繋ぎ目の守役 二
わたしたちを呼び止めたのは、武闘家だとおもわれる筋肉質で、ずいぶんな大男と言っていい。
黒髪をかなり短く整え、身長はルゥクより頭二つ近くある。
年齢は三十代半ばといったところだ。
角張った顔で、頬にある二本の大きい傷が目に入った。
少し見ただけで、この男性が肉体を相当鍛えているのが分かる。国の兵士でも、ここまで屈強な無駄のない体つきをしている者は、そんなにいないだろう。
質素なあちこち切れた着物の上に胸当てや鉄甲、すね当てや膝当てをつけている。まるで全身鎧の部品を所々取って着たような感じで、この人物は雇われた傭兵だと判断できた。
片手を上げて、歯を見せて笑いながら近付いてくる。
「本当に悪ぃな、姉ちゃんたち。ちょっと俺が個人的に気になってなぁ」
見掛けによらず、気さくな口調だ。
全体的に身体の作りが大きいためか、一見するとゴロツキのようだが、笑いを浮かべた顔は人懐っこそうにも思えた。
「何? アタシたち急いでるの。散々待たされたうえに、呼び止められる義理なんてないけど?」
「ああ、少しだけだよ。そっちの姉さんに用があるんだ」
睨み付けるコウリンを軽く流し、男はルゥクの前に立った。
やはりルゥクと比べると、背丈も体格も段違いにでかい。
ちなみにわたしは、コウリンの後ろで袖を掴んで隠れている。
銀髪と術師であることがバレないようにするためでもあるが、こうすれば『お姉様と旅する臆病な末っ子』感がでるのだと、コウリンが言っていた。
……色々、考えるものである。
「いやぁ、姉さんキレイだよなぁ。俺、スッゲェ好み。今夜は酒でも一緒に呑まないか?」
そう言ってニカッと愛想のいい笑顔になる男。
ルゥク目当てか。だいたい、そんなことだろうとは思った。まったく……男というのは、仕事中でも好みの女がいれば声を掛けようとするものなのか?
「まぁ、それはどうも……でも、ごめんなさい。私たち、急いで先の町まで薬を卸しに行かなければならなくて……」
中身が分かっているからこそ、ルゥクの完璧な笑顔が怖い。
見ろ。少し離れた奴らがこちらをボーッと、顔を赤くして魂抜かれたようになって見ている。
「あぁ、それは分かっている。ついさっき、荷物もあらためさせてもらったし、でもちょっとだけ、な。ちょっとだけ付き合ってくれねぇ?」
男は苦笑いをして、胸の前で拝むように手を合わせた。
……………………?
何だろう……。何かおかしい。
コウリンの陰から男を伺っていたのだが、わたしの勘……というか嫌な予感というか……。悪寒に似た感覚が頭から背中にかけて駆けていく。
わたしはコウリンの袖を引っ張り、ルゥクと男から身長の三倍くらいの位置まで離れた。こうしておけば、何かあった場合にルゥクの補佐ができると思ったのだ。
しかし、コウリンはムッとした顔で男の方へ体を向けている。
たぶん、しつこい男にイライラしていると思うが、ここは少し我慢してもらわないと…………
「ちょっと、あんた! アタシたちを引き留めて、お姉様をやらしい目で見ないでくれる!?」
…………我慢できなかったらしい。
迫真の演技…………いや、本気でキレているかもしれないコウリンは、ズカズカとわたしを置いて、ルゥクと男の間に立ちはだかった。
口を曲げて睨んでくるコウリンに、男は動じる仕草は全くない。それどころか、少し目を細めてその顔をじっと見る。
「ふーん…………俺はどうしても、そっちの姉さんと遊びたいんだけど。やっぱりダメかねぇ?」
「ダメに決まってんでしょ、ふざけないでよ! あんたの相手してるほど暇じゃないって言ってるでしょー!!」
「こら、リンちゃん。やめなさい」
「そうそう、俺は姉さんと話してるから」
コウリンにギャンギャン言われながらも、男はしぶとく食い下がってくる。
こんなにしつこく口説いてくるなんて…………
「ははは……。そっかぁ、少し付き合ってくれるだけで良かったんだ。俺は別にそっちで遊びたいわけじゃないんだよ…………姉さん、スッゲー美人なんだけど…………」
――――――いや……違う。
この瞬間、自分が感じていた嫌な予感の原因が解った。
今までルゥクを女と間違えて近付く奴らは、見るのもうんざりするような粘っこい視線を向けてくる。
ルゥクをしつこく口説いてくる、この大男。
笑顔ではあるのだが、その顔になんの『下心』も感じないのだ。こいつは女を口説く男の顔じゃない。
まさか……こいつ、ルゥクのことを分か…………
「悪ぃけど俺、“男”に興味ないんだわ」
……なっ!?
