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札の術師 一

二章始まりです。

 誰しも旅人になるのには理由がある。


 渡り鳥が旅をするのは季節を追いかけるため。

 植物は種を飛ばして新天地を求めるため。


 水を求めるもの

 糧を求めるもの

 仲間を求めるもの


 生きるものは『何か』を求めて旅をする。


 求めるのは必ず『希望』であるはずなのだ。



 例え、その『希望』が今は見えなくても、わたしは諦めないと決めたのだ。



 彼の求める『希望』が『最期』ではなくなる。


 その『希望』を見付けるまで――――。










 某日。とある町の一角にて。


 ――――うん、これを止めるのは諦めよう。


 わたしは群れて広場の端で、ひとりの見物人となっていた。



「うおおおおおっ!! いいぞ、やったれ兄さん!」

「すっげぇ、あの()で何人ブッ倒してんだよ!?」

「バカ……! 顔のことは言うな、()()がこの大乱闘の原因だ……!」


 わたしの目の前で、如何にも“ゴロツキの悪”というような巨漢が、ぶん投げられ殴り倒され、果ては爆発で吹っ飛ばされている。


 只今、ここは修羅場と化していた。





 ああ…………もう、だいぶ見慣れたなぁ。


 慣れてはきたが油断はしない。

 時々、混乱したゴロツキが、わたしや野次馬をしている一般人に向かって来ることもあるのだ。



「うごぉおおおおっ!! 何、笑っでんだでめぇらぁぁぁっ!!」


「うわっ! こっち来たぞ!?」

「ひいっ!?」


 口や鼻から血液やら唾液やらを垂らし、怒りの形相でひとりのゴロツキが拳を振り上げて、少し離れた場所の野次馬たちに向かっていく。


 とばっちりが怖いなら、見物しなきゃいいのに……。


 わたしはため息をつきつつ、足下の暗がりに意識を集中させる。足の裏にぞぞぞ……と軽い振動が伝わった。目深に被っている頭巾を少しずらし、目標を目視で確認する。



「『霊影(りょうえい)』!」



 声と共にわたしの影から、生き物のように黒い縄状のものがゴロツキの方に向かって伸びていく。


「うわぁっ!!」

「きゃあ!」


 まずはぶつかりそうな野次馬数人を掴んで退かし、暴れ馬のように突進してきた男を霊影で絡めて、一気に地面に押し付けた。


「ぐわぁああああっ!!」


「うるさい、寝てろ」


 片手の指をくぃっと動かすと、影は男の首に巻き付く。何も触れていない手に、影を通した奇妙な手応えが伝わった。


「ぐぇっ……ぐ……!」


 よし、()()た。



 これが、わたしの力。


 体内の気力を様々な形にして扱う『術』と言い、それを扱う者を『術師』と呼んでいる。わたしは自分の影に力を貯めて自在に操る『霊影の術』を使う術師だ。


 白目を剥いて倒れているので、死んでいないかどうかだけ霊影で脈を確認する。簡単な生存確認を終えると、うねうねと動いていた霊影は地面の一ヶ所に集まり、わたしの足下まで戻ってきて静かになった。


 わたしは再び乱闘の原因となった人物の方に振り向く。




「がははははっ!! よくここまで、俺様の部下を可愛がってくれたな!! 貴様のような奴は初めてだ!!」



 何だ……この『こいつを倒せば終わり』のような雰囲気は…………?


 わたしの視線の先には、先ほどまでいなかった豪快な笑い声を放つ『他とちょっと違うゴロツキ』が立っていた。他のゴロツキと比べると、縦や横に二回りくらい大きい。


 ()()のゴロツキは全員、血や泡を吹いて地面に伸びている。



「うおおっ! すげぇ!! あの兄ちゃん、とうとう頭の『毒猪(どくいのしし)のスボー』まで引っ張り出してきたぞ!!」

「や、殺られるぞ! 逃げろ!!」

「やっちまえ!! 兄ちゃん!!」


 歓声やら悲鳴やら、様々な声が飛び交った。


 どうやら、あまりにもあいつが暴れたせいで、この辺りのゴロツキを束ねている奴が出てきたらしい。


 …………あぁ、もうどうしよう。頭痛い。



 このわたし『() 佳蘭(ケイラン)』は、これでも王宮の兵士である。


 本来なら兵士であるわたしは、この場を治める立場にあるのだが、わたしごときの力で止められる奴ではない。


 それはゴロツキではない。()()の方だ。



「……頼むから殺さないでくれよ……」


 わたしは必死でゴロツキの半殺し程度の無事を祈る。この流れではゴロツキ自らが最悪の結果を招きそうだ。



「テメェみたいな()()()()()()した()()に、これ以上ナメたマネされる訳にはいかねぇ!! さぁ、こいやぁああっ!! ()()()()よぉ!!」



 ゴロツキの全殺しが確定した。


 あの猪豚野郎! 

