありがとうございます!

今回はルゥク視点です。

「ケイランっ!?」


 僕は慌てて倒れた彼女を片手で受け止めた。

 もう片方の腕が固定されているので、体がいつもよりも自由が利かず、ケイランと一緒に地面に転げる。


「……痛っ……!!」


 地面に怪我をしている腕が当たり、思わず声が漏れた。でも、ケイランがまともに石やなんかにぶつからずに済み、痛み以上にホッとしてため息が出た。


「ありが……って、大丈夫ですか!? その子、どうしたの!?」

「ケイラン! ルゥク、あんたも大丈夫!?」


 コウリンと一緒に駆け寄って来たのは、ケイランが崖から助けた女性である。


「とにかく、うちに来て! すぐそこだから!!」


 コウリンに手を貸してもらい、ケイランを背負って崖の道を無事に抜ける。数分急ぎ足で歩くと、女性の家らしき木造の建物が見えた。






 まるで逃げ込むように助けた女性の家へ入ると、雨はますます酷くなっていく。


「ふぃ~……ひどい目にあったわね。あ、すぐにお湯沸かして体拭いた方がいいか。ちょっと待ってて、用意する!」


 女性が手拭いや足拭きをすぐに用意してくれる。

 なかなか気遣いのできる人だ。


 ケイランが助けたこの女性は、見た目は20才くらいだろうか。

 黒く長い髪の毛を上の方でひとつに結び、それでも腰まで伸びる髪を途中でも縛ってまとめていた。


 身長は僕と変わらないくらいで、女性としては筋肉質。おそらく、姿勢の良さから体術を身に付けていると思われる。


 そんなことを考えたら、関所に居た大男のことを思い出した。


 きっと、今はこんな娘でも戦いを挑まれたら、僕は戦えるかわからない。




 僕が周りに少し警戒している間に、ケイランの濡れた服はコウリンが脱がしてくれていた。


 こういう時、女の子がいてくれて正直助かったが、自分ができないことに軽く嫉妬もすることは絶対に言えない。



 そんな恨めしい気持ちを持ちつつ、コウリンを見ると、借りた毛布をケイランに掛けながらため息をついていた。



「ケイラン……やっぱり気力切れになっちゃったか……」


「うん……強化したのがついこの間だから、身体の限界を計り間違えていたみたいだ……」


 そう……ケイランは自分の身体に掛かる『術に使う気力の負担』が、僕が強化したせいで以前より増えているのに、あまり気にせず術を使っていたのだ。






 約半日前。


「……あのケイランって子、身体弱いんじゃない?」


 会って間もないコウリンに耳打ちされたのは、関所へ向かう少し前だった。


 弟子入りしたいと言ってきた彼女を突っぱねようとしていたのだが、この一言で、僕はこの子の話を聞こうという気になった。


 ちょっとだけケイランには離れてもらって、二人で話を続ける。


「何で、そう思ったの?」


「アタシは昨日、あんたがゴロツキと戦っていた時、野次馬に紛れて見ていたの。あの子がはみ出した奴を倒した時にね、ちょっと頭を押さえていたのが見えたから、頭痛がしているんじゃないかな……って」