やっぱり、分かっていたのか!!
足下に霊影を呼び寄せ、男へ最大の警戒を向ける。
…………しかし、
「まあ……そんなこと初めて言われました。そう見えるんですか?」
「ちょっと! お姉様を捕まえておいて、男呼ばわりってどういうことよ!?」
バレた時の打ち合わせは特にしていなかったのに、ルゥクとコウリンは同時に驚いたり反論していた。
どうやら二人は最後までシラを切るみたいだ。
うぅ……内心焦ったのは、わたしだけか。
うーん、と唸りながら、男は自分のアゴを撫でて考えているようだった。
「ま……服でもひっぺがせば一目瞭然なんだが、本当に女だったら取り返しがつかねぇし……。でも、ま。今のでだいたい分かったよ……」
男が口の端を上げながら、わたしの方を向いた。
「あの『女術師兵』のお嬢ちゃんは、あんたらみたいに嘘はつけねぇ性格みたいだな…………よっ、と!!」
「へ…………?」
あまりにも軽い掛け声と共に、男は拳を振り上げ自分の足下の地面を思い切り殴り付ける。
ズンッ! という音がして、殴った場所の土が弾け跳ぶ。
ドドドドドドッ!!
そこから地面が割れ隆起し、何かが地中を物凄い早さで進むように、真っ直ぐわたしへ――――
「あっ……」
「……ケイランっ!?」
まさに、割れる地面が迫ろうとした瞬間、ルゥクがわたしを呼ぶ声が聞こえ、目も開けられない突風に体を拐われる感覚がした。
ズシャッ!! 地面を滑る音がして風が止む。
目を開けると、すぐ近くにルゥクの顔があり、その向こうにコウリンが、しっかりルゥクの腕にしがみついているのが見えた。
わたしの腰を抱くルゥクの手には札が握られていたので、おそらく『疾風』の札の術あたりで移動したのだろう。男が技を出す前に手に仕込んでいたのかもしれない。
しかし、これで完全にバレた。
わたしのせいだ……。
「……すまない、避けられなかった…………」
「いや……避けない方が正解だったかも……」
「え?」
横目でわたしを見たあと、苦笑いをしながらアゴで先の場所を示す。
ルゥクの視線の先。そこはわたしが立っていた場所であるが、勢い良く隆起した地面は、わたしのちょうど目の前で止まっている。
おそらく、わたしが避けなければ、ちょっと歪んだ足下のせいで転んだりはしたと思うが、大した事態にはならなかったことだろう。
普通の戦えない人間なら、避けられずにその場にへたり込んでしまうはずなのだ。それを男の攻撃に反応して回避。しかも、わたしではなく離れた場所の人間が、これをやってのけた。
つまり、普通の人間ではないと言ってしまったと同じ。
「決定だな。あんた“不死のルゥク”だろ?」
男は拳を手のひらで打ちならしている。
しかし次の瞬間、男の姿はその場から消え、あっという間にわたしたちの目の前に現れた。
ルゥクはわたしとコウリンを突き飛ばして自分から引き離し、男が繰り出した拳の攻撃を腕で防御する。
ズドゥッ!!
「うっ……!!」
防いだ腕から鈍い音がして、ルゥクがうめき声と共に後ろへ吹っ飛ばされた。だが、何とか倒れずに踏みとどまり体勢を整えている。
さらに男の拳での攻撃が連続で続くが、素早さだけならルゥクが勝っていて、最初の一撃以外は避けるか受け流すことが続いていた、が…………
でも、あれじゃ…………
男の拳をまともに受けた腕はダラリと下がり、ルゥクは片腕で他の攻撃を掻い潜っているのだ。
まずい……ここは、撤退する……!!