 ご丁寧に全部の単語を入れて挑発するなっ!!


「ルゥク! もうやめ…………」


 わたしが声を掛けようとした時にはもう、ゴロツキのみぞおちにキレイに拳が決められるところだった。


「――――――ぶっ、びゃああああああっ!!」


 人生で初めて聞いたような叫び声が辺りに響く。



 巨漢が地面と平行に吹っ飛んでいく様を、わたしは野次馬たちと顔をひきつらせながら眺める。


 ドッゴォオオオ――――――ンッ!!


 たぶん瞬きをする暇もなく、離れた大きな木にゴロツキはぶつかり、反動で地面にさらに叩き付けられていた。


 メリメリメリメリッ、ズズズゥウウウンッ!!


 ぶつかった木は折れて、土煙をあげながら横倒しになる。木の倒れた方には何もなかったので、これ以上の被害はなさそうだ。



「い……一撃だ……」

「お、おう…………すげぇ……な……」

「はは、ははは…………」


 さすがに歓声をあげていた者たちも、常軌を逸した一方的な戦いぶりに恐怖を感じている。野次馬の大半の顔が蒼くなっていた。


 これはさすがに勝負ありだな……。


 終わったのなら行ってもいい?

 これ以上騒ぎを起こすのは…………いや、もう十分騒いだな。とにかく、終わったならさっさと此処を離れて…………



「あぁっ!! 見ろ、まだだ!!」


 野次馬のひとりが指差した先には、木にぶつかって地面に倒れていたはずの頭ゴロツキが、顔面を血塗れにしながら立ち上がっていた。


「ぶざげんなぁよぉぉっ!! ぶっごろすぅ!!」


 ドドドドドッ!!


 巨漢が物凄い勢いで突進してくる。


 あの体の大きさで、あの速さは反則に近い…………が、たぶんあれでは、うちの連れには勝てないだろう。


 視界の隅、あいつが板状の『札』を取り出すのが見えた。その動きだけで、あの頭ゴロツキより素早い。



「『爆』!!」


 札が投げられたと同時に発せられる言葉。


 ――――ッドォオオオン!!