 彼女曰く、術の直後に頭痛などの症状が出るのは、術に使う気力が足りなくなる前触れで、身体の血液や体液から無理に搾り出そうとしている状態だそうだ。


 板の札を使っていた僕のことも気になったが、それ以上に何となくふらついていたケイランのことも気になって、こっそり後をつけて見ていたらしい。


「ルゥクだって、夕飯の時に何かおかしいとは思ったんでしょ? でも、あんたはそういう体の不調を見破るのが、実はすごく苦手。違う?」

「…………………………」


 そう…………僕の体は“遅老半不死”だ。


 自分は病気にはほぼかからないし、生半可なことじゃ死ぬ目には会わない。


 あからさまに顔色が悪いなら、いつもとの対比で具合いの悪さを見破れるが、ほとんど顔に出ず本人も大丈夫だというものは、見逃してしまうことが多々あるのだ。



「さっき言ったように、アタシは医者志望で薬師もしている。もし、アタシに札を教えてくれるのなら、旅の間はケイランのお付きになっても構わないわよ」


「何を言って…………」


「あんたの事情は知らない。でも、この先、あの子が病気で死んじゃう確率は減るわ。ルゥクはケイランがいなくなったら困るんじゃないの?」


「…………困る」


 あの子は僕を護送する兵士で、処刑場に入るための証だ。


 でも、それだけじゃない。



 ケイランは僕が言っても聞かない時があるし、四六時中、異性と二人っきりで旅をするのも疲れやすい理由の一つにはなるだろう。

 同じくらいの歳の女の子がいれば、何かと女子特有の悩み相談もし易いのではないか。



「分かった。でも、僕の札は総ては教えてあげられない。これだけはどうしても譲れない。あと、僕の事情には必要以上に首を突っ込まないでね」


「構わないわ。アタシは医療に関わる術が使いたいの。あ、あと、便利だから収納の術も教えて!」


「はぁ……君、かなり神経図太いよね……」


「そうね。アタシみたいな人間は図太いぐらいじゃないと、旅をしながら生きていけないもの。これから、よろしくね。()()!」


「やめて……名前で呼んでくれる?」


「ハイハイ、よろしくね、ルゥク!」


 コウリンはニヤニヤと笑っていた。






 こうして、僕はまんまとコウリンの策に嵌まったわけである。彼女は約束通りケイランを見てくれる……はずだったのだが、時は既に遅し。


 仲間が増えたことで無意識に張り切ってしまったのか、ケイランは見事に術を多用してしまい、気力切れを起こして今に至る。




「でも……完全な誤算だったわ、あんな奴が関所にいるなんて。ルゥクの変装だって、あいつ以外は気付いてなかったのに」


 眠っているケイランを気遣って、コウリンがボソリと言う。内容は関所で交戦した拳術士のことだ。



「あの大男……拳術士なら、傭兵なんてやらずにもっと良いところ……国の軍にいてもおかしくない。あんなのがいると分かっていたら、最初から山越えしようと思ったけど…………」