闘志に似た何かが、内に込み上げてきた。
さすがに、男がルゥクと戦闘を始めたことに、関所にいる他の兵士たちも武器を手にこちらへ来るのが視界に入る。
「うわっ、他の奴ら来ちゃう! ケイラン、どうする!?」
「この場合は……」
この時、わたしの頭は妙に冷静だった。
ここは谷の底のように周りは切り立った岩山に囲まれ、先へ行っても戻っても狭い道が続く。幸いにも、わたしたちは関所から離れており、退路を確保しながら奴らを迎え撃つこともできるだろう。
例えば、ここでルゥクに爆発の札を盛大に使ってもらい、関所ごとこの谷を埋めてしまえば、こいつらは一網打尽だ。
…………だが……
「爆発の術は使えない…………」
「何で!?」
「関係のない旅人が関所に多くいる……!」
関所にはここを通るために待たされている、あちこちから来た数十名もの旅人が何も知らずに待っているのだ。
ルゥクを狙っているなら容赦はないが、無関係の一般人は巻き込めない。
もしあの人たちを殺せば、わたしたちが正当防衛を訴えたところで、無抵抗の人間の大量虐殺であることには変わらない。兵士であるわたしは軍議にかけられるため、旅はそこで終わりになってしまう。
もしかすると、ルゥクも目的の処刑場には行かせてもらえなくなるかも。その特別な処刑場なら、遺体が他へ渡ることがないと言っていたと思う。
しかし、その辺の処刑場で殺されれば、遺体は誰の元へ行くか分かったもんじゃない。きっと貴族……いや、噂を聞いた者たちで奪い合いの争いが起きる。
だったら…………逃げるの一択。
「……コウリン、爆発の札は持っているか?」
「え? 持ってるけど……アタシ、攻撃はあんまり……」
「使い方がある……協力してほしい!」
時間がないのでコウリンにやることだけ伝えた。
「解った。できる!」
「お願い……」
医者志望というだけあって、彼女は飲み込みが早く度胸もある。
「ルゥク――――っ!!」
コウリンは一直線に、男と戦っているルゥクに向かって突進し、力一杯、ルゥクに飛び付いていった。
「うおっ! 何だ!!」
「えっ!? 危な……うわぁっ!?」
真横から突っ込まれることは予想外だったためか、ルゥクはコウリンに抱きつかれる形で地面に倒れて滑っていく。
男も驚いたようで、拳を握ったまま立ち尽くした。
「何っ!? コウリン!?」
「大人しく!! 行くわよ!!」
グンッ!! と、ルゥクとコウリンが一本釣りされた魚のように宙を舞って、わたしの足下へ引っ張られる。
引っ張ったのはもちろん、わたしの『霊影』だ。
「霊影!! 出ろ!!」
ありったけの声量に応えるように、無数の縄状の霊影が足下から勢い良く伸びる。
わたしは視界を良くするため笠を脱ぎ捨て、頭の手拭いを取って顔の化粧を拭った。
“銀寿”の髪と術師のアザが露になる。
「やっぱ、そうだったか……」
他の兵士たちの怒号の中から、大男が呟くのが聞こえた。
わたしは霊影の合間から男を睨み付ける。
「貴様らの雇い主に言うがいい!! 護送兵のわたしがルゥクを絶対に殺させない!!」
わたしは片手を高く上げ、一気に下へ振り下ろす。それに合わせて霊影も、縄の先端を地面へ向けて急降下させた。
十数本の霊影の先には、長方形の薄い紙が張り付けられている。
「叩け!!」
「……“爆”!!」
わたしの声にコウリンの声が重なった。
地面や岩山、わたしたちの周りに影が飛び交い、ぶつかった場所が光り膨張した。
ズダダダダダダダッ!!
霊影は小さな爆発を伴って、突いた場所から連続して地面を吹き飛ばして土煙をあげる。
ザザザザザァッ!!
耳が痛くなるような轟音は、土煙が収まる直前まで止むことはなかった。