「ぐわぁああああっ!!」


 派手な音がして、頭ゴロツキが仰け反りながら宙を舞った。そしてそのまま、吹っ飛んだ先で二、三回ほど弾んで転げ、頭を地面の土にめり込ませて止まった。


 あ~あ……あれ、死んでたら片付けるの大変だなぁ。


 まるで土の中の餌を探す豚のような姿で、奴はピクリとも動かなくなった。

 わたしはそれを見ても、今日は感情が動かない。たぶん、あまりにも今回の乱闘が大き過ぎたせいで、感覚が麻痺してしまっているのかもしれない……。


 いつもなら、山の地形さえも変える奴である。町が無くなるよりマシかも。まったく……本当に頭痛い。


 わたしはこめかみを押さえながら、自分の連れに近付いた。



「…………もう、気は晴れたか?」


 ため息をついて言うと、目の前の連れは腕を回してから体を伸ばす。


「そうだねぇ、もう少し傷めつければ良かったなぁ。カッとなって一瞬で終わらせちゃったし」


 にっこりと笑ってろくでもないことを口走る。


 わたしの連れの『(ロウ) 流句(ルゥク)』はこれでも手加減した方だと言う。こいつは『札』というものに術を貯めて使う『札の術師』だ。



「あとはこの町の役人に任せて、僕らはもう行こうか?」

「……素直に役人が行かせてくれたらな」


 わたしの視線の先には、どう見てもこの町の役人らしき集団が、こちらに向かって走って来るのが見えた。





 案の定、役人は現場の状況を聞くために、わたしたちをすぐには放してくれない。散々、別々の部屋で事情聴取をされた後、半日ほど掛けてやっと解放された。


 役所の建物から出てくると、辺りはすっかり陽が傾いていくところだった。キレイに晴れている西の空が橙に染まっている。





「お帰りー。そっち遅かったねぇ」

「…………何でお前の方が早く出てきている?」


 首謀者は呑気に役所の前の木陰でくつろいでいた。


「え? あぁ、役人の上の地位の人間に、ちょっと知り合いが居たから、簡単に済ませてもらったんだよ」


 あー……世の中狡いなぁ……。


「はぁ、だったら私の方も手短に済ませてもらえるように言って欲しかったな。今回の件以外にも、父上の事まで話に出てきてヒヤヒヤしたから……」


 私の父は引退はしているが、かつて『王都の大将軍』と云われた人物である。

 兵士の証であるものを見せた際に、役人たちは顔を見合わせた後、まるで尋問のようにわたしの事を根掘り葉掘り聞き出してきたのだ。



「……まぁ、お前の事をやたら聞かれるよりは良かったと思うが…………って、え? 何だ? その顔は…………」


 何故か目の前のルゥクは、思い切り不機嫌な顔をして役所を睨み付けている。


「ケイラン……もしかして、正直に答えたりしてたの? 何、大丈夫? 何かされたとかしなかった?」


「え? あ、あぁ。別におかしなことは聞かれなかったな。ただ、事情聴取の割りには後半は茶まで出されて、私や父上の趣味や好みなんかを聞かれたのだが……」


「……………………」


 父の知り合いでもいたのだろうか。

 役人たちは誤解も解けて、わたしに悪いとでも思ってくれたのかも。最後はまるで客人扱いだったからな。


「あ、そうそう。ひとりひとりの自己紹介と、名前の書いた紙まで寄越してきたぞ。『お父上によろしく』と言われてしまった。旅の最中だし、そんなに会うわけはないのだが……」


 別に茶を飲みたかった訳ではないし、わたしもルゥクのようにさっさと放してほしかったな。


 やれやれ……と、ため息をついていると、いつの間にかルゥクは人気の無い所に移動していて、明後日の方を向いて立っている。



「ホムラ……いる?」


「へい。()りやす…………」



 暗がりの方へ話し掛けて『ホムラ』を呼んでいるようだ。何処からともなく声が聞こえて、二人で何か会話をしている。

 ルゥクが何かの紙を持って、前の暗がりに差し出すと、そこから黒っぽい服の手がニュッと出てきた。



 へぇ、あれがホムラかぁ。


 ルゥクが言うにはホムラは極度の人嫌いのため、用があっても全身を出すのはあまりないらしい。本人はあまり自分の姿を他人に見られたくないとか。


 でも、それって“人嫌い”というより“恥ずかしがり屋”なだけのような気もするが……?

 しかし、世の中に恥ずかしがり屋で人が殺せるだろうか? たぶんそこを考えると、人嫌いで合っているのかな。



 考えながらぼんやり見ていたが、ルゥクがホムラに渡した紙に見覚えがある。そういえば、役人にもらった自己紹介の名前の一覧が、いつの間にかわたしの手元に無い。


 待て、何でルゥクがあれを持って? って、いうか、あれを何に………………いや、考えないでおこう……なんか疲れたし。



 今日はいつもより気持ちが萎えるのが早い。

 そりゃ、ひとつの町の勢力図を変えてきた後だからな。


「おい、ルゥク! もう行く……」

「あの……!!」

「え?」


 急にわたしの後ろから、声が掛けられた。

 振り向くと、一人のわたしと同じくらいの歳の若い女性が、十歩くらい離れた場所に立っていた。


「どうしたの、ケイラン?」


 ルゥクが戻ってきて、わたしの隣に立ち不審な様子で女性に顔を向けた。


「…………誰?」

「分からない」


 女性は口を真一文字に結び一度頭を下げると、それは真剣な目でわたしたちを見上げてきた。


「突然、申し訳ありません! そこの男性の方、札の術師とお見受けしました!!」


 その場に膝を突き、地面に平伏する。


「アタシを貴方の弟子にしてくださいっ!!」


 弟子!? ルゥクにか!?


 わたしがチラリと隣のルゥクを盗み見ると……


「はぁ~~~~~…………」


 すごく面倒くさそうにため息をつく、ルゥクの姿が目に入った。



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きしかわせひろの作品
Thousand Sense〈サウザンドセンス〉

不死<しなず>の黙示録
― 新着の感想 ―
[一言] 喧嘩描写から、新たなお弟子! 期待が膨らむ展開ですね (*´▽`*)
[一言] ううーん、いかにも新しい章の始まりって感じ! イイですね!
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