 関所をわざと通ったのも、本当なら山越えをするよりは楽であり、ケイランを少しでも休ませてあげられると思ったからだ。



 本当はケイランのことを心配するなら、前の町でもう一泊すれば良かったのだけど……。

 それをどうやってケイランに説明すればいいのか。あの娘は「私が理由で旅を休む訳にはいかない!」とか言いそう。




 その時、奥の炊事場から女性が出てきた。その手には湯気の立つ大きめのたらいと手拭いを持っている。


「あの、お湯の用意できたよ。そこのお姉さんたちは隣の部屋を使って。お兄さんは悪いけど、こっちで体拭いて……と、片腕だけど、手伝いはいる?」


「いえ、これくらいなら大丈夫」


 さっきから、少しだけなら指先が動く。僕の腕の骨はほとんど戻っているはずだ。


 まぁ、それでもかなり痛いけど……。


 僕は手拭いと小さめの湯の入ったたらいを渡される。それと同時に、紺色の男物の着物も一緒に添えられた。



「あと、これ。もしよかったら、あなたたちの服が乾くまで部屋着に使って。ぜひ、今日はここに泊まっていってよ。私の命の恩人なんだし!」


 女性はカラカラと屈託のない笑顔を浮かべて言う。

 コウリンはチラリと僕の顔を見ると、苦笑い交じりに口を開いた。



「関所を通ろうが、最初から山越えしようが、きっとケイランは術を使って倒れていたわよ……だから、誰のせいでもない。せっかくだし、今日はここで休ませてもらおう」

「うん…………」



 僕は眠っているケイランの前髪を撫でてから、体を拭くために炊事場の隣まで移動する。温かい手拭いで顔を拭きながら、今回の自らの不甲斐なさを痛感していた。



 ケイランは生まれつき、そんなに体が強い方だとはいえないということ。


 僕は十年前にそれを知っていた。







 十年前。


 それは、僕がケイランをハクロに預けて、一週間が経とうとしていた時の事だった。


 ほんの気まぐれで、僕はハクロの住む屋敷を尋ねた。


 この間、仕事で会っていたので久し振りでもない。いつもは年に一度行くか行かないか。それなのに、この日は何故か仕事の合間にハクロのところへ寄ろうと思ったのだ。



「これは、ルゥク様……どうなさいました?」

「特に用事がある訳じゃないんだけど……。ハクロか、ジュカはいる?」


 ジュカというのはハクロの妻のことだ。

 顔見知りのこの家の召し使いの男と話し、いつもの通りに客間に通された。


 しかし、少し待った僕のところへ来たのは、いつもの威勢の良さは何処かへ行ったような、疲れきって少しやつれたハクロだった。


「…………どうしたの? そんなに目の下に()()なんて作って……」


 僕は驚いて思わず立ち上がってしまった。

 ハクロは僕の顔を見て深くため息をつく。


「いや、ちょっと、どうしたもんかと思ってなぁ……」

「だから、何があったの?」



 ハクロは僕を奥の部屋へ連れていく。たしかこっちは、ハクロとジュカの寝室だったはず…………


()()()の悩みは相談されても困るけど……」


「違うわ! いや、俺らのことじゃなくてな…………ほら、あんたから、この間預かった女の子のことなんだが……」


 女の子? あぁ、ケイランのことかな。


「その娘が何か……」

「死にかけている」

「へ?」


「預かった時から熱が下がらず、どんどん衰弱している。これ以上この状態が続けば、あと一日二日で死ぬそうだ」

「…………うそ……」



 部屋に入ると、大きめな天蓋付きの寝台に埋もれるように、小さなケイランが苦しそうに寝ていた。

 その寝台の側には、ハクロの妻のジュカが、今にも倒れそうな悲痛な表情でケイランを看ている。


「…………何で?」


 これは僕のせいだと確信した。

 僕が与えた術の“強化”が、彼女の体にかなりの負担を掛けているのだと思われる。



 僕の周りに当たり前に溢れていた“死”という言葉が、途方もなく重い不安感となって僕にのし掛かってきた。







「あの時は焦ったなぁ…………」


 借りた布団に寝かされているケイランの側に座り、僕はあの時の事を思い出していた。


 分かっていたのに、ついケイランが兵士になったり、普段が元気の良い行動をするから忘れていたのだ。


 ケイランは血の気が引いた顔をして、浅い呼吸をしている。

 薬師のコウリンは、女性……『ユエ』というらしいが……ユエと一緒に、漢方の調合や薬湯を作ったりしている。



「今回は……あの時ほどは酷くないけど……」


 時々、ケイランの顔の汗を拭いて、苦しそうな寝顔に胸を痛めていた。


 無茶するわ、頑固だわ、任務に真面目過ぎるわ。


 ケイランは僕なんかよりも、自分の体に無頓着のような気がする。


 もし、万が一、この子が僕と同じ“遅老半不死”なんかになったとしても、この子は『呪い』が身体を生かそうとする前に、他人の為に命を削るのではないか?


 ある意味呪いに勝つかもしれない……そんな気さえするのだ。



「無茶しないでよ……君には僕より遅く、死んでもらいたいんだから……」


 汗を拭きながら指先で頬に触れて、アゴの曲線をなぞる。

 寝息が聞こえてきて、アゴに置いた指をそのまま少し開いている口元に滑らせ…………


 ………………


 …………………………


 ………………………………危ない。


 内心慌てて後ろを振り向いて、隣の部屋の二人がこちらを見ていなかったことを確認してしまった。


 あっちにコウリンたちがいなかったら、危うく寝ている彼女に何かしそうになった自分がいる。


 はぁ~~~……最近、油断し過ぎだと思う。


 ケイランに対してだけじゃない。

 戦闘でも()()をしている。


 同行者が増えたのは別にいい。でも、ここから更に僕を狙う奴らが増えれば、あらゆる手段を講じてくるはずだ。

 その企みに、あの二人を使おうともしてくる。ケイランも一回は拐われているし。コウリンは戦闘には向かない。


 僕だって完全に戦闘に集中できるわけじゃないだろうし。


 手元にホムラを戻した方がいいか?

 いや、それをすると情報が入らない。狙われるとわかっている旅で先が分からないのは困る。


 う~ん……。


 僕は悩みながらその場に座り直す。

 長い着物の裾や袖がバサバサしていて、いちいち直すのがめんどくさい。


 …………借りていてなんだけど、この着物デカイなぁ。

 女物でも、ユエの着物を借りた方がピッタリかも。


 どうやら、ユエには男の同居人がいるらしい。

 夫婦かと聞いたら、違うと頬を赤く染めながら否定された。たぶん兄弟でもないのだろう。




 その時、外の雨音に混じって、慌てて走ってくるような足音が聞こえた。裏の勝手口の扉の方へ向かう。


 少し間があり、戸を開けた音が聞こえる。


「あ、おかえり。もう、ちゃんと表の入り口から入ってよ!」


 ユエの呆れた声が聞こえた。


(わり)ぃ悪ぃ。雨が凄くてびしょ濡れだから、こっちの方がいいと思って」


 ん…………?



 たぶん炊事場の方へ入ったのだろう。同居人の男性らしき人物の声が聞こえたのだが、その声に何故か覚えがある。


「なんだ、お客さんか?」

「うん! 私の命の恩人よ。今日は泊まっていってもらおうと思って……」



 ユエと話したあと、ドスドスと居間へ上がる足音。


「いやぁ、すみません。こんな狭い家…………」

「あ――――――っっっ!!」


 男性の声にコウリンの叫びが重なった。


「え? 何ごと…………」


 僕は部屋からちょっと顔を出す。



 パチリ。


 がっちりと合う視線。



 目の前に居たのは、関所で僕らが苦戦した人物。


 “拳術士の大男”が、状況を飲み込めずに立っていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] ケイラン体が弱かったんですね。 薬師の知識が役に立ちますね☆彡 ……てか、新たな来客が敵!?
[一言] >あっちにコウリンたちがいなかったら、危うく寝ている彼女に何かしそうになった自分がいる。 ニヤニヤニヤニヤ( ˘ω˘ )
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